フェンブルの情勢/遺跡の秘密

 ヒース一行が古代遺跡の探索を行っていた頃。



「皆の者、よくぞせ参じてくれた!」



 居城のバルコニーから設置式の拡声魔法具を使い、城下に整列した三騎士団を激励する、フェンブル大公パトリック。


「此度諸君等に集まってもらったのは他でも無い! 長年信頼関係を築いてきたメルドラン王国内に逆賊が現れ、あろうことかその魔の手を大公領にまで延ばし始めたからであるっ!」


 パトリックは本来、このような演説を率先して行うような人物ではない。

 出来る事なら敵対せず、多少無理な要求を飲んだとしても事を穏便に済ませようとするタイプの指導者だ。


 しかし……


「皆に問うっ! このような横暴を野放しにして良いものか!?」

「「「否っ!!!」」」


 友好国であったはずのメルドラン王国から何度も侵略を受け続けている状況に、国内の領主達から不満が噴出。

 もうこれ以上抑えが効かない段階にまで来ていた。



「「「大義は我らに在り!」」」



 平和な世が何世代も続いていたというのも、こうした状況を後押しした一因なのかもしれない。


 領主というのは領地を任され、守る立場にある。

 しかし周辺諸国と長年の間、友好的な関係を続けて来たフェンブル大公国にとって、敵となるのは辺境領地に巣食う魔物くらいなものであった。

 都市部の領主達には戦功を挙げる機会がないため、現況に甘んじる他無い。


 もっと深刻なのは、長兄ではない領主の子息達である。

 領地を引き継ぐ方法はその家によってまちまちではあるが、多くはその家の長男が継承する方法を取っていた。

 もちろんどの家もそれが最善の方法でない事はわかっている。

 ただ単に、基準が明確であるという理由でそうしているだけだ。


 そのような状況で貴族の長兄以外が爵位を得るためには中央の文官になるか、または軍に属するしか方法がない。

 しかもそれは個人に与えられる一世代限りの爵位で、世襲を認められるには戦功を挙げる必要があるのだ。


「我々の敵は友好国であるメルドラン王国の国王を僭称するアイザック第四王子である! 彼を打ち倒し、フェンブルに勝利を!」

「「「フェンブルに勝利を!!!」」」


 数万を超える兵士たちのときの声は暫くの間続いた。


 その後三騎士団の団員達は様々な思いを胸に秘め、北西へと向かうのだった。





    ◆  ◇  ◇





 時は遡ること約半月前。



「お主まで戦場に赴く事は無かろう、ソフィアよ……」

「いいえ殿下。わたくしもご一緒させていただきます」


 緑龍・赤獅子・黒鷹の三騎士団の北征派遣が決定した後、大公の私室でパトリックと第三王妃ソフィアでやり取りが行われていた。


「普段の魔物討伐とは違い、今回の戦いは人の手で統制された魔物の集団が相手なのだぞ?」

「その指揮している者がアイザック王子だからこそ、私が赴かなければならないのです」

「しかし……」


 思いとどめようとする大公の言葉も、ソフィアの決意により阻まれる。


「殿下。もしわたくしがこの状況で、このまま首都でのうのうと戦果を待っていたとしたら──キャスリン様やアンジェラ様はどうお思いになられるでしょうか?」

「そ、それは……」


 第一王妃と第二王妃はフェンブルの有力貴族から嫁いで来ている。

 それは先代の大公が国内の安定・統一を優先した結果であり、実際フェンブル大公家の基盤は一層堅固になった。


 一方ソフィアはメルドラン王国という大国の第一王女ではあったが、後援基盤と呼べるようなものはここフェンブルには無い。

 現在表立った政争は起きていないが、自国に攻め入って来た人物の姉であるという事実は格好の攻撃材料となる。


 ソフィアはその事を暗に伝えているのだ。


「二人には私からも良く言って聞かせる故……」

