陽炎《かげろう》

 撃退後、またしばらく平穏な日々が続く中。


「今日は幼い勇者様方とご一緒でしたか」

「ええ。全員一緒に見回りするわけにも行きませんので、こうして二手に分かれてお手伝いさせて頂いております」


 城塞都市に来て約一か月。

 エリオットの計らいで行動制限なども無く、機密書類が収められているような一部の施設以外は自由に見て回る事が出来た。

 そのため日中は気晴らしも兼ね、城壁の上を巡回している。


「エリオット団長も巡回ですか」

「お陰様でちょっと手が空きましたのでね。気分転換に散歩でもと思いまして」


 まぁ言ってしまえば俺達も似たようなものだ。

 結構色々な所を見て回ったはずだが、彼女達の好奇心は留まる事を知らない。


「プリムちゃん、私にも見せてー」

「ん。いいよー」


 プリムは自分専用の狙撃銃ライフルをニーヴに手渡す。


 狙撃銃には運よくフックを掛けられそうな場所があったので、それを利用して肩掛け用のストラップを取り付けている。

 未知の素材で作られているため娘達にでも持てる程の軽さだったのだが、両手が空かないのは不便だろうという事でベァナが自作してくれたのだ。


「それは、それほど遠くまで見えるものなのですか?」


 エリオットが娘達に質問する。


「はい。ビックリするくらい遠くの景色がはっきりと見えます!」

「そうですか。それは良いものをお持ちですね」


 自分専用の所持品を褒められ、プリムも少し鼻が高そうだ。


「エリオットだんちょーう!」


 そんなたわいも無い会話をしていた所に、伝令らしき衛兵が駆け寄る。


 電信や無線といった通信手段がないこの世界にいては、伝令による報告が一般的である。

 魔道拡声器のような魔法具もあるが、これは魔法を使用するため誰にでも扱えるものではない。

 しかも単なる拡声器なので、範囲内の全員に情報が筒抜けになってしまう。


 戦闘中の通信は旗やたいまつを使った暗号通信が使われるが、それは主に情報伝達の中継として使われる事が多く、指揮官への報告は最終的に人が直接伝えるというのが一般的らしい。


「叫びながら駆けて来るなどみっともないぞ」

「も、申し訳ございません! 急ぎの報告でしたもので」

「急ぎか。で、その内容は?」

「はい。実は南方から何かの一団が──」

「何名くらいの一団だ?」

「それ程多くはありません。おそらく十名程度ではないかと」

「そうか──私が直接見に行こう」


(このタイミングで城塞に近づくというのは──)


「我々も同行しても構わないでしょうか?」

「ええ、是非お願いします」



 城塞の南側にある見張り台に移動する事になった。





    ◆  ◇  ◇





「ううむ。移動が遅いせいか、まだ遠くて良く分からぬな」


 俺も目を凝らしてその方向を見てみる。

 初夏の日差しが地面を照り付け、陽炎かげろうを生み出しているのだろう。


 ゆらゆらと立ち昇る、いくつもの影。

 魔物のようにも見えるし、蜃気楼のようにも見える。


 そんな様子を見ていたプリムが、意を決した様子でエリオットに申し出た。


「あのだんちょう、これ使ってくださいです」


 仲間以外の人に、自ら声を掛ける事などしないはずのプリム。

 エリオットの人柄と自分の持ち物を褒めてくれた事で、ある程度信用するようになったのだろう。


「え? これを私が?──いいのかい?」

「はいです」

「プリムさんありがとう。とても助かる」


 普段『さん』付けで呼ばれる事など無いので、相当照れているようだ。

 エリオットはそのままスコープを覗いた。


 対象を捉えたらしい。

 彼の表情が変わる。


「この団旗は──」


 スコープ越しに見える一本の白い軍旗。

 それをエリオットが見まごうわけがなかった。



「この旗印は間違いなく──銀狼騎士団!」



 かつて自分が所属し、苦楽を共にした仲間達のものだったからだ。


(騎士団? 援軍にしては余りにも少な過ぎるが)


 それに先触れの伝令にしては中途半端な数だ。


 伝令であればせいぜい二騎程度。

 何の集団なのだろうか?


