戦闘狂の竜人

「は!?」


 その場にいる全員が驚きの声を上げた。


「依頼は無かったことにしていーよ。で、どうやったらパーティーに加入できるの? ギルド? に行くんだっけ」


「待て貴様、いきなりどういうつもりだ」


「どういうつもりも何も、この人たちのことが気に入っちゃったから一緒に旅したーい! ってだけだよ」


 ねー! と彼女はなぜか俺に同意を求めてくる。


 少女の希望に混乱していると、ヒトギラが「おい弱化魔法解けたぞ」と舌打ちをした。


「もし駄目って言ったら……?」


「そしたら仕方ないから、1人でいろんなとこ行くかな」


 なんだか嫌な予感。

 騎士団の方を見ると、なぜかみんな頷いている。


「あ、あの、カターさん……?」


「……この娘を野放しにするわけにはいかん。しかし私たちにはこれを制御するだけの力が無い」


 明後日の方向を見ながらカターさんは言った。


「目を合わせてください、目を」


「本当にすまない」


「ちょっと!?」


 騎士たちは回れ右をする。


「その者の扱いは貴様らに一任する」


 カッコよさげなことを言い残し、カターさんたちは去って行った。


「これだから大人ってやつはクソなんですわ……」


 デレーが彼らの背中に向かって吐き捨てる。


「やったー! あたしずっと素敵な仲間が欲しかったんだ! よろしくね、みんな!」


 お通夜みたいな空気の中で、少女だけが嬉しそうに飛び跳ねていた。



 ひとまず宿に戻り、4人で話をすることにした。


「えー、じゃあ自己紹介! かな!」


 無理やりテンションを上げてみるが、デレーもヒトギラも顔が死んでいる。


 それはそうだ、デレーは多少寛容になったとはいえまだ新しい仲間が増えることを良く思っていないし、竜人も人間判定が入ったらしいヒトギラは言わずもがなの状態だ。


「お、俺はフウツ。このパーティーのリーダーってことになってる。よろしくね」


「……私はデレーと申しますわ。恋敵は殺す派でしてよ」


 渋々な上だいぶ物騒だが、デレーも俺に続いてくれた。


 デレーを一瞥し、ヒトギラも口を開く。


「俺はヒトギラだ。人間は嫌いだし、ついでに竜人も嫌いだということが今日判明した」


「そっかそっか! 人間の友だちは初めてだから嬉しい!」


 何をどう聞いたらそんな感想が出てくるんだ?


