Evolve

「どうだ?」

「あたまをうちぬきました」

「そうか。さすがだな──プリムの体調に異常は?」

「ええと、ちょっとだけつかれたかもです」


 魔導狙撃銃マナライフルで、あれだけ強力な攻撃を行ったのだ。

 疲労を感じるのも当然だろう。


「すまなかったな、プリム」

「だいじょぶです。これでフィオンちゃんをさがしに行けるなら」


(人を撃つなんて事、出来ればさせたくなかった)


 俺はおもむろに自分のカードを確認した。

 間に合うのなら、俺が直接討ちに出るつもりだったのだが──





  第二    4   アンロック

  第三    5   アンロック

  一般    4   アンロック

  兵器    1   ロック

  警備    4   ロック

  生活    3   ロック

  開発    4   ロック

  気象    6   アンロック





(まだロックはされたまま)



 想定では今日こそが、正にその日であるはずなのだが──

 カード表示に変更は無い。


(だが──もうその必要も無いか)





 アイザックはほうむった。





 後は、残った魔物達の始末をどうするかだけだ。


(主を失ったのだ。逃げ出すか、それとも逆上して襲ってくるか)


 この先の展開を推し測る中、珍しく震え声のプリムが俺の名を呼ぶ。


「ヒースさま……あっ、あの……」

「どうしたプリム?」

「からだが……うごいてますです」

「なんだって!? ちょっと銃を貸してくれ」


 スコープを覗き、アイザックがいた場所を確認する。



「どうなっている、これは!?」



 プリムの言う通り、頭は完全に吹き飛んでいる。

 だが──



(なぜ両腕が動いている!?)



 あり得ない。

 脳を破壊された人間が、体を動かすなど。


脊髄せきずい反射──いや。あれはそういったたぐいの動きではない!)


「ヒースさん、どうかされましたか?」

「エリオット団長。アイザックは確かに討ち取ったなのですが、何か様子が変なのです。すぐに団員達に迎撃態勢を」

「なるほど、わかりました。誰か、ソフィア様を早く安全な場所に!」


 いまだにうつろな状態のソフィア妃を、団員が城塞の奥へ連れていく。



 その直後。




「「「グオォォォオオォオッ!!」」」




 城塞の周囲から、おぞましい咆哮ほうこうが一斉に響き渡る。


「ヒースさま! まもののむれがこちらに!」

「くそっ。いっその事逃げ出してくれれば良かったのだが──エリオット団長、我々はアイザックの様子が気になるので、このままこの北門で敵を迎え討ちます」

「宜しくお願いいたします。何かありましたら近くの兵士を伝令にお使いください。私は城塞全体の指揮を取ります。ご武運を!」


 おそらくエリオットは城壁に連なる中央塔で指揮を取るのだろう。

 練度の高い団員達は、既に持ち場に付いている。



『遠距離隊、射撃準備!』



「俺達も迎撃準備を。なるべくクロスボウを利用し、魔法攻撃は控えるようにしてくれ。まだ何が起こるかわからないからな」

「「「了解!」」」

「あとプリムには申し訳無いが、敵全体の動きとアイザックの亡骸なきがらに何かおかしなことが起きていないか、随時確認するようにしてくれ。マナライフルによる攻撃は控えるように」

「はいです」


 想定していた展開とは全く異なるものの、これはこれで都合が良い。

 敵が城塞を取り囲んだのは、正攻法での攻略は無理だと判断したからだ。


(数は多いが、所詮しょせんは指揮する者がいない魔物の軍勢)


 城塞の体制も万全だ。

 特に問題になる事は無いだろう。



 ただ、もし不安要素があるとするならば──



(アイザックのむくろ……一体はなんなのか)





    ◆  ◇  ◇





「おっ、おかしらがっ!?」


 構成員達が気付いた時には、既にかしらあたまは無かった。

 つい先ほどまでは城塞相手にひたすら下劣な言葉をまくし立てていたはずだったのだが──

 空に一瞬光が走った後、現状を知るに至る。


 ざわめく構成員達を一喝したのはヘルマンだった。


「みなさん! 少しは落ち着きなさい。ジェイド様が何の対策も施していないはず無いでしょう?」

「で、ですがヘルマン様! ありゃどう見ても頭が吹き飛んじまってるとしか……」

「ええ、そうですね。私にもそう見えます。本当に素晴らしいです」

「す、素晴らしいって……」


 混乱する構成員達だったが、ヘルマンは次の一言で事態を収束させた。


「どう見ても本物と見紛う程の認識阻害魔法! さすがジェイド様です!」

「認識阻害──これがでごぜぇますか!?」

「当然です。ですから貴方たちは魔物達が城塞を落とすまで、おとなしく待っているのです」


 半信半疑の構成員達に、彼は追い打ちをかけた。


「それとも結界の張られたこの陣の外に逃げるとでも? 私は知りませんよ? 先日任務に失敗した方のように陣の外に出た途端、ご自身の体が魔物に喰い散らかされる羽目になっても」

