多様性と可能性

「つまり端末の情報から次はフェルメがターゲットになる事を予測し、住民達にあらかじめ避難指示を出した、というわけですか」

「そういう事じゃな──というかお主、うちのクソ真面目な職員共よりもよっぽど協会の仕組みについて詳しいようじゃが」


(まずい。つい少し具体的な話をし過ぎてしまったか──)


 協会の端末について詳しく語る旅人など、この世界では存在し得ない。

 それらはこの世界の一部として太古の昔から存在しているもので、疑問に思う者は一人もいないからだ。


「ええと、協会には色々とご縁がありまして……」


 俺の横ではフィオンがおいしそうに焼き魚にかぶりついている。

 どう言い訳しようか悩んでいたが、支部長のオーギュストは笑顔で話を続けた。


「いやいや、何もお主の素性すじょう詮索せんさくしているわけではないから安心せい!」

「そうですか、ありがとうございます」

「そもそもロルフの所に現れよった単眼の巨人キュクロプスを倒したのもグリアン人の青年だと聞いておるしの。この歳まで生きて来たわしもびっくりじゃったよ」


 単眼の巨人キュクロプスが現れたのはトレバーの町だ。

 ロルフと言えば、トレバー支部長のロルフ・アイゼンハット以外考えられない。


「ロルフさんの事をご存じなのですか!?」

「知っているも何も、奴はわしの元部下じゃからの。あやつは昔から堅物でのぉ。まぁ協会の職員で堅物でない人間を探すほうが至難のわざじゃが……というかロルフを知っているグリアン人と言ったら……まさかお主があのヒース殿か!?」


 ここで嘘を付く理由も無いだろう。


「はい。ロルフさんには色々とお世話になりました」

「いやはや! まさかわしの目が黒いうちに元部下の恩人に出会えるとはなっ!」


 宿屋の女将おかみに話を聞いた時から、かなり変わった人物ではないかと予測はしていたのだが──


 オーギュストは協会職員というより、単なる話好きの老人のような人物だった。

 彼は俺の両手を掴み、大振りで握手をした。


「そういう事なら導師ティネとも話をしたのじゃろうな。通りで色々と詳しいわけじゃ」


 だが、流石に協会本部で幹部だった人物だ。

 次の瞬間には目付きが鋭く変わり、本題について語り始める。


「協会が攻撃を受けると、情報が自動発信される事は知っておるわけじゃな?」

「ええ」

「発信された情報を実際に見た事はあるかの?」

「はい。この町が攻撃を受けた事実も、とある場所の端末で知りました」


 遺跡の事については伏せておいた方が良いだろう。

 オーギュストもそれについては特に言及してこなかった。


「であれば話は早い。送られてくる情報には古代語表記ではあるものの、どういうわけか現代の都市名が含まれておる。そこさえ読み解いて周辺地図に照らし合わせれば、襲撃者がどこを通過したのか、そしてその後どこに向かっているのかくらい、子供にでも予測できるじゃろ?」

「私もそう考えました。それでアイザックの一団が西に向かっていると予測し、今はフェンブルの西に向かって旅を続けているわけです」

「なるほどのう。そういう事ならわしも力になってやりたい所じゃが──何しろこのありさまじゃからのう」


 シンテザ教の第一の目的は、敵対する魔法協会の壊滅だ。

 この老支部長はそれを見越した上で敢えて協会を明け渡し、市民たちを避難させたのだろう。

 まるで空蝉の術のようだ。


「装置まで完全に破壊されてしまったのですか」

「そうじゃ。魔物達はまるで最初からに、確実に装置を破壊していきよった。しばらく戻って来る事はないじゃろうが、もし次襲われでもしたら──その時はいよいよこの町も終わりじゃろうな」