 なかなかに話を聞かないタイプのようだが、今回に限っては却って良かったかもしれない。


「改めて、あたしの名前はバサーク! 戦うのが大好き! でも戦ってばかりいたら、里を追い出されちゃったの」


「え、そうだったんだ」


「うん。みんな『竜人の力はむやみに使うもんじゃない』って言ってさ。せっかく強く生まれてきたんだから、戦わなきゃ損だよねー」


 それで偽の依頼なんか出してまで強い人間と勝負をしようとしていたのか。


「戦うと言えば、どうして騎士団には手を出さないって決めてるの?」


「だって騎士団は国の主戦力だし、戦って疲れてるとこに魔王がまた来たら大変でしょ?」


「な、なるほど……」


 わりとしっかりした理由だった。

 理性的なのかそうじゃないのかよくわからない子だ。


「それより、パーティーに加入するための手続きとかあるんでしょ? 早く行こうよ! ギルドはどこ?」


 バサークは言うが早いか、窓を開けて外に出て行ってしまった。


「ちょ、ちょっと! 『どこ?』って言いながら飛び出さないで!」


 慌てて俺は後を追う。


 しかしすぐに彼女の姿は見えなくなり、一か八かギルドへ向かうことにした。


「まったく、困ったクソガ……女の子ですわね」


 当たり前のように俺の背後からデレーが出てきてぼやく。


「うーん、ギルドに辿り着いてくれてるといいんだけどなあ」


「このまま行方不明ということにしませんこと?」


「しないよ……あっ」


 角を曲がると、ギルドの建物と共にそこにいる人影が見えた。

 薄暗い中でも角と翼のおかげでバサークだとすぐにわかる。


「バサーク! 駄目じゃないか、1人で行っちゃって」


「あはー、ゴメンゴメン。でももう登録できたよ! ほらお兄さん、この人がフウツ! ね、フウツ、あたしをパーティーに入れてくれるでしょ」


「ああ、うん」


 もうそこまで済ませていたとは、どれだけ早くに着いたんだ。


「はあ……わかりました、では――」


「フウツとデレーはもう帰ってていいよ! あとはあたし、1人でできるもん!」


 それにしても果てしなくマイペースである。


「フウツさん、帰りましょう。今すぐに」


「そ、そうだね……」


 げんなりしながら宿に戻ると、デレーがお茶を淹れてくれた。


 ヒトギラは心身ともに疲れ果てていたようで、ソファで横になっている。

 思えば今回、彼に無理をさせすぎたかもしれない。


 デレーにもヒトギラにも助けられてばかりで、俺は何もできたいないのではないか。


 そんなもやもやした気持ちを抱えながらお茶をすすった瞬間、勢いよく窓が割られ、バサークが部屋に飛び込んできた。


「たっだいまー!」


 危うくお茶を吹くところだったがすんでのところで踏みとどまる。


「なんっ……何!? なんで割ったの!?」


「えへへ、早く帰ってきたくて。ってあれ? なんか踏んでる」


 バサークが足元を見ると、そこにはソファに横たわるヒトギラがいた。


「ありゃ、ゴメン」


 ぴょん、と彼女は飛び降りる。


 俺はこの後の展開を察して頭を抱えた。


「――す」


 ヒトギラがゆっくりと起き上がる。

 ソファの一部がパキパキと音を立てて凍り出した。


「殺す。今ここで氷漬けにして叩き割ってやる」


 まずいまずいまずい!


 外ならまだしもここは宿だ。

 壊したらとんでもないことになる。


 俺はヒトギラを落ち着かせるための言葉を必死に探し、苦し紛れの一言を発した。


「……ヒトギラってけっこう多才だね!」


「フウツは下がってろ」


 はい大失敗。


「やったやった! もう一回戦ってくれるの!?」


「戦ってやるとも。死ね」


 ……結局。


 さらにデレーまでもがどさくさに紛れて参戦。


 宿が半壊するまで3人の苛烈極まる戦いは続き、俺は宿の主人に土下座をする羽目になった。


「すみませんすみません俺の監督不行き届きです本当にすみません!!」


「わ、私もはしゃぎすぎましたわ……申し訳ございません」


「…………悪かった。おいお前も謝れ」


「…………ごめんなさい……」


 カンカンに起こった宿の主人は、俺たちに宿の修理代を今すぐ渡せと要求してきた。

 当然の権利である。


「……ちなみに今、みんないくら持ってる? 俺はこれだけなんだけど。あ、あとは依頼の報酬がこのくらい」


「…………」


「あたしお金なんて持ってないや……」


「これは……私の手持ちを合わせても足りそうにありませんわね。気は進みませんが、かくなる上はお父様……いえお姉様に……」


 と、そこへ騒ぎを聞きつけた騎士団の人たちがやって来た。


「何事だ……あー、なるほど」


 俺たちを見てすべてを理解した騎士たちは何かを相談したのち、伝令係らしき人を走らせた。


 そして、しばらくして到着したのはカターさん。

 彼も同じくなんとも言えない顔をして歩み寄ってきた。


「主人はいるか」


「へえ、ここに」


「我々の不手際で貴殿の宿を破壊してしまったこと、誠に申し訳なかった。修理費と修繕業者の手配は第一小隊が負担する。彼らのことはどうか許していただきたい」


 カターさんは深々と頭を下げた。


「ううむ、騎士様がそう言うんなら……。ちゃんと直してくださいよ」


 さすが、小隊長の名に恥じない人望だ。

 宿の主人は怒りを収め、場を離れていった。


 カターさんもすぐに部下たちに指示を出しながら帰って行き、俺たち4人だけが取り残された。


「あ」


 わずかに震えた声でバサークが言う。


「あたし、やりすぎちゃった? そ、そうだよね? ごめ、ごめん、あたし嬉しくて、わーいってなっちゃって」


 赤い瞳からぽろぽろと涙が零れた。


「い、いつもこうなの。楽しくなると、まわ、周りのことなんにも……見えなくなって。ねえ、お、追い出す? 迷惑、いっぱいかけたから、あたしのこと追い出す?」


「バサーク……」


 そうか、この子は自分の欲が制御できていないんだ。


 冷静になれば判断できることも、楽しいこと――戦いや望んだことを前にすると途端にわからなくなる。


 彼女が今何歳かは知らないけれど、子どもの部分が抜けきらないまま成長したのだろう。


「ごめんなさい、ちゃんとするから、いい子にしてるから追い出さないで」


 だとしたら、俺がとるべき行動は。


「追い出したりなんかしないさ。これから気を付けてくれればいいんだよ」


 にこ、とバサークに笑いかける。


 大丈夫だ、こうして反省できるならきっとこの悪癖は治るはず。


「あ、ありがとう……! わかった、もうしない!」


 バサークは涙でぐちゃぐちゃになりながら頷く。


「ああ。2人もそれでいいよね?」


「フウツさんに色目を使わない限りは」


「次は殺す」


「うーん!」


 まあなんとかやっていけると信じよう!

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