旅の目的
プリムが『承諾』を押すと、画面上に表示されていた文字のみが消え、銃の画像のみが残った。
「なにもおこらないです」
「いや。この台座に何か仕掛けがあるらしいな」
台座の奥から微かな動作音が聞こえてくる。
そして次の瞬間、目の前のパネルに映し出されている画像と全く同じもの──つまり銃が、暗い空間の中からゆっくりと押し出されて来た。
「大きな台座だとは思っていたが、まさかこのサイズの銃が出て来るとは」
「じゅうって、いろいろなしゅるいがあるのですか?」
「拳銃って言われる短剣程度の大きさのものもあれば、地面に置いて使うような大きくて重いものもある」
「そうなんですか。それでは、このじゅうはどういうものですか?」
「俺はそれほど詳しくないんだが、そうだな──この長い銃身から考えると、
「すないぱーらいふる?」
「ああ。少し大き目だが、遠くの敵まで狙える銃だな」
「おお~!」
狙撃銃があるという事は、おそらく他のタイプの銃もあるはずだ。
というのも、銃はその用途によって形状が異なってくるからである。
護身用として持ち歩くには、狙撃銃は適切ではない。
しかし何も指示していないのに、この銃が表示されたというのは──
(本人の適性を、自動で判断している?)
実際、プリムが一番得意としているのは狙撃だ。
彼女は手数はそれほど多くないものの、動体視力が高く命中率が高い。
「これ……手に取ってもいいですか?」
「プリムの操作で出て来た銃だ。プリムが手に取るべきだろう」
彼女は恐る恐るといった様子で銃を手にする。
銃を乗せていたトレーのようなものは、プリムが銃を手にとった途端に奥へ引っ込んでしまい、何事も無かったように元へと状態に戻った。
目の前のパネルの表示も、いつの間にか消えている。
「これが……わたしせんようのぶき……」
プリムはずっと奴隷の身分だった事もあり、自分の所有物に対してとても思い入れが深い娘だ。
ダンケルドで自分の服を買った時もそうだったし、トーラシアの
彼女は手にした銃を持ち上げたりして、あらゆる方向から確認していた。
「結構な大きさだと思うんだが、重くは無いのか?」
「いえ。ぜんぜんおもくないです。ヒースさまも、もってみますか?」
「いや、この場では遠慮しておこう。何が起こるかわからないからな」
銃であれば弾丸が必要なはずなのだが──それらしきものは出て来ていない。
部屋のあちらこちらを探しまわってはみたものの他には何も見つけられず、結局俺とプリムはライフルだけを入手して、部屋を後にした。
その後再び端末の情報を調べたところ、入手した銃には『エネルギーパック』が必要であるという事がわかったのだが──
それはこの兵廠では作られていないらしい。
とても強力な武器であるため、上長にしか支給されないとの事だった。
(上長って……つまり課長とか部長の事か?)
全員で手分けをして探してみたものの、目当てのエネルギーパックを見つける事は出来なかった。
結局特にめぼしいものは見つけられないまま夕刻が迫って来たため、そのまま帰途につく事になった。
◆ ◇ ◇
「見つけた武器が使えないと?」
馬車のあるキャンプ地に戻り合流した俺達は、事の
「ああ。入手時に操作した画面の説明からしても、これがライフル銃の一種であることは間違いないのだが……」
「全く動作しないのか?」
武器に関する事だけに、セレナが熱心に聞いてくる。
「いや、動作自体はしている。その証拠に──プリム、ちょっと貸してもらっても構わないか?」
「……はいです……」
プリムは大事に抱えていたライフル銃を俺に渡してくれた。
せっかく見つけた武器が使えない事で、少し落ち込んでいるようだ。
「ありがとうプリム。実はこの銃の本体部分……ここに古代文字が書かれているだろう?」
「随分細かな文字だが、確かに書かれているな」
「これは、プリムの冒険者カードに表示される個人番号と同じなのだ」
「個人番号? という事は、それが元々プリムの為に作られていたと!?」
「いや。この武器自体は既製品だとは思うが、供与が決定した時点でプリムに対して武器を『発行』したのだろう」
「『発行』──つまり
各都市にある魔法協会では、各種証明書の発行も行っている。
偽造される心配が無いため、国や領地の公文書に使われる事も多い。
「そうだ。その点については遺跡の端末にも同じ情報が書かれていたので間違いない。強力な武器であるため、認可制が
「確かに強力な武器であればあるほど、奪われでもしたら厄介だからな」
こんな高度な武器を作り出せるテクノロジーを持っているのだから、セキュリティ対策が施されているのも当然だ。
「しかしそこまでわかっていながら、なぜ使えないのだ? その端末とやらに使い方くらい書いてあっただろうに」
「ああ。確かに書かれてはいたのだが、どうも別の場所で作られていたもう一つの
