Stranger In Town

 ソフィア大公妃が城塞に辿り着いてから数日後。

 今日はセレナとフィオンを連れ、城下の巡回に当たっていた。


 北門付近に差し掛かったあたりで、広場に人だかりが見えた。

 何やら騒がしいが、城塞の住民というわけではなさそうだ。

 近くにいた衛兵に声を掛ける。


「随分騒然としているが、何かあったか?」

「あっヒース様。最近、難民が多く流れてきていまして。それであの場でまとめて難民たちの検問を行っております」


 俺が団員達から丁重な扱いを受けているのは、騎士団長であるエリオットの賓客ひんきゃくと認識されているからだ。

 これもフェルディナンド公やアーネスト商会のお陰だろうか。


「しかし難民とは──魔物に襲われたのか?」

「はい。北部方面の集落が襲われているようでして。出来れば我々でなんとかしたいところなのですが、どうしても兵士の数が足りず──」

「確かに。今城塞の守備を緩めるわけにもいかぬしな」


 数万の魔物がどこに潜んでいるかもわからない状況だ。

 迂闊うかつに派兵する事も出来ない。


「それにしても随分と手間取っているようだが」

「冒険者や商人と違い、農民は身元を確認する方法がありません。それで検問も大変でして」

「カードの発行には金がかかるからな。農民達にとっては大金だろうし」

「そうなんです。協会も少しは融通を利かせて、無料で発行してくれればよいのですが──」


 それは絶対に不可能だろう。

 協会の職員がどのように選抜されているのかを考えれば自明の理である。


(まぁ……一人だけ例外はいるが)


「そういう事情なので、難民の受け入れを限定するべきと進言したのですが」

「エリオット団長の事だから、全員受け入れろと指示されたのだろう?」

「そ、そうなんですよ! 団長のお気持ちもわかるのですが──」


 フィオンはその様子が気になるようだ。

 人が集まっているので、何かのお祭りかと思っているのかも知れない。


「にぃに。あの場所見に行きたい」


 俺達はこの地ではよそ者だ。

 なるべく人目に付きたくなかったのだが──


「うーむ」


 フィオンは基本的に人好きなのだ。

 それに好奇心を削ぐ事だけはしたくない。


「わかった。でも、ちゃんとおとなしくしているんだぞ?」

「うん!」


 やむ無く連れて行くことにした。


 ちょっとした広場に難民と思われる者達が列をなして並んでいる。

 列の先頭には何かの箱を置いただけの机があり、二名一組で座っていた。

 その場所で難民一人ひとりから聞き取り、その内容を団員が羊皮紙に転記しているようだ。


「そうか。農民はカードを持たないだけでなく、文字の読み書きも出来ない」

「はい。手間も時間もかかりますが、こればかりは仕方がありません」

「もっと人員を割いたりは出来ないのか?」

「残念ながら、団員にも読み書き出来る者はあまり多くないのです」


 その話についてはエリオットからも聞いている。

 黒鷹騎士団には平民出身者が多いという事を。


「そうか──であれば二名一組ではなく、聞き取り場所を倍に増やしたほうが良いように思えるのだが」

「あれは読み書きの訓練も兼ねているのです」

「訓練?」

「はい。エリオット団長の指示で元々筆記の出来る者を監督役に、読み書きがある程度出来るようになった団員を筆記役にしています」


(役割分担して一人の作業を軽減。いざとなれば監督役単独でも対応可能)


「それに貴族を相手にするわけではないので、多少書き間違いがあってもおとがめを受けるわけでは無い。実践させる良い機会というわけか」

「はい。団長も同じ事をおっしゃっていました」


 聞けば実際、当初よりも担当出来る者が増えたそうだ。


(さすがだな、エリオットは)


「にぃに。ボクも最近、結構文字が書けるようになってきたんだよ!」

「おお、そうか。それじゃ今度フィオン用の自由帳をプレゼントしないとな!」

「ほんと! それじゃボク、もっと練習するよ!」


 そんな感じで、今日は一日楽しく過ごせそうだと思っていたのだが──



「なんでこんな場所に魔物の手先がいるんだっ!!」



 不意に遠くから怒号が飛んできた。


 声の主を振り向くと、それは列に並ぶ難民の一人だった。

 その男は俺達を指差し、興奮気味にまくしたてている。


「あいつらだっ! あの獣どもがオレたちの村を襲ったんだ!」

「おいそこのお前、そんな出鱈目を言っていると外に放り出すぞ!」

「みんなそうだろう!? 村を襲ったのはあんな獣人だったよな!?」


 近くにいた衛兵が注意を促すが、彼は騒ぎを止めない。


(獣人? フィオンの事を言っているのか!?)


 あたりを見回すとほぼ全ての難民が、顔をこちらに向けていた。

 その表情は例外なく暗く、中には恨みがましい者さえいる。



「ぼ、ボクは何も──」



 俺はすぐにフィオンの元に駆け寄る。


「ヒース殿、一旦この場から離れたほうが良さそうだ」

「ああ……」


 この状況ではセレナの提案が最善策だろう。


「フィオン。大丈夫だからな」


 今まで何度も辛い思いを克服してきた彼女だったが──

 今回ばかりは相当大きなショックを受けているようだ。


 一人や二人ではない。

 ほぼ全ての難民達から悪意を向けられている。


(くそっ!)