「以前もそうおっしゃられた事がありましたが、その後私がどんな惨めな目に遭ったのかお忘れですか?」


 政争は起きていないものの、嫌がらせのようなものは度々受けている。

 ソフィアが自らそれを口にする事はない。


 しかし彼女の人柄もあり、協力的な者は少しずつ増えて来てはいる。

 協力者達は、大公に報告をしてくれるのだが──


「あれは本当に申し訳無かった。まさかあの二人があんなに激高するとは……」


 二人の王妃達からすれば『ソフィア王妃が大公に告げ口をした』というように見えてしまうのだ。


「いえ。お気持ちは大変嬉しかったです。ですが、殿下から他の王妃様に苦言を仰るのは逆効果だと思うのです。大公様の威を借りているだけの女に思われてしまいますから」


 実際のところ今回の北征が決まったのも、ソフィアがティネや宰相の協力を得た上で、各騎士団に根回しをしていたからこそ決まったようなものだ。


 騎士団の前で行った演説内容を考えたのもソフィアである。


 彼女は賢明なレスター王の意向で、王子達と遜色ない教育を受けてきた。

 そしてそれが功を奏してか、国政を取り仕切る貴族達を中心に評価されていった。


「ですからお願いです。わたくしも同行させてください。でなければ、公宮でのわたくしの立場が無くなってしまいます」

「確かに公都にソフィアだけ残してしまっては、あやつら二人の動向が気掛かりではあるな……」


 普段は優柔不断な所もあるパトリックであったが、事情を汲めない人物ではない。


「分かった。ソフィアよ、すまぬが私に力を貸してくれ。お主の身は私が守ろう」

「ありがとうございます、殿下」



 この時のソフィアには、まだほんの少しの希望が残っていた。


 アイザックと真剣に話をしさえすれば、元の聞き分けの良い弟に戻ってくれるのではないか?


 そんな淡い希望もまた、彼女を戦地へと赴かせる要因の一つだったのだ。





    ◇  ◆  ◇





「それでヒース殿、結局あの遺跡でわかった事というのは?」


 馭者ぎょしゃ役を妹達に任せたセレナが、事の顛末てんまつを尋ねてきた。


「そうだな、とても色々な事がわかったのだが……一言で言うと、あの施設は古代の兵器工場だったという事だ」

「兵器……それはプリムが抱えていた、あの杖のようなものか?」

「ああ。あれは俺の世界では銃と呼ばれていたものに該当すると考えられるのだが……ただ俺の世界のものよりも数世代先を行きすぎていて、俺にもその構造は良くわからない」

「ヒース殿にもわからぬとあっては、我々ではどうにも扱えないのだろうな」

「そうでもないさ。構造がわからなくても使えるものはいくらでもある。この世界の魔法なんか、正にその典型だろう」


 元の地球でも、二十一世紀以降はそういったものばかりであふれていた。

 スマートフォンやインターネットの仕組みを事細かく説明出来る人間など、ほんの一握りしかいなかったはずだ。


「ただプリムの銃に関しては構造上の問題というよりも、魔法的に制御されていて俺達には使えない。署名オートグラフ済みな上に、システム上でロックされているんだ」

「冒険者カードに表示される、ロック状態というのと同じか?」

「そうだな。おそらく仕組みとしては同じものだろう」

「そこまでわかるだけで全く大したもんだな、ヒース殿は」

「俺がすごいわけではないさ。たまたま、そう言ったものに触れられる環境に生まれただけの話だ」


 俺が生きていた時代や環境に、たまたま似たものがあったというだけの事。

 早い話、単なる偶然なのだ。


「それでヒース様。わたくしのおばあさまの形見が、なぜあのような光を……」

「そうなんだ。その話が一番込み入っていてな……」



 この話は、この世界に生きる人々のルーツに関わる話でもある。



(さて、どこまで話をすれば良いかだが……)



