来客
一連の騒動も落ち着き、俺たちはデレーの別荘に戻ってきた。
「ここが私たちの拠点ですわ。部屋は適当に空いているところを使ってくださいまし」
「んふふ、あたし自分の部屋って初めて! ありがとうデレー!」
はしゃぐバサークを見て、妹がいたらこんな感じなのだろうか、と思ってみたりする。
ヒトギラは年齢的にたぶん上だしお兄ちゃん、デレーは同い年だけどしっかり者だからお姉ちゃんかな。
「いえ、私は妻でよろしくてよ」
「よろしくないし心読まないで」
そうしていると、あちこち見ていたバサークがはたと動きを止めた。
「そういえば、パーティー名がなんだかヘンテコだったから、昨日の登録の時ついでに変えといたよー」
「え、あれ変更できたの!?」
「1週間空ければ変えられるぞ」
いつの間にかヒトギラが横に立っていた。
デレーといい彼といい、暗殺者でも目指しているのだろうか。
「あら、困りますわ。それではまた1週間経たないと戻せないのですわね。いけませんわよ、勝手にそのようなことをしては」
「英断だな。相談しなかったことは置いといて、あの頭のおかしい名前を変えたことは褒めてやってもいい」
2人から逆のことを言われ、バサークは「どっち?」と首をかしげる。
「ちなみにどんな名前にしてきたの?」
「『卍超最強激強団卍』」
「……なるほどね!」
「強」が2個入っているあたりになんとも言えない趣のようなものを感じる名前だ。
「とりあえず1週間はこのままにするしかないけど、その後は……」
「無論もとに戻させていただきますわ」
「やだ! この方がかっこいい!」
バチバチと両者の間で火花が散る。
するとヒトギラが一歩前に出――ることはなく、その場で静かに口を開いた。
「多数決」
「! よろしくってよ」
「負けないもんね」
勝負方法が決まり、デレーとバサークは不敵に笑んで距離をとる。
言っておくが、この場合の「多数決」は何の隠語でもなくそのままの意味の「多数決」だ。
「専攻は譲ったげるよ」
「ふっ、舐められたものですわね……」
いくら決闘みたいな雰囲気を出そうが、多数派の意見を採用するというアレである。
「私に賛成する方、挙手」
誰も、というか俺もヒトギラも手を挙げない。
ということは。
「じゃ、あたしに賛成の人、挙手」
俺は手を挙げた。
ごめんデレー、さすがにアレよりは卍超最強なんちゃら卍の方がいい。
ちらりと横を見ると、ヒトギラも手を挙げていた。
2対0、バサークの勝利だ。
「やったー! あたしの勝ちー!」
「くっっ……無念ですわ……!」
そんな風に賑やかにしていると、チリンチリンという音が聞こえてきた。
「あら……。面倒なのが来ましたわ、少々お待ちくださいまし」
デレーがぱたぱたと走って行く。
「面倒なの……? わかった、デレーを困らせる悪い人ってことだ!」
バサークは翼をパタつかせた。
「悪い人はやっつけていいんだよね!」
「うーん、まだ悪い人と決まったわけじゃないけど、ちょっと心配だな……。俺が見てくるからバサークは待ってて」
「はーい」
バサークとヒトギラを部屋に残し、俺は玄関へと向かう。
できるだけ足音を立てないように歩いていくと、デレーと誰かが話しているのが見えた。
「ですから、余計なお世話ですわ。私の選んだ道に口を出さないでいただける?」
話し相手は初老の男性のようだ。
誰だろう?
光の加減で顔はよく見えず声も聞き取りにくいが、デレーの発言からして彼女の身内だろうか。
しかしデレーの声色が険しい。
俺関連のことで怒るときとはまた違った厳しさがある。
「ええ、結構でしてよ。その代わり、金輪際私に関わらないでくださいませ」
あまり穏やかとは言えない話し合いの末、男性は去って行った。
溜め息をひとつ吐き、デレーが振り返る。
「お見苦しいところを申し訳ありませんわ」
「ご、ごめん。心配で見に来たんだけど出て行けそうになくって……」
「まあまあまあ! 心配してくださったのですか!? ああ嬉しい、そしてなんて愛おしい……。愛しすぎてあなたを箱にしまっておきたいくらいですわ!」
「箱はやめてね」
いつも通りのデレーだが、やはり先ほどのことが気になった。
「あのさ――」
「はい?」
本人に尋ねてみようか?
