Night Of The Black Hawks ~黒鷹騎士団の夜~


 ある日の夜。

 フェンブル中央北部で最大の城塞都市であるアコードーヴ。


 その城塞内の軍議室には大公パトリックをはじめ、黒鷹・赤獅子・緑龍の三騎士団の団長や大公付きの文官達が揃っていた。


「このアコードーヴに三騎士団が揃っているというのに、黒鷹騎士団だけで対応しろとおっしゃるのですか!」


 大公の前にも関わらず、多少怒気をはらんだ声で疑問を呈しているのは赤獅子騎士団団長のシルヴェリオだ。


 彼が怒りを隠さないのにはいくつかの理由がある。

 その理由の一つが、次代を担うと期待されている黒鷹騎士団の扱いにあった。


「結果的にそういう事になるな──」


 そう返答する大公のすぐ横には、第三大公妃ソフィアの姿があった。

 宰相のヴェルナーは大公の代理で都に留まっているためここにはいない。


「確かにこの北部方面は元々黒鷹騎士団の管轄であります。ですがっ……」


 フェンブルの西部や北部には未開地や山岳地帯が広がっている。

 こうした辺境にはゴブリンやトロールといった魔物が数多く棲息しているわけだが、その対策として西方面には銀狼騎士団、そしてこの北部一帯には黒鷹騎士団が配備されていた。


 メルドランとフェンブルは数百年の長きに渡る友好国同士だ。

 そして歴史の長いメルドランは騎士団も強力だったため、国境付近の警備についてはメルドラン側の騎士団が討伐するのが通例であった。


 魔物と言っても、組織的な人間の軍隊からすればそれほどの脅威ではない。

 メルドランにしてみれば、戦闘訓練のようなものだったのだろう。

 長年、黒鷹騎士団の出番はほぼなく、あくまでサポート的な存在であった。


 だがその状況は昨年から続くメルドランの政変により一変する。

 国境付近にいたはずのメルドラン騎士団の姿は消え、代わりに魔物が出没するようになった。


「エリオット団長はどう思われるのだ!?」


 当事者である黒鷹騎士団団長エリオットはずっと黙って話を聞いていた。


 まだ三十になるかならないかの若さだろうか。

 他の先輩騎士団長達よりも落ち着いた様子だが──その顔には隠しきれない疲れが色濃く表れている。


「わたくしは──大公様の命とあらば、全力で事に当たる所存でございます──」

「ああ。聞いた儂が間違っていたな。お前は昔からそうやって、なんでも自力でどうにかしてしまう奴であった──」


 シルヴェリオは軽く溜息をついた後、話を続ける。


「確かにアイザック軍は数万の規模ですが、その殆どがゴブリン等の弱い魔物です。一部ホブゴブリンやトロールなどの大型の魔物もいるようですが、エリオット団長率いる黒鷹騎士団であれば、難なく敵を排除出来る事でしょう」

「うむ。わたしもそう判断した故、このような指示となった」


 その話の半分は事実であり、半分は単なる希望だ。


 エリオット団長については公国内外問わず、評価の高い騎士団長である。

 彼は元々銀狼騎士団の副団長であり、前任の黒鷹騎士団長が勇退した際、全騎士団長がほぼ満場一致で推挙した人物である。


 因みに反対したのは銀狼騎士団の団長だけだ。

 彼は『他の騎士団に渡したくない』という一心で断固反対していた。

 エリオットはそれ程の逸材であった。


 しかし肝心の黒鷹騎士団の練度はお世辞にも高いとは言えない。


 そもそも今回の騒動を受け、急遽増員させられた騎士団だ。

 集める事が出来たのは平民や貴族家の次男・三男といった、領地を継げず働き口にも困るような若者達ばかりなのである。

 経験不足は否めなかった。


「ですが大公様──職務放棄状態になったメルドランに代わり、黒鷹騎士団はここ数か月の間ずっと魔物の討伐任務を続けています。ベテラン騎士の多い銀狼の連中ならともかく、若い彼らにはそろそろ休息が必要ではないかと他の騎士団からも心配の声が上がっていました」