 焼き魚を食べ終えてしまい指を咥えていたフィオンに、老支部長は追加でもう一本差し出す。

 目をキラキラさせて尻尾を振り回すフィオン。

 遠慮しようとする俺を、支部長は手で制止する。


「こんなに喜んでくれるなら、いくらでも分けてやるわい!」


 少々乱暴に思える言葉とは裏腹な行動を取る老支部長。

 フィオンの嬉しさは食べ物を貰える事に対してではなく、この老人の持つ優しさから来るものなのかも知れない。


 俺はふと浮かんだ疑問を口にした。


「それにしても襲われた他の都市はこことは違い、避難する間もなく壊滅させられたとお聞きしました。これは一体どういう事なのでしょう?」


 老支部長から笑顔が消え、眉間にしわが寄る。


「平和な時代が長く続いたせいか、支部長クラスでも装置を正しく読み取れぬ者が多くてな。そもそも協会の職員共は受け継がれた指示にはきっちり従うのじゃが──」

「受け継がれて来なかったものや、新しい事には手を出さない」

「そうじゃ! 実はお主、協会の職員か!?」


 ここでもやはり俺の予想通りの回答が返って来た。

 これは間違いなく魔法協会による職員の自動選別システムの影響だろう。


 協会の職員達は真面目で善良ではあるが、非常に保守的だ。

 そしてそれは同時に協会の常識にとらわれないこの老支部長が、非常に稀有けうな存在である事を示している。


「いえ。私では多分、採用時のチェックで弾かれてしまうでしょう」

「ははっ、そんな事まで知っておるとは! 本当にお主は一体何者じゃ」

「ちなみにその事についてはロルフ殿に教えてもらいました」

「あの堅物のロルフにか!? あやつも随分と変わりよったのう。わしに言わせれば『良い意味』で、じゃがな!」


 嬉しそうな表情を見せるオーギュスト。


「わしもロルフなんぞに遅れを取りたくないので、是非ヒース殿のお役に立ちたいと思っているのじゃが──先程も話した通り協会の設備は全て破壊されてしもうてな」

「そう言えば、町の他の建物の復興は始まっているのに、なぜ協会の敷地は放置されているのです? まさか職員の皆さんは魔物の襲撃で……」

「いやいや、職員は全員無事じゃよ。奴らには住民達の住居の復旧を手伝わせに行かせておる。そもそもここを立て直したところで何の役にも立たんのでの」


(何の役にも立たない?)


 魔法協会が無ければ冒険者カードや証書の発行などで困るだろう。

 この規模の都市であれば、率先して復旧しなければならない施設のはず。


 疑問に思った俺は老支部長にその理由を聞いてみた。

 返って来た答えは、言われてみれば確かに納得のいくものだった。


「……なるほど、そういう事ですか……」


 一言で言うと、人手ではなくの不足だ。


「国も今は対策に追われているようでの。こちらまで手が回らないじゃろうし」



 だが、俺の仲間達は伊達ではない。



「その、揃えられると思いますよ」





    ◆  ◇  ◇





「確かに他の地区とは違い、この場所だけ徹底的にやられているな」


 セレナの感想に同意する仲間達。

 その仲間達をフィオンが先導し、協会跡地の奥へと案内する。

 老支部長は昨日と全く同じ場所で一人たたずんでいた。


「これはこれは──グリアンの末裔が二人も揃うとはの! それで、そちらの黒髪のお嬢さんがヒース殿の嫁か?」


 嫁と認識されたシアが嬉々として反応する。


「その通りでございますわ! わたくしトーラシア連邦はトレバー出身の……」

「すまぬ支部長殿。この娘、多少大げさな表現をするので誤解の無いようにお伝えすると、彼女はまだ婚約者という立場でしてな──」

「あらセレナさん。わたくしの父マティウスはヒース様と直接膝を突き合わせて、婚約の契約を結んだのです。将来の嫁である事にいつわりはありませんし、あなたのように親の策略で一方的に婚約させられたのとは訳が違いましてよ?」

「策略だろうが一方的だろうが契約自体は成立しているし、その件に関してはヒース殿も了承済みだ。しかも私のほうがに婚約しているので、世間一般的にはだな……」


 この件に関しては、俺は一切口を挟む事が出来ない。

 二人の事はもちろん信頼出来るパートナーだと本気で思ってはいるが、何しろこの世界の結婚観と俺の持つ常識に乖離かいりがありすぎて、事態をうまく収拾出来る自信が全くないのだ。


 そんな悩みを吹き飛ばしたのは、老支部長の一言だった。


「マティウスじゃと? お主、マーサ殿のお孫さんか!?」


 ヒートアップ気味だったシアが老支部長に向き合う。


「おばあさまの事をご存じなのですか!」

「ロルフが赴任する際にわしもトレバーに同行しての。とても良くしていただいたのじゃが……言われてみればマーサ殿の面影が残っておるようじゃ」

「本当ですか! 具体的にはどのあたりが!?」

「そうじゃの……性格以外の全てではないかの」


 ベァナとセレナが同時に噴き出す。

 少し憮然ぶぜんとなるシア。


(やはりこの老支部長、他の協会職員とは違って随分ユニークだ)


