Break Even

 難民による騒動から数日が過ぎた。


「それでヒース殿。今日の会合ではどのような話をされたのだ?」


 騎士団の会合から戻ると、セレナの質問で出迎えられた。

 他の仲間も勢揃いしている。

 先日の難民の一件以来、俺達はあまり外を出歩かないようにしていた。


「主に食料問題についてだな」

「食料?」


 ここ最近、会合に呼ばれる事が多くなった。

 以前は軍備関連の相談で参加する程度だったのだが、ダンケルドやトレバーにける多方面での実績を理由に、事ある毎に要請されるようになったのだ。


「北部の農村が被害を受けた事によって食料供給が激減し、逆に受け入れた難民への配給などで備蓄が急激に減っている状況らしい」


 当初はあくまでオブザーバーとしての参加という立場だったのだが──

 エリオットは全く意に介する事無く意見を求めて来た。


(さすがに俺達もその食料消費に加担しているからな……)


 城塞の防衛に貢献しているとは言え、断るわけにもいかない。


「それはさすがにまずいのではないか?」

「ああ。一応今は南部方面から行商人が来ているのでなんとかまかなえているようだが、公都のごたごたのせいで、いつ途絶えるかもわからない状況だ」

「根本的に解決するには、北部に潜んでいる奴らを討伐するしかないだろうな」

「だが、いつまたアイザック達が襲ってくるかもわからない。騎士団員を討伐に回してしまうと、今度はアコードーヴの守りが手薄になってしまう」

「せめて赤獅子と緑龍が残っていてくれればな──」


 セレナの言う通りなのだが、無い袖は振れない。

 しかし、俺にも他に何か対案があるわけでもない。


 誰もが良い案を出せない中、フィオンが彼女らしい提案をする。


「ねぇにぃに。ボク達で倒しに行くのはダメなの?」

「敵が少数ならばそれも考えたのだが──」

「フィオンさん。アイザックは数日で魔物を数万匹も集めてしまうような相手ですのよ? いくら私達でも、そんな奴らに出くわしたらタダでは済まないと思いますわ」

「でも、このままここに居ても何も変わらないよ?」


 フィオンの言う通りだ。

 だが、フィオンを再びジェイドに近付けるわけにはいかない。


「もう少し情報を──」


 不意に扉をノックする音が響いた。

 すぐにその主の声が続く。


「急にすまぬヒース殿。団長のエリオットです」

「今お開けします」


 何事かと扉を開け、事情を聞く。


「会議が終わったばかりで申し訳ない。哨兵しょうへいから火急の伝令がありまして」

「襲撃ですか?」

「いえ、襲撃を受けたわけでは無いのですが──皆さんお揃いのようですし、まずは現状を直接見て頂ければと」


 俺は仲間達を連れ、エリオットと共に南側の見張り塔へと赴いた。




    ◆  ◇  ◇




「これは……」

「はい。こちらだけでなく、先日攻撃を受けた北側も同様の状況にあります」


 数百メートル先に何かの群れがうごめいていている。

 しかもそれらは城塞から一定の距離を保ち、周囲に散開していた。


 この距離では、そこに何が集まっているのかまでは分からない。


(だがこの数は──)


「まさかこれだけの数を一度に揃えてくるとは──完全に想定外だった」

「はい。周囲を完全に囲まれてしまいました。今のところ襲ってくる魔物は一匹もいないのですが……」

「完全な孤立状態」




 アコードーヴは、魔物達に完全包囲された。




「プリム。南東から南西にかけて、だいたい何匹くらいいる?」

「えっと……だいたいですが、七万から八万くらいだとおもいますです」

「アーティレス川沿いの茂みにもひそんでいるようだから、全方面合せておよそ二十五~三十万と言った所か」


 エリオットがその数字を聞いて驚く。

 それが敵の数に対してなのか、プリムの見積もりの速さに対してのものなのかはわからない。


「黒鷹の兵力は一万程度。一点突破すら難しいだろう。これはまずいことになったな……」


 そこでニーヴが疑問を呈する。


「でも先日の前哨戦の後、全城壁上にバリスタが配置されました。ヒースさまのシミュレーションによると、大型魔物だけであればなんとか城壁に取りつく前に殲滅せんめつ出来るってお話でしたが──計算が違っていたのですか?」


