アコードーヴの戦い

「んじゃ──もーそろそろ、ヤっちゃおうかネー」

「承知いたしました陛下」


 他のものとは明らかに見栄えの違う豪華な天幕の中。

 アイザック王子は即席の玉座にふんぞり返り、参謀の男に声を掛けた。


(少し雰囲気が変わって来たようにも思えますが……特におかしな所は)


 参謀の名はヘルマン。

 上司のジェイドよりもいくらか若い。

 燕尾服姿のジェイドとは違い、彼は一般的な民族着を身にまとっている。


 ウェグリア陥落の直後、アイザック王子の『』を依頼された。

 もちろん大国の王子に対して監察に来ましたとも言えないので、ジェイドから派遣された参謀役という体で従軍している。


 ただし本来の目的はあくまで監察である。

 アイザックの意思に逆らうような助言をする事は一切無く、雑事を手伝っている。


 それがであったとしても、だ。


「それでは幹部の皆さん、アコードーヴの城塞都市についてですが──」


 ヘルマンは部下達に指示を出す。

 アイザックの大雑把なアイデアを実現可能な行動に落とし込み、それを指示出来るような人物は彼しかいないのだ。


 また部下と言っても未だに残っているのは、山賊や傭兵崩れの無頼漢達だけ。

 高度な戦術など理解出来ないため、彼らの頭で理解出来るレベルの単純な指示しか出していない。


(それなのに──この王子の軍は負け知らずなのですよね)


 実際に指示を出している本人だからこそわかるのだが、行軍が負け知らずなのは決して作戦のお陰ではない。

 それはひとえにアイザック本人が、戦いに勝てるまで魔物を集め続けているというだけという単純な理屈だ。


(ジェイド様もボンクラ王子の監察などではなく、あのアーティファクトについて調べろと仰ってくれれば良かったのですが……)


「というわけです。皆さんわかりましたか?」

「へいへーい」

「わかったぜぃ」


 基本的に、人間の構成員が何か手を下す事は無い。

 魔物による制圧が一通り終わった時点で街に雪崩れ込めば良いだけだ。


 そこに天幕から出て来たアイザックが加わり、自ら補足する。


「ああ、あと城塞都市なんかにゃ、めぼしい女なんかいないと思うから、今まで捕まえた女どもはちゃんと世話しておけヨ? んで、もし勝手に手ェ出したりなんかしたら、速攻でゴブリンどもの餌にすッからナ?」

