爪痕

「ヒースさま、みえました」

「報告ありがとうプリム。周囲の様子は……」

「特に問題は無さそうだな」


 フェルメの町を出てから約一週間。


 当初の予定よりも倍近く時間がかかってしまったのは、周囲を警戒しながら旅を続けていたという理由もある。

 というのも目的地の城塞都市アコードーヴで大規模戦闘が行われたからだ。

 その大規模戦闘というのはアイザック王子率いる魔物の軍団と、フェンブルの三騎士団による戦闘の事である。


「逃げて来た人の話では、アイザック王子は北方面に退却したようですが──」

「どうやら騎士団のほうも相当な打撃を受けたらしいですわね」


 ベァナとシアが、旅の途中で仕入れた情報を確認する。


 どちらかが壊滅したという話は聞かないが、どちらかが勝ったという話も無い。

 つまりそれは、双方共に相当な損害を出したという事なのだろう。


「とにかく城塞に行けば、もっと詳しい話が聞けるはずだ」


 目的地、アコードーヴはすぐそこだ。




    ◆  ◇  ◇





「これは……城門まで破られたのか……」


 さすがに戦闘から一週間程度しか経っていないためか、城門付近は戦闘の爪痕が所々に残っていた。

 門は現在修復中らしく、扉の片側が完全に取り外されている。


 門の近くには騎士団員と思われる衛士が何人か立っていたが、当然と言うべきか他に旅人の姿は見当たらない。

 戦闘直後という事もあり詰問されるかと思っていたのだが──


「すみませんが、何か身分を証明出来るものをご提示いただけますか?」


 むしろ今までで最も丁寧な対応で正直驚いた。


「これでお願いします。トーラシア盟主発行の証書になります」

「!?」


 フェルディナンド公直々に発行された証書の威力は絶大だ。

 俺達は検問の後、素朴ながらも綺麗に整えられた一室に通された。





    ◇  ◆  ◇





「ヒース殿、気付いたか?」

「ああ。敵を撃退したというのに、兵士達の表情が暗い」

「そうだな。それと三騎士団が駐留している割には、随分と兵士の数が少ないように思える」


 俺もセレナの意見に同意だった。

 だが、その理由もじきにわかるだろう。


「失礼いたします」


 ドアから現れた人物は、身なりからして騎士団長の一人だろうか?


(随分と若いな──)


 見たところ俺と同じか、少し上と言った所か。

 どちらにせよ、騎士団長としてはおそらく最年少の部類に入るだろう。


「アコードーヴの責任者兼、黒鷹騎士団団長のエリオット・スペンサ-です」

「ヒースです。まだ正式ではありませんが、一応トーラシア連邦トレバー領の──」

「大丈夫ですよヒース殿。あなた方についてのお話や諸事情は、各方面から沢山入って来ていますので」


 部屋に入った時の彼もまた、他の兵士同様に疲れた表情をしていたが、俺との挨拶では微かに笑顔を見せてくれた。

 幸いなことに、招かれざる客というわけでは無いらしい。


 仲間達の紹介を一通り終え、再びエリオット団長が話を始める。


「それにしてもこんな大変な状況の中、よくこの城塞都市にお越しくださいました。皆様のお話についてはこの辺境の城塞にも届いております故、是非旅の武勇伝をお聞かせ願いたい、と言いたい所なのですが──」

「どうもそのような状況では無いとお見受けします」

「はい。こちらの事情で申し訳ございませんが、ここ最近の出来事について少しお話させていただければと──」


 元々そのつもりだった俺達は、エリオット団長からこれまでの経緯を聞く事になった。





    ◇  ◇  ◆





「二騎士団が公都に撤退した上、第三大公妃が拘束!?」

「ソフィア様が!?」


 驚きを隠せないベァナ。


 彼女の両親は共にフェンブルの軍に所属していた。

 そして母のブリジットはソフィア妃の護衛担当だったそうだ。

 その関係で、幼少の頃に何度か会った事があるらしい。


「両騎士団については彼らの名誉の為にも補足させていただきますが、それは赤獅子・緑龍の意志ではありません。有力貴族達による介入の結果です」


 フェンブルは大公をいただきに置く君主国家であるが、その実権は有力貴族達によって握られているそうだ。


「そして大公妃様が拘束されたのも単なる言いがかりなのですが……直接の原因はわたしの失策にあります」

「どういう事ですか?」

「ソフィア様が与えてくれたチャンスを、私は結局生かせなかった……」


 その理由はどうやら政治的な要因らしい。

 赤獅子と緑龍の二期師団は彼らのパトロンである貴族の命令により、当初は出撃許可が下りなかったそうだ。

 その後第三大公妃の口添えもあってなんとか戦闘には参加出来たものの、大きな損害を受けてしまったとの事。


「それでその責任を問われ、大公妃殿下は公都に戻り次第、拘束されると──」

「パトリック大公は何も言わなかったのか!?」

「もちろん使者に事情を説明していましたが、とにかく公都に戻ってからという話になりました。大公陛下もおわかりなのでしょう。下手をすれば、内戦の危険をはらんでいるという事を」

