采配

『長距離隊、撃ち方始めーっ!』


 小隊長らしき団員の号令が響く。


「長距離隊?」


 近くにいたニーヴが小首をかしげている。


「ヒース様。作成したバリスタはそれぞれ射程が違うのですか?」

「いいや。全て同じ構造だと思うぞ。城塞都市で働くベテラン職人達でさえ初めて見る武器だからな。様々なバリエーションを揃えられる程、技術的に成熟してはいないだろう」

「では長距離隊というのはなんなのですか?」

「彼は攻撃距離に応じて、隊を長距離・中距離・近距離の三つに分けた」

「そうなのですか。ですが全部射程距離が同じなら、皆さんどの距離でも攻撃出来るのではないでしょうか?」

「そうだ。だからこそ、そういう攻撃をしないよう、敢えて分けたのだ」

「攻撃をしないようにするため??」


 ニーヴは高度な教育を受けているせいか、物事の成り立ちや仕組みなどについて、なんとか自力で答えを導こうとする娘だ。

 とても良い事だとは思うが、少々知識に頼ろうとしてしまう傾向がある。


「うーん、うーん」

「答えを言おうか?」

「ヒントをお願いします!」


(なんかちょっとベァナに似て来たような気が──)


「それじゃニーヴ。乱戦状態の時の剣士って、戦う相手はどう決める?」

「えーと──自分の攻撃が届く相手ですよね?」

「そう。自分の近くの敵としか戦えないので悩む必要が無い。攻撃対象は非常に明確だ。それじゃ、弓兵だったら?」

「自分の腕でも命中出来そうな敵を狙うと思います」


 再び小隊長の号令が響く。


『中距離隊、射撃準備──撃ち方始めっ!』


 号令と共に、射出される矢尻ボルトの数が増えた。


 長距離隊も攻撃を続けているが、中距離隊とは攻撃する場所は異なる。

 あくまで自分の担当する距離の敵を優先して攻撃しているようだ。

 当然攻撃対象は、トロールやホブゴブリンと言った大型の魔物である。


「そう。近接攻撃とは違って、みんな自分が狙いやすい敵を選べる。だけど、他人がどの敵を攻撃しているかなんて気にしないよね?」

「はい。おそらくターゲットに集中していてそんな余裕は……あっ、そうか!」


『中距離隊、撃ち方やめっ!』


「攻撃が同じ場所に集中するのを防ぐため!」

「正解。それが答えの一つ」

「えぇっ、他にもあるのですかっ!?」

「まぁ答えなんて、見つけようと思えばいくらでも転がっているものだからな──セレナはどうだ?」


 彼女は商家である実家に反発し、ダンケルドの衛兵団詰所に通っていた。

 初めは剣術を磨く為だったらしいが、通っているうちにシュヘイム団長の知識にも興味を持ち始め、そのうち用兵術や兵法などについても教わったそうだ。


「そうだな……物資の節約、攻撃頻度の平滑化、そして兵器情報の流出抑制と言った所だろうか」

「さすがだなセレナ。俺の思っていた事を全て、しかも簡潔に言語化するとは」

「批評なら誰にでも出来るさ。しかし、さすがにこの体制を一から考えろと言われれば、私でも無理だ」

「むむむぅ──」


 唸るニーヴ。


「気にするなニーヴ。貴族の子女が学ぶようなものではないからな」


 シュヘイムは師団長まで務めた、生粋の軍人だ。

 得られるものも多かったのだろう。


「迎撃態勢を整えるに当たり、団長が適性テストを行ったのは知ってるよな?」

「ああ。バリスタがまだ数台しか無かった時から既にやっていたな」

「適性テストの対象者、誰だか知っているか?」

「全員じゃないのか? 弓兵全員」

「確かに全員だが──弓兵だけではない。団員全員だ」

「全ての団員だと? 剣士も槍兵もか?」

「ああ。自分自身も含め、例外なく全員行ったらしい」


 エリオットが優れた指揮官だと感じたのは、その時が初めてだった。


「なぁベァナ。君の武器にクロスボウを採用した理由、覚えているか?」

「当然です! 女性でも扱いやすくて、すぐ戦力になるからです」

「そうだ。バリスタもクロスボウより多少力がいるものの、矢尻ボルトの装填さえ出来れば誰にでも扱える。騎士団の団員なら、全員一人で出来るだろうな」


 弓は引く、保つ、放つの三動作を連続で行わなければならない。

 この連続操作の必要性こそが、弓兵の育成が大変である所以ゆえんだ。


「エリオット団長はその事をすぐに察した。俺が話をする前にな。弓とバリスタ、見かけは非常に似ているものの、全く別の武器である事を」

「全く別の武器だから、得意な人も違うだろうと考えたわけですね」

「そう。そしてそれは適性テストで実証されたし、別の効果もあった」

「別の効果ですか?」

「ああ。今まで剣も弓も苦手だった団員が、バリスタで高い適性を発揮したんだ」

「それは……なんだか他人事じゃないような気がします!」


 今まで自分を役立たずだと思っていた団員に、得意武器が出来たのだ。

 士気も上がるだろうし、騎士団としては想定外の戦力アップだ。


 再びニーヴの質問に戻る。


「でも、それとセレナさんが言ってた理由とは、どう繋がるのですか?」

「射出に使う矢尻ボルトはそれ程高価なものではないが、作り始めてまだ日が浅いので備蓄も無い。つまり貴重だ」

「でしたら、出来る限り腕の良い団員に優先して撃ってもらいたいですね」

「そう。しかしそれだけでは迎撃が間に合わなくなる可能性があるので、敵が近付いたら中距離隊、近距離隊というように迎撃者を増やしていく」


『中距離隊、撃ち方始めっ!』


「隊列の組み方に工夫があるんだ。近くの小隊を見てくれ」