「しょ、承知しておりやす、陛下」


 人でなしの山賊どもからしても、アイザックは恐ろしい存在だった。

 彼の機嫌を損ねた人間は今まで何人もいたが、まともな死を迎えられた人間は一人としていない。


 王子はその場で号令をかける。


「栄誉ある第三騎士団ショクン! こっからフェンブル攻略最大の難所、アコードーヴ城塞をせめるッ! そこおとしさえすれば……公都ポートブリオは目の前ダァ!」

「「「おおおーっ!」」」


 そんなアイザックの元に無頼漢達が付き従うのは、単に利害が一致しているだけに過ぎない。


 アイザックは第42代メルドラン国王を僭称せんしょうしてはいるものの、本物の王子だという事実は揺るがない。

 元々略奪を生業なりわいとしてきた彼らに取ってみれば、これほどの立場の後ろ盾など他に無いのだ。


「なんか最近のお頭、どんどんマジもんのお頭っぽくなってねぇか? 見た目の雰囲気も、言葉遣いなんかもさ」

「雰囲気? まぁそうだな。言われてみれば確かにそんなような気も」

「最初は俺らみたいなゴロツキをちゃんと扱えるのかってくれぇ、ホントに王子様っぽかった気がするんだが……」

「んまーそうかもしれねぇけど、今はちゃんと金と女が回ってきてんだから別に良くねぇか? あぶねぇ戦いだってほとんどしなくて済むしよ」

「そりゃそーだな」

「そこの君たち!」


 二人の団員に声を掛けたのはヘルマンだった。


「参謀閣下!?」


 恐れおののく末端構成員達。

 王子の逆鱗に触れた団員達の末路を、間近で見てきたのだ。


「申し訳ございませんヘルマン様! そういうことじゃないんっす、これは──」

「陛下の当時の話、もっと詳しく聞かせてくれませんかっ!」



 王子が従えている軍隊。

 それらは人間によって構成されたものでは無かったわけだが──


 それらのお陰で無頼漢達は、自ら戦いに参加する必要がほとんど無かった。

 邪魔な衛兵達をそれらの魔物達に任せておけば、自分たちは安全に略奪や暴行に専念出来る。

 アイザックの横暴さや残虐性を差し引いても、戦いに命を掛けずに済むというのは大きなメリットだった。



「「「アイザック陛下!!」」」



 大きな歓声が上がる中、王子は手を上げながら天幕へと引いていった。




    ◆  ◇  ◇




 アイザックにとって、金品や女の略奪などはさほど重要ではない。

 無論、多くのならず者達を従えたり、自身の情動を満たすためにそれらの行為を働きはする。

 だが王族の彼からすれば、それらはメルドラン首都の別宅にいるだけで十分手に入れる事の出来る、特に価値のあるものでは無いのだ。


 誰もいない天幕の中、彼は独りつ。


「ククッ、ねぇさん」


 王子である彼は、本来なら価値あるものを多く持っていたはずだった。

 財力、書物、設備、人材。

 そして庶民ならほぼ全て労働に費やされ残る事のない、自由な時間。


 だが彼は、それらの価値を全く理解出来なかった。

 それらの殆ど全てをことごとく無駄にし、捨て去ってしまったのだ。


 どうあがいても手に入らない、ただ一つの思いを除いては。


「美しくてカしこく、やさしいネぇさんとボクならサ、きっとすっげぇ王様を作れるって思うんダ。ククッ、ホント楽しみだなァ」


 彼は無意識に自分の腰を前後させる。


 曲がりなりにも彼は王族出身者だ。

 以前の彼ならばこんな事はしなかったはずなのだが──



「マっててネ、ソフィアねぇさン」



 彼は妄想の中で、憧れの姉の中に何度も吐き出した。



 その表情はもはや人のものではない。



 ただ本能に従うだけの生物。

 それはまるで、人の皮を被った別の生き物のようだった。





    ◇  ◆  ◇





 城塞全域に鳴り響く鐘の音。



「アイザック軍来ました!!」



 城壁の上の弓兵や工作員がすぐに迎撃態勢を取る。


「まずは敵が城壁の外にいるうちになるべく数を減らせ。ただし当初の打ち合わせ通り城門が大型の魔物に破壊されそうになった時点ですぐ、退却するよう伝えてくれ」

「かしこまりました!」


 既に指示は全軍に行き渡っているはず。

 それでもエリオットは、しつこいほどに伝令を徹底した。


(実際に戦いが始まれば、どうしても目の前の事に気を取られる)


 それが現場兵士たちの心情なのだ。

 彼は今までの戦いで、その事を何度も痛感していた。


「しかし団長。人で構成された軍隊ならまだしも、相手は単なる魔物の群れです。いつも通り、城壁の外にいるうちに掃討してしまったほうが宜しいのではと思うのですが?」


 伝令の一人が団長のエリオットの作戦に疑問をていした。

 一般的な貴族が上官であればそのような進言ですら叱責しっせきの対象であるが、彼は必ず部下の話を一通り聞いた上で自身の見解を返答する。


「普段襲ってくる魔物どもならば私もそうした指示を出していた。だが今回の戦いはいつもとは違う。敵に魔物を指揮する者がいるのだ」

「アイザック王子ですか?」

「ああ」

「しかし団長、魔物を指揮する事なんて出来るのでしょうか?」

「それは──正直わたしにもわからん」


 一瞬、唖然とした表情を見せる部下だったが、すぐ真顔に戻る。

 自分の上司が、どんな行動にも必ず理由を持つ人物だという事を知っているからだ。


「報告にもある通り、アイザックとて無傷で都市を攻め落としてきたわけではない。彼自身の軍もかなりの損害を受けている」

「はい。わたしもそう報告を受けています」

「だが彼が率いる魔物は消滅するどころか、進軍を続ける度にむしろ増えているのだ。今回はおそらく十万に近い魔物を従えていることだろう」

「じゅ、十万ですか!!」


『アイザック王子は魔物を引き寄せる古代遺物を持っている』


 その情報はエリオットの耳にも入っていたが、その事は部下達に伝えていない。


 この世界の人々にとって、古代に関わるものは全て畏敬いけいの対象だ。

 敵がそのような摩訶まか不思議な遺物を持っていると知れば、多くの兵士がパニックに陥ってしまう可能性も考えられるのだ。


「まぁ魔物がその場で湧いて出てくるというわけではないらしいので、今以上に増える事は無いだろう。ただ人間が率いている以上、何が起こるかはわからぬ。出来るだけこちら側が戦い易い流れに持って行かなければならぬ」