「大公とは言っても、有力貴族達の影響までは払拭ふっしょく出来ないのか」


 最もショックを受けていたのはベァナだ。

 自分が所属する国の実情がこんなにも混沌としていたのだから。


 逆に、その世界にずっと身を置いてきたシアは至って冷静だ。


「そういった話はトーラシアにも伝わっていました。ですが──まさかそれが事実だったとは。かなり深刻ですわね」

「はい。そしてフェンブルの騎士団は守護する土地との結び付きが非常に強いため、地元の有力貴族の意向には逆らえないのです」


 騎士団関連の話という事でセレナも話に加わる。


「だが騎士団長クラスであれば、ある程度は突っぱねられるのではござらぬか? そこそこ上位の爵位持ちでなければ、ここフェンブルでは騎士団長にすらなれぬであろうし」

「それが……赤獅子騎士団団長シルベリオ殿と緑龍騎士団団長ヤニック殿は……」


 目を固く閉じるエリオット。


「先日の戦いで殉職じゅんしょくされました」


 その場の全員が絶句する。


(三騎士団のうち、二騎士団の団長が命を落とすとは──)


 しばらく続いた静寂の後、会話を再開したのはエリオットだった。


「……わたしの想定が甘かったのです」

「それは一体どういう──」

「アイザック王子の戦法は、数々の報告からあらかじめわかっていました。事前に魔物を大量に集め一気に攻め入るという、とても単純明解なものです」

「私も旅の途中で話を聞いてみたが、おおむねそのような感じでした」

「やはりそうでしたか。アイザック王子が魔物達をどこからか調達していたのは間違い無いのですが、私はそれを各地を移動しながら捕獲しているのだと考えました」

「だが──アイザックは今まさに戦いが起きている魔物をかき集めた」

「はい。そんな事が可能なのだと、前もって知ってさえいたなら……」


 さすがにこの若さで騎士団長になるような人物だけあって、人前で取り乱すような事は無い。


 だが自分の失策のせいで、同僚の指揮官を二人も失ってしまったのだ。

 彼の中にある自責の念は相当なものだろう。


「とにかく王子の軍はなんとか撃退したものの、甚大な被害を出してしまいました。それを知った中央の貴族達は、今後は黒鷹騎士団が単独で城塞を守り、その責務を果たすようにと」

「論理性の欠片もない全く愚かな指示にしか思えませんが──自ら戦場に出ない貴族様なんてのは、得てしてそんな発想しか出来ないのでしょうね」


 シアが再び会話に参加する。


「それにしてもいくら第三とは言え、大公妃の立場の方が拘束を受けるというのは、いささか解せないのですが?」

「先程中央の貴族について話をしましたが、その貴族たちというのは第一大公妃のキャスリン様と、第二大公妃のアンジェラ様に連なる貴族達なのです」

「──継承権争いですか」

「おそらくは」

「どの領地でどこの国でも、醜い争いってのは無くならないのですわね」


 そこで何か思い出したのか、疑問を口にするシア。


「あの……確かソフィア様にお子様はいらっしゃらなかったはずでは?」

「さすがシア殿、色々とお詳しいですね。おっしゃる通りご世継ぎはいらっしゃいませんが、おそらくパトリック大公がソフィア様を大変ご寵愛されているため、何かにつけて難癖を付けられているのだと思います」