 彼女とはつい先日、攻城戦に関するレクチャーをしている。

 実際の兵力を数値化し、机上で模擬戦闘を行ったのだ。


「いや。それはあくまで魔物達が攻めて来た場合の話だ」

「ええと──攻めて来なければ負ける事もありませんよね?」

「ニーヴ。戦っていうのは、何も戦闘だけで決まるものではないぞ」

「戦闘だけではない? ええと──気持ちの問題ですか?」

「気持ちだけで勝てるなら、黒鷹騎士団は無敵だろうよ」


 俺の冗談を聞いても、エリオットの表情が和らぐことはない。

 それだけ危機的状況という事だ。


「ついさっき会議の議題について話をしただろう?」

「ええと、確か難民さんが……ああっ、補給路!」

「そう。今まで唯一の補給路だった南側がこの状態。つまり──」

「食料供給が途絶えてしまう──」

「そういう事だ」


 考えをまとめていたエリオットが口を開いた。


「ひとまず敵が今すぐ侵攻して来る気配は無さそうです。念のため哨戒は続けさせつつ、いつでも迎撃出来る体制を敷いておきます」

「それが良いでしょう。我々は補給路確保についての相談を──」


 その時だった。




『あ、あ、あ。アコードーヴの皆さま、聞こえますかー』




(これは、魔導拡声器……)


「城塞の北側からか?」

「どうやらそのようですね」


 城塞の南側にいるため、声の主の姿は見えない。

 だが──


「ジェイド──」


 フィオンが呟く。


「そうなのか?」

「うん。この声は間違いなくあいつの声だよ」


(こいつがジェイド──)


『余計な話をしてもお互い時間の無駄でしょうから、結論から先にお伝えいたしま-す。ヒースさーん、そこにいるんでしょう?』


(ここで俺の名を!?)


 全く予想外の展開だった。


『それでは要件をお伝えしますねー。こちらの要望はヒースさん一行の投降と、フィオンさんの返却でーす。そうすればすぐに撤退します!』


 投降だと!?


「相手の思惑に乗ってはいけませんヒース殿。相手はシンテザ一派です。約束を守る保証など全くありません」

「ええ……」


 エリオットの言う通りなのだが──



迂闊うかつだった)



『我々は急ぎませんので、どうぞごゆっくり。あー、でも魔物がいつまでおとなしくしているかはアイザック陛下次第ですので、その点だけはお忘れなく~。それでは失礼いたしますー』


 ジェイドが集落を襲わせていた目的。

 俺はそれを、強力な魔物の召喚にあるとばかり思っていた。


(もちろん、召喚実行の可能性は依然としてある──)


 だがもしそうだったのであれば、対策はいくらでも可能だ。

 それが亜神と呼ばれるような強大な存在であっても、生命体である事に変わりは無い。

 どうにかして倒せばいいだけの話だ。



(俺はまた、とんでもないミスを犯してしまった……)



 ジェイドの目的は、魔法協会の壊滅だけではない。

 それを失念するなど──


「フィオン?」


 側にいたフィオンは両拳を固く握り、肩を震わせていた。

 うつむいたその顔からは、いくつものしずくがとめどなく落ちていく。


「にぃに……ボク、ここに居ない方がいいのかな……」

「心配するなフィオン。お前がここを離れるのは、俺がここを離れる時だ」




(ジェイド──お前だけは絶対にゆるさぬ)





