内幕

 北門に続く街道を挟んで東西から挟み撃ちをするというフェンブル側の作戦は、おおむね大成功を収めていた。

 彼らは北門へと連なる魔族の列を分断した後、互いに街道付近で合流する。


「しっかし思ったより順調だな!」


 余裕の表情を見せるシルヴェリオに、ヤニックが苦言を呈する。


「油断しているとトロールに岩を投げつけられて押しつぶされるぞ!」

「ははっ。この辺りのトロール共など、もう一掃してしまったわ!」

「強気な態度を見せるのもいいが、それもこれもエリオット団長の作戦のお陰というのを忘れぬようにな!」


 久々の実戦という事で、年甲斐もなく張り切る二名の騎士団長たち。


 彼らは元々、武芸者として一流の技を持つ騎士である。

 その実力もあって騎士団長にまで上り詰めたわけだが、逆にその立場がかせとなり、直接戦いに出る事は少なくなっていた。


「だがこれだけ有利な条件で戦えるというのに、兵の三割は後衛に回すようになどと……いくらなんでも臆病過ぎやしないか?」

「若いとは言え、彼は実績のある騎士団長だ。何か思う所があるのだろう」

「何人もの斥候が周囲の情報を逐一報告しているのだ。アイザック軍には別動隊のようなものは一切無く、また『巣分け』が起こるような兆候も特に無い。エリオット団長自身もそう認識していたはずだが?」

「戦に絶対など無い、という事だろうよ」


 達観するヤニックをシルベリオが揶揄やゆする。


「魔物よりも領主と戦っている時間のほうが長いお主に言われてもなぁ……全く説得力が無いのだが」

「それを言われると、全く否定出来ぬがな!」


 互いに世間話が出来るほど余裕のある状況だったのだが──


「シルベリオ様! 大変です!」


 火急の報告があるのか、伝令が叫びながら馬を飛ばしてきた。


「ん? 何事だ?」

「部隊後方に魔族の集団が現れました!」

「後方だと!? そのような群れがいるという報告は一切無かったはずだが!?」

「はい。ですが、どこからともなく現れたのです!」



 結局、エリオットの判断が正しかったのだ。

 彼は自分の軽率な発言を恥じた。



「……それで、後詰の部隊の状況は?」


 伝令は一瞬押し黙り、言葉に詰まる様子で状況を伝えた。


「それが……現場の隊長達は独断で前線に……」

「あの──くそったれ共がっ!!」


 怒りをなんとか押し留め、シルベリオは盟友に向かって一言放つ。


「ヤニック。すまぬが赤獅子は副官に前線を維持させつつ、主力を率いて後方に向かう」

「了解だ。もっとも、緑龍も同じ状況である気もするが……」



 結局、ヤニックの不安は的中した。



 敵を挟み討ちにしていたはずの赤獅子・緑龍の両騎士団は、最終的にそれぞれが前後から挟まれてしまう。

 有利な状況が一転、彼らは一気に不利な状況へと陥った。




 そして──





    ◆  ◇  ◇





 シルヴェリオとヤニックが合流する少し前。


「ヘルマン参謀」

「はい、なんでしょう陛下?」

「この戦い、どうなるノだ?」

「そうですね……このままですと敵は損失が一割、こちらは半壊になるかと」

「そ、それは負けるという事ではないのカ!?」

「いえアイザック様。こちらは元々金の一切かかっていない魔物を半数失うだけですが、敵は数千人もの犠牲者を出すのです。どちらが勝者であるかは明白かと」


 ヘルマンの論理を理解出来ないアイザックでは無い。

 しかしこれまで狙った都市は必ず壊滅させてきたアイザックにとって、今回の戦いは屈辱的だった。

 どう贔屓ひいき目に見ても、押されているのが明白だったからだ。


「ジュウ万の魔物が半壊だゾ? おまえ、それでも勝利だと思うカ!?」

「はい。陛下がこうしてご存命である限りは」


 ヘルマンにとっては、戦いの結果などどうでも良かった。

 アイザックが癇癪かんしゃくを起こして突飛な行動をしないよう対処し、『監察』をするのが彼の目的だったからだ。


(しかしあの文書……ジェイド様は一体何をお考えなのでしょう……)


「あのなヘルマン。俺は城塞をおとしたい。でもこのままでは無理そうダ。んじゃ、そうするためにハ、どうしたら良い?」


 ジェイドから届けられた密書には、これまでの任務を継続しつつ、アイザックの攻城を出来る限り手助けするようにとの命が記載されていた。


(出来ればなるべく早く壊滅してもらって、さっさと原隊復帰したいのですが……)


