Conflict ~前哨戦~

 城塞都市アコードーヴに駐留し始めて数週間が過ぎた。


「ヒースさん」

「ああ」

「ちょっと手伝うつもりだと聞いてましたが──もう夏はすぐそこです」


 こちらの世界でも一年は十二分割されている。

 また正確な長さはわからないものの、一日も元の世界とほぼ同じだ。


「どうやらそのようだな」


 そして地軸がいくらか傾いているのだろう。

 四季も存在する。


 月の呼び方は全く異なるが、今は年明けから六つめの月に入った頃である。

 だから、俺の中では六月初頭という認識だ。


(夏至まであと数週間──)


 ベァナには俺の考えなどお見通しなのだろう。


「そのようだなんて……まるで他人事のような……」

「皆さんには本当にお手数をお掛けして申し訳ない」


 エリオットが軽く頭を下げる。

 それを慌てて否定するベァナ。


「いえいえ! 決してそういう意味で言ったのではありません! なんというかその、ヒースさんには大事な目的がありまして……」


 そこまで言って口をつぐむベァナ。


「そうだったのですね。重ね重ね、この度のご助力に心から感謝申し上げます」


 彼女の様子に何かを感じ取ったのだろう。

 エリオットはそれ以上詮索する事も無く、ただ感謝の念を述べるだけだった。


(しかし──あれから敵に動きは無い)


 この先何が待ち構えているのかわからない俺自身の話よりも、現実の脅威についての話をすべきだ。


杞憂きゆうだったと思えるくらい何も起きませんね」

「私としてはこのままずっとこの状況が続いてくれるとありがたいのですが」



 ある日の午後。

 団長のエリオットからお茶の誘いを受け、俺とベァナが同席していた。

 セレナはフィオンを、シアはニーヴとプリムを連れ、城塞周辺を巡回中だ。



「それにしてもヒースさん。貴重な技術をご供与いただき、誠にありがとうございました」

「滞在費用を肩代わりしていただいておりますし、協力すると言った手前、何もしないわけには参りませんので」


 最初はある程度の案だけ提示して、対策が始まった時点で城塞を後にするつもりだったのだが……


「うちの娘達が本当にすみません」


 ベァナがなぜ謝っているのかというと、娘達やフィオンが城塞各所を飽きずに探検し続けているからだ。


 一応エリオットに許可を貰ってはいるものの──


 彼女達の好奇心は衰え知らず。

 年長組のメンバーに保護者役を頼んでいる状況である。


「いえいえベァナさん。暗く沈みがちだった我々に笑顔が戻って来たのは、本当に皆さんのお陰です」

「それは多分騎士団員の皆さんが、私達に分け隔てなく接してくれているからだと思いますよ」


 黒鷹騎士団は五騎士団の中では少し特殊な立ち位置の騎士団らしい。


「多分平民出身者が多いからでしょうね。騎士団長である私は流石に子爵家出身なのですが、おそらくうちに所属する騎士の七割、騎士見習いと一般兵に至っては九割が平民出身でしょう」

「九割ですか……それは多いですね。なぜそのような事に?」

「前にもお話しましたが、政治的な面が大きいです」

「政治的というと──公都の貴族達とのつながりですか」

「ええ、そうです。フェンブルの政治はほぼ、第一大公妃キャスリン様の派閥と第二大公妃アンジェラ様の派閥を中心に動いているのですが、それらの派閥に属していない貴族達は冷遇されるのです」

「つまりスペンサー子爵家は、そういった派閥には属していないと?」

「性に合わないのですよね。誰の為に働いているのかわからないような、取引とかはかりごとなどをするのは」

「まぁ……なんとなくわかる気がします」

「それにそもそも彼らは、お金や地位のある貴族しか相手にしません」

「そうですか。世界って、どこに行っても同じなのですね」


 深く頷くエリオット。


 彼と俺の思う世界は違うものだ。

 だが結局、本質的には同じものを指しているのだろう。


「そして二大派閥の取り巻きでない貴族の子息や平民出身者は、銀狼か黒鷹の所属になるのです」

「銀狼か黒鷹──危険度が高い地域だからですか?」

「その通りです」

「なんだかひどいですね。それって」


 かなり不満な表情のベァナ。

 トーラシアの旅で何人もの酷い貴族達を見て来た彼女だが、まさか自分の国の貴族までがそうだとは思っていなかったようだ。


「でもそういう事情があるので、騎士になりたい下級貴族や平民には逆に有り難がられているんですよ。危険地帯という事はつまり、最も成果を出せる場所でもありますからね」

「腕試しとしては確かに良いかもしれませんが、いきなり前線というのも……」

「ええ。ですから実力や実績のある兵士は銀狼所属という流れになっていました。フェンブルで最も危険な地域を担当していますからね」


 銀狼騎士団が管轄する西部と言えば、アラーニ村のある一帯だ。


「ヒースさん、銀狼って……」

「ああ。イアンとショーンが所属していた騎士団だな」


 一般兵士であるショーンはともかくとして、それだけの猛者が集まる騎士団で騎士見習いにまで昇進したイアンは、十分優秀だったのではないかとも思えた。


 既に除隊しているので、今更の話にはなってしまうが。


「そして即戦力にならない余り物の兵士たちが集まるのが、ここ黒鷹騎士団です」

「ご自身が率いる騎士団をそんな風に言ってしまってはダメですよ!」

「いえ。これは事実ですし、団員達もその事を良く分かっています。個々の団員に力は無い。だからこそ毎日必死に生き抜き、技術を磨き、仲間同士助け合わなければいけない、と」


