謎の依頼

 カターさん曰く。


 数か月前、ギルドのランクS依頼に「アグラヴァ山にいる魔物を討伐する」というものが追加された。


 依頼主は不明、報酬も不明。

 奇妙な依頼ではあったが、いくつかの名だたるパーティーが腕試しに、と挑みに行った。


 しかしどのパーティーもボロボロになって帰ってきた。

 誰もが口を揃えて「死角から攻撃され、相手を見つける間もなく一瞬で戦闘不能に陥った」と言う。


 このような事例は一度も聞いたことがない。

 もしかしたら魔物ではなく魔王軍の刺客ではないかと危惧したギルドの上層部が、騎士団に応援を要請した。


「そしてこの討伐任務が決行されることになったのだ」


「俺たちいります?」


「急くな。この件において最も謎なのが『ギルドに依頼が出された』という点だ。もしかしたら何らかの理由で冒険者を誘い出そうとしているのかもしれん。だから冒険者を連れて行った方がより確実に奴が現れる、というわけだ」


「つまり……囮?」


「ああ。募集をかけたのだが誰も名乗りを上げなくて困っていたところだった」


 そりゃそうだ。

 瞬殺されるとわかっていて行きたがる人なんていないだろう。


「まあ殺しはしてこないというから安心するといい」


 言うほど安心できないが一応罰なのだから仕方ない。


 そして作戦当日になり、俺たちは騎士団と共にアグラヴァ山にやって来た。


「総員、警戒を怠るな。冒険者を中心に進め」


 数十名の騎士に囲まれ、慎重に山道を歩く。


 カターさんはああ言ってたし救護班もいるけれど、本当に大丈夫なのかな。

 やはり少々不安が残る。


「心配ご無用ですわ、フウツさん。私がついておりますもの」


「あ、ありがとう」


 心を読まれたかと思って驚いてしまった。

 顔に出ていたのだろうか。


「フウツ、もう少しこっちに寄れ。俺が障壁を張ってやる」


「妙な気を起こしたら脳天カチ割りますわよ」


「誰が起こすか」


 先日の一件以来、やや溝が狭まったような2人の会話に頬が緩む。


 最初はギスギスしていたけれど、今は喧嘩友だちといった感じだ。


「ほら入れ」


「うん。ありが――」


 ヒトギラに促されて障壁に入ると同時に、バチン! と大きな音がした。


「わっ!?」


「っ障壁が破られた!」


 騎士団の人たちが一斉に武器を構える。


 すると木の上から高笑いが聞こえてきた。


「あははっすごーい! あたしの攻撃を防いだのはあなたたちが初めて!」


「誰だ!」


「あたし? あたしはバサーク。って、そんなのどうでもいいでしょ。早く戦おう!」


 声を聞くに、どうやら女の子のようだ。


 しかしどうしてこんなところに?

 まさか彼女が……。


「あ! 気付いてくれた? そうだよ、あの依頼はあたしが出したの。強い人を探すためにね!」


 ぐん、と何かに引っ張られるような感覚。

 次の瞬間には、体が宙に浮いていた。


 木々が自分より下の方を凄まじい勢いで過ぎていくのが見え、投げ飛ばされたことに気付く。


「うわああああ!」


 当然、鳥でも何でもない俺は放物線を描いて落下していく。


 受け身? いや無理だろこれは死ぬ!


 殺しはしないんじゃなかったの!?

 話が違うよ!


