窮地
『北門、魔物に取りつかれそうです!』
(おかしい)
『戦況報告! 南門、魔物の群れに取りつかれました!』
(こんな状況に陥るはずでは無かったはずだ)
だが実際、魔物の攻撃が想定以上に激しいのは事実。
仲間達も俺と同じ疑問を持ったようだ。
「ヒース殿、魔物の動きが妙ではないか?」
「ああ。俺も同感だ」
「なんと言うかこう、魔物どもに全く
「そうだな。城塞の迎撃態勢は、前哨戦の頃より更に充実しているはず。それなのにこちらが押され気味とは──」
前回の前哨戦では戦闘に加わらなかった分、敵の観察も十分出来た。
その観察で分かったことがある。
魔物達は何者かに指示を受けていたとは言え、各個体の行動自体は通常時の魔物と何ら変わらないものだったという事だ。
「俺もゴブリンとは何度も戦ったが、奴らは負傷したり不利になるとほぼ確実に逃走を図る。決して
「だが目の前の魔物達は、一匹たりとて逃げ出すものがいない」
(このままではジリ貧だ)
俺は今日だけで何度も行っている、冒険者カードの再確認をした。
警備 4 ロック
生活 3 ロック
開発 4 ロック
気象 6 アンロック
(くそっ、まだかっ!)
カードの最後尾に表示された項目は、四大精霊魔法を指している。
順番に火、水、土、風を示しているのだが──
(せめて火魔法のロックさえ解除されれば!)
「ヒース殿!」
声の主はエリオットだ。
すぐ後ろにはソフィア妃の姿もある。
戦闘中に訪れるという事は、何か重要な用件があるのだろう。
「団長、指揮は宜しいのですか?」
「その事で先にご相談しておこうと思いまして」
「今後の戦闘についてですか?」
「はい。まだしばらくは持つと思いますが、いずれ南門が破られるのは時間の問題です。南門が破られた場合、次は城塞内での迎撃戦となります」
(城塞内──つまり最終決戦ではないか)
「先程は大変お見苦しい姿をお見せしてしまいました。わたくしもフェンブルの民として、少しでもお力になれればと──」
力になると言っているからには、精霊魔法が使えるのだろう。
この有事に
「団長とソフィア妃はそちらに向かわれると?」
「その件でご相談しに参りました。もし北門が破られてしまうと、南北双方で迎撃態勢を組まなければなりません。ですが──」
「南北二手に戦力が分散してしまう」
「ええ。比較的敵が少ない東側のバリスタ兵を半数南に回しましたが、他は動かせません。城内に流れ込む魔物の数が増えてしまうだけですので」
「兵士が足りない状況というわけですね」
「申し訳ありません。
(となると、北側を死守しなければ──)
北門が破られた場合、おそらくアコードーヴは数刻も持たずして陥落する。
その時既に
俺は半ば反射的に冒険者カードを確認していた。
警備 4 アンロック
生活 3 アンロック
開発 4 ロック
気象 6 アンロック
(!!)
「団長。一つお願いがあるのですが」
「お願い──何でしょう?」
「団長とソフィア妃以外の方々を、人払いしていただきたいのです」
「人払いですか……わかりました」
団長はそれが重要な事だと察知してくれたのだろう。
詳しい理由を一切聞かず、俺の願い通りに事を進めてくれた。
◆ ◇ ◇
「これから詠唱する魔法は、どこにも口外しないで頂けると助かります」
「心得ました」
彼にそう頼んだのには理由がある。
まず一つは、おそらく今まで一度も使われた事の無い魔法である事。
それもそのはず。
これは城塞の書物とティネのメモをヒントに、俺が自作した魔法だからだ。
もう一点がその威力。
勿論初めて使う魔法であるため、詳しい威力は俺にもわからない。
ただこれも書物の記述が正しければ、おそらく一個師団が半日戦い続けるのに匹敵する程の威力になるだろう。
「詠唱します」
俺は魔物の軍勢の中心に向け、両手を揃って突き出した。
(うまく行ってくれ──)
── ᚣᚨᛈᚱ ᚨᛚ ᛢᛚᛞᚨ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ ᛚᚨ ᛗᚲᛋᛃ ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ ᚣᚨᛋᛏ ──
全身のマナが、一気に両手に向かって流れるのが分かる。
体が一気にだるくなった。
しかしそのだるさを抑え込みながら詠唱を続ける。
詠唱は終了。
