In The End

「それで? ヒースさんが城塞を離れなかったせいで時間がかかったと?」

「へい! フィオン嬢とヒースを城塞から追い出せという指示でやしたので、そりゃもう一生懸命、難民達をあおりやして──」


 ジェイドの前で成果をアピールしているのは、彼が送り込んだ工作員だ。

 元々どこかの盗賊団の頭を張っていたが、戦わずして略奪が出来ると言う話を聞き付け、途中から便乗するように参加した。


「ですが──結局ヒースさんはまだ城塞の中いらっしゃるようですね」

「本当に薄情な野郎ですぜ、あのヒースって男は! 仲間が一人出て行ったっていうのに、我関せずって感じで居座ってやがりまして」


 工作員は少し焦っていた。

 依頼を完璧にこなせなかったからだ。


(ここはなんとか切り抜けねぇと──何されっかわかったもんじゃねぇぞ)


 そんな工作員の気持ちなどお構いなしに、ジェイドの質問は続く。


「それで。フィオンさんが城塞を出たのはいつなんですか?」

「えー、詳しいこたぁわかんねぇですが、二・三日前くらいだったかと……」

「詳しくわからない? しかもこんなに時間が経っていながら、あなたは今頃報告をしにきたと?」


(やべぇ……このままじゃ処罰を……)


「まぁ良いでしょう。ではもう一点だけ教えてください。フィオンさんが脱出したのは城塞のどちらの方角でしたか?」


 彼はフィオンがどの方向に逃げたのかなど、調べもしていない。


(どうせそんな事、知る方法なんてねぇだろ)


 処罰を逃れようと、彼はあてずっぽうに答えた。


「ええと──城塞の南側に向かったようでして──」

「南側──そうですか。報告ありがとうございます。引き続き任務の遂行、宜しくお願いしますね」

「じょ、城塞に向かえと!?」

「ええ。あなただって任務をきっちりと終わらせたいでしょう? それとも──何かご不満でも?」

「滅相もございやせん! 行かせていただきやす!」

「それは良かったです。ヘルマン、彼をお見送りしてあげてください」

「承知いたしました」


 ヘルマンに連れられ、天幕の外に出る工作員。


「ヘルマン様、あっしは一度難民申請をしておりやす。また乗り込んだりなんかしたら、さすがにバレてしまうのでは……」

「いえ。それについてはご心配なさらず」

「ですが──この魔物の群れの中をどうやって──」

「この木札をお持ちください。我々の陣に掛けられているものと同様の、認識阻害の魔法が掛けられているそうです」

「そ、そうでやすか。ありがとうごぜぇます」


 半信半疑だったが、ここで戻るわけにも行かない。

 そんな事をしたら、それこそ職務放棄で処罰される事は必至。



(おとがめも受けなかったし、なんとか乗り切ったか)



 工作員は意を決し、陣を離れていった。



 事前に魔物のまばらな場所を教えて貰っていたため、そこを選んで歩く。

 ヘルマンの言う通り、魔物に襲われる事は無い。


「まったく、この認識阻害の魔法ってのはすげぇよなぁ。確かこの辺りにはウン十万の魔物が潜んでるって聞いてたが──」


 そう呟きながら歩いていると、にわかに木札の魔法陣が光り始めた。


「なっ、なんだ!?」


 木札の光はひとしきり輝いた後、消えた。

 そして──




 描かれていた魔法陣も完全に消えていた。




「な、なんだったんだこれは……え? うわぁぁぁっ!!!!」




 工作員は魔物達の餌となった。




 そしてそれこそが、彼に与えられた最後の任務だった。





    ◆  ◇  ◇




「こんな事なら手間でも魔法具を設置しておくべきでした。まさかあれほど使えない人物だったとは……私も人を見る目が無い」

「とんでもございません! そもそも質の低いゴロツキしか残っておりませんでしたし、結果的にフィオン様を城塞から引きはがす事が出来たではありませんか」

「そう考えたほうが良いかもですね──とにかく急がなければなりません」


 フィオンが数日前に出奔しゅっぽんしたという事は、既にこの近辺にいる可能性は低いとジェイドは見ていた。


「ヘルマンさん。フィオンの行く先について、なんでも良いですから何か手がかりのようなものはございませんか?」

「実は先程、少し思いついて確認してみたのですが──北東の少し離れた場所で、魔物との交戦が確認されていたようなのです」


 想定外の回答に驚くジェイド。


「よくそんな事がわかりましたね? 一体、どんな魔法をお使いになったのですか!?」

「魔法ではなく、アイザック王子に聞いたのです」

「アイザック王子ですと? それは興味深いですね」

「彼を観察していて分かったのですが、どうやら彼、魔物に自分の意志を伝えるだけではなく、少しですが魔物の感覚を受け取っている節がございまして──相互に意識を共有するという感じでしょうか」

「それは私が見た書籍にも記載されていませんでした──面白い発見ですっ!」


 ジェイドはその情報を元に検証を始める。


「精神干渉の影響は、術者から離れる程弱まります。干渉の影響を受けず、本能の赴くままフィオンさんを攻撃した魔物が存在していてもおかしくはない──」

「申し訳ございません。その程度の情報しかご提供出来ず」

「いえいえ十分です! 王子の観察も気になるのですが、優先順位から考えるとフィオンさんの確保が最優先です。すみませんが、私はすぐに出ます」

「承知いたしました。では私もすぐに支度を──」

「おおっと、その事なのですが」


 席を立とうとする部下を手で制止するジェイド。


「ヘルマンさんにはちょっと別のお仕事をやっていただきたく」

「別の……お仕事……」



(あれ──この展開どこかで──)