 そんな状態の騎士団をこの数か月の間、大きな損害も出さず運用してきたのがエリオットだ。

 彼は同じ立場である騎士団長連中からは高評価を受けていたが、中央の貴族達──第一大公妃や第二大公妃と関係のある貴族達からは、どういうわけかうとまれていた。


「うむ。その話はわたしの耳にも入っている」

「であれば大公様、我々赤獅子と緑龍がいるこのタイミングこそ、彼らに休息を与える絶好の機会だとは思いませぬか!?」


 興奮気味のシルヴェリオの横には、緑龍騎士団団長のヤニックの姿があった。

 彼はシルヴェリオよりも落ち着いた様子で、大公に確認を取る。


「大公様。此度のこの采配は、中央の貴族達の──」

「……ああ、そうだ」

「ううむ、やはりですか」


 唸るヤニック。


「大公様、これでは我々が遠征に参加した意義が──わざわざ遠征に参加してくれた部下達に、なんと説明すればよろしいのでしょうか──」

「北部担当の黒鷹騎士団がメルドランからの侵入を許してしまった事で、彼らへの風当りが強くなっておるのだ」


 実際一部の有力貴族──特に第一大公妃の後ろ盾である貴族達から黒鷹騎士団の責任を問う声も多く出ていた。

 北部の守りであるはずの黒鷹騎士団は、一体今まで何をやっていたのかと。


「その件につきましてはエリオット団長ではなく、むしろ反省すべきなのは我々だと存じますが!!」


 強い語気で意見を述べるシルヴェリオ。


 フェンブルはメルドランとの関係悪化を気にするばかり、対応が後手に回ってしまったのだ。

 最も大きな原因は大公自身の認識の甘さにあったのだが、初動の時点ではその点について意見を述べる重鎮は誰もいなかった。



 当初から積極攻勢すべきとの意見を述べたのはたったの二名。

 魔導士ティネと──黒鷹騎士団長エリオットだけだ。



 大分落ち着いたシルヴェリオが再び会話に合流した。



「我々はなにも戦功が欲しいわけではありません! 国の南端から北端のこの地にまでわざわざ遠征してきておいて、ただ何もせず戦いを眺めていろと? それでは恥ずかしくて故郷にも戻れません!」


 フェンブルの騎士は特に事情が無い限り、地元の騎士団に配属になるのが通例だ。

 自分の故郷を守る任に付くため、騎士団員は総じて士気が高い。


 だが五つの騎士団は、任務の危険度や評価にいてばらつきがある。


「赤獅子達はまだ良いではないか。過去のものとは言え、トーラシアとの紛争を解決してきた実績があるのだから。それに引き換え我々緑龍は……」


 ヤニック団長が率いる緑龍騎士団はフェンブルでは最古の騎士団であるが、建国時に国の東側を平定した後は特に目立った活躍がない。


 そして最も問題なのは、緑龍騎士団が警護する東方には評判の悪い領主が多く存在しているという事実だ。

 内容としては、税率の高さや内政のずさんさが挙げられる。

 彼らは高い税金を課しながら、天災や飢饉などへの対策を一切しなかった。


 しかしいくら騎士団と言えど、そう簡単に領の運営に口出しは出来ない。

 そしてそういった状況が、市民の『騎士団は何もしてくれない』という評価に繋がってしまっているのが現状である。


「ヤニック、シルベリオ。折角の機会でもあるし、私としても赤獅子と緑龍の両騎士団には是非活躍して貰いたかったのだが……」


 大公も彼らの状況は理解はしているものの、どうにもならぬ事情があった。


「これはお主らの出資者、つまり大公妃達の親族であるコルツァーニ公爵家とプリュヴォー侯爵家からの指示なのだ」

「公爵家と侯爵家が? それは一体どういった理由からでございますか」

「元々コルツァーニ家とプリュヴォー家はお主ら両騎士団の参加には最初から反対だった。まぁはっきりとは言わなんだが、彼らにとっては自領地を警護する騎士団だ。損害を出されては困るというのが本音であろう」