だが、すぐに反応は出ない。
(これは……データベースに問い合わせ中なのだろう)
二秒ほど経っただろうか。
両手で示した大地に炎が沸き上がった。
「こ、これは……!?」
大公妃が声を上げるのも無理はない。
ティネが使用したフレイムと比べても、その数十倍の広さがある。
仲間達から特に反応は無い。
きっと目の前の炎に気を取られているのだろう。
詠唱は終えたが、突き出した手と魔法イメージはそのままキープする。
「「「ギャァァァァァ!!!」」」
魔物のものだろう。
炎に焼かれもだえ苦しむ、
炎の広がりと勢いが更に増す。
その幅数百メートル。
炎はホブゴブリンやトロールの体が、全て覆われる程に達していた。
(この程度なのか──)
両手を下ろし、自分が唱えた魔法の結果を確認する。
一帯を埋め尽くす群れの中央に、巨大な黒い円形の焼け跡が残されていた。
「数万の魔物を──一瞬で──」
エリオットの見積もりはおそらく正しい。
だが。
(それでもまだ残り二十万──これでは焼け石に水だ)
一通り魔法動作が終わったと知り、シアが恐る恐る声を掛けて来た。
「ヒース様……これは一体……」
「シア。そんなに怖がらないでくれ。ただの魔法だ」
「ただの魔法って……ティネ導師のフレイムですら、おそらく数十匹程度にしか効果が及ばないはずです。このような火魔法、見た事も聞いた事もありませんわ!」
「まぁそれはそうだろう。これは厳密に言うと火魔法ではないからな」
「あれだけ炎が燃え盛っていたというのに、火魔法では無いとおっしゃるのですか!?」
「ああ。火と風を融合した、新種の魔法だ」
(だが、今はこんな解説をしている場合では無い)
「シア、すまぬが詳しい話は後だ。エリオット団長、見ての通り北方面には多少の余裕が出来たのではないかと思われます」
「あっ……ええ! 非常に助かりましたヒース殿。私は南門での迎撃指揮に入ります。それで北側の指揮については、ヒース殿に一任の形でよろしいでしょうか?」
「おそらくそうだとは思っていました。了解です。団長とソフィア妃のご武運を──」
二人は自らの持ち場へと急いで向かった。
(さて……)
「プリム。俺が倒した魔物は
「五まんから六まんくらいです」
「そうか──ありがとう」
(やはり、たったそれだけ)
例えとてつもない強者が一人いたとしても──
何十倍もの相手では、
実際、俺は自分のマナの大半を消費した。
にも関わらず、敵はまだ二十万も生き残っている。
(同じ魔法は、おそらく使えて後一回)
もしその後も魔法を行使し続けたならば、俺の魔法は再び『ロック』状態になってしまうだろう。
そうなると、俺に残されているのは剣術のみ。
生身の人間に、十数万の敵を切り伏せ続けられる体力などない。
それにホブゴブリンやトロールとの戦いはどうしても長期戦になる。
戦いになればその間、仲間たちを手助ける事も難しくなるだろう。
もし仲間がそれら
もし仲間を助けられたとして、城塞の兵士達は?
もし兵士達に加勢出来たとして、城塞の守りは──
俺はこの期に及んで心底思い知らされた。
(戦いは──数だ)
「ヒースさん、もしかして今の魔法でマナを?」
俺が暫く
ベァナは俺の体力を心配してくれたようだ。
「いや、まだ大丈夫──みんな、引き続き北門を死守だ。なるべくホブゴブリンやトロールといった、巨大な魔物を中心に攻撃するように」
「「「了解!」」」
「ベァナとセレナはクロスボウで迎撃を。もし目を狙えるようなら積極的に狙っていってくれ」
「わかりました!」
「承知」
「シアとニーヴは、申し訳ないが攻撃魔法を適宜使って欲しい。マナ切れを起こさないよう、クロスボウと併用で」
「わかりましたわ」
「了解です!」
「プリムも自分の体力と相談しながらでいいので、大き目の魔物を中心に狙撃してくれ。疲れが酷くなるようなら、周囲の状況確認を合間に挟んでくれて構わない」
「しょうちです!」
各自、自分の使命を果たすべく戦場に復帰した。
(なぜこんな事になってしまったのか……)
思い当たる節があるとすれば、死んだはずの王子の
(ジェイドが何か仕掛けたのか?)
しかし今はもう、そんな事に構っていられる状況ではない。
とにかく今降りかる目前の火の粉を振り払わねば──
俺達に明日は無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます