集結

 町を出てすぐ、ベァナから話し掛けられた。


「ヒースさん」

「ん、なんだ?」

「最初から三日くらいの滞在だとは言ってましたけど、もうちょっとゆっくりしても良かったのではないですか?」

「そうだな。まぁ俺も最初はそうするつもりだったんだが──」

「心配していたフィオンちゃんの件も、特に何も問題無かったですし」


 フェルメの町については彼女の言う通りだ。

 襲撃の爪痕つめあとがまだ色濃く残ってはいたものの、とても居心地の良い滞在先だった。

 きっと町の重要人物たるオーギュストの人柄が、住民達にも良い影響を与えていたのだろう。


 だが今回早めに町を発ったのには別の理由がある。

 その事情についてはシアが解説してくれた。


「フェンブルにはアコードーヴという城塞都市があるのですが、町で聞いた話ですと今その都市にフェンブルの騎士団が集結しているそうなのです」

「アコードーヴ──」


 ベァナは今まで人生の大半をアラーニ村で送って来た。

 そのため領主の娘であるシアほど地理的な知識は無く、知っていてもせいぜい近郊にある大きな都市程度だ。


 だがそんな彼女でも、そのアコードーヴだけは知っていた。

 今は亡き彼の父が、かつて勤務していた城塞都市の名だったからだ。

 そして幼い頃の事で曖昧ではあるものの、一度だけ訪れた記憶がある。


「ベァナさん、アコードーヴが何か?」

「いえ……その話は私も聞いています。大公様自らが指揮されているようですね」

「ええ。まぁあの大公にしては今回はかなり本腰入れてるっぽいですけど──」

「うちの大公様はいつでも本気だと思いますが!」


 ベァナの故郷アラーニ村はフェンブル大公国の所属だ。

 定期的に魔物の討伐部隊を派遣してくれているため、村での評判は比較的高い。

 大公に特別入れ込んでいるわけでは無いベァナでも、所属国の君主を軽んじられれば気分が悪いのだろう。


「何も大公殿下をこき下ろそうとしているわけではありませんので、ちょっと落ち着いて聞いてくださいまし」

「はい……」


 シアが政治面に精通している点についてはベァナも認めるところだ。

 少々納得行かなそうな顔をしながらも、そのまま黙って話を聞くベァナ。


「細かい経緯については私も憶測でしかわかりませんので、この際置いておきましょう。メルドランとのいざこざをずっと回避していたフェンブルでしたが、大公殿下は結果的にアイザック王子と対峙する道を選びました」

「はい」

「それでも相手は一国の王子です。なるべく事を荒立てたく無いフェンブルはなんとか全面戦争を回避すべく、その城塞都市に騎士団を集結させてにらみを効かせたのです。これ以上進軍した場合は容赦はせぬと」


 シアは一呼吸置いた後、話を続けた。


「ですが──アイザック王子はそれを完全に無視し、進軍を続けたのです。ベァナさん、レディアントという町をご存じですか?」

「レディアントですか。そう言えば聞いた事があるような……」

「ダンケルドよりも小さな町ですのでそれほど有名ではありませんが、その町はアコードーヴのすぐ北にのです」

……もしかしてオーギュスト支部長が受け取ったというのは……」

「ええ。レディアントが侵攻を受けたという通信でした」


 老支部長が受け取った通信内容というのは、シアの言う通りレディアント襲撃の知らせだった。


「レディアントはアコードーヴの目と鼻の先です。状況的に見て、フェンブルとアイザック王子の全面対決はもう避けられないでしょうね」


 そこからの話は俺が引き継いだ。


「アイザックが西進している事自体は、ヤース老師の館や遺跡の端末の情報からあらかじめ分かっていたんだ。それでその動きを追いたかったのだが──」

「フェルメの協会支部が壊滅していたため直近の動向が確認出来ず、それで端末の召喚を手伝ったというわけか」


 セレナも会話に合流する。


「まぁそれも理由の一つだ。そしてフェンブルの騎士団がアコードーヴに駐屯している情報についてもフェルメの町で初めて得た。パトリック大公の評価は世間的には様々なようだが、無用な争いを避けるという点にいては、俺は大公の考えに完全に同意だ」

「しかし──その思いは完全に無駄になってしまった」

「ああ。結局国や領地なんて片方だけが不戦を叫んでいても、もう片方が聞く耳を持たなければ全く意味は無いのだなと改めて痛感したよ」


 悪い予感はずっと前からあった。

 通り道にある町や村を片っ端から破壊してまわるような人物に、淡い期待ですら持てないだろうと。


「フェンブルも三騎士団を投入しているそうだし、おそらくそこで戦いは終わるだろうと思う。ただ、もし仮にアコードーヴでの戦いでフェンブルが負けるような事があったなら……」


 周辺の地理についてセレナが解説してくれる。


「南に向かえばいくつかの大きな都市を経由した後、最終的にフェンブルの首都ポートブリオに行き着く。しかし、もし西方面に進路を取ったとしたら──そこには穀倉地帯が広がっているな」

