さらば故郷
人間が魔王軍を退けて早1000年。しかしいまだその脅威の消えない人間界では、冒険者なるものたちが活躍していた。
魔物の討伐、悪党退治、未知の場所の探索、などなど。
ギルドに登録された冒険者は、共に旅をする仲間とパーティーを組んで様々な依頼をこなす。
互いを信じ、時にはぶつかり合いながらも切磋琢磨する姿は、俺の憧れであり――最も遠い存在でもあった。
「ちょっとあんた、サボってないで仕事しなさいよ」
春先の麗らかな空気についぼーっとしていると、中年の女性が不機嫌そうに近付いてきた。
同じ村に住むアニーおばさんだ。
「あ、はい。すみませ……」
「まったく、誰のおかげで生活できてると思ってんだい、え?」
「そ、それはもちろん」
「あーあー、もういいよ、喋んないでおくれ。一丁前に自分は普通ですーみたいな顔してんじゃないよ、まったく気味の悪い」
アニーおばさんは踵を返してのしのしと向こうの方へ行ってしまった。
そう。
俺は嫌われ者なのだ。それもとびっきりの。
原因はわからない。ただひたすら、これでもかというほど周囲の人間から嫌われている。
どのくらいかというと、「子を愛する母親であれ、人が好いと評判の女性であれ、穏やかな老人であれ、俺に対しては人が変わったように冷淡になる」くらい。
村の人だけでなく、町の役人、店の売り子、果ては初対面の子どもまで。
俺に向けられる視線はどれも冷たく、口調はとげとげしい。
両親だって例外ではなく、彼らは生まれたばかりの俺をこの村の入り口に捨てた。らしい。
誰かが付けたのか、はたまた自分で勝手に名乗りだしたかは定かでないが、俺には「フウツ」という名前がある。
だが誰も呼んでくれない。
「おい」とか「お前」とか、そんなのばっかりだ。
この左右で色の違う瞳が原因ではないかと疑ったこともあったが、別に瞳の色のことで罵倒されたり嘲笑されたりといった経験は無い。
外見において他に特筆すべきところはどこにも無く、強いて言うならちょっと痩せ気味で背丈が低いくらいだ。
魔物や動物みたいに角があったり、鋭い牙が生えているということも当然無く……それを理解したあたりで、俺は嫌われる原因を探すのを諦めた。
けれど、実のところ俺はこの生活にすっかり慣れてしまっている。
小さい頃は痛みに弱く、ちょっと殴られただけですぐ泣いていたが、今はもう平気だ。
昨日だって、誰だったかに背中を蹴り飛ばされたもののすぐに立ち上がって作業に戻れた。
成長したものである。
それに、最近になって俺は気付いたのだ。
ここの村の人たちがみんな優しいということに。
考えてもみてほしい。誰からも嫌われ、しかもみなしごである俺を、決して裕福ではない村に置いてくれている。
普通、特に同じ村で暮らすメリットも無い嫌われ者なんか、さっさと追い出すか殺すかするだろう。
だが彼らはそうしない。
これを優しさと言わずして、なんと言おうか。
こういう風に考えるようになって、俺は村の人たちのことを好きになり……代わりに、彼らに甘えている自分のことがちょっぴり嫌いになった。
先ほども言ったように、俺自身はもう慣れたからいい。
けど、みんなはどうだろう?
人を嫌うのにも体力がいるはずだ。
もしかしたら、理由なく俺を嫌うことに対して罪悪感を抱いている人だっているかもしれない。
俺は、俺がいることで村の人たちの生活を邪魔しているのではないか?
徐々に大きくなる自己嫌悪を抱えながら、俺は今日も畑を耕し、牛の面倒を見る。
村人の視界にできるだけ入らないようにしながらの労働を終え、飢え死にしないくらいには十分な量のご飯を食べ、地面という名の床に着く。
――そして、とうとう決意した。
村を出よう。
翌朝、目を覚ますや否や俺は勢いよく起き上がり、村長の家へ走った。
途中の川で顔を洗って、気持ち程度に身なりを整える。
通りすがった村人からの容赦ない視線が刺さったが、今は隅に隠れる気にはなれない。
村長の家に着き、扉を叩く。
ややあって村長が顔を出し、やはり表情を歪めた。
「……なんの用じゃ」
「村長、俺、この村を出ます!」
「は?」
唐突な宣言に目を丸くする村長。
しかしすぐにしかめっ面に戻り、黙り込む。
「身勝手でごめんなさい。でも俺、もう16です。これ以上みんなを嫌な気持ちにさせてまで、居場所を得ようなんて思えないんです」
だからどうか出ていくことを許してください、と俺は頭を下げた。
「……はあ…………」
村長が深くため息をつく。
「うぬぼれるな。お前ごときいなくなったところで、何が変わるわけでもなかろうて。むしろ皆せいせいするわい」
「村長……」
「ふむ。少し待て」
そう言うと、村長は家の中に戻り、小さな袋を持って出てきた。
「言ったからには、二度と戻ってくるな。よいな」
俺に袋を投げつけて村長はピシャリと扉を閉めた。
「なんだろ、これ」
袋はそこそこ重く、口を開けてみるとそこにはなんと銅貨が4枚入っていた。
「え、村長! これお金です! お金!」
驚きのあまり俺は大声を出す。
「知っとる。はよう失せろ」
家の中から、村長の腹立たしげな声が飛んできた。
どうやら村長は、本気で俺にお金をくれたようだった。
「っ……! ありがとうございます!」
これだけあれば、ちゃんとしたパンが1個……つまり5日は余裕でしのげるぞ!
ああ、やっぱり村長も良い人だ!
そんな具合で感激しながら村の出口へと歩き始める、と。
「あんた、出てくのかい」
近くで聞いていたのか、アニーおばさんに話しかけられた。
「はい」
「ふん、そうかい。そのおめでたい頭で、いつまで生きてられるかねえ」
銅貨の入った袋を一瞥し、それだけ言って彼女は仕事に戻っていく。
俺はその背中にお辞儀をしてまた歩き出した。
出口までたどり着くと、俺は村を振り返った。
俺を嫌いながらも育ててくれた、優しい村。
俺は死んでもここへは戻らないと誓おう。
それがみんなへの、せめてもの恩返しだ。
「さよなら」
誰にも聞こえないように、俺は小さく呟いた。
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