白昼の襲撃
俺たちは今日も今日とて魔物退治の依頼に赴いていた。
バサークが仲間になったこともあり、かなりスムーズに事を済ませられている。
この調子なら近いうちにパーティーのランクが上がるかもしれない。
「よし、こいつで最後かな」
「そうみたいだな」
「では依頼主のところへ戻りましょう」
「えー、もう終わりー?」
まだ戦い足りないとバサークが不満を漏らす。
強力な力を持つ竜人の彼女にとっては、この程度の魔物なんて雑魚もいいところなのだろう。
「あはは、まあランクが上がれば強い魔物とも戦え――」
ふ、と周囲の温度が急激に下がったような気がした。
言葉を途切れさせ、なんとなく上に視線を向ける。
「いかがなさいましたの?」
「いや、今なんか気温が下がったみたいな感じが」
しかし空は晴れているし、特に異常は無い。
気のせいだろうか?
「あら……体調がすぐれないのでしょうか。後の手続きはやっておきますので、先にお帰りになってもよろしくてよ? もしくは私がお運びしますわ」
「ううん、平気だよ」
少し変に思いながらも一歩前に進んだ、その時。
何かが空を切る音、続けてそれがザクリと勢いよく土に刺さる音がした。
振り返ると、俺がさっきまでいた位置に杭のようなものが深々と突き立てられているではないか。
「うわっ何これ」
「木の杭……? あと少しで串刺しだったな。お前が狙われたのかはわからんが、念のためこっちにいろ」
ヒトギラが近付いてきて障壁に俺を入れてくれる。
「それにしてもいったいどこから……」
誰かが投げたのか、何かの投擲装置が作動したのか。
辺りを見回すがそれらしい人影も装置も見当たらない。
すると突然、バサークが「あ」と声を上げた。
「ルシアンだ」
「ルシアン? 誰?」
バサークは答えず、目は前方の茂みの方を見据えている。
しばらくの沈黙を置いて、そこから1人の少年が歩み出てきた。
バサークと同じ深紅の角と翼……竜人だ。
「久しいな、バサーク……力に溺れた異端者よ」
「うん、久しぶり! 元気してた? 門限破っておばさんに叱られてない?」
まったくテンションが一致していない。
それでもルシアンと呼ばれた少年はめげずに続ける。
「ふん。貴様に心配されるいわれは無い。そも、私は貴様に用があるのではないからな」
「あれ? 僕っていうのやめたの? イメチェン?」
「……異端者と語る口は持たない主義だ。いいか、私がこうしてやってきたのは」
「でもルシアン、人の話は聞かなきゃダメなんだよ?」
「お前が! 僕の! 話を! 聞けぇ!」
かわいそうに、怒りのあまり一人称も二人称も戻ってしまっている。
2人が顔見知りっぽいから口を挟まないようにしていたけど、これは助け舟を出した方が良さそうだ。
「あのー、ごめんねうちのバサークが。何か用だった?」
「! ……なるほどな。そうやって無害な風を装ってバサークをそそのかしたのか」
例によって嫌悪度が高いが、言葉の端々にいつぞやの村人のようなものを感じる。
「私は騙されないぞ。先ほども私の投げた杭をいともたやすく躱した。貴様はやはり油断ならない。ここで倒しておくべきだ」
敵意むき出しでルシアンが歩み寄ってくる。
と、デレーが彼の前に立ちふさがった。
「お引き取りくださいまし」
「邪魔だ、どけ」
ジロリとルシアンが睨む。
「それはこちらの台詞でしてよ。ほらヒトギラさんも何かおっしゃってくださいな」
「帰れクソガキ2号」
「だそうですわ」
みるみるうちにルシアンの顔が赤くなっていく。
「クソガキ」でそんなにキレることある?