いや、半ば口論のような会話の内容なんて聞かれたくないものだ。
現に「見苦しいところを」と言っていたし、やめておこう。
「……ううん、なんでもない」
「やはり箱にしまっておいてもよろしくて?」
「なんでそうなるの!?」
「大丈夫ですわ、お世話はちゃんとしますので」
「そういう問題じゃない」
冗談ですわ、と笑うデレーだが、彼女が言うと洒落にならないのだ。
前からそうだけど、いちいち発言に本気さが垣間見えて怖い。
「でも、この気持ちは冗談ではなくってよ。ねえフウツさん、先ほどのことが気になったのでしょう? それでも私のことを考えて聞くのをやめてくださった……。私はあなたの思いやりに心を打たれてしまったのですわ。ああ、しかしそれは今に始まったことではありませんのよ。私は出会った時からずっとあなたに心を奪われ続けているんですの。魔物相手に懸命に剣を振るう姿……いくら邪険に扱われようとも決して怒らない寛容な精神……深い海のような髪、晴れ渡った空と咲き誇る薔薇の色をした瞳、年のわりにはやや小さな体、その細い線、働き者の証たる荒れた手のひら、素朴でいつまでも吸っていられる香り、春のそよ風のごとく優しい声……。全部全部ひとり占めしてしまいたい、誰にも見られないよう大切にしまっておきたいと思うほどに、愛しておりますのよ」
「あ、ありがとう……」
あとこうやって長々と語るときにまばたきをしないのも、なかなかに恐怖である。
「話を戻しますけれど、アレに関しては語りたくない、というより特に詳しく語るほどのことでもないんですの。ただ親と絶縁しただけですので」
「へー、絶え……絶縁!?」
「言葉が仰々しいだけで、本当になんでもないことですわ。どうかご心配なさらないで?」
にこりと笑うデレーは、確かにけろっとしていた。
俺はあまりよく知らないけど、親子関係って案外そんな感じなのかな。
「そ、そうなの? ならいいんだけど」
「ええ、ええ。それにこの別荘の所有権は残っていますし、何も問題はございませんわ。さ、お部屋に帰りましょう」
背中を押されてヒトギラたちのところへ戻ると、2人がテーブルを挟んで対角線上に立ち、にらみ合いをしていた。
「おかえりー!」
無邪気にバサークが手を振る。
対してヒトギラはぜいぜいと息切れしながら、いつにも増してしかめっ面でこちらを一瞥した。
「おい……早く、こいつを、どうにかしろ」
「どういう状況?」
「えっとねー、ヒトギラ髪長いからー、あたし三つ編みしたくてー」
「髪を触らせろとわめくこいつから逃げていたんだ!」
そういえばバサークはヒトギラの障壁を割れるんだった。
いくらでも張り直せるとはいえ、そもそもヒトギラは近付かれること自体が嫌なのだ。
それで走り回っていたのだろう。
「でも音がしませんでしたわ」
「あたし静かに追いかけっこするの得意だもん。ほら、しかもなんにも壊してないよ!」
「ヒトギラは?」
「魔法で微妙に浮いていた」
ヒトギラは言葉の通り、こぶし1つ分くらい浮いて見せた。
「客人が来ているのに気にせず騒ぐほど馬鹿ではない」
「そんな健気な……」
障壁を張りながらちょこっとだけ浮いて逃げ回るヒトギラと、それを軽やかな動きで追いかけるバサーク……なんだかシュールだ。
「なに笑ってるんだ」
「え? あ、ごめん、つい」
「許さん。こうしてやる」
「へあ!?」
「ちょっと! フウツさんの頬を引っ張るなんて許されない行為でしてよ!」
「あたし知ってる、これ嫉妬ってやつだ!」
部屋の中で4人の声が入り乱れる。
最初の頃と比べるとずいぶん賑やかになったものだ。
ああ、幸せだな、なんて。
この時の俺は、まさかあんなことになるとは思いもせずに、のんきなことを考えていたのだ。
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