「ええと……隊長さんが一人いて、今は三名が射手、三名が装填補助をしていますね……ですが全部で六台あるので、半分しか稼働していない?」

「そこがポイントだ。暇な兵士は一人もいないが、あくまで腕の立つ団員が射手に徹して、外の団員はサポートに回っている」

「でも、残りのバリスタが使われていないのは、もったいなく無いですか?」

「使われていないのではなくて、待機中なんだ」


『近距離隊、射撃準備!』


「あっ、装填役の人がバリスタに!」

「まだ余裕があるうちはサポートに徹し、緊急度が高くなると自らも射手を務める。射手に選ばれている時点で、彼らも決して腕が悪いわけではない」

「危険度に応じて、こちらの迎撃態勢を可変させるわけですね」

「必要に応じて必要な矢尻やじりを優先度順に使用する。そして担当距離をあらかじめ決めておく事で、無駄撃ちの頻度を抑えるという事だ」

「距離も近くなるので、命中率も上がりますね」

「ああ。そして彼らの攻撃は、必ずある法則に従って行われている」


 それについてはプリムがすぐに気付いた。


「三人でじゅんばんにうってますです」

「さすが目敏めざといなプリム。中距離の二人は交互に、近距離の三人は順番に撃つように決められている。矢尻ボルトの装填には約十~十五秒程度かかるのだが、それを他の同僚の射撃中に行う事で、チーム全体としては四・五秒程度という一定間隔での攻撃を可能にしているんだ」

「それが射撃間隔の平滑化……それはどういった結果をもたらすのですか?」

「一番の重要なのはこちらの攻撃に穴が出づらくなる事だな」

「穴というと……撃ち漏らしとかですか?」

「そうだ。攻城側で重要なのはいかにして城壁を破るかにあるわけだが、防御に波があると、その隙に乗じて魔物が城壁に取りついてしまう」

「城壁に……そっか! バリスタでは真下への攻撃は出来ないですね!」

「そういう事だ。しかもこういった遠距離武器の攻撃というのは数量化が容易だ。何分間で何本の矢を放ち、どれくらいの損害を与えたか、などだな」

「ふむふむ、ここでも計算が──」


 こまめにメモを取るニーヴ。

 計算の事を気にしているのは、その分野でプリムに敵わないからだ。


(プリムの計算力は尋常じんじょうじゃないので、気にする必要はないと思うが)


 ただ、こうしたデータの計数・計量は非常に重要ものだ。


「今回のデータがあれば、今後の戦いのシミュレーションにも使える」

「趣味れーしょん?」

「シミュレーション。この場合は仮想戦闘とかいう意味になるな」


『近距離隊、撃ち方やめっ!』


 号令を掛けられた団員が、再び他の射手の装填に回る。


(余り物の兵士達だなんてとんでもないな)


 その動きに無駄や迷いは無い。


「元々バリスタは胸壁きょうへきに配置されているので、どれくらい配備されているのかは外側からではわかりづらい。偽装している箇所もあるようだし」

「巡回の時に外から確認しましたが、実際に撃たれないと判別出来ないですね」

「ああ。しかも今回は距離に応じて攻撃頻度が自動的に切り替わる。敵に頭の良い奴がいたならこう思うだろう。『更に近付いたら、もっと攻撃が激しくなるのではないか』とね」


 組織的な軍隊は、敵対する者にとっては非常に厄介だ。

 それは前回、ちょっとした油断から組織的な反撃を受けた彼自身が一番良く分かっているはず。


「武器単体の威力は分かっても、城塞全体の最大火力は計れない。敵にしてみればたまったもんじゃ無いと思うぞ? 何しろ攻略するのにどれだけの兵力が必要なのか、見当も付かないのだから」


 勿論、編成や指示方法に細かい修正は必要だろう。

 何しろこれはバリスタを運用した初めての戦闘なのだ。


「なるほどなるほど。一つの戦闘にも何かしらの見積もりが必要と……」


 彼女は必死にメモを取っていく。


 そろそろ紙も少なくなってきている頃だろう。

 今度機会があったら、ノートでも作ってあげるか。


「ありがとうございます! またご教授お願いします!」

「まー気張らず、気軽に聞いてくれ」


 重要なのはあらかじめ分かっている情報からその時点での最適解を仮定し、それを実践する事。

 そうする事で仮定のどこがどれくらい違っているのかを計れるし、次に生かす事も出来る。


(そして彼は、その仮定通りに騎士団を動かせる)


 兵士達の動きを追っていた俺に、プリムの声が届いた。


「まものがかえっていきます!」

「あっという間でしたね!」


 このタイミングで魔物が撤退?


「うーん……これは良くないな」

「えっ、勝ちですよね!?」

「魔物が戦況を見て後退する事など無い。更に言うと、これはアイザック王子の戦法でもないだろう」

「そうなんですか?」

「彼が撤退命令を出したのはアコードーヴ以外ではただ一度、フェルメ侵攻の時だけだ。その際は、殆どほとんど戦闘もせずに逃げ出している。勝手に罠だと勘違いしたようだが、そんな彼に戦況を把握する力があるとは思えん」

「という事は……」

「このアコードーヴの戦いから、敵に頭の回る人物が付いてるって事だ」


 俺はその時トレバーとウェグリアでの戦い、そして森狼族であるメイヴの言葉を思い出した。


『彼と彼の部下達……我々の同胞にはくれぐれもお気を付けください』


(──ジェイドが関わっているのか? だが獣人達の姿はない)


 もしそうだとしたら、これで終わりという事は無いだろう。




 俺は結局、団長になんらかの助言をするべきとの結論に達した。


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