憤怒《ふんぬ》

 アコードーヴに大量の難民が押し寄せる少し前。


「おぃジェイド! こんだけイるんだからもう勝てるダろう? なんで攻めねーんダ!?」

「陛下……以前も同じような事をヘルマンにおっしゃっていたようですが、その結果どうなったのか覚えていらっしゃらないのですか?」

「んぁー、どうだったっけナ?」


(そろそろ脳まで完全に変容してきているようですね)


「とにかく前よりも何倍も集めたんダ! さっさと攻めっゾ!!」

「そういわれましてもねぇ。こちらにも都合が……」


 折角苦労して手を回したのに、ここでアイザックに暴走されては困る。

 何か手立ては無いか探すうち、彼はヒースの仲間の事を思い出した。


(そうです! 確かヒースさんには若い娘が複数同行していたはず!)


 早速それをダシに使って、どうにか言いくるめようとするジェイド。


「そう言えば大事な事を忘れておりました。あの城塞には現在ヒースという男がおりまして──」

「オトコにキョーミはないゾ!」

「いえ。そのヒースが連れている女性達が、どうやら若くて美人揃いらしいのですよ」

「オォ? それはほんとうカ?」

「えぇ。ですからこの数の魔物で襲撃してしまうと、知恵の足りない魔物がその女達を潰れたミンチみたいにしてしまうでしょう。陛下にはそちら方面のご趣味がおありで?」

「バッキャーロー! 女は抱いてなんぼじゃぁねぇかヨ! 反応がない女なんざ、面白くもなんともネェ!」

「そうですか。でしたら是非わたくしにお任せください。既に準備は整っておりますので」


 ジェイドの言う準備とは難民の事だ。

 彼は集落を獣人達に襲わせ、大量の難民をアコードーヴに流入させた。

 勿論その中には、難民を煽動せんどうするための工作員を紛れ込ませている。


(出来ればヒースさんも一緒に確保出来るといいですねぇ)


 元々ジェイドの目的はアコードーヴの攻略ではない。

 フィオン及び、ヒースの捕獲だ。


(ダニエラ王妃がご執心なので単なる肉奴隷候補だとばかり思ってましたが──これほど我々を妨害出来る優秀な男なんて、そうそう居ませんよ)


 ジェイドの目的は、強力な人類の創出。

 その目的を達成する為に、彼には必要だったのだ。

 強いメスと、強いオスが。


(軟弱な魔法協会の庇護下にそんな方がいたとは正直驚きです。やはり先入観はダメですね。その事に早く気付けて本当に良かったです)


 自身のよこしまな目標に浸るジェイドだったが、すぐに現実に戻る。

 彼はふと、アイザックが手に持つ袋に気付いた。


「そう言えばなんですかその袋は? いつもお持ちのようですが」

「ア? おめーにはカンケーねぇヨ」


 以前から見かける事はあったが、最近は良く手にしているようだ。

 固い石が互いにこすれるような音が中から聞こえてくる。


「まー、お守りみたいなものダ」

「そうですか」


 どうせ大したものでは無いだろうと判断するジェイド。

 その後、彼がアイザックの持つ袋に興味を持つ事は無かった。





    ◆  ◇  ◇





 フィオンさんがここを去ってから、既に一週間が経つ。

 あれからヒースさんは大事な用があると言って、姿を見せなくなった。


 エリオット団長がヒースさんの居場所を知っているようなのだけれど──


「軍事機密なので、ちょっと誰にも教えられないんだ。すまない」


 の一点張り。

 ヒースさんが何処で何をしているか、誰も知らないのだ。



 元の世界のヒースさんを知る、唯一の家族でもあるフィオンさん。

 その彼女が去ってしまった事で、相当ショックを受けているのだろうか。



「っもう! これじゃザウロー家が寄越した愚民共と、何も変わらないではありませんか!」



 シアさんが珍しく感情を剥き出しにしているのには訳がある。

 フィオンさんが去った後も、何人かの難民たちが騒ぎを辞めないのだ。

 どうやら私達一行の退去を求めているらしい。

 それは多分、ジェイドがヒースさんの名を出したせいだろう。


「まぁそう言うなシアよ。トレバーの時と違って、彼らも被害者なのだ」

「被害者だからって、何を言ってもいいなんて事ありませんわよ!」


 それは私もそう思う。

 弱者ならば何でも許されるなんて、絶対に間違ってる。


「ヒース様に、フィオンさんの捜索を直訴いたしますわ!」

「うーむ──いくらヒース殿でも、この状況ではフィオンを探しに出たりはしないと思うぞ」

「どういう事ですの!」

「メイヴから直接聞いただろう? 奴が獣人を使っていかがわしい実験を繰り返していた話を」

「だからこそ、一刻も早くフィオンさんを保護しませんと!」

「ジェイドにとってフィオンは大事な実験体なのだ。彼女を傷つける事は無いだろう。だが我々は違う。のこのこ出て行ったりなんかしたが最後、魔物の餌になるのがオチなのだぞ」