 俺は怒りに任せて左の拳を握りしめる。





(またジェイドあいつかっ!!!)





    ◆  ◇  ◇





 以前から団長に一言言っておくべきだと考えていたのだが、クーデターの件などが重なり、話すタイミングが取れなかった。


(いや──結局それも単なる言い訳だ)


 問題に対処出来なかった時点で、完全に俺の不手際である。


 ジェイドは何を考えてこのような行動に至るのか?

 俺には全く理解出来なかった。

 メイヴの話では何らか目的を持っての行動らしいのだが──


 確実なのは、俺と彼では全く考え方が異なるという事だけだ。


「このアコードーヴで獣人関連の話題を聞いたのは今日が初めてだ。フィオンの件も含め、エリオット殿に相談したほうが良いだろうな。しかしそもそも──」

「ああ」


 その時の俺は相当頭に血がのぼっていたのだろう。

 セレナの話に空返事を返していた。


 固まって動かない左手に代わり、右手で彼女の頭を優しく撫でる。

 その体は硬直気味で、普段の活発な彼女からは想像出来ない姿だった。



(フィオン……)



 何度も罵声を浴びせられ、時には道具のような扱われ方をしてきた彼女。

 それでも彼女は明るく、前向きに楽しく振舞おうとする。

 とても優しく、純粋な心の持ち主。



(そんな彼女にこんな仕打ちをするなんて……)



 彼女には他人をねたんだり、うらんだりするようには絶対になって欲しくないのだ。





    ◇  ◆  ◇





「団員達については大丈夫でしょう。もちろん中には多少偏見を持つ者もいるのでしょうが、そう多くは無いと思います」

「それは安心しました」

「どちらにせよヒース殿のお仲間ですからね。怒りを買う事を考えれば、そうそう滅多な事も言わないと思いますよ」

「それはそれでなんだか複雑思いではありますが──」


 嫌悪感を表に出されなければ、それでよい。


 人の感覚や感性など、人それぞれだ。

 思う事、感じる事自体に、善悪など存在しない。


 忌むべきは、己の個人的な感情を他人に強要する事だ。


「ですが難民たちの行動については──それについては私の考えが軽率だったかも知れませんね。ご迷惑をお掛けして申し訳ない」

「いえ。私も立ち寄った町々で情報を集めてはいたのですが、獣人達による襲撃の話はしばらく無かったもので気を抜いてしまったのです」

「そうでしたか……難民たちによる煽動せんどう行為については、これを固く禁じました。もし破った場合には城外へ追放するとも伝えていますので、今後そういった事は起きないでしょう」

「お気遣い感謝します」


 過ぎた事をいつまで話していても仕方が無い。

 公都の状況も不明である今、考えなければならないのはアイザックとジェイドの動向だ。


「それでその件に関係するのですが、危惧きぐしているのはジェイドの事です」

「北部集落に獣人をけしかけたとされる人物ですね」

「はい。集落を襲う事自体も勿論許しがたい行為なのですが、彼にはもっと厄介な問題があります」

「厄介、と申しますと?」

単眼の巨人キュクロプスを召喚したのが彼、ジェイドなのです」

「亜神を召喚した張本人ですと!?」

「彼は獣人に『縛呪の首輪』という拘束具をめ、その首輪に記された術式によって人々からマナを回収、回収したマナで強力な魔物の召喚を行うのです」

「となると、このアコードーヴにも──」

「北部集落を襲ったのもそれが目的ではないかと」


 この一年間、ジェイドは俺が知るだけでも二度の召喚を試みている。

 しかもそのうちの一度は実際に召喚を成功させた。


 彼が召喚を行う際には、必ず獣人達に人々を襲わせているのだ。


「相手が亜神となると、団員の士気の維持も大変でしょうが……それよりも現在のアコードーヴの戦力で、そのような脅威と対峙出来るものでしょうか?」

「彼が召喚するのは単体ではあるものの、非常に強力な魔物です。普通の弓や剣では太刀打ち出来ないでしょうね。実際、単眼の巨人キュクロプスはクロスボウの攻撃を一切受け付けませんでした」

「となると、バリスタでも有効打にはならないかも知れませんね」

「そうかも知れません。いざとなったら我々が助力いたします。ジェイドに対しては個人的にかなり因縁を感じていますし」


 ジェイドの名を初めて耳にしたのはトレバーでの事。

 その頃は地位や金銭目当てに獣人を食い物にする人物という評価をしていたのだが、その印象はメイヴからの話で大きく変わった。


(貴族達よりも獣人を丁重に扱う彼が、なぜそのような行動を取る?)


 マラスもそうだったが、シンテザ教徒には歪んだ心情を持つ者が多い。

 また歪んではいるものの、それぞれの目的は明確な印象がある。


「ヒース殿。本当に色々とお手数をお掛けして申し訳ない」

「いえ。こちらもフィオンの件、どうかよろしくお願いします」


(せめて俺達だけでも守ってやらねば)


 彼女は大事な仲間というだけではない。



 元の世界の俺を知る、たった一人の俺の家族なのだ。



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