「ですが我々は各領地の守護者である前に、国を守護する存在であります!」

「わたしもそう思っている。それにいくら優秀な黒鷹騎士団とは言え、たった一騎士団による守りとあっては、王子の進軍を止められないのは明白だ」

「むしろ攻め落とす好機ととらえられかねませんね」

「そうだ。そこで両家にはまず北征軍への『参加』についてのみ、許可して貰うよう話を付けたのだ」


 大公パトリックはアイザックに戦いを諦めさせる事を第一目標にしていた。


「なるほど。つまり我々は単なる数合わせ、という事だったと」

「言い方は悪いが、そういう事になってしまうな」


 戦争を好まない大公の考えは、両騎士団長にも理解出来る。


 だが彼らは騎士団の代表である。

 こうして北征に参加した以上、騎士団としての仕事はまっとうしなければならない。


「これだけの数が揃えば、アイザックも諦めると思ったのだが……」

「ですが奴は全く意にも留めずレディアントを攻め落としました」

「ああ。もはや全面対決は避けられぬ。だが赤獅子と緑龍を主戦力として戦わせるわけにもいかぬ」

「ここまで来て、指を咥えて見ていろとおっしゃるのですか!」


 シルヴェリオはたまらず声を上げる。

 それに対しパトリックは怒る事も無く冷静に受け答えた。


「もし両家の意向を反故にしたりすれば、赤獅子騎士団は良くて半減、緑龍騎士団に至っては解散せざるを得ないかも知れぬ状況なのだ」


 押し黙るシルヴェリオ。

 騎士団長と言う立場であるからには、自らの組織がどう成り立っているのかくらいは理解している。



(全く──今回のような不測の危機に対処するのが領主であろうに──)



 ヤニックは心の中で呟く。


 先日も騎士団や衛兵隊への投資を渋っていた東方の領主が、自ら統治する町と共にこの世界から消えた。


 領主については自業自得だ。

 むしろ居なくなって喜ぶ人間のほうが、数的には圧倒的に多いだろう。

 しかし巻き添えを食らった市民や衛兵達については不憫ふびんでならない。


 力の無い彼らは、力のある者に従うしかない。

 そしてそれは、騎士団長という立場の彼であっても同じ事なのだ。


 ヤニックは自分の非力さを嘆いていた。



「少し詭弁きべんのような形にはなってしまいますが……」



 皆が押し黙る中、一人声を上げたのはソフィア大公妃だった。

 一同は彼女の話に耳を傾ける。


「もし仮にという話ですが、黒鷹騎士団がメルドランの軍勢に押されるような状況になったと想定します。大公様、その時の二騎士団の動きについては両家から何かご指示は?」

「いや、そういった取り決めは何もないな」

「であれば黒鷹騎士団がした時点で、控えの二騎士団は行動を起こしても何も問題は無いわけですね」

「「「!!」」」



 戦況は現場でなければ知り得ない。

 ソフィアはそれを言いたかったのだろう。



「なるほど。確かに詭弁ではあるが……」


 暫く考えをまとめるパトリック。


「ソフィアよ。だがそんな事をすれば、きっとあやつらは其方の入れ知恵だなどと騒ぐであろうが……」

「構いません。国の一大事を前にすれば、そんなものは些細な問題に過ぎません」


 眼前の戦いも重要であるが、パトリックは一国の君主でもある。

 少しの間を置き、大公は結論を伝えた。


「わかった。それでは当初の予定通り、先鋒は黒鷹騎士団に務めてもらう。そして早い段階で一時退却の指示を出して貰いたい。その指示と同時に赤獅子・緑龍の連合部隊が、に前線に出る、と」


 参加者一同から賛同の声が上がる。


「エリオットよ。黒鷹騎士団には戦う前から退却せよという、騎士として不名誉な指示を出す事になってしまうが、それでも良いか?」


 今まで伏し目がちに話を聞いていたエリオットの顔が大公を向く。

 ずっと険しい表情の彼だったが、今では多少和らいでいる。


「とんでもございません大公様、名誉などよりも団員達の命のほうがずっと大切です。此度のご判断、つつしんんでうけたまわらせていただきます」


 エリオットはそう言った直後、ソフィア大公妃に向かって深々と頭を下げた。


「ソフィア様。本当にありがとうございました。黒鷹騎士団の団員に代わり、心より御礼申し上げます」

「あなたやあなたの団員さん達がずっと頑張っていたのはわかっていたつもりです。たまには他の人を頼ってくださいね」


 ソフィアの言葉を聞いたエリオットは、暫く顔を上げられずにいた。



 そろそろ限界だと自覚していたのだ。



 抱える重荷を誰にも言えず、押し潰れそうになっていた自分。

 目の前の大公妃は、たった一言でその状況から救い出してくれた。



「このエリオット、全力を以てフェンブルと……ソフィア様をお守り申し上げます」



 軍議が終わり、誰もいなくなった軍議室。


 雲の切れ間から差し込む淡い月光。


 その光が照らすのは、目頭をずっと抑え続ける若き団長の姿だった。



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