「きっとなんとかします! なんとかしてくれますわ、ヒース様ならっ!」


 本当はシアさんも分かっているのだと思う。

 それが無茶な行為であるという事を。


「一体どうしてしまったのだ、シア。普段のお主なら、我らの中で一番論理的に物事をとらえていたはずだろうに」

「わたくし、理不尽な事が大嫌いですの。皆さんもご覧になったでしょう? ヒース様が涙されていたのですよ? どんな苦境にも屈せず、どんな手段を使ってでも危機を切り抜けてきた、あのヒース様がっ!」


(うらやましいな……)


 私だって、気持ちでは負けてないって思ってるけれど。

 自分の思いを、こんなに包み隠さずみんなの前で表現するなんて事──


 私にはきっと出来ない。


「私を絶望の淵から救ってくれたヒース様の……あの方の悲しむ姿など、もう見たく無いのです……」

「シアは本当に優しいんだな」

「当然ですわ。私の優しさは全てヒース様に──って。ええっ!?」


 シアさんの名を呼ぶ声の主は──


「ヒース様、いつの間に!!」


 ヒースさん本人だった。

 扉に手を掛け、部屋の中を覗いている。


「しばらく留守にしていてすまない。ちょっとした準備をしていたんだ」

「準備、ですか?」

「ああ」


 それはまさに、いつものヒースさんの姿だった。

 どんな時でも前に進む為の努力を惜しまない、そんな姿。



「アイザックの包囲を突破するための、な」





    ◇  ◆  ◇





 セレナさんが今までの行動について訊ねた。


「で。一体どこに行っていたのだ?」

「最初は魔法協会を訪ねた。どうにか外部と通信する方法が無いかってな」

「魔法協会か──すんなり端末を触らせてくれたのか?」

「いやもう全然」

「やはり融通が利かなかったか」

「ああ。全くらちが明かないので、フェルメの話を教えてあげたのさ。このまま何も対策出来なければ、一番最初に狙われるのはここだぞって」

「それは単なる脅しではないか!」


 その指摘に、シアさんが吹き出す。


「そうなのか? 俺は単に、事実を教えてあげただけなんだが」


(ヒースさん、たまにこういう所があるんだよなぁ……)


「でまぁ最終的に端末自体は使わせてもらえたのだが──比較的新しい町なせいか、必要な情報が全く無くてな」

「確か端末に残る情報は、設置後にやりとりしたものだけだったな」

「そうなんだ。それにフェルメのオーギュストのように、装置に精通している職員もおらず──もうそれ以上は何も出来ず仕舞しまいで」

「何も成果が無かったのか」

「いや。それが古くから協会で働く職員に色々と質問していたら、城塞の一室に書庫があるという話を聞いてな」

「こんな軍事施設に書庫とは珍しいな」

「ああ。それですぐにエリオット団長に掛け合ったんだ」


 エリオットさんが話を引き継ぐ。


「実は先々代の騎士団長がとても学のある方で、城塞の一室を書斎としてお使いになられていたそうなのです。最近ではあまり使う者はいなかったのですが、処分するのも忍びなく、そのまま残しておりまして」

「団長がすぐに閲覧を快諾してくれたので、とにかく書籍を片っ端から調べて回った」

「それでしたら、わたくしもご協力差し上げましたのに!」

「私もですっ!」


 シアさんとニーヴちゃんが立て続けに声を上げる。

 彼女達は貴族令嬢だし、私なんかより幅広い知識があるので当然だ。


(こういう所でちょっとうらやましく思うのですよね、ご貴族様って)


「ニーヴはともかく、シアがいたら調べものがはかどらないからな」

「そっ、それは!?」


 なぜかテンション高目のシアさん。


「わたくしを意識して集中出来ないと! そうおっしゃりたいわけですわね!」


 ヒースさんも返答に困っているようだ。

 でも、さすがそこはセレナさん。


「シア。お主が邪魔をするからだと、なぜすぐに気付かぬのか」

「!?」


 シアさんは本当にわかりやすい人だ。

 彼女がこんな発言をするのも、全て場を和ませる為のもの。

 

(まぁ半分以上は願望が入っているみたいですが……)


「で? 何を探していたのだ?」

「魔法書を探していたんだ。魔法を使える仲間も増えて来たから、何か強力な魔法──特に射程の長い魔法について書かれた本は無いかなと」

「それで……見つかったのか?」

「まぁ考えてみれば騎士団長の立場の人が集めた書物だからな。軍事や兵器についての本がほとんどだったが、中にはいくつかとんでもないものがあった」

「とんでもない?」

「ああ。そのうちの一つが──」



 ヒースさんが不敵な笑みを見せる。

 ちょっと怖い。



「武装魔法に関する書だ」

「武装魔法ですってっ!?」



 あ。



 思わず声を出してしまったのは私です。



「さすがにベァナは知っていたか。導師の元で修業していただけはあるな」

「いえ。でも武装魔法って、今では誰も使えないものとお聞きしましたが」

「ところが使える可能性のある者が一人、実際に使える者が一人いる」

「そうなのですか!?」


 ティネ先生ですら、もう現代には存在しないだろうって言っていたのに。


「可能性のある一人は俺だ。俺の冒険者カードにその記述がある」

「なるほど。ヒースさんなら不思議はないですね」

「その表現は少し引っかかるが」

「いえ。誉め言葉ですよ」


(そう言えば、ヒースさんのカードを直接見せて貰った事は無いな)