 考察した内容を全て話すつもりはない。


 そもそも真実かどうかの確証が無い。

 それにもし真実だったとしても、それを知った所で現状が好転するわけではない。



「これからする話はあくまで今まで得た情報から俺が勝手に推測したものだ。なのでおとぎ話のつもりで聞いてくれ」



 遺伝子工学どころか、進化論という考えすら一般的ではない世界だ。

 学術的な話をしたところで、全く理解出来ないだろう。


 であれば、現代世界にマッチする話だけ伝えたほうが良い。



 俺はひとまず、現代の常識とリンクする内容だけを伝える事にした。





    ◇  ◇  ◆





「つまり元々はグリアン人だけがシンテザ一派と戦っていたが、後になって獣人族やプリムの一族が戦いに加わった、と?」

「まぁ概要としてはそんな感じだ」


 俺は遺跡で得た情報から、ほぼ確実であろう事柄だけを選んで話をした。

 セレナが引き続き質問をする。


「話の流れは大体理解した。しかし、なぜ獣人族やプリムの一族が戦いに加わったのだ?」

「元々有利だったはずの神々連合の陣営、つまり魔法協会側だが、ある出来事を境に形勢が一気に逆転した」

「ある出来事?」

「そう。シンテザ陣営から魔法協会のシステムにハッキング……そうだな、一種の呪いのようなものを受けたのだ。その影響で、グリアン人は一切魔法を使えなくなった」

「呪い……」


 ベァナとシアが同時に反応する。

 口を開いたのはシアだ。


「それが……私達の一族が受けた呪いと?」

「そうだ。グリアン人が世間一般で『呪われた種族』と言われるようになったのは、おそらくその事が発端だろう」

「なるほど……」


 納得の表情を見せたシアに、また一つの疑問が生まれる。


「ですが、そのような話は全く受け継がれていませんわよね? グリアン人にしても獣人族やプリムさんの一族の話についても」

「ああ。確かにそうだ」

「勇敢に戦ったというのに、理不尽この上無いですわ!」


 シアは特に正義感が強いわけではないが、筋が通らない話には敏感だ。

 自らの領地の件で、今まで理不尽な扱いを受けて来たからかもしれない。


「俺にもその理由は詳しくわからないが、どうやらその呪いの一件の直後に一旦、戦いが終息している」

「終息? どちらが勝ったんですの?」

「いや。戦いが終息しただけで、勝者はいない」

「それってどういう……」

「情報が途絶えているんだ。ある日を境に」


 それは老師からの話とも一致する。

 老師によれば、神々はある日忽然こつぜんと姿を消したらしい。


「以前伝えた老師の話にもあったと思うが、忽然と消えたとしか思えない。その子供達……つまり人類や獣人族、そして魔物達を残して」

「でもそれって単に記録が残されなかっただけ、という事ではございませんの?」

「シアの指摘はもっともだ。だが、あの遺跡の施設は未だに機能し続けている」

「確かに機能しているようには見えましたけど……例えば記録を残す機能だけが壊れてしまったとか、ロックされているとか、そういう事はございませんの?」


 仲間達の中で、物事を最も論理的に捉えるのがシアだ。

 魔法がロック可能なのであれば、きっと神々かれらの作ったものならそれが出来ると推測したのだろう。

 そしてそれはおそらく正しい。


「いや。今でも機能しているという証拠がしっかりと残されていた」

「証拠──」


 だがそれは……


「シア。これは君にとってあまり気分の良い話ではないだろうと思い、敢えて伏せていたのだが……」

「気分が悪くなるような現実はあらかたヒースさまが解決してくださいました。今のわたくしにはあまり無いと思いますわ。どうぞ気にせず仰ってくださいませ」

「うーむ、シアがそう言うならば……」


 ショッキングな出来事ではあったが、それがこの世界の現実だ。

 俺は意を決して、その証拠を伝えた。



「ケビンがトレバーの魔法協会に侵入した際の記録があったのだ」

「ケビン……ザウローの……」


 いつも余裕を持つシアの表情に、微かな恐怖の色が見えた。


「ああ。侵入記録と、そして……排除されたという記録が」


 その光景を間近で見たシアが、何も感じないわけがない。

 冷静さは保ったままだったが、口は真一文字に引き結ばれていた。


「つまり太古の昔に作られた装置と現代の魔法協会に設置されている装置は、一万年以上経った今でも情報をやりとり出来ているという事だ」

「その事を協会の職員は知っているのか?」


 押し黙ったシアの代わりにセレナが話に加わる。


「現在存在する支部同士でのやり取りが可能だというのはトレバー支部長のロルフから聞いている。幹部クラスの職員であれば間違いなく知っているだろう。だが放棄された古代の装置にまでそれらの情報が伝わるという事実を知っているかどうかは……正直疑問だな」