 その問いに対する答えは、エリオットによってもたらされた。



「奥に見える馬車──あれは大公家のものではないか!!」



 狙撃銃を丁重に返却するエリオット。


「ありがとう。とても助かったよ」


 そしてすぐに伝令に指示を伝える。



「開門指示を出してくれ! 今すぐにだ!」





    ◇  ◆  ◇





 城壁内に招き入れられた騎士達は全員、何処かしら怪我をしていた。

 中には重傷者もいるようだ。


「ブリックス!」


 エリオットの叫び声が響く。


「……これはエリオット副長、お久し……ぶりです……」


 どうやら隊長とおぼしき騎士がエリオット団長と旧知の仲らしい。

 騎士達の中で最も深手を負っているようで、息も絶え絶えだ。


「……なんとか副長の元まで辿り着けて……良かったです……」

「もう一言も話すんじゃないっ! すまんが救護兵をっ! すぐにだっ!」


 再びエリオットの声が響く。

 伝令の一人がすぐに呼びに向かうが、戻るまでに時間がかかるだろう。


「我々がお手伝いいたします。治癒魔法の心得を持つ者が何人かおりますので」

「客人に手伝わせる事になり申し訳ない──大切な仲間なのです。どうかお願いいたします」


 ブリックスと呼ばれた騎士に駆け寄りマナヒールを唱えた。


 彼の表情が次第に和らいでいく。

 医者では無いので詳細はわからないが、命に別状は無さそうだ。


「ひとまず疲労感は軽減されたと思いますが、あくまで応急処置です。感染症などを患っているかも知れませんし、それらについては仲間が対処しましょう」

「すまぬヒース殿。恩に着る」


 食費も宿代も払わず、長期間滞在させてもらっている身である。

 この程度の仕事でお返し出来るならば、十分安いものだ。


「シア、ベァナとフィオンは?」

「ベァナさんはフィオンさんを探しに行きました。後ほど合流されるかと」

「なるほど。了解だ」


 シアとのやり取りの途中、おもむろに馬車の扉が開いた。


 奥から出て来たのは、美しく気品のある女性だった。

 その装いからしても、一見して高貴な身分の人物だとわかる。


(ん……?)


 彼女を見た瞬間、ほんの一瞬だけ懐かしさを感じた。

 しかし、例のひらめきは一切無い。


(気のせいか)


 気になって暫く見つめていたせいか、不意に女性と目が合った。



「……コナー?」



 明らかに俺に向かって放たれた言葉だ。

 小さい声だったが、確かにそう聞こえた。


 だが、明らかに人違いだろう。


(俺が自分の名を聞き、何も感じないはずがない)


 ベァナに名前を聞かれた際、真っ先に浮かんだ名が『ヒース』だった。

 その後トーラシア盟主であるフェルディナンド公からは、俺がヒース・フレイザー辺境伯ではないかという情報を得ている。


 辺境伯がどんな人物だったのかはわからない。

 だが数々の状況証拠からして、俺とそのヒースはおそらく同一人物だろう。


 エリオットが女性に声を掛けた。


おそれながらソフィア様、なぜこのような少人数でここへ!?」


(ソフィア? この人が第三大公妃──)


「急な来訪、誠に申し訳ありませんエリオット団長。実は公都が大変な事態に陥りまして」

「大変な事態、と申しますと──」


 続く言葉は、この場の誰もが想像しなかったものだった。




「クーデターが起きました」




 口を真一文字に引き結ぶソフィア。

 騎士たちも傷の痛みとは違う、苦悩に満ちた表情を浮かべている。


 エリオットはすぐさま次の行動を取る。


「ご到着早々申し訳ございません。詳しい話を中でお願い出来ますか」

「わかりました」

「それと申し訳ありません。トーラシアの正式な大使であるヒース殿にも、是非ご同席願いたいのですが」

「もちろんです」


 この場は仲間達に任せておけば問題無いだろう。

 俺は手短に指示を出す。


「シア、ニーヴ、プリム。引き続き騎士達の治療を」

「「「はいっ」」」

「セレナはここに残り、護衛と周囲の警戒を。あとベァナとフィオンへの連絡も頼む」

「任された」



 大公妃はヒースの名を聞いた後、なぜか納得した表情を見せていた。

 場が場だけに先方から話しかけて来る事は無かったが──



 彼女もまた、風の噂か何かで俺の名を知ったのだろうか。



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