精霊とマナ

 初めて行った召喚魔法であったが、特になんの問題もなく無事完了した。

 大人数で実施したという事もあり、召喚終了後もそれほど疲労は感じない。


 起動確認を行ってみたものの、やはり俺には権限が無いようだ。

 遺跡の装置同様、システムへのアクセスを拒否されてしまう。


(召喚者が使えない装置ってどうなんだ……)


 その為動作確認は支部長のオーギュストが行ったわけだが──


「おお、しっかり動作しておる!」


 まぁ支部長が使えるのだから問題は無いだろう。


 端末の設置場所は老支部長の指示によるものだったが、俺達が来る前から決めていたようだ。

 設置場所の周囲には壁こそなかったが、職員達によってあらかじめ瓦礫が取り除かれていた。

 地面には平らな石が敷き詰められていたので、設置が容易というのもこの場所を指定した理由なのかもしれない。


 だが実際に端末を設置してみて、いくつもの疑問点を感じた。

 もちろん物質の召喚自体が俺の理解を超えているのだが、その仕組みに関しては全く想像が付かないので一旦置いておく事にした。


 いくら考えても分からないものはわからない。時間の無駄だ。


 俺が感じた疑問はそういう根本的なものでは無く、実用面の疑問だ。

 高度情報化時代の中でそれらを実際に利用していた者ならではの疑問である。

 それは──


(これでどうやって他の支部と通信しているのか?)


 そもそも端末がなんのエネルギーによって稼働しているのかすらわからないが、その点についてはなんらかの動力源が内包されていると考えれば納得も出来る。

 バッテリーや発電装置の技術が進化し続けていけば、いずれ大容量で小型のものも生まれて来る可能性は十分あるからだ。


 だが通信についてはどうだ?

 端末はその場に設置しただけで稼働し、支部長の操作にも問題無く反応していた。

 考えられるのは電波を使った通信だが、そもそもこの世界では電気すら使われていない。

 遠距離間で大容量通信を行うには確か波長が……


(だめだ。俺にそこまでの専門知識は無い)


 動力も通信方法も、具体的な事は何もわからないブラックボックス。

 それが協会の端末であり、システムであった。


「なにを悩んでおるのじゃ」

「いえ。悩んでいるというよりは、分からない事が多くてですね──」

「端末召喚までやってもらったのじゃし、わしでわかる事ならなんでもお教えしてしんぜようぞ! まぁ、ヒース殿の方が色々と知っていそうじゃが」

「いえ私はそれほど──でしたらこの端末が何で動作しているのかをご存じでしたら教えていただきたいのですが」

「あぁ。それくらいならわしにもわかるぞ。マナじゃ」

「マナって、魔法を使う際に必要なあのマナですか!?」

「ああそうじゃ。しかし一般的に言われているマナという言葉にはいくつかの誤解があっての──」


 老支部長がそこまで話をした所で、ベァナから声がかかった。


「みなさん! おしるこの準備が出来ましたよ!」


 建物が全壊したにも関わらず、協会職員達は街の復興の為に尽力していた。

 俺とフィオンがここを訪れた際、職員が誰一人いなかったのはその為だ。


 協会の存在やそのシステムに不信感を感じている事に変わりは無い。


 だがそこで働く職員達に対してまで、そのような感情を持っているわけではない。

 彼らはとにかく善良で真面目で、他人の為に進んで働ける人達だ。


 そんな彼らを少しでもねぎらいたいと思い、ベァナに調理を依頼した。

 俺以外で確実に出来るのが彼女だけだったという理由もある。


 材料は、以前フィオンと一緒に寄った雑貨屋で購入。

 ほぼ買い占め状態になってしまったが、店主もお店の復興資金が調達出来たと喜んでいたし、それはそれで良かったのだろう。


「おお! これを待っておったのじゃよ!」


 老支部長の様子を見るに、このまま話を続けるのは無理そうだ。


「支部長、また後ほどお話を伺わせてください」

「おぉそうじゃな。後でな!」


 俺が最後まで言い切る前に、まるで跳ぶように配給場所に駆けて行く老人だった。





    ◆  ◇  ◇





「いや──これはなんとも甘くてうまいもんじゃの!」


 砂糖は貴重品なのでそれほどふんだんには使えなかったのだが、それでも支部長を含めた全職員に好評だった。

 今まで復興の手伝いなどをバラバラで行っていたようで、職員達がこうして一堂に会するのも久々だったようだ。

 みんな楽しそうに歓談と食事を楽しんでいた。


「あのそれで……マナについてなのですが」

「んぁ? あぁそうじゃったの! ついうっかり忘れておったわい」


 びっくりした表情からして、本当に忘れていたのかも知れない。


「一般的に言われている『マナ』という言葉なのじゃが、厳密には二つの要素によって構成されたものをひっくるめてそう呼ばれておる」

「二つ、ですか?」

「うむ。まず一つ目は魔法を使う時に必要とされる『マナ』じゃ。こちらが本来のマナの事で、まぁ力の素のようなものじゃな。だからマナが枯渇こかつすれば魔法が使えなくなるどころか、非常に大きな倦怠けんたい感を感じるようになる」