 ヘルマンもどちらかというとジェイド同様、研究者気質な所がある。

 だからこそジェイドの補佐に抜擢された彼だったのだが、色々と器用にこなせる能力を買われ、このような単独任務を頻繁に任されていた。


(しかしジェイド様のご命令ですからね。しっかり任務は果たさないと)


「そうですね……敵の動きを見ていると、今いる魔物の軍勢を効率よく殲滅するための陣取りをしているようです。我々の動きを予測出来ているのでしょうね」


 魔物の動きはアイザックの思念と連動している。


「では予測出来ない動きをすれば良いわけだナ!」

「いえ。おそらく敵にかなりの知恵者がいるようですし、単純な魔物の動きなど全て見透かされてしまうでしょう」


 ヘルマンは単純なアイザックの思考を遠回しにけなしていたのだが──

 当然ながら、それを察するほどの器量は王子にはない。


「ならどうしろっつーんダ!!」

「増援ですね」

「ゾウエン?」

「はい。それ程数は多くなくて良いのです。見る限りですと赤獅子と緑龍は背後を気にせず戦っているようですが、それは背後に敵など一切いないと確信しての事。まぁ実際我々は、別動隊など一切準備していませんからね。きっと偵察なんかを念入りに行っていたのでしょう」


 エリオットは作戦を立案するにあたり、アイザック軍が到着する前から念入りに周辺の状況を報告させていた。

 その結果、アイザック率いる魔物軍を単一部隊であると判断したのだ。


 そしてその情報と判断は的確だった。

 今のは。


「ですが、幸いな事に陛下。陛下はこの地ではその魔剣タイラントの力をお使いになられておりません」

「十万もいればなんとかなるって思ってたからナ」

「はい。結果的にそうはならなかったわけですが──事前に何も準備しなかった事が幸いして、相手に悟られる事も無かった」


 なるべくアイザックに気付かれぬようこき下ろすヘルマン。

 実際それらの皮肉が相手に通じる事は全くなかったのだが──


「つまり何が言いたいンダッ!」


 遠回りな表現を続けていたせいか、早く結論を知りたいアイザックの機嫌を損なう結果になってしまった。


(そうやって結論だけを求めるから、思考力が低下するのですよ……)


 これ以上の問答は無意味だと判断したヘルマンは対策を提示する。


「このタイミングで魔物を集め、赤獅子と緑龍の背後から襲わせるのです」

「なるほど、不意打ちというわけだナ! しかしヘルマン。なぜその作戦を先に言わなかっタ!」

「それも作戦の一環だからです」


 少々納得のいかない表情のアイザックだったが、戦況を好転させる案に機嫌を良くした彼は、すぐに玉座から立ち上がる。


「よーし、それじゃ早速魔物どもを集めっゾ!!」


 そのまま天幕を出て行くアイザックを見送るヘルマン。


「そんな単純な策も思いつかない程、脳みそが腐り切っているとは……ん?」


 彼は自身の言葉に違和感を感じた。


(確かに彼は、他の優秀な王子達に比べると至って凡庸。ですが──いくら何でもこれほど知恵の回らない愚か者では無かったと──)


 一緒に行動してまだ数週間程度ではあるが、思い返してみると、合流した当初はもう少しまともな印象があった。


 わがままで好色なものの、明らかに他の者達とは違う高貴な身のこなし。

 王族だけあって、ある程度の教養が備わっている事も実感出来た。

 そもそもヘルマンが合流する以前は、全てアイザック本人が作戦立案している。

 その点については、複数の団員から聞いているので間違いない。


 ヘルマンは上司であるジェイドの言葉を思い出した。



『アイザック王子をしっかりと『』してくださいね』



 どういう意図での指示だったのか、この場では知る由もない。

 ただヘルマンが取るべき実務内容に変わりは無かった。



「まぁ結局どちらにせよ王子が自滅しないよう、もう少しの間、彼の一挙一動を見守れという事ですね」



 ヘルマンは対象者の後を追い、天幕の外に出る。



 彼の『カンサツ』対象は、近くの小高い場所で魔剣を掲げていた。

 そして剣を掲げながら、古代語の呪文を詠唱している。



(なんというか──術を行使する度、その禍々まがまがしさが増幅されているような──)



 そこで自分の任務を思い出すヘルマン。




「ああ──折角ですので、この感想も報告に上げておきましょうかね」




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