「そうなのか?」

「領地継承の件で過去の事例なんかを調べて貰ったんだが、それらは全て紙に書かれた文書から探していたのだ。もしかすると、新しい端末には過去のデータベースを参照する権限が無いのかも知れない」

「参照の権限……意味はよくわからぬが、それは閲覧不可能だという事か?」

「そうだ。過去情報の閲覧は出来ないものの、端末同士のやり取り自体は可能──そうか、そういう事か!」


 自分の世界に入り込みそうな所を、セレナの言葉で引き戻される。


「何かわかったのか?」

「……ん、ああ。このような高度なシステムを数千年も使用し続けている魔法協会が、なぜシステムの中身について無知なのか? その原因を二つほど思い付いた」

「そんな事を考える人間など、私も二人ほどしか思い浮かばぬぞ」

「ははっ、単なる経験則だ。体制が変わる時には良く起こりうる事だよ。俺の世界でも、この世界でも」


 人が作ったものなのだ。

 そこには人の意思が介在する。


「で、その理由とは?」

「一つは権限の変更。古い情報へのアクセスが禁止されているんだろう。ただしローカル保存されている情報については今でも確認出来るようだ」

「ローカル?」

「ええと、そうだな──一度送られて来た情報であれば、その後何度でも見直す事が出来るって事だ」

「なるほど。新しい情報は現在存在する全ての装置に送られる……つまり古い装置ほど多くの情報が残っているという事か」

「そういう事だ」


 話には加わらないが、ベァナもフィオンも黙って会話を聞いていた。

 ベァナは問題無いだろうが──


「フィオンは話の内容が理解出来るか?」

「ボクにだってそれくらいの事はわかるよ! 要は昔の事はわからないけど、今起きている事なら連絡が取り合えるって事でしょ?」

「おお、そうだ。その認識で間違いない」

「でしょでしょ! でも文字の読み書きはまだ出来ないけどね!」


 自慢気なフィオンの横から、ベァナが会話に加わる。


「それでヒースさん。もう一つってなんなんですか?」

「もう一つの理由か。簡単な事だよ」


 一万年の間、動き続けている事実。

 それはそれで驚異的な事だが、裏を返せば一万年前からずっとアップデートもされず、同じ仕様のままという事でもある。


 つまりそれは……


「引継ぎがうまく行かなかった」

「引継ぎですか?」


 俺はその方面の専門家ではないが、俺の持つ常識から考えても決して一人で作れるようなものではないはずだ。


 人員だけではない。

 科学や技術的な蓄積も相当なものだろう。

 俺がいた元の地球のコンピューターの歴史は、せいぜい五~六十年程度のものだ。

 だが、もしそれらのノウハウが数百・数千年単位で蓄積されていたとしたら……


(今のこの世界のテクノロジーレベルでは、全く理解出来ないであろう)


「そうだな……協会や遺跡の装置、そして魔法システムを作り上げた存在を『神』だと仮定して話をする」


 ベァナが相手なら、そのほうが分かりやすいだろう。


「はい」

「結局のところ、人類は神々の遺産を引き継げなかったんだ。遺産……つまり魔法協会のシステムがあまりにもすごいものだったから、中身を理解出来る人間なんて誰もいなかったんだと思う」

「確かに神の英知を理解するなんて事、簡単に出来るものではありませんよね」

「まぁ……そうだな。だが中の構造が分からなくても、手順さえ知っていればシステムを扱う事は出来る。そしてそうやって数千年間、ずっと受け継がれて来たのだろう」

「なるほど、それなら納得です!」

「だが俺はそれらの存在を神だとは……」

「だってそんなすごいものを作れる存在なんて神以外にいませんよね!」

「まぁ……それはそうなんだが……」



 遺跡を作った者達が、人知を超えた存在である事に間違いはない。

 結局のところ、それをどう解釈するかの違いなのだ。



 結局俺は、その解釈は違うと言い切る事が出来なかった。



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