「穀倉地帯ですか? ダンケルドのような?」

「ああそうだ。小さな村や町が散在しているだけでめぼしい軍事拠点は無い。唯一カイオスという商業都市があるが……」



 セレナの言った町の名は、ベァナを驚かせるものだった。



「カイオスって、あのカイオスですか!?」

「うむ。アラーニ村の、隣の領都だ」





    ◆  ◇  ◇





「ジェイド様、今宜しいでしょうか?」


 部屋の外から聞こえる部下の声を聞き、おもむろに顔を上げるジェイド。

 以前は常に薄ら笑いを浮かべていた彼だったが、ここ最近は難しい表情をする事が多くなった。

 彼は椅子に座ったまま、ドアの外に待機する部下へ返事をする。


「急ぎの要件であれば聞きましょう。なんですか?」

「ヒース達一行の足取りが掴めました」


 そんな彼の眉が珍しく上がる。


「詳しい話を聞きましょうか。どうぞお入りなさい」

「失礼いたします」


 一礼して入室した部下は、ヒースの足取りを手短に伝えた。

 ある程度具体的な情報を得て安心したのか、ジェイドの表情には少し余裕が見える。


「東に向かっていたはずの彼らが、今は西を目指してると?」

「はい。一番最新の報告ではフェルメの町に滞在しているという話でした」

「フェルメ……ああ、王子が勝手に罠だと思い込んで、尻尾を巻いて逃げ出した町ですね」


 話の内容がアイザックに至ると、ジェイドは完全に普段の余裕を取り戻した。


 元々ジェイドにとっては鬱陶うっとうしいだけだったアイザック王子だったが、ここに来てある意味で息抜き的な存在になりつつあった。


 それはアイザック王子の行動が全て想定内だったからだ。

 何の不安も感じさせない、数少ない確実なものなのである。


「ヒース達一行が東に向かっていた理由はわかりませんが……フェルメに寄ったという事は、間違いなくアイザック王子を追っているのではないかと」

「おそらくはそうでしょうね」


 だがそんな彼でも、ヒースの動向については予想出来なかった。

 部下から定期的に報告は入って来るが、その内容は後追いで得た目撃情報のようなものである。

 ヒースがどんな目的や考えでそういった行動をとったのかまでは知り得ない。


「これはちょっと厄介になりましたね。ヘルマンには適当な頃合いで戻って来て良いとは言っていましたが、まだ向こうにいるようですね」

「ヘルマン様は一度受けたお仕事は最後までやり通しますからね」

「ええ。王子のカンサツなど、もうどうでも良いと思っていたのですが……そこにヒース一行が向かっているとなれば話は別です」

「アイザック王子に加勢するのですか?」


 ジェイドもかなり普段の調子を取り戻してきたようだ。

 うすら笑いを浮かべながら、まるで驚いたような口調で説明する。


「私がですか!? とんでもない! あんな出来損ないの放蕩貴族など、どうなったって私の知った事ではありません。心配しているのは私がその時の気分で余計な仕事を頼んでしまったヘルマンと、あとヒース達一行の方です」

「ヘルマン様についてはわかるのですが……ヒース一行が心配とは?」

「あの考え無しの王子の事ですから、彼は間違いなく彼らに戦いを挑むでしょう。そしていくら亜神を打ち倒したヒースとやらであっても、数万の魔物相手では為す術もありません」

「なるほど。となると──フィオン様の身を案じての事でしたか」

「そうです。あの淫売王妃の息子の事ですから、自らの慰み物として女共の命は助けるでしょうが──如何いかんせん、彼は白狼族の価値を全く理解してませんからね」

「引き渡してもらうようにお願いするのはダメなのでしょうか?」

「彼がまともな思考をしたであったならその案も一考の余地があったでしょう。しかし──もはや彼は既に半分のですよ」


 様々な情報から、即座にプランを練るジェイド。


「まぁでも、このタイミングでフェルメ滞在の情報が入ったという事は……幸いな事にアコードーヴの開戦にヒース一行は間に合わないかもですね。城塞都市に駐留している騎士団は?」

「元から配備されていた黒鷹に加え、赤獅子・緑龍の三騎士団です」

「赤獅子と緑龍ですか……他には誰が従軍していますか?」

「大公自らが出陣しているのに加え、第三大公妃ソフィアも随伴しているようです」

「ソフィア王女……なるほど。ボンクラ息子と違って、さすがに母君のほうは相当やり手でしたね。間接的とは言え、大公国にまで影響を与えられるのですから」

「ダニエラ様はフェンブルの騎士団まで牛耳っているのですか!」

「まさか! 流石に騎士団を直接動かすなんて無理ですし危険です。足が付いてしまいますからね。ですが──」


 笑顔ながら辛辣しんらつに評するジェイド。


「金や権力に目がくらんだ貴族達を動かすのは非常にたやすいものです」


 彼はそう言うと机に向かい文書をしたため始める。


「先程は王子に加勢する等とんでも無いと言いましたが……ヒース一行が開戦に間に合わないのであれば話は別です。折角ですのでヘルマンに少し協力してもらいましょうかね」

「新たにご指示を出されるのですね」

「ええ。彼にただカンサツさせているだけでは宝の持ち腐れですし、王子に少しだけ知恵を与えてあげれば、ダニエラ王妃への心象も少しは和らぐでしょう」


 王子の元にいるヘルマンへの文書をさっと書きあげた彼は、立ちあがって部下にこう伝えた。



「というわけですぐに準備をしてください。目指すはアコードーヴです」




    ◇  ◆  ◇




 こうしてメルドラン第四王子アイザック、フェンブル大公率いる三騎士団、ジェイド、そしてヒース達一行が同時に動き出す。


 それぞれの思いは微妙に異なるが、目的地は完全に一致していた。



 城塞都市アコードーヴ。



『この地でなんらかの結末が待っている』



 そんな思いが、当事者それぞれの心に生まれていた。



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