 ヘルマンの脳裏に一抹いちまつの不安がよぎった。



「あなたには是非『観察』を……」



 ヘルマンは三度みたび、愕然とした。




    ◇  ◆  ◇




「観察と言っても、じっと見守るだけのお仕事ではありません」

「はい……」


 敬愛する上司の指示であるため、断る選択肢はない。

 これまでの指示にかなり辟易へきえきしていたヘルマンだったが──


「ヘルマンさんの判断で構いません。アイザック王子が完全にと判断した時点で、王子の元から離脱してください」

「どういう事でしょうか?」

「目的は二つあります。一つはもしその状態になってしまうと、彼をコントロールするのが不可能になると考えられるからです」

「危険、という事ですか」

「ええ。そうなると多分、もう誰にも止められないでしょうね」

「わかりました。ご心配いただきありがとうございます。それで、もう一つというのは?」

「ヒースさんの観察です」

「ヒース、ですか??」

「ええ。彼の一挙一動を観察していただきたいのです」


 ヘルマンは上司の意図が今一つつかめずにいた。

 それを悟ったのか、事情を説明するジェイド。


「私の研究を成就させるために必要なものの一つ。勿論フィオンさんのように選ばれた種族のメスも絶対必要なのですが──」

「雌だけいても子孫は残せない」

「はい。あらゆる意味で優秀で、強力なオスが必要なのです。私はそれがヒースさんだったのだと、この期に及んで確信したのです」

「ええと──強力な個体を創出するための、もう一つの部品ピース──」

「ヘルマンさんもうまい事言いますね! ヒースだけに!」


 ジェイドでなければ完全に無視していただろう。


「ありがとうございます」

「もし彼が変態し終えた王子に負けてしまうようなら──それは私の勘違いだったという事で諦めも付きます。ですがそうでなかった場合──」


 ジェイドは嬉々として立ち上がり、両手を天に掲げる。



「彼こそ、千年に一度の逸材っ!!」



 そう言い残し、彼は席を離れた。


「王子にも一言お伝えしておかなければなりませんね。それでは、後はお任せしましたよヘルマンさん!」


 天幕から颯爽さっそうと出て行くジェイド。

 一人残ったヘルマンは思わず嘆息する。


「なぜいつも私ばかり──」


 そうは思うものの、ジェイドの言葉の意味も気になるヘルマン。



状態というのは、一体どういう?」



 初めは気が進まない任務だと思っていたヘルマンだったが──

 元々の研究者気質がうずくのだろう。


(とてもそそりますね、これは──)


 彼の心の中にはいつしか、その結末に対する好奇心が芽生えていたのだ。



 アイザックの身に起きるであろう、この世のものならざる変化に。





    ◇  ◇  ◆





「そ、それはほんとうなんだナ!?」

「ええ。ダニエラ様が手回しをしてくれたお陰で、フェンブルは今頃大騒ぎでしょうね」

「そうカ。アネウエが、あの城塞ニ……」


 要件を伝え終えたジェイドが席を立つ。


「それでわたくしなのですが、ちょっと急用が出来てしまいまして。ここを離れなければならなくなりました。後は陛下に全てお任せいたしますので、ソフィア妃の件も含めて宜しくお願いいたします!」

「アア、まかせておケ!」


 アイザックが公都を目指していた理由。

 それは彼の実の姉である、ソフィア妃の元を訪れる為だった。


「やっとネェさんが、ボクのものに……」


 彼の記憶の中にある、自分に優しく接してくれた唯一の女性。

 その姉への屈折した愛情が、進軍を続けた理由の一つでもある。


 もっとも進軍を直接指示したのは、母のダニエラ王妃ではあったが。


「とにかくお伝えしましたからね。それでは私は急ぎますので、これにて」


 そう言い残しジェイドは天幕を後にする──はずだったのだが。


 彼にとっては大した事では無かったのだろう。

 継承争いの発端となった、重大な事実をアイザックに伝えた。



「あ、そうそう。第二王子のアルフレッドさんですが、あの方逃亡したわけではなくレオナルドさんが何とか逃がしたらしいですよ? 第一王子を捕縛したダニエラ王妃が直接おっしゃっていましたので、間違いないです。それでは~」

「アア。そう──」



 その事実をアイザックが気に留める事は無かった。

 彼の心にはもはや、他の事を考える余地など一切残されていなかったのだ。



「待っててネ、ネェさん。好色ジジイの元から解放し、すぐにボクのモノにしてアげるからネ」



 手に持った袋をじゃらつかせ、笑みを浮かべるアイザック。

 彼は宝物の詰まった袋を腰のベルトにくくり付け、天幕の外に出た。


 そして、今では数える程になってしまった部下達の前に姿を見せる。


「おおお、アイザック陛下!」

「今までにも増して、なんという恐ろしいいでたち──」


 今の彼の姿は、誰から見ても異様なものだった。

 皮膚にはどす黒い血管が浮き出し、鎧の隙間からは棘のような固い毛が覗いている。


 配下達は、王子のその姿を単なる装飾によるものだと見ていた。

 これから戦におもむくに当たり、相手に恐怖を与える為のものだと。



 だが彼らは知らない。



 自分達こそが、その恐怖を最も間近で体感するであろう事を。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る