「ふざっっ……んん、まあいい。どんなに威勢のいいことを言おうが貴様らは所詮人間、たかが数人で私に勝てるはずもない。そこの異端者も――」
ルシアンが手をかざす。
すると先ほどまで落ち着きがなく、翼をパタつかせていたバサークの動きが止まった。
「こうすれば邪魔はできまい」
「竜人が魔法を……!?」
「ああ。扱えるものはごくわずかだが、竜人とて魔法くらい使えるさ。特に、私は優秀だからな」
「へー、そーだったんだ」
「お前っ僕が魔法の練習してるとこ見てただろ! なんで初耳みたいな顔してるんだ!」
ルシアンは深呼吸をして息を整え、気を取り直して口を開いた。
「さて、では私は目的を果たさせてもらう」
グッと腰を落とし、構えをとる。
「バサークの拘束が解けるまで耐えればいい。俺から離れるなよ」
「わかった」
「今だけはフウツさんに近付くことを許してさしあげますわ。その代わりきちんと守ってくださいまし」
「みんながんばれ~!」
ヒトギラの障壁に魔力が巡り、一層厚くなるのがわかった。
「来るぞ!」
ルシアンが地面を蹴って飛び込んでくる。
そのまま回し蹴りを障壁に叩き込むが、弾かれてバランスを崩した。
そこにヒトギラが氷魔法を撃ち、ルシアンを後ずさらせる。
「いやに硬い障壁だな……」
「バサークは割っていたがな」
「うるさい、ならば全力でやってやる!」
もう一度ルシアンが障壁に攻撃する。
後ろにいる俺にまで振動が伝わってくるほどの衝撃。
「クソっ!」
「ちっ」
障壁が割られた。
しかしルシアンもまた反動で、半ば吹き飛ばされるように後退する。
その隙にヒトギラがすかさず再度障壁を張った。
張った、のだが。
「え?」
俺は障壁の外側にいた。
「かかったな」
ルシアンが不敵に笑う。
ぎち、と腕に痛みが走った。
腕を後ろ手にねじられている。
いつの間にか『外側にいた』んじゃない、この誰か――おそらくルシアンの仲間――に掴まれて外に出されたんだ。
障壁が割られてから再び張り直されるまでの、あの一瞬で。
首を動かそうとするが、その前に腕を回されて緩く絞められる。
「フウツさん!」
デレーが悲鳴じみた声を上げる。
「動くな。動いたらこの場で殺す」
俺の後ろの「誰か」が言った。
声からして女性だろうか。
「倒すだの何だの言ったのは嘘だ。大人しく言うことを聞くなら命までは取らない」
悠々と歩きながらルシアンが話す。
自分に注意を向けさせて、もう1人いることを悟られないようにしていたのか。
「なるほど、では海の果てまででも追い詰めて殺してさしあげますわ」
「そういきり立つな。私たちとてしょうがなくやってることなんだ」
「……ルシアン、まだ無理に一人称と口調を変えているのか」
「な、なんだよお前まで! いいだろほっとけよ!」
女性が呆れたように言い、ルシアンがムキになって言い返す。
「何が目的だ羽虫ども」
「竜人は力ある者として人間を守る。ただそれだけだ」
ヒトギラの問いに女性が冷たい声で答えた。
だがヒトギラはなおも噛みつく。
「フウツも人間だが? 殺さないとか言っておきながら、最初の杭は確実に当てるつもりだっただろう」
「当たればそれで良し、当たらなければプランを変更するつもりだった。言わばこいつへの情け。チャンスを与えたのだ」
「ほう、随分と偉そうだな」
「何とでも言うがいい」
「あーはいはい、そこまでにしてくれ。ほら行くぞ」
どんどん険悪になっていく2人の間にルシアンが割って入り、女性にそう促す。
「ねえルシ――」
「じゃあな」
バサークの言葉を遮ってルシアンは踵を返した。
ぐるりと視界が反転し、まばたきひとつの間に地面が遠ざかる。
なんか最近こんなんばっかだなあ、と俺は自分の情けなさに溜め息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます