すべてをなくした、その先で。 ~嫌われ者の俺に優しくしてくれるのがヤベー奴らしかいないってどういうこと!?~

F.ニコラス

第1章 憧れの冒険者ライフ

プロローグ

 ある穏やかな冬の夜の、ある穏やかな村の、ある暖かな一軒家で。


「ねえねえ、おはなし読んで!」


 幼い少女が、母親に就寝前の読み聞かせをねだっていた。

 窓の外にはちらちらと雪が舞っている。


「ええ、いいわよ。何のお話が良いかしら?」


「ボウケンシャのやつ! あの本の、最初のとこ!」


 目を輝かせながら、舌ったらずに少女は答えた。


「うふふ、あなたったらそればっかりね。難しい言葉がたくさんあって、わからないでしょう?」


 言いながら、母親は掛け布団をそっと彼女の肩まで引き上げてやる。

 そして小さな本棚から1冊の本を取り出し、ベッド横の椅子に腰かけた。


「わかるもん! わたし、もうお姉さんなんだから!」


「あら、そうだったわね」


 愛おしい我が子の頭を撫でながら、母親は静かに本を開く。



 あるところに、2つの世界がありました。


 1つは人間界。

 ユラギノシア統一国家の下、人間やドラゴンが住む、穏やかな世界。


 もう1つは魔界。

 魔王が統治し、様々な見た目の人間――魔族が住む、刺激的な世界。


 交わるはずのなかった2つの平和は、ある時、突然壊れてしまいました。

 後に「帝王主義」と呼ばれる思想に目覚めた魔王が、人間界に侵攻し始めたのです。


 人間界の存在を知っていた魔族に対し、人間たちは魔界に関してまったくの無知でした。


 未知の軍勢からの侵略に、出遅れながらも人間たちは抵抗しました。

 騎士団のみならず、王子や王女までもが戦場に出ました。


 苛烈を極めた戦いの末、やっとのことで人間たちは魔王軍を退けることに成功します。

 ですが長きに渡る戦いは人間から多くのものを奪っていきました。


 人命や幸せな生活はもちろん、古くからの友であるドラゴンすらも、1体残らず失いました。


 さらに撤退の際に取り残された魔界の動物・魔物が繁殖し、人々を襲うようになったのです。


 魔物は洞窟や森を棲み処とし、「魔窟」という独自の生活領域を展開する集団もありました。


 もはや騎士団だけでは対処しきれない事態に、ある青年が声を上げました。


「我々も国の復興に協力しようではないか」


 彼は一般市民でありましたが、それなりに腕に覚えがあり、仲間を数名集めると各地で魔物の討伐や治安維持に奔走し始めました。


 やがて彼の行動に感化された者たちも、それぞれ手を取り合い、活動の輪を広げるようになりました。


 これが冒険者とパーティーの起源です。


 復興がひと段落した後、青年は冒険者たちのための組織、すなわちギルドを立ち上げました。


 騎士団が町に常駐して市民を守る一方で、ギルドはパーティー単位で各地を飛び回り依頼をこなします。


 国営の騎士団と、民営のギルド。


 以降、2つの組織は国の平和を支える双璧となったのであります。



「んふふ……かっこいいねえ」


 少女はうとうとしながら微笑む。


「わたしも、しょうらい、ボウケンシャになるんだあ。それでね、おかあさんのこと、まもったげるよ。まものもね、みんなやっつけたげるからね」


 母親に本を読んでもらってから少女はいつも決まってこう言う。

 ゆえにこれは、もう何十回と発せられた台詞だ。


 が、母親にとって、娘のこうした言葉はいつ聞いても嬉しいものである。


「まあ、それは頼もしいわね。お母さん、楽しみにしてるわ」


 おやすみなさい、と母親は少女の頭をもう一度撫で、部屋を後にした。


 そうして居間に戻ると、ふと窓の外で何かが動くのが見えた。


 母親は顔をしかめ、億劫そうに上着を羽織って家の外に出る。

 先ほどの窓の辺りに行くと、そこでは1人の少年がふらふらと歩き回っていた。


「ちょっと」


 いかにも不機嫌な声で、母親は少年を呼び止める。


「! は、はい」


 少年は肩をびくりと震わせて振り返った。


「何をしているの?」


「えっと、寒くて寝られないので、少し体を動かそうかと……」


 言葉に違わず、防寒具の無い彼の手足は冷えて赤くなっており、簡素で薄い服を着ただけの体も小刻みに震えている。


「ちゃんと寝床は与えたでしょう? 夜中にうろうろしないでちょうだい、娘が見たら怖がるわ」


「ご、ごめんなさい」


 母親がぴしゃりと言い放つと、少年はとぼとぼと去って行った。


「まったく、いっそ怠け者なら堂々と追い出してやれるのに」


 忌々しそうに彼の後ろ姿を睨みつけ、母親は我が家へと帰って行く。


 一方で、少年は村の端にある牛小屋に辿り着くと、その隅に縮こまるようにして寝転んだ。


「……悪いことしちゃったな。今度からは気を付けなくちゃ」


 そう呟く彼の名は、フウツ。

 村一番の嫌われ者、鼻つまみ者。


 誰からも嫌われる彼はこうして、ひとり寂しく眠るのであった。

 ある穏やかな冬の夜の、ある穏やかな村の、いくらかは雨風をしのげる牛小屋の隅で。

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