方便

 まずエリオット団長、ソフィア大公妃、そして俺の三人で話をする事になった。

 場所はエリオットの私室でもある騎士団長室である。


「先程もお話させていただきましたが、今は緊急事態です。堅苦しいやり取りは無しでお願いいたしますね」


 ソフィア大公妃からの要請ではあったが、それは俺にとっても好都合だ。

 何しろ宮廷の作法など一切わからない。


「田舎者ですので言葉使いや立ち居振る舞いに問題があると存じますが、何卒ご容赦を──」

「大丈夫ですよヒースさん。あなたの事は一通りティネから聞いておりますし、ティネやブリジットとお話するような感じでお願い出来ればと」


 そう言えばベァナから少しだけ話を聞いていた。

 昔ベァナの母ブリジットとティネが、まだ王女だった頃のソフィアの護衛担当だったという事を。


(ティネ導師はフェンブルに向かったわけだし、会うのも当然か)


「お気遣いありがとうございます」

「それでは早速ですがソフィア様、公都の情勢なのですが──」


 大公妃によれば次のような話だった。


 ソフィアは公都に到着した直後、ここにも伝わっていた通り、第一大公妃キャスリンの手の者に拘束されたそうだ。

 理由は二つ。


 一つは赤獅子と緑龍を独断で戦闘に投入した件。

 それは確かに事実ではあるが、敵国の侵攻を阻止するための行為である。

 拘束を受けるほどの理由にはならないだろう。


 問題なのがもう一つの理由だ。



『エリオット団長と結託し、他の二騎士団を壊滅させた罪』



(なるほど──そう来るんだな)



 呆然とするエリオット。



「とんでもない冤罪えんざいですね、それは」

「はい。シルベリオ団長とヤニック団長が共に戦死されてしまったのが大きかったのです。彼らは苦言を呈する事も多い騎士団長でしたが、それも全て国や大公陛下の事を思ってのものでした」

「ですが──死人に口なし」

「結局大公陛下以外、私の話を聞いてくれる人は他に誰もおりませんでした」


 確かに赤獅子も緑龍も約半数の損害を出している。

 それに比べ、黒鷹の損害は軽微だ。


「確かに数だけで見れば、現地の黒鷹が軽傷なのも疑念の対象になりそうですね」


 だが話を聞く限り、前線に出たがっていたのはむしろ赤獅子と緑龍だ。

 彼らを前線に送り出すに当たり、エリオットは両騎士団に後方にも戦力を回すように伝えており、騎士団長達も了承していたようだ。


 しかし結局それも現場の騎士たちの独断で守られる事も無く、最終的に敗北を喫してしまったというのが実情らしい。


「……この私が……逆賊扱いを……」


 普段は冷静なエリオットも、これにはショックを隠せないようだ。


 それも無理はないだろう。

 何しろ母国の為に今まで必死で戦って来た自分が、気付けば裏切り者扱いされてしまったのだから。


「そして、その話を耳にした大公様が激怒したらしいのです」

「あの温厚なパトリック大公が?」

「はい。大公様はそれをきっかけにキャスリン妃とアンジェラ妃の廃妃を宣言されてしまいました」

「そんな! そんな事をしてしまったら──」

「ええ。それが元でそれぞれの親族であるコルツァーニ公爵家とプリューヴォー侯爵家が共闘してパトリック大公派と全面的に敵対、ついには大公の退位を要求して挙兵したのです」

「コルツァーニ公爵は赤獅子への大口出資者だと思っておりましたが──よくそんな軍勢が揃えられましたね」

「公都所属の猛虎騎士団がコルツァーニ家に牛耳られていました」

「あの猛虎がですか!? それでは公都を脱出するのも至難の業だったのでは?」

「宰相のヴェルナーが手を回してくれたのです。所用で公都を訪れていた銀狼のブリックス大隊長に取り次いでもらい、それでアコードーヴへ……」

「つまりブリックスも宰相閣下も、ソフィア様や私を信用してくれたのですね」

「はい。ご自分も命の危険があるというのに、お二人には感謝しても仕切れません」


(ちょっとこれは酷な話だな)


 このままでは、彼と彼女はいわれのない汚名に苦しむ事になる。

 だが団長に事情を聞いた時からずっと感じていたのだが──



 今回の話、どうにもきな臭さがぬぐえないのだ。



(うーむ……そうだなぁ……)



