古代兵器 / 王族

 プリムの魔導狙撃銃マナライフルは、おそらくとんでもない威力を持つ。


 実際の使用例が書物に書かれていたわけではない。

 著者は使用者の末裔に伝わっていた話を書として残したらしい。



(だが、あの記述が本当だとするなら──)



 もし万が一狙いがはずれてしまった場合、銃は狙いが外れた別の対象をしようとする。

 つまりもし的が外れて建物に当たってしまうと、その建物が崩壊するのだ。

 その可能性が消えない限り、城塞内で使うのは危険である。


 また別の意味で魔物を標的にするのも問題だ。

 無駄に刺激してしまうと、魔物が一斉に襲い掛かってくる可能性もある。


 そこで比較的魔物の少ない、東側に散在する岩を標的にする事にした。


 城塞上から、辺りを一通り確認するセレナ。


「相変わらず敵に動きは無いな」

「魔物がおとなしく待ち構えているとか、ほんと悪夢みたいな光景ですわね」


 シアの言う通り、それはなんとも異様な光景だった。


 俺が知る限り、魔物がその歩みを止めるのは食事の時くらいなもの。

 おそらく精神魔法か、それに準じる何かで拘束しているのだろう。

 魔物にも意志や感情は存在するからだ。


 皆が城壁の外に目を向ける中、ニーヴだけが壁の内側を注視していた。


「ヒース様、あの広場にある大きな機械はなんですか?」

「良く気付いたな。あれは団長に情報提供した、もう一つの武器だ」

「これがもう一つの……なんという武器なのですか?」

「トレビュシェット。遠投投石機だな」

「とれびしぇ……変わった名前ですね」

「異国の、それも古い兵器だからね」

「でも、なぜ今になって準備しているのですか?」

「むしろ今の状況だからこそ、この武器が必要なんだ」


 エリオットが経緯を説明する。


「暫く前から制作に取り掛かってはいたのですが、この武器は主に攻城戦の為の武器という事だったので後回しにしていました。動く敵にはあまり効果が期待出来ませんからね」

「防御側のこちらではあまり使い道が無いと?」

「ええ。ですが状況が変わりました。奴らは前回の戦いでバリスタの射程距離を確認したのでしょう。攻撃が届かない位置できっちり待機しています」

「なるほど、それであの投石器の出番なわけですね!」

「はい。大きな兵器なのでまだ数台しか完成しておりませんが、敵を挑発する為の手段としてはある程度有効でしょう」


 敵はこちらからは討って出ないと踏み、補給路を断つ作戦を仕掛けて来た。

 城塞の主力武器はバリスタだ。

 奴らは魔物の軍勢を突撃させるような事はせず、安全な位置から俺達の自滅を待っているのだ。


「それでも挑発を行うにはまだ数が足りない。だから長射程の魔法が無いか調べていたところ、見つかったのが武装魔法に関する書物だったというわけだ」

「そうだったのですね」


 俺は辺りを見回し、平地から突き出ている岩塊を指差した。

 横幅はおよそ二メートルと言った所か。


「あの岩が丁度良さそうだな。シア。例のペンダントを手に持ち、先程教えた呪文を詠唱してくれ」

「承知いたしましたわ」


 透き通るペンダントトップを両手で載せ、詠唱を始めるシア。





── ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᚠᚨᚱ ᚨᚢᚳᛏ ──





 ペンダントにほのかな光を放つ微粒子が集まっていく。

 薄黄色をした半透明のそれは、同色の光を放ちながら輝きを増していった。

 そしてある程度の明るさを迎えた所で、輝きは一瞬にして収束する。


「色が──青い光が──」


 ペンダントトップの色が変化した。

 元々黄玉トパーズのような見た目をしていたのだが、今ではブルー・トパーズのような透き通った青色に変わっている。

 内側からは微かな光が発せられているようだ。


「これで良かったんですの?」

「ああ。それをプリムに渡してくれ」

「承知しましたわ……はい、プリムさん」

「シアねぇありがとう」


 プリムは受け取ったペンダントトップ、もといエネルギーパックを、狙撃銃下部の接続溝にはめ込んだ。


「あっ、プリムちゃんの署名が!?」


 ニーヴの言う通り、狙撃銃の署名オートグラフもまたペンダントと同じ青色に輝き始めた。


「銃の各部の名称は前に教えた通りだ。それじゃ先程の岩をスコープで覗き、岩が中心に来たタイミングでトリガーを引いてみてくれ」