 想像も付かないような高度な知識と技術で、数千年以上も完璧に動作するようなシステムですら、人の全てをコントロールし切れない。

 俺はこの時、人の多様性と可能性を感じ、少しだけ安堵した。


「みんなに集まってもらったのは他でも無い。宿でも説明した通り、フェルメの町はこちらのオーギュスト支部長の機転で壊滅の危機から逃れる事が出来た。しかしその犠牲として協会はこの通りの有様だ」

「それで復興のお手伝いを?」

「そうだ」

「でもヒース様やそこの脳筋女性剣士でしたらまだしも、か弱いわたくしたちでは大したお力にはなれないのでは?」

「まぁ確かに役に立たなそうな領主令嬢がいる事については、わたしも同意だ」


 このままだと話が進まないので、俺はやんわりと釘を刺した。


「二人ともそんな所にしてくれ。これは俺達だからこそ出来る仕事なんだ」

「どういう仕事なんですか?」


 ベァナの一言で話が本題に戻る。


「召喚魔法を行う」

「しょ、召喚魔法ですか!? 一体何の──」

「端末だ。協会で使われていたシステムの」


 その後の説明は老支部長が引き継ぐ。


「装置の召喚は基本的に支部を設置する際しか行わぬので、通常は召喚の専門部門が担当するのじゃ。大量のマナが必要になるので一般職員だけでは無理での」

「マナ不足でしたら、町の人たちに手伝ってもらうというのは……」

「いくら頭数を揃えても無理じゃな。高難易度の魔法はマナ保有量の大きい者でないと唱えられぬ。そして例えグリアン人のヒース殿が詠唱役をかってくれたとしても、他にそれ相応のマナ量を持つ補佐役が二名必要なのじゃ」


 マナ供給仕組みについては『解呪』の際に一通り調べたのだが、術者を直接補佐する役は、術者のマナ消費量の半分程度は最低限必要だ。

 供給が追い付かなくなり、マナ欠乏を起こしてしまうからである。


「なるほど──そういう事であれば、今回に限ってはわたしよりシアのほうが適任だな──」

「もう一人のサポート役は、やはりベァナさんですの?」

「ベァナでも問題はないとは思うのだが、今回はフィオンに補佐してもらおうと思っている」

「え、ボク? ボク魔法使えないよ?」

「魔法が使えるかどうかはマナ供給には関係無いんだ。実際奴らも獣人達を利用して召喚しようとしていただろう?」

「あ、そっか!」


 獣人族のマナ量は平均的に人間より多い。

 一説ではその大量のマナを身体能力の向上に利用しているとされているが、それに関する文献や端末データはまだ確認出来ていないため真偽の程はわからない。


(魔法が絡んでいる時点で、間違いなく古代の神々に関係があるのだろうが)


 わかっているのは身体能力が高くマナ量も多いが、魔法は一切使えない種族であるという事だけだ。


「支部長が職員を呼んでくれているので人員的には全く問題無い。だからベァナには召喚中、別の準備を進めておいて欲しい」

「別の準備、ですか?」

「ああ」


 俺は娘達に聞こえぬよう、小声でベァナに用件を伝えた。


「なるほど! お任せください!」


 ベァナとのやり取りの後、シアが根本的な疑問を呈する。


「でもヒース様。ヒース様が召喚魔法を使えるなんて話、今まで一度も聞いた事ございませんでしたが」

「わしが教えたんじゃよ」


 疑問に答えたのは老支部長だ。


「協会装置の召喚方法についてですか!?」

「ああそうじゃ? 何かおかしかったかの?」

「おかしいも何も、協会で使用されている呪文の殆どが門外不出の秘術ではないですか! そしてその中でも召喚魔法は最も機密性の高い魔法のはず」


 シアが驚くのもわかる。

 装置の召喚が出来るという事は、魔法協会支部を設立出来てしまうという事だ。


(魔法協会アラーニ支部……いや。逆に村に迷惑がかかりそうだな)


 シアの更なる疑問に老支部長が笑顔で答えた。


「まぁ協会が建物ごとぶっ潰されるような緊急事態なのじゃ。機密性もへったくれもあったもんじゃないじゃろ! ハーッハッハッ!」




 やはりこの支部長、色々な意味で規格外だ。




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