 役に立つかどうかはわからない。

 真実かどうかも、この際関係ないだろう。


 ただ彼らの重荷を、少しでも軽くしてあげられたら。

 俺があんな話を語ったのは、そのような思いからだった。





    ◆  ◇  ◇





「エリオット団長。おそらくこれは最初から仕組まれていた気がします」



 気の毒な二人に対し、俺は口から出任せの作り話をする事に決めた。

 正しいはずの二人が、余計な事で心を乱されないようにするために。


「仕組まれていた?」

「以前エリオット団長はソフィア様以外の大公妃達が、メルドランへの宣戦布告に積極的であったという話をしてくれましたよね」

「ええ」

「ところがアイザック王子がアコードーヴへ攻め寄る中、なぜか急に消極的になり、騎士団の派遣も渋るようになった」

「はい。大公様がなんとか派兵を取り付けましたが……」

「出した騎士団に戦うなとの指示を出す。もうツッコミ所満載で、へそで茶を沸かしてしまうくらいですよ」

「つっこみ? へそで茶?」


 無理にでっちあげようとしたせいか、普段使わない言葉まで出てしまう。

 ここにシアやベァナが居なくて良かった。


「確かお聞きした話では、ソフィア様とアイザック王子は異母姉弟だという話をお聞きしました──それは正しいでしょうか?」

「──はい」


 敵対している相手が血族なのだ。

 あまり触れられたくないのも無理はない。


「もしアイザック軍に黒鷹騎士団が単独で対峙した場合、まことに失礼ながらアイザック王子が大勝する可能性のほうが高かったと思っています」

「この場だから正直に申し上げますが、ヒース殿の言う通りです。我々に勝ち目は無かったでしょう」

「黒鷹騎士団はエリオット団長が率いているという事もあり、公都の貴族達の影響は受けません。つまり厄介な存在なわけです」

「だから負けるよう、単独で戦うよう指示をした、と」

「ええ。ですが自らが出資しているはずの赤獅子や緑龍も、騎士団長達の存在があるため意のままに操れない。中央の貴族から見ると、ちょっと使いづらい存在なのですよね?」

「そうです。ですがそんな両騎士団ですから、彼らが自分達の指示に従わないだろう事は中央の貴族達もわかっていたはずです。実際にシルベリオ団長もヤニック団長も、最終的にはご自身達立っての願いで出撃しました」

「そこなんですが……えて背くような命令をしたと考えたらどうですか?」

「敢えて、ですか!?」


 その仮定を元に、エリオットが結果を想定する。


「指示を守れば我々黒鷹は壊滅。守らなければ参加した騎士団だけでなく、それを率いる大将──つまりは、パトリック大公の責任問題に──」

「ええ。中央の連中にしてみれば、どっちに転んでもうま味はあるんです。もしも大公位を狙う者がいるとするならば、パトリック大公の面目を潰したほうが手っ取り早いと考えるかもしれないですね」

「そんな──そんな事をしても、フェンブルが弱体化するだけではないですか!」

「そうです。そんな単純な理屈さえ理解出来ない、愚かな貴族ばかりなのですよ。この世界は」


 世の全ての貴族がマティウスやフェルディナンド公、そしてエリオットのような殊勝な人物ではない。

 彼らのように、利他的考えを持つ貴族のほうがむしろ少ないだろう。


「そしてフェンブルが弱体化して喜ぶ人間が、この世にはいます」

「アイザック王子、もしくはメルドラン王国……もしかして、中央貴族の中にメルドランと内通している者が!?」

「いてもおかしく無いと思いますね。なんと言っても、あの質実剛健のトーラシア連邦ですらそうだったのですから」


 もしかするとジェイドが一枚噛んでいるのかもしれない。

 ただメイヴやフィオンの話を聞く限り、彼は自分の研究にしか興味がないようだ。

 貴族達の政争へ積極的に関わる事は無いように思える。

 とにかく今の所、彼の影はあまり感じられない。


(となると……)


「メルドランだけでなくフェンブル国内にも敵がいて、その二者が連携していたと考えると……」


 個人的に最も怪しいと思っているのはダニエラ第二王妃だ。

 彼女がどういった意図で息子を動かしているのかはわからないが、フェンブルが弱体化して最も利を得るのは彼女なのだ。


「このタイミングでクーデターが起きたのは偶然ではなく、必然……」

「そう考えたほうが自然でしょうね。そしてこれほどの脅威、事前に知っていなければ誰にも止める事なんて出来ませんよ。神でも無ければね」



 俺が伝えたかったのはその点だ。



 無理なものは無理。

 人には、他人の行動を完全にコントロールするすべなどありはしない。



「どちらにせよ現状では大公様に助太刀する事も叶いません。今の我々にとって一番の脅威はアイザック王子です。結局ここを守り通さなければ、彼は公都を目指すに違い無いのですから」


 アイザック王子の話題に至ると、悲しそうな表情を見せるソフィア妃。

 気の毒だとは思うが、それは変えようのない事実である。


 王族に生まれた者達の宿命。

 本人だってそれは十分理解しているはずだ。



 それにしても大半は勝手な想像で話をしてみたが──



(思ったよりも話が繋がっている?)



 もしかすると、あながち間違っていないのでは──


「そうですね。我々は我々に出来る事を行う。その点は明確です」


 今は余計な事に気を取られている場合ではない。

 エリオット団長に覇気が戻って来たようだ。


「しかもこのフェンブルにはまだ、公国最強の銀狼騎士団がいます。彼らは荒くれものではありますが、国を思う気持ちはどの騎士団にも負けません」


 俺はふと思いついて、ちょっと意地悪な質問を投げた。


「黒鷹騎士団にもですか?」


 どう答えるのか興味があったが、そこはエリオットだ。


「はい。どちらも負けません。同じくらい強いですから」


 大公妃もいるこの場では、それが最も気の利いた回答だろう。


 公都にもこの場所にも強力な味方がいる。

 彼はその事を暗に示したのだ。


「ありがとうエリオット団長。本当に心強い限りです」


 実際、ソフィア妃も少し気が紛れたようだ。

 彼女からは花のような笑みがこぼれている。



 泣いても笑っても、周りの環境が変わるわけではない。

 であるならば──

 せめて自分や自分の周りだけでも健やかでいるべきだ。




 必要な時に。

 必要な力が出せるように。



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