「りょうかいです」


 プリムが銃を構えてから、射撃するまでほんの二秒。

 射撃音は無かったが、微かに風を切るような振動が伝わって来た。


 岩が瞬時に粉々に砕け、煙が立ち上がる。

 遅れてほぼその一秒後、辺りに岩の爆発音が響き渡った。


「す、すごいです……」


 ニーヴの言葉だが、全員同じ感想のようだ。

 撃った本人も含め、その場にいる者全てが目を丸くしている。


 それも当然だろう。

 城塞のバリスタでも、直径二メートルの岩を粉砕するのは不可能なのだ。


(だが──これはあくまで試し打ち)


「どうやら記載通りの性能が出ているようです。この程度で本当に良かった」

「この程度って──とんでもない破壊力ではないですか、これは!」


 エリオットは軍人だけに、兵器についての知識を十分持っている。

 そんな彼でも個人が──幼い少女が扱えるようなものでこれほどの威力を持つ武器など、今まで見た事も聞いた事も無いだろう。


「申し訳ありませんが、兵士達には黙っていてくれると助かります。変に怖がられたりしたらプリムが可哀そうなので」

「とてもじゃないですが言えませんよ、このような武器の存在なんて──」

「ありがとうございます。でもその銃、本来は狙撃対象の組成を解析し、対象を破壊可能な最小限の──」


 俺がその狙撃銃の解説を終える事は無かった。



『アッ、アッー! キこえるカ? アコードーヴのゴミクズ様方!』



(また魔導拡声器? 一体誰だ?)



 ジェイドではない。

 声質も違うし、発音も少々聞き取りづらい。


「今回も北側からの呼びかけのようですね」

「ええ。ジェイドではないようですが、一体誰なんでしょう」


 その答えはすぐに判明した。


『ダレもいねーのか? へんジくらいしろア!? こっちはわざわざアイザック様が直々にタイワしてヤローってんだからヨ!』


(アイザックだと!?)


「大丈夫です。部下が拡声器で応対すると思いますので、我々は城壁の北側に向かいましょう」


 エリオットの言う通り、すぐに団員が拡声器で対応する。



(ジェイドがいない? という事は、奴は既にフィオンを追って……)



 その可能性は十分ある。

 彼のフィオンへの執着は常軌じょうきを逸している。



(急がねば──またフィオンが──)



 自分の家族が、非人道的な実験の対象になる。

 そう考えるだけで、俺の心は怒りではち切れんばかりだった。





    ◆  ◇  ◇





 城塞の北側と南側には門があり、それぞれが街道に繋がっている。

 俺達は街道の監視や戦争前の口上の用途で使われる、他の場所より明らかに大きな見張り塔に向かった。


 そこには先客がいた。


「ソフィア様!」

「エリオット団長。以前ご相談させていただいた通り、先に私から話をさせていただきます」

御意ぎょいに」


 敵の大将がアイザックと分かった時点で、あらかじめ打ち合わせをしていたに違いない。


 そして話の流れ次第では、相手がどのような行動に出るかわからない。

 遠投投石機トレビュシェットを準備していたのもその一環だろう。

 黒鷹騎士団はその事を踏まえ、出来る限りの対策を整えていた。


「プリム、ちょっといいか?」

「はいです」


 俺はプリムにちょっとした指示を与える。


「かくせいのまどうぐをもっている人ですね。わかりました」

「宜しく頼んだ」


 指示を終えると、丁度エリオットが魔導拡声器をソフィアに渡す所だった。


「それでは、これを」


 ソフィアはそれを受け取り、軽く息を付いた後に拡声器を構える。


『聞こえますかアイザック。私です。ソフィアです』


 少し間が開いた後、敵陣からの返答があった。


『オッ! ネェさん! 本当にそこに来ていたんだネ!』

『手短に話します。今すぐその魔物達を連れ、引きなさい』

『エぇ? 折角ネェさんを助けに来たのニ、なぜボクが引かなきゃイケないの?』

『助け? どういう事ですか?』


 話の内容や話し方に違和感を感じるのか、怪訝そうな表情のソフィア妃。


『ダってネェさん、オヤジのせいで、シたくも無いオッサン相手に無理ヤリ結婚サセられたんダロ?』

『あなたは何を言っているのですか? そのような事実は一切──』

『ソンな事無いデショ? ダってネェさん、オ嫁に行く前ずっと泣いてたじゃないカ!?』


(いくらなんでも大勢の人々が聞く中で、そんな私的な話を──)