 苦労話をしているはずのエリオットに、ふと笑みがこぼれる。


「亜神退治のおりに二人の幼い女の子達が活躍していたという話は、この城塞にまで届いていました」

「そうなのですか!?」

「はい。皆さんがここにいらっしゃる前までは皆、大げさだとか作り話だとか言っていたのですが、実際にお会いしてみたら本当にかわいらしいお嬢さん達で」

「本人達に言ってあげてください。とても喜ぶと思いますよ」

「ええ、是非。そしてそんな彼女達も魔物相手に必死に戦っていたと知り、きっと団員達はニーヴさんやプリムさんを同志のように感じているのだと思います」


 確かに彼女達はいつでも一生懸命だ。


 もしかするとそれは、いつかまた奴隷の立場に戻ってしまうのではという強迫観念から来る行動なのかも知れない。

 勿論そんな事をするつもりは毛頭無いし、絶対にさせないつもりだ。


 しかし考えてみれば、ここの団員達も似たような思いを持っているのだろう。


 地位も財産も無い自分たちが、どうにか騎士団に入団出来た。

 そして危険と隣り合わせながらも、必死にチャンスを掴もうとする。



 元の生活に戻らないために。

 元の自分に戻らないために。



「出来れば私も同志として見て欲しいですね」

「わっ、わたしもです!」

「ははっ、それは多分無理でしょうね」

「どうしてですかっ!」


 二人の姉だと自負しているベァナは、きっとここで負けるわけには行かないと思っているのだろう。


「まずヒース殿ですが──数々のエピソードからして、もう雲の上の存在なんです」

「雲の上とは大げさな」

「そんな事はありませんよ。この度も見た事も無い武器の情報を二つもご教授いただいておりますし」

「我々だけでは運用し切れませんからね。秘匿ひとくしていても単なる宝の持ち腐れですし」


 戦争に転用される技術はあまり持ち込みたくはなかったのだが──


 今回は相手が相手だ。

 出し惜しみなどをして、死傷者が増えてしまっては本末転倒。


「ヒースさんに関してはもう、はっきり言って『神』のような存在なのです。誰も届くなんて思っていませんし、逆らったら命は無いと──」

「ははっ、それは随分と恐ろしい神ですね」


 この世界の仕組みに翻弄ほんろうされている俺が、神であるわけが無いのだが。


「それじゃ私は……」

「ベァナさんは──いや、シアさんとセレナさんもそうですが」


 緊張の面持ちのベァナ。


(ベァナさん。団長の話、おそらく冗談だから聞き流すように!)


「みなさん『女神様』って呼ばれてますよ。男性からも、女性からも」

「ええぇぇぇーーっ!?」


 初めて会った時とは全く違い、随分と明るい表情を見せるエリオット。

 きっとこちらが本来の彼の姿なのだろう。



「ところでヒース殿、以前からお願いしている手合わせの件──」



 その時だった。



『カーン カーン カーン』



「これは……」

「敵襲です。すみませんが私は指揮に入りますので、皆さんは所定の場所へ」

「承知した」





    ◆  ◇  ◇





 事前の相談で、俺達の持ち場は北東の尖塔付近になっていた。

 他の仲間達は既に全員揃っているようだ。


 俺の姿を確認したニーヴが声を上げる。


「ヒース様!」

「北のほうに、まものがたくさんです。やく四万」


 プリムは専用銃のスコープで確認したようだ。

 であれば──その情報はおおむね正しい。


「四万か。それなら城塞の設備だけでもなんとかなりそうだな」


 俺は戦闘中、敢えてエリオットに助言しない事にした。

 指揮の邪魔になるという理由もあるが、それだけではない。


 おそらくエリオットも、俺と同じような指示を出すだろうからだ。


「我々は何もしなくて良いのか?」

「整えた設備がどれくらい効果を発揮するのか。それを実測するには絶好の機会だ。その為には、あくまで城塞の設備と人員だけで対処してもらう必要がある」


 今回は敵味方共に、体制を再編成した後の初の戦いとなる。

 言ってしまえば、第二回戦の前哨戦だ。


「ヒース様は、エリオット団長の手腕も気になるのでしょう?」

「いや。それについてはおそらく問題無いだろう」


 これまで何度もやり取りをしているので、おおよそ見当は付く。


「彼は優秀だ」

「そうなんですの?」

「ああ。見ていればわかると思うぞ」


 そこまで話した時点で、シアは何かを悟ったようだ。


「なるほど──ヒース様が前線に飛び出さないという時点で、エリオット団長を相当高く買ってらっしゃるという事ですわね」

「ええと……どういう事だ?」

「だってヒース様、いつも自分一人だけで問題解決なさろうとするではありませんか」


(ああ。言われてみれば、そうかもしれない)


 不安要素や面倒事を見つけると、どうしても一人で解決しようとしてしまう。


 元の世界でも基本一人で行動していたせいなのだろうか。

 これはちょっと悪い癖かも知れない。

 


(ただし今回に限っては、そんな事にはならないだろう)



 城塞の迎撃態勢を一新させた彼が、どのような采配を見せるのか。

 不安も無いわけではないが、今は期待がそれを上回っているのだ。


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