「とてもよく分かります」


 俺はこれまでに、その倦怠感を二度経験している。


 一度目はこちらに転移した直後。

 二度目は単眼の巨人キュクロプスとの戦いの後だ。


 当然転移した直後はその倦怠感が何によって引き起こされたものなのか全くわかっていなかったのだが、二度目の体験を経て、異様な体の重さがマナ欠乏によるものだった事を確信したのだ。


「そしてこの力の素と言うべき『マナ』というのは目に見えないもので、またこれ単体では何の力も発揮せぬ」

「ですが支部長、マナ欠乏で体が重くなってしまうという事は、マナ自体に何かしらの力がある、という結論に至りませんか?」

「さすがヒース殿じゃ。そこまで考えられる職員が少しでもいれば、協会が緩慢な衰退を辿る事も無かったのじゃろうな」


 緩慢な衰退。


 それは俺が魔法協会に対してなんとなく感じていた一側面を言語化したものだ。

 この老支部長は、いかにしてそういう結論に至ったのだろうか?


「マナはあくまで『力の素』であって、それを何に使うかによってその振る舞いが変わるのじゃ。自身の体に使えば体力や身体能力の向上につながるし、魔法を発動させる事も出来る」

「つまり単なるエネルギー……燃料のようなものの一つという事ですか」

「そうじゃ。だからこそ、召喚魔法は昼間に行う事を推奨されておる。太陽光によってマナ消費を抑えられるのは、光をマナに変換しているからじゃ」


(エネルギー変換──確か以前にも感じたが、太陽光発電そのものだ)


「まぁ協会の装置が何の力を変換しているのかはわしにもわからん。ただ人が操作しなくても他支部から連絡が入ってくる事を考えると、人のマナを利用しているわけではないと思うがの」


 解呪の際、なぜ昼間に行なったほうが良いのかの理由がこれでわかった。

 何らかの機構によって、光エネルギーをマナエネルギーに変換していたのだ。


「では、その変換をになっているものとは、一体──」

「それがもう一つの要素じゃ。一般的には『精霊』などと言われておるがの──それについてはわしも詳しくは分からん。どうなんじゃろうな」

「支部長は精霊だとは思っておられないのですか?」

「うーむ……魔法協会の装置や魔法自体を作り出したのが古代の神々なのであれば、おそらくその『精霊』を作り出したのも神々なのじゃろう。じゃが、もし精霊が意思を持った存在だったとするならば、人や獣人のようにその時の気分で行動結果が変わったりしてもおかしくないと思うんじゃ。効果が変わったり、稀に発動しなかったり」

「そうですね」

「じゃが協会の端末や魔法は決まったルールに従い、毎回必ず同じ結果を引き起こす。認可が無ければ装置も魔法も絶対に使えないし、その結果は呪文の変更でもしない限りは毎回必ず同じじゃ。じゃが自然的なものであれば必ずばらつきがあり、そこになどは存在しないはず……不自然じゃとは思わぬか?」


 支部長の立場でありながら、自ら使用しているものを『不自然』だと言い放つ。

 だがそんな支部長の意見を、俺は全肯定する。


「実は私も以前からそう感じておりました」

「はは! まぁこんな話、他の職員には話せんがな!」


(つまり精霊に相当する存在はあるものの、意思を持つ生命体では無い?)


 その後も暫くの間、老支部長との会話は続いた。


 冒険好きだった曾祖父の残した旅日記が今の思考の源泉になったという話や、大戦直後から残されている協会本部の端末の話など。


(大戦直後の端末か。どんな情報があるのか気になるな……)


 もっと色々と話を聞こうとした矢先だった。

 少し緩みがちだった支部長の顔がにわかに真剣なものになる。



「……すまぬ。どうやら早速連絡が入ったようだ」



 老人はおもむろに立ち上がり、端末の元へと歩いていった。





    ◇  ◆  ◇





 召喚後の集まりは支部長が通信を受けた後にお開きになった。

 みなほとんど食べ終わっていたし、締めるのに丁度良い頃合いでもあった。


 端末に届いた内容を聞いた俺は、翌日町を発つことに決めた。


 そして翌日。


「本当にすまぬのう。端末の召喚をしてもらった上に食事までご馳走になっておいて、結局何もしてやれなかった」

「いえ。その端末のお陰でアイザック達の動向がわかりましたし、そもそも先にご馳走になったのはこちらですから」

「おじいちゃん、お魚美味しかったよ! ありがとね!」

「いいんじゃいいんじゃ。太陽の民と獣戦士のサポートこそが、我々の本来の業務だったのじゃからの。困ったらいつでも頼ってくるがええぞ!」

「うん! またお魚食べにくるね!」


 フィオンにとっては珍しく居心地の良い町だったので、出来る事なら長期滞在してあげたかったのだが……

 敵の動きが分かった以上、じっとしてはいられない。



(開戦には間に合わないとは思うが、戦いの行方によっては──)



 支部長を含めた数人の職員達に見送られ、俺達はフェルメの町を後にする。

 職員達の振る手に応えるかように、フィオンの尻尾も左右に揺れるのだった。




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