「それで彼らが来る北門よりも、側面の守りを手厚くしたわけですね」

「そうだ。あらかじめ突破される箇所が分かっていれば、その近辺に兵を伏せておけば良いのだからな」


 アコードーヴは対外的には『巣分け』のような、魔物の大群に対抗する目的で作られた城塞都市とされている。

 国境付近に位置している以上、隣接するメルドランと友好関係を保つためには、そういった建前でも無ければ心象を損ねてしまうからだ。


 しかし二代前の騎士団長は城塞の一部に大幅な改修を加えた。

 結果、今では城塞内での迎撃戦でも有利に戦える構造になっている。


「ほんと──アラン団長には頭が上がらないな」

「アラン団長ですか? 先々代の?」

「ああ。あの人が存命だったなら、わたしがこんな苦労をする事も無かったと思うよ」

「あまりご苦労されているようには見えませんが?」

「見せないようにしているんだと、なぜわかってくれないかな……」


 互いに軽口を叩く中、別の伝令が団長の元に急ぎ足で馳せ寄る。


「団長、ホブゴブリン数体が北門を破壊しました!」

「伝令ご苦労。それでは北門前に陣取っている黒鷹騎士団に伝えてくれ」


 エリオットは声を張り上げる。


黒鷹達Black Hawksよ! 正門前の第一迎撃位置から退し、第二迎撃位置まで後退!」



 寄せ集めと言われていた黒鷹騎士団ではあったが、その動きは迅速だ。


 この地は国内でも有数の危険地帯である。

 対応の遅れは自分や仲間達への危機に直結する。

 彼らはこの数か月間、それを自らの身で体験してきた。



 そしてそんな危険な環境こそが、彼らを知らず知らずのうちにベテランの戦士へと育成させる源泉となっていたのだった。





    ◇  ◇  ◆





「黒鷹の退が来たか! 赤獅子の猛者共よ、出撃じゃ!」


 シルヴェリオのげきが飛ぶ。

 赤獅子と緑龍の二騎士団はそれぞれ西と東の離れた場所に陣取っており、黒鷹から一時退避の号令が届いたタイミングで両翼から攻めるという手筈てはずになっている。


「さすがはエリオット。わざと北門の守りを薄くして、敵が一か所に集中するよう仕向けるとはな……」


 単なる魔物の群れであれば、各個体が勝手に動くため予測が付かない。

 しかしエリオットは人が魔物を指揮しているという事実を逆手に取り、彼らが一番初めに到達する北門の守備を、敢えて手薄にして待ち構えた。


 案の定、魔物達は北門が壊れた直後、一斉に北門へと殺到する。


 魔物達の意識はアイザックの持つ魔剣タイラントによって持ち主とリンクしており、その行動も持ち主の思念による影響を受ける。


 もちろんそのような仕組みを、エリオットが知っていたわけではない。

 彼はただ人間が指揮している以上、戦況によって敵の動きも変わってくるだろうと判断したのだ。


「お前らいいか! 一際ひときわデカい魔物には安易に近づくなよ! あいつらの一撃は、お前らの首を一発で叩き潰すからな!」


 敵との乱戦に入る前に注意を促すシルヴェリオ。

 南方の雄たる赤獅子騎士団ではあったが、これほど大規模の戦闘は初となる団員も多い。



「無茶はするなよ! それでは──突撃っっ!!!」



 ときの声を上げて進む赤獅子騎士団の団員達。

 そして丁度同じ頃、敵を挟んで反対側の離れた場所からも、緑龍騎士団からも鬨の声が上がる。




 ここ数百年の間起きた事の無い、国同士の大規模戦闘が始まったのだ。




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