 だがソフィア妃も元王族だけの事はある。

 彼女の心中を察する事は出来ないが、表向き動じる様子は無い。


『かつての私がどのような気持ちを持っていたかなど、今は全く関係ありません。とにかく現在私はフェンブル大公妃であり、この国を守る立場にいます。そのような過去の話、全く意味がありません』

『マったく……意味がナイ……だト!?』


 アイザックの口調に変化があった。

 これまでは心持ち快活な調子で話をしていたのだが──


『あぁソウか。ネェさんはあのオッサン大公に毎晩ヤラレまくってたせいデ、もはや性ドレーにまで成り下がっチャったっテわけだネ』

『っ!?』


(アイザック──こいつ本当に王族なのか?)


 団長は発言を耳にした直後、厳しい表情で伝令に指示を出している。


『デも安心してネェさん、ボクの一物を咥えタらオッサンのアレなんてスグもの足りなくなるからサ! 昨日ダッて、かっサラって来た娘を一晩中ツキまくってたら、涎垂らしテ痙攣しなガらイキまくりヤガってよォ──』

『お黙りなさいアイザック! それ以上の暴言、いくら一国の王子であろうが許されません。恥を知りなさい!』


 ソフィア王妃がアイザックとの対話を試みようとしていたからには、おそらく本来ならある程度まともな思考の持ち主だったはずだ。

 しかも彼は王族である。


(これではまるで精神に異常を来たした──ん? 精神?)


 ジェイドはシンテザ教徒であり、精神魔法の使い手である。

 アイザックがなんらかの精神魔法を掛けられていてもおかしくはない。


(それにしても──これはひどいな)


 アイザックはその後も下品な話題を吐き続けた。

 その内容は、口にするのもはばかられるようなものばかりだ。


 シアとセレナは嫌悪感を剥き出しにしている。

 プリムは俺からの指示を黙々と遂行中だ。

 ベァナはニーヴに『聞いちゃダメだからね』と声掛けしてくれていた。


(すまんなベァナ、気を使わせてしまって)


 ソフィア妃はよっぽどショックを受けたのだろう。

 拡声器を持った手を下ろし、茫然自失ぼうぜんじしつの状態だった。


「ソフィア様、お気を確かに」


 エリオットの問いかけに対し、何とか義務を果たそうとしたのだろう。

 大公妃は失意と悲しみの中、やっとの事で自分の思いを口にした。


「エリオット団長──はかつて私の知っていた弟ではありません。まともな神経を持った人間ではないでしょう。お願いです──討ってください」

「本当に宜しいのですね」

「話の通じない相手だという事が良く分かりました。もはや悔恨かいこんの念すらありません」

「承知いたしました」


 エリオットが振り向き、目が合う。


「ヒース殿。遠投投石機では王子を攻撃するのは難しく──」

「ええ、心得ています。プリム、見つかったか?」

「北西にいました。ですが──あれはほんとうになのですか?」


(どういう事だ?)


 プリムに銃を借り、彼女が見つけた相手をスコープ越しに見る。


(相当距離があるな)


 一キロメートル近くはあっただろうか。

 だが、それよりも驚いたのは──


「これは……」


 その姿は、どう見ても人のものでは無かった。

 しかし、手に魔道拡声器を持つ者は他にいない。


「そいつが喋っていた奴で間違いは無いか?」

「はい。それはまちがいないです」

「そうか。じゃあすまないが──やってくれ」

「もんだいありません」


 銃を返すと、プリムはすぐさま構えの体制に入る。


(プリムは戦闘に入ると、いつも恐ろしい程冷静だな──)



「いきます」



 プリムの狙撃銃の先から、一筋の光が放たれた。

 光の太さは、先程岩を撃った際の数倍はあるだろうか。


(このマナライフルの恐ろしさは、正にこの点にある)


 狙撃する対象の情報を取得し、対象を確実に破壊する。

 攻撃をしたが最後、それは必ずで射出されるのだ。


(だが──岩を砕くよりも威力が必要になるとは、一体)


 俺のそんな疑問を他所よそに、光は真一文字に天空を駆けていった。




 敵の──王子のこうべを、一目散に目指して。



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