復興の町で
その後しばらくの間は何事もなく、平穏な旅が続いた。
「それで──ヒース殿が西へ向かっている理由は、やはりアイザック王子か?」
「ああ。どう考えても危険極まりない存在がフェンブルの西方面へと向かっているのだ。そしてフェンブルの西には……」
「ベァナの故郷であるアラーニ、そしてすぐ南には私の故郷、ダンケルドがある」
「ああ。俺にとってその二つの町は、この世界での故郷と言っても過言ではない。アイザックの目的地がそこだと決まったわけではないが、故郷に危険が迫ろうとしているのに何も行動を起こさないわけにはいかぬ」
セレナは腕組みしながら話を続けた。
「我々の故郷にそこまで思いを寄せてくれているのは心底嬉しい限りだが、いくら何でも相手は数万の魔物を率いているのだぞ? どう戦うつもりなのだ?」
「魔物の群れはアイザック王子が直接率いていると聞いている。導師ティネやヤース老師の話では、種族の異なる魔物が連携して都市を襲うなどあり得ないとの事だ」
「つまり……それらを率いているアイザック王子を倒すと?」
「そういう事だ」
軽くため息を付くセレナ。
「はぁ……確かに貴殿は今まで、どんな難題も我々では想像も出来ないような方法で解決してきた。それを間近で見て来たからこそ、私を含めた仲間達は貴殿に全幅の信頼を置いているのだが……」
彼女は一呼吸置き、話を続けた。
「いくら何でも今回ばかりは無謀としか思えん。戦うなというわけではない。だが、それならば一旦トーラシアに戻り、ミランダ殿やフェルディナンド公に救援を乞うなどしたほうが確実なのではないか?」
相手が普通の軍隊であれば、そうしたほうが賢明だろう。
しかし……
「……アイザックに攻め滅ぼされた都市の数を知っているか?」
「いや。噂ではいくつかの町が壊滅的な被害を受けたとは聞いているが……」
「九だ。しかも中規模以上の都市が九ケ所」
「九都市? なぜそこまで具体的な数字がわかる?」
「中規模以上の都市には、必ず魔法協会がある」
「魔法協会? それが何か関係が……あっ!?」
「そうだ。魔法協会が襲撃を受ければ、必ず各支部に情報が届く。そして魔物を撃退出来なかった場合は……」
「撃退したという報告も無く、情報はそこで途絶える」
「そういう事だ。撃退出来なかった魔法協会の数が九箇所。つまりそれは、その都市が魔物の軍勢によって壊滅させられた事を意味している」
トレバーに出現した
それが彼らの行動原理であり、神々の大戦の時代から現在まで引き継がれて来た、最も重要な攻撃目標なのだ。
「確かアイザックが動き始めたのは、われわれがトレバーに滞在していた頃だったはず。彼らはこの半年の間に、ダンケルド規模の都市を九ケ所も攻め滅ぼしたというのか!?」
「ひと月に一都市以上攻め滅ぼした計算になるな。しかもそこには協会の無い小規模な村や町は一切含まれていない」
「となると……彼らはおそらく毎週のように、どこかしらの町や村を破壊していると?」
「おそらくそうだ。そして報告のあった都市の位置を確認したのだが、とても分かりやすい分布していた」
「わかりやすいというのは?」
「都市の位置と報告のあった日付を確認したところ……全ての都市が時系列順に繋がっていたのだ。まるで一筆書きをしたようにな」
「つまりそれは……」
「進む先にある都市を片っ端から攻め滅ぼしているという事だ。何も考える事無く、目に入った町や村をな」
通常の軍隊であれば、軍事的に重要な拠点に絞って攻撃を行う。
だが彼らの動きに、そのような意図は全く感じられない。
「悠長な事を言ってられないのだ、今のこの状況では」
進む先に集落があれば全て破壊し尽くす。
それはまるで、バッタの大群が
◆ ◇ ◇
「まちが見えてきましたー」
一番初めに気付いたのは、
彼女はとても視力が良いため、射手としても斥候としても非常に優秀だ。
俺を含めた他の仲間達は当初全く気付かなかったのだが、言われて目を凝らすと確かに外壁のようなものが遠くに見えた。
「どうやらそのようだな。人の出入りもあるようだが──ところどころ外壁が壊されているな。確かこの都市の名は──」
「確かフェルメという、中規模の都市だったはずですわ」
その問いに答えたのはシアだ。
隣国とはいえ、さすがは領主の娘である。
各国の地理についても学んでいたのだろう。
「フェルメ……たしかこの都市も……」
その都市名には見覚えがある。
ヤース老師の館で見た魔法協会からの自動発信情報の中に、その都市の名があったのだ。
「やはりここも魔物に攻撃を受けた都市ですの?」
「おそらく。老師の館でその名を確認したからな」
魔法協会に設置された装置には、各支部の端末に向けて情報を自動発信する機能が備わっている。
トレバーを襲ったケビンの件から考えるに、おそらく防衛機構と連動して外部に情報を発信しているのだろう。
「どんな仕組みでそのような事が出来るかしら。不思議で仕方ありませんわ」
「全く同感だ」
もちろんそれだけの機能であれば、俺がいた時代の地球の技術でも問題無く実現出来たであろう。
驚くべきなのは古代語表記ではあるものの、現在使われている都市名が発信された情報の中にしっかりと明記されている点だ。
トレバーの支部長ロルフによれば、端末に都市名を登録する事はないそうだ。
何かしらのコマンド(ロルフは『呪文』と呼んでいたが)を入力し、任意に情報発信する事も出来るそうだが、緊急時にそこまでの事が出来るとは思えない。
しかも都市名は時代によって変遷する。
シアが言うにはトレバーがその名を冠したのは、集落が出来てからかなり後世になってからだとの事だった。
(という事は──その土地がその時代にどう呼ばれているのか、何らかの方法でリアルタイムに取得している?)