「なるほど……ですが第一大公妃と第二大公妃にはご子息がいらっしゃったはず。ソフィア様が今からお子を成されても、継承順位は変わらないのでは?」

「ソフィア様がフェンブル国内のご出身であらせられたならそうなのでしょう。ですがソフィア様は……」

「メルドラン国王レスター陛下の実子。すなわち、両国友好の象徴シンボル

「そうなのです。だからこそ、パトリック大公はメルドランとの全面対決をずっとお避けになられていたのです」

「そしてメルドラン王国との絆が深まれば深まるほど、ソフィア大公妃の存在は大きくなる」

「はい。私やティネ導師がメルドランへの抗戦を進言した際には、むしろ二人の大公妃が最も積極的に戦争の後押しをしておりましたし」


 知り合いの名に思わず声が出る。


「なるほど。それでティネさんはフェンブルに……」

「確か亜神を撃退したのは皆さんとティネ導師でしたね。こんな状況でなければ、勇者ヒース殿に是非手合わせをしていただきたかったのですが──」

「実を申しますとあの戦い、私は一切剣を使わなかったのですがね」


 以前もこんなやりとりをした覚えが。


 ちょっとした冗談のつもりだったが、十分その効果はあったようだ。

 エリオットの顔から笑みが漏れる。


「しかしそう考えると、このタイミングで騎士団を撤退させるというのは、どうにも矛盾していませんか?」

「私もそこが疑問なのです。今回の件で周辺諸国に救援要請を打診していたのですが、唯一救援を表明してくれていたアルシア王国からも辞退されてしまいました」


(アルシア……確かベンの故郷だったか)


「それも二騎士団を撤退させた影響ですか?」

「おそらくそうでしょう。しかもメルドランとの戦争をあれだけ強く推していた二人の大公妃が、ある時期から全く声を上げなくなりまして」


 今のメルドランと言えば、牛耳っているのはダニエラ王妃だ。


「騎士団の動員にも非協力的で、今回も単なる数合わせという名目で出陣を許可されたようで──」


(これは……何かありそうだな)


 だが、今はそれについての情報は何もない。

 わかっているのはアイザック王子がまだ存命であり、彼に魔物を従える何らかの力があるという事実だけだ。


「それで──アイザック達の動向については何かわかっているのですか?」

「生き残りの魔物や部下達を連れて北へ逃れたという事だけはわかっているのですが、詳しい情報はまだ何も……」


 この城塞はメルドランとの国境付近にある。

 ここから北に大都市は一つも無く、あるのは小さな村や集落だけだ。


「シアはどう見る?」

「そうですわね……この難攻不落のアコードーヴ城塞をわざわざ攻めたという時点で、ここを通らなければならない理由があったのだと思いますわ」

「俺もそう思う。そしてこの城塞は、公都ポートブリオへの北の玄関口だ。どんな理由なのかは知らないが、彼が公都を目指していたのはほぼ間違い無いだろう」


 魔物を引き連れて戦っている時点でまともな考えを持つ人物だとは思えない。

 そしてその魔物は、何らかの方法で補充が可能と来ている。

 であればいくら大損害を受けたとしても、当初の目的を諦める事は無さそうだ。


「我々は元々、俺達の故郷のあるフェンブル西部やトーラシア北部のダンケルドにまで被害が及ぶのを恐れ、アイザック王子を追って来ました」

「そうですか。おそらく彼は先程ヒース殿のおっしゃった通り、公都を目指しているのだと思われます。西部方面に進軍する可能性は低いでしょう」

「ええ。ですがそれはあくまで仮定の話。彼の目的が分からない以上、依然として脅威である事に変わりはありません」


 例えアラーニ村に危険が及ばなかったとしても、その代わりに他の都市や集落が犠牲になるのだ。

 こんな理不尽を放置して良いはずがない。


(そしてアイザックの母は、俺を追っているダニエラ第二王妃だ)


 彼女がシンテザ教徒であるのは間違いない。

 また俺はこれまで、シンテザ教徒の関わる企みをことごとく潰して来た張本人でもある。

 ここで逃げ隠れしたとしても、いずれはまた追われる立場になるのは必至。


「なるほど……状況はわかりました。この場で全面協力するというお約束は出来ませんが、滞在させて頂いてる間だけでも何かお手伝いさせてください」

「本当にありがたいです。意気消沈気味の団員達も、亜神を討伐されたヒース殿が味方にいると知っただけで勇気付けられる事でしょう!」

「決して私一人で倒したわけではないのですが──」


 仲間達の安全を考えれば、この地に留まるのは間違いなく危険だ。


 しかし公都の貴族達は、この戦いに戦力を割けないと言う。

 自らの国に危機が迫っているこの状況でだ。

 戦況を甘く見ているのか、それとも別の奇怪な権力が働いているのか。

 本当の所は正直わからないし、知りたいとも思わない。


「もし滞在中に必要なものがあれば、遠慮なくお申し付けください」

「お気遣いありがとうございます」


 ただ、この世界に来て約一年。

 俺は心に決めた事がある。


 それは、絶対に後悔しないよう振舞う事。

 善良な人々が理不尽な事情で苦しむ姿など、俺は絶対に見たくはない。



 行動一つでそれが少しでも叶うのであれば──

 俺は、その手間を一切惜しまないと。


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