「わっ、わかりましたヘルマン様! あっしらはここで突撃の準備をしてますんでぇ!」

「ええ。そうするのが賢明です」


 そう言い残し、ヘルマンはアイザックの亡骸なきがらの観察を始めた。

 ジェイドから忠告を受けているので、あまり側には近付かない。


(しかし、こんな遠距離から確実に頭を狙い撃ち出来るとは……)


 構成員達に伝えた『認識阻害魔法』という話は、真っ赤な嘘である。

 彼らをこの場所に留まらせたのは彼らのためというよりも、アコードーヴ側の動きを警戒しての事だ。


(総大将を潰す事で、こちら側の総崩れを狙ったのでしょうが)


 彼にしてみれば、別にそれはそれで良かった。

 アイザックが死んで魔物が霧散むさんしてしまえば、任務は続行不能になる。

 あとは経緯をジェイドに報告するだけで良い。


 だがどういう訳かアイザックの亡骸は──


(うわっ、なぜ頭が無いのに腕が動くんですか!? なんて気色の悪い──)


 どんな形であれ、活動を停止していないからには観察を続ける必要がある。


 そして、城塞を包囲する魔物達にもなぜか動きは無かった。

 こちらが総崩れになっていない以上、敵は他の指揮官を探すだろう。

 構成員が誰もいなくなってしまったら、真っ先に狙われるのは自分だ。


(もしあんなもので自分が狙われでもしたら──)


 そんな懸念を抱いたヘルマンは、城塞から死角になる位置を選び移動する。

 ただ、アイザックの頭を吹き飛ばしたような攻撃はそれ以降は無い。


 ヘルマンはそれでも気を緩めず、慎重に亡骸の観察を続ける。

 腕の動きは既にんでいたが、今度は別の異変に気付いた。



(なんですかこれは!? まるで何かの生き物のように脈打って──)



 表皮に浮き出たどす黒い血管がはっきりと脈動している。

 もっとよく観察しようと近付いたその時。




『 ド ク ン 』




 亡骸全体が大きく脈打った。

 それと同時に、精神をむしばむような忌まわしい波動を感じるヘルマン。



(精神干渉? このむくろが発していると!?)



 シンテザ教徒である彼は、それが精神魔法によるものだとすぐに理解する。



「アイザックさん? 死んでいたのでは──なかったのですか?」



 思わず声をかけるヘルマンだが、当然返事は無い。

 魔物達に動きがあったのは、丁度その後だった。




「「「グオォォォオオォオッ!!」」」




 彼らは雄叫びを上げながら、一斉に城塞へ移動を始めた。


「ど、どういう事ですか? 主からの指示もないのに!?」


 よく見れば、左手に握られていたはずの魔剣タイラントが無い。

 辺りを見回すと、それが少し離れた場所に落ちているのを見つけた。


「きっと先程腕を振り回した時に振り飛ばされてしまったのでしょう。貴重なものでしょうし、これは私が回収しておきましょうか」


 素早く魔剣を回収し、再び城塞の死角へ隠れるヘルマン。

 少し余裕が出たのか、動き始めた魔物の様子を確認する。


「それにしてもこの魔物達、なにか雰囲気がおかしいですね──」


 魔物達をずっと近くで見て来た彼には、それがすぐに分かった。


(どの魔物も全て、何かに腹を立てているような──)


 魔物と言っても様々な感情を持っている。

 彼らはチンパンジーなどよりも豊かな感情表現が可能だ。


 だが今城塞に向かう魔物達に、感情の多彩さは一切見えない。


「先程の精神魔法の波動の影響? まさかあの骸が?」


 一匹残らず、全ての魔物が怒りに支配されているようだった。

 そしてヘルマンは、別の異変にも気付いた。


「魔物達のあの赤い目──あれは『狂化』バーサークですか?」


 しかし彼の知る『狂化』は、本人の意志とは逆の行動を強制する精神魔法だ。

 通常は常識的な意志を持つ人に対して使うもの。

 それにより、普通の人間を破壊衝動を持つ者へと変化させるのだ。


「では元々破壊的な魔物に狂化を使ったら改心するのでしょうか?」


 だが目の前の魔物は怒りに支配されている。

 彼には魔物達が何の魔法を掛けられているのか、見当も付かなかった。


「考えてもわかりませんね。ジェイド様と合流したら報告がてらお聞きしてみましょう。この『骸』の事も気になりますし──」



 彼が『骸』むくろと表現したもの。

 その言葉はある意味では正しく、ある意味では間違いだった。



 元々アイザックだったその体は、人としての生命を終えた。

 その意味では骸という表現は正しいのかも知れない。



 ヘルマンは、まさかその骸がだとは思いもしなかったのだ。




 その骸こそが、最終進化evolveを遂げる直前の『蛹』さなぎである事を。




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