仕事探し

 村を出て歩き続けること約1時間。

 俺はラナソンという町に到着した。


 ラナソンは村から2番目に近い町で、木材を角材などに加工する職人が多い。

 木材の加工には、まず木を伐り、伐ったものを運ぶという工程が必ず入る。つまり、力仕事が求められるのだ。


 農作業をしていたから体力はそれなりにあるし、そこをアピールすれば、どこかの雑用係としてくらいは雇ってもらえるかもしれない。


 そしたらそこで精一杯働いて、あわよくば独立なんてできたりしたら最高だ。


 ……と、思っていたのだが。


「人手は足りてるよ。邪魔だからどいてくれ」


「お前みたいなのに頼るくらいなら、飢え死にした方がマシだね」


「しっしっ! あっち行け」


 現実はそう甘くなかった。


 これでも喋ってくれたからまだ良い方で、ほとんどの人には完全に無視されたり、露骨に避けられたりした。


 町中を周ったがどこもそんな感じで、雇ってくれそうなところは無かった。


 まあ1つ目の町だし、めげることはないさ!


 俺は次の町へ向かうことにした。


 しかし、また1時間ほど歩いて到着したそこでも、


「村に帰って畑でも耕しゃいいだろ」


「失せな、こっちは忙しいんだ」


 さらに次の町でも、


「仕事が無い? じゃ、勝手に野垂れ死んでてくれ」


「あー、そりゃ可哀そうに。俺じゃどうにもできないな」


 次の町でも……


「帰れ」


「へっ、お前を雇うなんて御免だよ」


 連戦連敗であった。


 わかってはいたけれど、どこに行っても俺の相手をしてくれる人なんていない。


 正直、ちょっと舐めてた。


 村を出て、いろんな場所に行って、手当たり次第に声をかければ1人くらいはまともに話をしてくれるんじゃないかって。


 1人くらい、俺を嫌わない人がいるんじゃないかって。


 ……俺が馬鹿だった。


 よくよく考えたら、この嫌われっぷりでは仕事にありつき、独立できたところで客なんて来ない。


 将来のことを抜きにしたって、そもそも早く仕事を探さないと本当に野垂れ死ぬことになる。

 一生あの村で甘え続けて生きるよりかはマシだけれど。


 そうこうしているうちに日も暮れてきた。


 パン、と自分の頬を叩いて気合を入れ直す。


 ネガティブになるんじゃない、フウツ!


 ひとり立ちするって決めたんだ。それに、村長がくれたお金を無駄にはできない。


 今日訪れた町もたかが数か所。大陸にはまだまだいくらでも町がある。


 このお金が尽きる前に、なんとしてでも仕事を見つけるんだ!


 とりあえずパンだけ買って、あとは節約のために野宿だな。


 俺は足早にパン屋を探しに行く。


「パン屋パン屋……ん? あの建物は……」


 ふとこぢんまりとした建物が目に付く。

 飲食店? 武器屋? いや、違う。


 もう少し、看板の文字が読めるくらいまで近づいた。

 するとそこに書いてあったのは。


「『冒険者ギルド』……⁉」


 一気に俺の心が沸き立つ。


 それは地域ごとに設置されているという、ギルドの支部だった。


 話で聞いた(というか立ち聞きをしてた)だけだったから、本物は初めて見る。


 そうか、ギルドも、冒険者も、雲の上の幻想じゃないんだ。すぐ近く、手の届くところに存在したんだ。


 とめどなく溢れてくる高揚感につられ、俺はあることを思いついた。


 そうだ! 冒険者登録をしよう!


 せっかく自分の足で歩き出したんだ。憧れがすぐそこにあるんだ。

 なら、手を伸ばしたっていいじゃないか。


 幸いにも、俺はすでにどん底に近い状態にある。

 これ以上悪化することはないだろう。


 仲間ができる可能性はゼロに近い。

 でもゼロじゃないんだ。


 万一の可能性ならば、一万回挑戦すればいい。


 俺はすぐさまギルドの受付口らしき所に行く。

 そこには誰もいなかったが、ベルを鳴らすと奥から「はーい」という声が聞こえた。


 トタトタトタ……と近付いてくる足音を聞きながら、俺は深呼吸をした。


「こんにちは、こちら冒険者ギルド・メディン地区支部で――」


 やってきた女性は軽やかな挨拶文句を詰まらせ、顔をしかめた。


「……何か御用ですか」


 次に口を開いた時には、すでに声色が変っていた。

 一瞬だけ合わせてくれた目も明後日の方向に逸らされている。


「冒険者登録をしたいんですけど」


「ではこの書類に記入を」


「はい」


 でも幸先は良いな。

 ちゃんと仕事をしてくれる、真面目な人に対応してもらえた。


 早く書いて離れよう。


「えーっと」


 まず名前と、年齢、出身地。

 役職は【剣士】、スキルは無し、と。


 ちなみに、ここで言う役職とは単なる職業のことではない。


 ユラギノシアの人は10歳になるとギルドへ行き、そこで行われるテストと潜在能力の解析によって向いている役割を判定してもらう。

 その「向いている役割」というのが役職だ。


 例えば俺の【剣士】とか、【魔法使い】、【格闘家】、など様々な種類がある。

 ちなみに潜在能力の解析を担当するのは【導師】という役職の人だ。


 つけ足しておくと、あくまで「向いている」というだけなので、直接職業に関係することはあまりない。

 村にも【槍兵】の人とかが普通にいた。


 一方、スキルは個人に発現する付属的な能力のことだ。

 その人特有のものもあれば、多くの人が持つものもある。

 スキルによって役職が左右されることもあるとか。


 俺にはまだ発現していないけど、成長することでスキルが増えた、という例もあるらしいから、まあ焦ることでもない。


 どちらも村や町で暮らす分にはそこまで重要ではない。

 ではなぜ冒険者登録の書類に記入する必要があるのか。


 答えは明白、冒険者となると事情が変わるからだ。


 冒険者、すなわち危険を冒す者。

 彼らは魔物と戦うことも多く、戦闘を想定してパーティーを組まなければならない。


 そこで、役職だ。

 職業と違って、役職は間違いなくその人が得意とする役割である。

 「魔法使いのくせに魔法が使えないじゃないか!」なんてことにはならないため、確実に信用できる肩書、というわけだ。


 よって冒険者は役職を見て、パーティーに必要な人員を募集する。

 だからこうして書類に書かなければならないのだ。


「はい、確かに。加入パーティーを探しますか、それとも新しく仲間を募集しますか」


「新規でお願いします」


 わざわざ既存パーティーの輪を乱すようなことはしたくないしね。


「では手続きは以上です」


 受付の女性は小さな石の付いたネックレスのようなものを俺に渡した。


「こちらが冒険者証になります。加入希望者が来ましたら連絡いたしますので、最寄りの支部へお越しください。また、メンバーが2人以上でないとパーティーとして認められず、依頼を受けることができませんのでご注意ください」


「わかりました、ありがとうございます」


 俺は彼女に会釈し、その場を離れた。


 胸の高鳴りが抑えられない。


 誰か来てくれるだろうか?

 俺を理由なく嫌わない人が来てくれたらいいな。

 そしたら一緒に協力して、魔物を倒して……。


 浮足立った俺はパンを買うのも忘れて町はずれの林まで行き、木に背を預けて座った。


 そして不安と期待を交互に抱きながら、俺は眠りにつく。


 ――俺のことを見つめる視線に気付かないまま。

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