「まぁそれは良いとして──俺の武装魔法はロックされていて今のところ使えないし、いつ使えるようになるかもわからない」

「なるほど。では実際に使えるもう一人の方というのは?」



 それは、私達にとって大切な仲間の一人。




「プリムだ」




    ◇  ◇  ◆





 ヒースさんの説明を一通り聞いた後、セレナさんから質問があった。

 武器に関する事になると、セレナさんは誰よりも積極的だ。


「つまりプリムの、その杖のような武器が武装魔法に関係あると?」

「関係あるというよりも、武器自体が武装魔法なのだ。皆には伝えていなかったが、彼女の冒険者カードには『兵器』の項目が増えていた。増えたのは、遺跡でその『魔導狙撃銃マナライフル』を入手した後だ」


 話の中心であるプリムちゃんも、真剣に話を聞いている。

 自分自身の事だから、必死に理解しようとしてるのだろう。


「しかし鍵であるはずのエネルギーパックがあるのに、これまで武器としては使用出来なかった」

「エネルギーパック──ああ、シアの持っていたペンダントの事か」

「そうだ。俺はそれを差せば使えるものだと思っていたのだが、反応こそあったものの、今も射撃は出来ない」

「どちらかが壊れていた、とか?」

「太古の技術で作られたものだからな。遺跡の装置が一万年以上稼働していた事から考えても、壊れていたわけではないだろう」

「それではなぜ──」

「実はそこが今回の収穫なんだ」


 ヒースさんは何かを探し当てたようだ。


「見つけた書には武器の使用には上官の許可、つまり魔法詠唱によるロック解除が必要だと書かれていた」

「上官の許可──プリムの上官という事は、ヒース殿か?」

「いや。今回の場合は俺では無く、おそらくシアだな」

「わたくしがプリムさんの上官!?」


 驚くシアさん。


「それってどういう──」

「詳しい事はわからん。俺の考えではシアが元々上官だったわけではなく、たまたま近くにいた適任者がシアだったのだと推測している。それにあの時ペンダントを持っていたのもシアだったしな」

「まあ確かにそうなのかもですが……わたくし指揮なんか出来ませんわよ!」

「いやいや。何も指揮官の真似事をするわけじゃない。そのペンダントにちょっとしたおまじないを詠唱するだけだ」

「おまじないですか」

「ああ。おいしくなぁれ、みたいな感じでな!」

「おいしく……」


(多分これは──私達には分からないジョークな気がする)


 それにしてもヒースさんは、どんな知識を元に推測しているのだろう?

 勿論この世界には無い、様々な知識を持っているのはわかるけど──


(ヒースさんのいた世界って、どんな世界だったのかな)


 私も夢の中で、ヒースさんの世界だろう場所を見た事はある。

 夢の中だったせいか、あまり詳しくは覚えていない。

 でも、この世界と全く違っていた事だけは確かだ。



 ふとエリオットさんの言葉を思い出した。



── はっきり言って『神』のような存在なのです ──



(いやいやいや!)



 確かにすごい人だけど、彼は人一倍人間的な人だ。

 不遇な人々を放っておけないし、自分が苦労する事もいとわない。

 それに仲間の為に怒ったり、泣いたり出来る人なんだから。



(でも神様って、もしかしたら元々そんな存在だったとか──)



「とにかく話をしているより、実際に使ってみたほうがいいだろう」

「それでは早速、部下達に訓練場の準備をさせますので」


 エリオットさんはそう申し出たのですが──


「いえ。城塞内で使うのはやめておいた方が良いと思います」

「どういう事ですか?」

「先程もお話しましたが、プリムの武器は神代の遺物です。どれくらいの威力になるのか、今の段階では正直わかりません」

「な、なるほど。確かに言われてみればちょっと怖いですね」

「ええ──し」



 それにしてもヒースさん。

 思ったより元気そうで良かった。



 もちろんフィオンさんの事は心配なのでしょうけれど。

 きっといつものように冷静に状況を把握して、適切な行動を考えているんだろう。


 そう思っていたのですが──


 まるで呪詛じゅそのような、微かなささやきを耳にした。





「……何が何でも、奴らの包囲をこじ開けてやる……」





(違う。全く冷静なんかじゃない)





 彼の振る舞いを見て、私は勘違いをしていたのだ。


 普段私達との交流を欠かさないヒースさんが、何日も姿を見せなかった。

 それによく見れば目が充血気味だし、うっすらとくまも出ている。


(そこまでしてフィオンさんの後を……)


 明るく振舞っていたのは、あくまで私達を心配させないため。

 本当は、彼女の後をすぐにでも追いかけたいに違いない。


 それは彼の見せた涙が、全てを物語っている。




(お願いです。どうか無茶だけはしないで)




 今の私に出来るのは、そう心の中で祈る事だけだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る