そうとしか考えられない。
だがそれも人と人との関わりを記録出来てしまうという、ヤース老師の館で見たあのモノクルの技術に比べれば、全くたやすい事なのかもしれない。
「ヒース様、この町に寄りますか?」
ニーヴが馭者席から振り返る。
「そうだな。見た感じ資材を搬入しているようだから、きっと都市の復旧作業を行っているのだろう。何か情報が得られるかもしれないし──」
「そろそろ宿でゆっくりしたいですわ!」
黙って聞いていたベァナも、シアに同意する視線を送って来ている。
「そうだな──営業している宿があれば、な」
◇ ◆ ◇
外壁の壊れ具合に比べ、都市内部の損害は少ないという印象だった。
もちろん破壊された建物は散見されるものの、壊滅という状況ではない。
そして幸いな事に、営業している宿が何件かあるとの事。
このまましばらく進むと宿屋街のような一帯があるらしい。
「フィオンちゃん、大丈夫でしょうか?」
当のフィオンは馭者席で二人の娘と話をしている。
聞かれて困る話ではないが、気を使わせてしまうと考えたのだろう。
少しトーンを落とし気味に
(それは町を襲撃したのが誰だったかに因るだろうな)
ベァナが心配しているのは、ウェグリアでの出来事があったからだろう。
彼女の不安に対し、シアが意見を返す。
「確かに少し心配ですわね。ただわたくしたちがあのような扱いを受けたのは、ジェイドによる襲撃の影響だと思いますわ」
「そうかも知れません。でもメイヴちゃんとリンちゃんの村も人に襲われたって言ってましたし、この辺の人たちは獣人を良く思っていないんじゃないかなって」
「確かにそういう人間もいますわね──ただ獣人集落への襲撃は非常にお恥ずかしい事ですが──貴族主導によるものがほとんどでしょう」
シアは自らが貴族でありながら、貴族社会の醜さ・理不尽さを最も良く知る人物でもある。
「はい、わたしもそう聞きました。でもなぜ貴族様達はそんな行動を……」
その疑問に俺が対応する。
「ヤース老師に話を聞いてみたのだが、老師の見解ではおそらく身分制度を維持するための行動なんじゃないかと言っていたな」
「維持ですか? 貴族の座を狙う獣人なんて誰もいないと思いますが」
「ああ。獣人族は自然の中でひっそり生きる種族だからな」
「ではなぜですか?」
「一般市民への見せしめ、みたいなものだろう」
「見せしめって……そんな理由でですか!!」
こういうシチュエーションはどの時代、どんな世界にも存在する。
自分の地位を確保するために、力の差を誇示する。
多くの動物に見られる、いわゆる『マウンティング』だ。
「もし自分の所の領主が領民を迫害するような人物だったら、ベァナはどう思う?」
「嫌いです。そんな領主」
「まぁ普通に嫌だよな。でも領主としてはその地位が揺るがぬよう、領民達に力を誇示したい。自分に刃向かうとどうなるか見せつけたいが、領民に嫌われるのも困る」
「それで直接領民には手を出さず獣人達を──そんなの酷すぎます!」
「俺もそう思う。でもそうしたほうが手っ取り早いと考える輩は多い」
「ヒースさんの故郷でも、ですか……」
「ああ。その形は違えども、迫害を受けるのはいつも持たざる人々だった」
それはもしかすると生命の誕生からずっと引き継がれて来た、種の維持に関わる重要な性質だったのかもしれない。
だが人は野生動物とは違う。
人は自身の能力以外の要因でも、その地位を保つことが出来てしまう。
物、金、人脈、地位、血統。
それらは野生動物には無いもので、個人の資質とも全く関係ないものだ。
そしてそれら外的要因の占める割合は決して低くはない。
自ら得た力でなくとも、支配者として君臨し続けられてしまう。
「そんな……」
悲しそうな表情のベァナ。
「でもねベァナ。それでも人はとてもとても長い時間をかけて、人を思いやる気持ちを
「そうなのですか──それはどうやって育まれていくものなのですか?」
(ううむ。そこまで具体的に考えた事は無かったな……)
職業、身分、社会構造、そして慣習。
生まれた境遇や生活環境を変えるには血の滲むような努力が必要だ。
そしてそれを勝ち取れる人物など、才能と運の両方に恵まれたほんのごく一部に過ぎない。
だからその他大勢の人々は変化を望まず、今まで慣れ親しんだその環境のまま生きていくほうが楽だと感じてしまうのかもしれない。
しかしそんな中でも、現状打破を目指して立ち上がる人々もいる。
その行動は後に反乱とか、あるいは革命などと呼ばれるようになるものだ。