 なんて泣き言を言う間も無く、地面はどんどん近付いてくる。


 俺は死を覚悟して目を固く瞑る。


「フウツ!」


「フウツさん!」


 自分を呼ぶ声。


 そしてぶわりと風が吹いたかと思うと、俺はデレーの腕に抱えられていた。


「……?」


「はあ……肝が冷えましたわ。お怪我は無くって?」


「う、うん、大丈夫。ありがとう」


 いわゆるお姫様抱っこの状態だ。

 隣を見ると、ヒトギラが「クソが……」と悪態を吐いている。


 遅れて、ああ、と理解する。

 2人がヒトギラの魔法で飛んできて、さらにヒトギラが風で落下の勢いを殺し、デレーが受け止めてくれたんだ。


「すごいすごい!」


 はしゃいだ声が響く。

 前方の木から少女が1人、飛び降りて来た。


 彼女の頭からは角、背中からは翼が生えている。

 そのどちらもが深紅色であり、さらに瞳まで同色だ。


「あれは……竜人!?」


 デレーが目を丸くして言う。


 ユラギノシアには、こんな伝承がある。


 1000年前の戦いで滅亡に瀕したドラゴンが魔王軍の再来を危惧し、一部の人間に力を分け与えた。

 その人間というのが竜人だ。


 結局、ドラゴンは滅びてしまったが、竜人たちが彼らの意志を継ぎ、今も人里離れた場所で魔物と戦っているのだという。


「ただの御伽噺だと思ってた……」


「私もですわ」


 予想外の展開に唖然とする俺たちをよそに、竜人の少女は楽し気に構えをとる。


「休憩は終わり? じゃあもーっと強くやっちゃうね!」


「来るぞ!」


 ヒトギラが前に出て障壁を張る。


「えいっ」


 しかし目にも止まらぬ少女の攻撃により、またもや割られてしまった。


「あれれ? なんだかさっきより薄い?」


 首をかしげる少女。

 深紅の翼をパタつかせ、キョロキョロと目を動かす。


「ちっ、余裕だな」


 ヒトギラが憎々しげに呟くと、少女の顔色が僅かに変化した。


「ん? あ、これが弱化魔法? なんか体が重くて気持ち悪ーい」


 障壁魔法以外も使えたんだ……。


「おいフウツ、今なんか失礼なこと考えなかったか?」


「いっいや、何も!?」


「ふん、まあいい。奴の移動速度を制限した……と言っても元がアレだ、手練れの戦士と同程度にしか抑えられていないだろう」


 その言葉通り、少女はなおも俊敏な動きでこちらに攻撃を仕掛けてくる。


「ヒトギラさん、攻撃魔法は使えますの?」


 少女を躱しながらデレーが問いかけた。


「当然」


「でしたら私たちが時間を稼ぎます。一発キツイのをお見舞いしてやってくださいまし」


「わかった」


 ヒトギラはこくりと頷くと、後ろに下がって力を溜め始める。


 代わりに俺とデレーが前に出、少女を通さないように武器を振るう。


「あ! 攻撃魔法! だよね? いいなー、あたし竜人だから魔法使えないの!」


「そうなん、だ! 俺もっ、使えないよ!」


 攻撃を弾きつつ、なんとか口を動かせて気を引く。


「えー、ほんとに? あなたさっき――」


「フウツ、デレー! 下がれ!」


 ヒトギラの声。

 魔法を撃つ準備ができたのだ。


 俺たちは素早く少女から離れる。


「! ちょっと待って! その魔法はダメ!」


「知るか!」


 ヒトギラが勢いよく腕を振り下ろす。

 刹那、巨大な炎の渦が少女を飲み込んだ。


「……し、死んでない、よね?」


「思ったより火力が出たが……まあ息さえあればなんとかなるだろ」


「だいじょぶだよー、あたし死んでないから」


「なっ!?」


 とっさに振り向くと、炎の中から平然として少女が歩いて出てきていた。


「……どういうことだ」


「えーとね、これはゴメンなんだけどー。あたしね」


 愕然とする俺たちに少女は苦笑しながら言う。


「スキル――《深紅の鱗》っていうんだけど、それのせいで炎攻撃が効かないんだ」


「そんな……」


 弱化魔法も無限に続くわけじゃない。

 それに恐らく今のでヒトギラは魔力を使い果たしてしまっただろう。


 それでも彼は障壁なら魔力無しで張れるからまだ大丈夫だと思うけれど、デレーは身一つで戦うしかない。


 せめて彼女だけは逃がしたいところだが、あの速さを取り戻した少女相手に、いったい俺はどれだけやれるのか……。


 その時、ガシャガシャという鎧の音が耳に飛び込んできた。


「そこまでだ!」


「カターさん、それに騎士団の皆さんも!」


 よかった、やっと来てくれた!


「貴様らの飛ばされた場所が掴めず、遅くなってすまない。しかし先ほどの火柱のおかげでここまで辿り着けた。人間とは思えぬ芸当だったが……なるほど、竜人が実在したとはな」


「そうだ! ヒトギラがかけてくれた弱化魔法のおかげで、今は身体能力が人間の範疇に収まっています」


「了解した。それが解ける前に叩けば良いのだな」


 カターさんたちは剣を構える。


 少女も相手が増えてますますやる気になる、かと思いきや。


「あ、降参しまーす」


「え!?」


 両手を挙げて、降参宣言をしてしまった。


「あたし、騎士団には手を出さないって決めてるの。それに」


 彼女は混乱する俺のところへ歩いてくると、そのまま腕を掴んで引っ張り上げて高らかに言った。


「この人のパーティーに加入するから!」

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