重責/凶兆

 当然の帰結ではあるが、黒鷹騎士団は引き続きアコードーヴの防衛をになう事になった。


 またソフィア妃については騎士団の庇護ひご下に置く事に。

 大公妃二名が正式に廃妃宣言を受けたのであれば、現状唯一の大公妃であるソフィア妃を保護対象とするのは当然至極の流れであろう。


 会合が終わり、俺達は自室で合流した。


「シア。騎士達の様子はどうだった?」

「隊長のブリックスさんが重症でしたが、多分三日くらい安静にしていれば元気に歩き回れると思いますわ。他の皆さんも特に問題はありませんでしたわね」

「そうか。みんな対応ありがとう……あれ、ベァナの姿が見えないが」

「はいはい! ボク知ってるよ!」


 フィオンが手を上げて答える。


「ベァナさんは、なんか貴族のお姉さんに呼び止められて、ちょっとお話してくるって言ってた」

「おおそうか。教えてくれてありがとうな」


 きっとその相手はソフィア妃だ。


 二人の関係性を意外に感じたのだろう。

 セレナから質問を受ける。


「ソフィア妃がなぜベァナに声を?」

「ああ、みんなにはまだ言って無かったな」


 俺はティネとベァナの母が、ソフィア妃の護衛を務めていた話を伝えた。


「なるほど、ベァナの母君がな。確かにティネ導師同様、とても優秀な魔法使いだとは聞いていたが」

「それにしても──元王女が一介の兵士の娘を気に掛けるというのは、ちょっと異例ですわね」

「ベァナの話では、当時はずっと一緒に行動していたようでな。その頃ソフィア妃にはフェンブルに知り合いが一人も居なかったようで、それで家族のような付き合いをしていたようだ」

「確かに他国の王女様ですからね……しかもフェンブルの現状を考えれば、ソフィア妃も相当ご苦労されていたのではないかしら」


 ティネとブリジットは至って表裏の無い性格だ。

 そしてそんな彼女達と良好な関係を築けたソフィアも、おそらく健全な精神の持ち主なのだろう。


(仲間達を紹介しても問題無い相手かもしれないな)