それらの殆どは失敗に終わり、歴史に刻まれる事なく消えていくが、人々の記憶にはしっかりと刻まれていく。
そしてその記憶は伝承として広まり受け継がれ、いつしか何処かの誰かが新たな行動を起こす際の勇気の源泉になる。
そうやって長い年月を掛け、人は人として生きる権利を少しずつ勝ち取って来たのだ。
「そうだな──現状に我慢出来なくなった、一種の変わり者達による影響かもしれないな」
「変わり者、ですか」
「ああ。今は無いものを求めて、何かしらの行動を起こす人々だ」
「それって、まるでヒースさんの事ですね!」
ベァナの顔に笑みが戻る。
「俺は至って普通の人物だと……」
「わたしもベァナと同意見だな。貴殿は間違いなく変わり者だ」
セレナも加わって俺を変わり者呼ばわりする。
(まぁ、この世界の人間でないという時点で変わり者には違いないが──)
「確かに俺はこの世界に無いものを色々作り出してはいるが、別に今の生活に大きな不満があるというわけではないぞ?」
「まぁそれはそうでしょうね。こんなに若くてきれいな女性達に囲まれているわけですし、それに……」
シアは仲間達をさっと見回す。
そして一言。
「そもそもわたくし達全員、変わり者ですし」
即座に反論するベァナ。
「わたしは至って普通です!!」
「いや。シアの考察は珍しく的を射ていると思うぞ。大体このような危険な旅に女子が同行するなど、剣の道を志すわたしだけならばいざ知らず……」
「珍しく、って! わたくしの意見はいつだってしっかりした根拠の上にですね──」
エキサイト気味の姉達の間に割り込むのを遠慮するかように、控えめな声が馭者席から聞こえて来た。
「あの──」
声の主はニーヴだ。
気付けば馬車も止まっている。
「どうした?」
「目的の場所に着いたのですが、フィオンちゃんが……」
すぐに馬車内を見回す。
確かにフィオンの姿が無い。
(まずい! もし市民達に獣人族への嫌悪感があったら──)
と思った俺の目に飛び込んで来たのは──
住民と普通に会話をするフィオンの姿だった。
すぐに馬車を飛び降り、平静を装いながらフィオンの元に向かう。
「あ、にぃに! 近くにお馬さんも泊まれる宿屋さんがあるみたいだよ!」
どうやら特におかしな事にはなっていないようだ。
住民のほうから声がかかった。
「あなたのお連れさんですか?」
「はい。何かご迷惑などお掛けしていませんか?」
「迷惑だなんてとんでもない! 獣人の娘さんなんてこの辺りじゃ珍しいからつい話込んでしまいましてねぇ。こちらこそすみませんね」
「いえいえ。宿屋の情報を教えていただきありがとうございました」
挨拶をし、フィオンを連れて馬車に戻った。
◇ ◇ ◆
「フィオン。ウェグリアの件、忘れたわけではないだろう?」
「うん……」
両耳が垂れさがっている。
怒っているつもりではないのだが、これは彼女の身を守る為に大切な事だ。
申し訳ないが、その点を甘くするわけにはいかない。
「街中を行動する時には気を付けろとあれほど……」
「手を振ってくれたの」
「ん? どういう事だ?」
状況が掴めないので、そのまま話を聞く。
「にぃにと姉さまたちが話をしている時にね、風でちょっとフードが外れちゃったんだけど、そのボクを見た町の人がボクに手を振ってくれたの。それも笑顔で」
他にも理由があると言わんばかりに話を続けるフィオン。
前の世界でも、元々少し強情な面があった事を思い出す。
「それにねっ、一人じゃないんだよっ! みんなボクの事を見ても誰も怖がらないんだ! ボクそれで嬉しくなっちゃって」
人と関わるのが人一倍好きなフィオンだからこそ、身を隠して旅をするのがつらかったのだろう。
口では嬉しいと言いながら、眼には涙が浮かんでいる。
普段口にする事は無いが、きっと彼女にも不満の一つや二つはあるに違いない。
(俺だって仲間達に大して不満は無い。だがこの世界には……)
「なるほど、状況はわかった。でもこれからは必ず、俺に一言言ってくれよ? みんな心配するからな」
「うんわかった……ごめんなさいにぃに」
フィオンの頭を撫でてやると、彼女は少し安心したようだ。
「フィオンが宿屋のある場所を聞いてくれたのでそこに向かおう。場所はこの先の道を──」
プリムとニーヴに場所を伝える。
想定外の展開ではあったが、この町なら安心して滞在出来そうだ。
ふと目線を下に落とす。
白い髪の少女はいつの間にか、俺のひざの上で静かな寝息を立てていた。
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