    ◇  ◆  ◇





 ひとまず城塞の軍議室に戻り、団員達の報告を受けていた。


「エリオット団長! 難民たちの騒ぎが収まりません!」

「念の為聞いておくが……どのような様子だ」

「獣人をかくまうヒース殿一行を、敵に引き渡せと──」

「ったく、ふざけるなっ!!!」


 拳を思い切り机に叩きつけるエリオット。


 普段見た事のない団長の姿に恐れおののく伝令。

 だが幸いな事に、俺の仲間達は客室に戻っていてここにはいない。


「すまぬエリオット殿。俺達の存在が逆にあだとなってしまった」

「いや──こちらこそ申し訳ない。余りに理不尽な状況が続いたせいで、少々理性を欠いてしまったようで」


 少し間を置いた所、エリオットも落ち着きを取り戻したようだ。


「そもそもヒース殿がいなければ、今の城塞の守りは築けませんでした」

「ですが、集落を襲ったのが獣人達というのもまた事実」

「確かに住まいを追われた彼らが、獣人に対して悪い印象を持ってしまうのは仕方がない事だとは思っています」

「ええ」


 ただ集落で生活していただけの彼らに何も罪は無い。

 自分たちを追い出した相手をうらむのもわかる。


「しかしヒース殿の一行は、彼らが集落を追われる前からアコード-ヴに滞在しています。また難民達の話をまとめていますが、フィオンさんのように白い髪の獣人を見た者は一人もいませんでした。冷静に考えれば集落を襲った連中とは全く関係ないことくらい、誰にでも理解出来るはずなのです」


 静かに目を閉じるエリオット。

 彼は自身の思いを紡ぎ出す。



「人はなぜ平民だとか獣人だとか、なんでも一括りにして物事を見ようとするのでしょうね」



 言葉には重みがあった。

 それはきっと、彼自身の体験から生まれて来た思いに違いない。


 この世界にステレオタイプというような言葉の概念は無い。

 だが元の世界ですら、そういった先入観や固定観念を持つものは多かった。

 エリオットのような疑問を持てる者は、この世界では珍しいだろう。


「団長のような考えをお持ちの方がいるというだけで、私はもう満足です。ですが、その考えをこの世に広めるには相当長い年月が必要でしょう。そもそも教育機関が未熟なこの世界では猶更なおさら──」


 エリオットは俺の言葉の意味を考えているようだ。

 だが、今その件について議論している時間はない。


「俺達の去就については、仲間と話し合って決めようと思っています」

「そんな必要はありません!」

「いえ。魔物を殲滅するにしても、城塞内部に問題を抱えているようでは思うような行動も取れないでしょう。とにかくまずは仲間と話をさせてください。その後、団長にもご相談を──」



 ただ、俺の考えは既に決まっていた。



(フィオンと二人で、ここを出る)



 周囲を魔物に囲まれてはいるが、全く勝算が無いわけではない。

 城塞に長く滞在出来たお陰で、なのだ。


「失礼します」


 衛兵の声がした後、部屋の扉が開く。

 部屋に入って来たのはベァナだった。


「ヒースさん!」

「ベァナ? 何かあったのか?」

「フィオンちゃんが、どこかにいなくなってしまって……」


(!?)


「エリオット団長、すみませんが部屋に戻ります」

「はい、私も部下達に探すよう通達を──」

「お願いします!」



 急ぎ部屋に戻った。





    ◇  ◇  ◆





 ベァナの言う通り、そこにフィオンの姿は無かった。


「誰か心当たりは無いのか!?」


 首を横に振る仲間達。

 そんな中、ニーヴが手掛かりとなる情報を教えてくれる。


「あのヒース様、あちらの部屋にフィオンちゃんのメモが」

「フィオンの?」


 客室の広間は、いくつかの個室に繋がっている。

 そのうちの一つが、フィオンや娘達が使っていた部屋だ。



「これは……」



 それは俺がプレゼントした自由帳だった。



 文字が書けるようになったと喜んでいたフィオン。

 表紙に漢字で『自由帳』って書いてあげたら、尻尾が千切れるぐらいに喜んでくれてたっけ。



 どこかで拾って来たのだろうか。

 ページがめくれないよう、綺麗な石が乗せられていた。



(きっとこの石も、彼女の大切な宝物だったのだろうな)



 そしてそのページには。





─────


ボクのせいで、みんながこまるのはいやです。

だからまちをでて、みんなをたすけます。

ボクはだいじょうぶ。おわないでください。


─────





「フィオン……こんなに書けるようになるまで練習してたんだな……」



 彼女がこんな目に遭ったのは、何も手を打てなかった俺の責任。



「お前はなぜ……」



 だからこそ。

 せめて俺だけでも一緒にいてやろうと決めたのに。




(なぜその辛さを、たった一人で抱えて出て行ったんだ!!)




 俺は、この世界に来て初めて──






 泣いた。




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