 ただ、今ソフィア妃は非常に微妙な立場にいる。

 精神的プレッシャーも相当あるに違いない。



 今はまず、ベァナに任せておくのが良策かも知れない。





    ◆  ◇  ◇  ◇





「ソフィア大公妃、ご無沙汰しております」


 深々とお辞儀をするベァナ。


「ベァナちゃん、そんなにかしこまらないでくださいな。そんな態度を取られると、なんだか他人みたいでとても寂しいわ……」

「いえ、決して他人などとは……」


 ベァナがソフィアと最後に会ったのはおよそ十年も前の事。成人した後に友人同士となったティネやブリジットとは違い、当時のベァナは幼い子供だ。

 年の差を考えると、年月の感じ方もそれぞれで違ってくる。

 そのため、どのような対応をして良いかがわからないのだ。


「もう、折角気の置けない知り合いに会えたのよ? だから呼ぶときも昔みたいにソフィアお姉ちゃんって呼んで」

「そ、それは流石に……」



 結局ベァナは、ソフィアを『様』付けで呼ぶことにした。





    ◇  ◆  ◇  ◇





「なーるほどねぇ。それで旅を続けているのね」


 昔の感覚が戻って来たのか。

 それともソフィア自身が昔と変わらないと感じたのか。


「それで──ヒースさんとはどこまで進んだの?」

「そっ、そんな事聞かないでくださいよ!」


 ティネと同じとまではいかないが、十分打ち解けて話せるようになっていた。


 それもそのはず。

 軍籍にいた両親となかなか会えなかったベァナにとって、彼女は優しい姉。

 王族のソフィアにとっては、政治のしがらみを感じさせない安心出来る妹。


 彼女達は短い期間ではあったものの、互いに姉妹のような間柄だった。


「聞かれちゃまずい所まで進んじゃったのね! お姉ちゃんとしては、ちょっと複雑な気持ちだわ!」

「あの……勝手に進めないでください、ソフィア様」


 ちょっと膨れ気味のベァナ。

 そんな態度を見たソフィアは心から安堵する。


「良かった……ベァナちゃんは、あの頃と何も変わってない」


 そして同時に悲しみも感じていた。

 半分とは言え、血を分けた実の弟が別人のように変わってしまった事に。


「あのソフィア様。もしかして、弟君の事をお考えに?」

「ええ。あの子もベァナちゃんの様に、健やかに育ってくれたら良かったのだけど」


 王族には個人的な時間が少ない。

 国を正しく治める為、あらゆる知識や技能の習得が必要だからだ。


 ソフィアは第一王妃の子女という事もあり、兄弟であるレオナルドやアルフレッド同様、優秀な教育係や側近達の中で育てられた。

 また母が大変高い教養を持つ王妃だった事も影響していたのであろう。

 三人はそれぞれの個性を伸ばしつつ、優秀な王族へと育った。


「アイザックもね、元々は素直でよく笑ういい子だったの」

「そうだったのですか」

「一番上のレオナルドとは十歳も離れていたので、なかなか一緒に遊べなくてね。それで彼が一人でも遊べるようにって、上の兄達と私で彼の為にガラス玉を集めてプレゼントしてあげた事があってね」

「それは素敵です」

「王族なのにガラス玉だなんて思うかもだけど、父である王の方針で、私達は結構厳しく育てられたのよ? お小遣いなんて無かったから、教育係の学者さんや宰相のヴェルナーなんかに事情を話して、それで少しずつ集めて貰ってね。プレゼントした時はもうビックリするくらい喜んでくれて」

「皆さんお優しかったのですね」

「ええ。それで彼もそんな感じで育ったから、母親の違う兄弟達をとても尊敬してくれてね。将来は兄上達を手助け出来る人になりたいだなんて言ってたのに──」

「そんな王子が、どうして?」

「こんな言い方するのは良くないと思うのだけれど、ある時期からダニエラ王妃が別人のように変わってしまったの。今思えば、その影響ではないかと──」


 だが、今の彼女に憎しみの感情は無い。

 あるのは深い悲しみと──そして無力感のみだ。


「私がアコードーヴに逃れて来た理由の一つは──弟であるアイザックにどうにかこの蛮行を辞めさせたいと思ったから。勿論取り返しのつかない事を沢山してしまっているので、彼が世間から赦される見込みなんてもう一つも無いでしょう」

「それは……そうかも知れません」


 ソフィアは悲しみを隠すことなく続けた。


「でも──それでも実の弟が罪を重ねていくのを、黙って見過ごす事は出来ないのです。アイザックが今でも私が知っていた頃の心を持っていたなら──きっと何かしら通じるはずです」

「はい。改心してくれるといいですね……」

「でも、もし彼が私の言葉を一切聞き入れてくれないと分かったら──」


 話の重さに、言葉も出せないベアナ。

 ソフィアは固い決意を口にする。



「彼を殺す事もいといません。出来る事なら、私自身の手で」



 ベァナにもニックという弟がいる。

 だが自分がそんな決意をする状況など、一つも想像が付かなかった。


 貴族や王族というのは大きな力を持つ。

 だからこそ、その責任も重大なのだと改めて感じるベァナ。


「ああごめんなさいね。そんな話をしに来たわけじゃないのだけど」

「大丈夫です! ソフィア様の気持ちが、それで少しでも軽くなるのでしたら」

「ちょっと私にもね……背負いきれない程……辛くて……だか……」

「……えっ」


 それはベァナにも想定外の出来事だった。


(あのソフィア様が、涙を……)


 秘めた思いを話した事で、せきを切った様に泣き始めるソフィア。

 そんな彼女を、ベァナはまるで妹達にするように抱きしめた。



「どうして……どうしてわたくしは王族などに生まれてしまったの?」



 その姿はトレバーで見たシアの姿と重なった。


 領主の娘として生まれたが為に、自らの意志とは関係なく重責を背負い──

 重責を背負いながらも、自らの力で可能な限りの理想を追い求める。


(彼女達に比べれば、私なんか何も背負うものなんて──)


 そこまで考え、ベァナは自分の考えを改めた。



(背負うものが無いからこそ、みんなの重荷を肩代わり出来るんじゃないの)



 ヒースが人々を手助けしているのは、きっとそういう事なのだ。

 勿論ヒースのように、多くの人々の重荷を肩代わりする事は出来ない。



(だけど、私にだって少しくらいは──)



 仲間達の重荷を、少しでも軽くしてあげたい。

 彼女はそう心に決めるのだった。




    ◇  ◇  ◆  ◇




 ベァナがソフィア妃と再会を果たしていたその頃。



(ん? なんだこの感覚は?)



「ヒース様、今何かお感じになられませんでしたか?」

「ああ。シアもか」


 一瞬、禍々まがまがしい波動のようなものを感じた。

 なんというか、とても遠くから伝わって来たような感触のものだ。


(これはまるで、単眼の巨人キュクロプスの召喚時に感じたような──)


 他の仲間達も不安そうだったが、最も顕著だったのがフィオンだった。


「にぃに、なんだか寒気がするよ……」

「安心しろ。俺が付いてる」



(ジェイドが再び、何か強大な魔物を召喚したのだろうか?)



 そう考えていた。



 しかしその後数日経っても、城塞周辺に変化は無い。

 結局、他の問題に関わるうちに、その出来事自体を忘れてしまった。





    ◇  ◇  ◇  ◆





 その頃。


 アコードーヴ周辺の各地では、目に見える異変が起きていた。



── アコードーヴ南部の町:ベイナス ──


「とてもじゃないが、うちの冒険者連中だけじゃ対応出来ねぇぞ?」

「でも奴ら、こちらから襲わない限りは襲って来ないわよ」

「これは……どういう事だ!?」




── アコードーヴ西方:領都カイオス ──


「あっ、あれはなんなんだっ!?」

「魔物が群れを成して移動を……」


 カイオス南西にある丘陵地帯から大量の魔物が這い出てくる。


 彼らは何処かを目指しているかのように、みな同じ方角へ移動していった。




── フェルメの町 ──


「この波動は……なんという邪悪な気配じゃ」


 西方から来る禍々しい波動を感じたオーギュスト。


「ちょっとこれはまずい気がするのぅ……あー、誰でも良い。すぐに冒険者をつのってくれぃ!」

「お言葉ですが支部長、冒険者の招集はギルドの……」

「そのギルドがぶっ壊されてるから言うておるのじゃ! お主だって死にたく無いじゃろう!?」

「はい」

「ではつべこべ言わず、さっさと集めて来るのじゃ!!」

「はっ、はい!」


 オーギュストに命じられた職員は、その東屋あずまやを飛び出して行った。



 柱と屋根くらいしかない、急ごしらえの施設。

 この施設こそ、『魔法協会フェルメ支部』である。



「まったく。協会職員うちのやつらはなんでこう、融通が効かぬのじゃろな──」


 そう言いながら端末前に座るオーギュスト。


「まぁ真面目に仕事する所だけは良いんじゃが──わしと違っての!」


 その後も支部長は端末操作を続ける。

 何かを探しているようだ。


「ええと、冒険者ギルドの端末も基本的には同じ汎用端末。という事は──ああ、これじゃ、これ!」


 そんな彼の元に、一人の女性剣士が訪ねて来た。


「すみませーん。冒険者を集めているって聞いたんですけど──っていうか、こっただあばら家で本当にがったんべ──良かったのかしら」

「おおっ! やっと来よったな第一号よ!」

「第一号って……他に誰もいないの!?」

「心配せんでもそのうち集まるじゃろ。で。名をなんと申す?」

「冒険者のニルダだ──だわ」

「ほほう──ニルダダとは随分変わった名前じゃの」

「ニルダっ! ですっ!」



 凶兆はフェンブルのあらゆる土地で観測された。

 だがこの凶兆が示す真の災厄──



 それは、凶兆を引き起こした存在自身にあった。


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