「部品? どのようなものなのだ?」
「ハードウェア認証を兼ねたエネルギーパック……では伝わらないよな」
シアあたりならば何かしら理解してくれるかと思ったのだが──
彼女は黙って首を横に振っている。
他のメンバー達も、目を何度か
「すまぬが、何を言っているか
「まぁそうだと思ったよ」
「他に何か良い例えは無いのか?」
「良い例えか……」
ハードウェア認証については、この世界にあるもので考えると
技術的には全く異なるが、考え方としては同じものだ。
あとはエネルギーパック。
元の世界の銃で言うと銃弾や弾倉に当たるわけだが、そもそもこの世界には銃自体が存在しない。
銃に該当するような遠距離武器と言えば──
「錠前付きの矢筒?」
「なるほど! だから矢を放てないわけか!」
まさか、こんな例えで話が通じるとは思わなかった。
俺はプリムに礼を言い、銃を彼女に返却する。
「矢を放てない弓では──残念だが使い物にならぬなぁ」
その言葉を聞いたプリムがぴくりと反応した。
使えない銃を捨てられてしまうと感じたのだろうか。
少し慌てた様子で説明を始める。
「で、でもこのぶきすごいんです! とてもとおくまで見えるんです!」
「遠くまで見える? それはどういう事だ?」
「ええと、こういうかんじで、この上のところを、かためで見るんです!」
狙撃銃であればスコープが付いているだろうと調べてみたのだが、思った通り上部についていた部品がそれだった。
どういうわけか、スコープだけは持ち主でない俺でも使用可能だった。
遠くを見るだけなら望遠鏡と大して変わらないので、攻撃性があるとは判断されないからかもしれない。
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「はい、どうぞです!」
銃を受け取り、同じように
「お、おお! これはすごいな!」
「そ、そうですよね!」
「ああ。数キロ先の木の葉までくっきりと見えるぞ」
「やくにたつので、すてなくてもいいですよね?」
セレナはその言葉を聞き、少し驚いたようだ。
銃を下ろしてプリムと向き合う。
「あのなプリム。我々は全員、同じ立場の仲間同士なんだ。だからプリムの私物を捨てる権利なんて、誰にもないのだぞ?」
「そ、そうですか……それならよかったです……」
「それにもしこの銃が役に立たないものだったとしてもな、プリムにとっては大切なものなのだろう?」
「……はい」
「では十分役に立っているではないか。大切にするのだぞ」
「はいっ!」
少し元気が出て来たプリムの様子を見て、それまでずっと黙っていたニーヴも話に加わった。
「プリムちゃん、私もその筒
「うん、いいよ!」
望遠鏡など無い世界である。
結局他のメンバーたちも代わる代わるスコープを
「プリムさん。せっかくの機会ですし、わたくしにも見せていただけませんか?」
「はい、シアねぇ」
シアは先進機器を目の当たりにしても、あまり動じないタイプだ。
「ほほう、これは確かにすごいですわね……これならヒース様が何をされているか、どんなに遠くからでも──」
(この世界には、そういう犯罪の概念はまだ無いんだろうな)
むしろそんな冗談まで言う余裕を持っていたのだが──
「シアさんっ! シアさんの服、光ってますよ!?」
「えっ!?」
ベァナの一言で動揺するシア。
よく見ると、シアのポケットから黄色い光が放たれているようだ。
「こっ、これは!?」
◇ ◆ ◇
シアのポケットに入っていたのは──
「それは確かトレバーの?」
「ええ。タバサおばさまに譲ってもらったペンダントですわ。私のおばあさまの、たった一つの形見」
シアの祖母と言えば、グリアン移民一世のはず。
(という事は……グリアン直系の子孫)
「シア。その銃を一旦プリムに戻してくれないか」
「わかりましたわ」
ライフル銃はプリムの元に戻る。
だがシアのペンダントの光は収まらない。
「プリム。シアから少しずつ離れてみてくれ」
「はいですー」
プリムがそーっと後ろずさる。
(普通に歩いてくれればいいのだが……)
おそらく俺も当事者だったら、似たようなリアクションをしていただろう。
こういった時の反応も、万国共通なのかもしれない。
「あっ、光が弱まって……消えましたわ!」
「プリム、今度はシアにゆっくり近付いてみてくれ」
「あいあいですー」
先程と同じように、摺り足で近付くプリム。
きっとセレナに教わったのだろう。
「ああっ、また光り出しましたわ! これってもしかして?」
「ああ多分な。まさかこんな身近にあったとはな」
シア同様、セレナもなんとなく察したようだ。
「シアの持っているそのペンダントこそ、エネルギーパックだろう」
「こんなわかりやすい反応をするからには……確かにそうなのでしょうね。ですが、なぜおばあさまの形見が──」
それは今回の遺跡探索にも大きく関係する話である。
「一緒に遺跡に赴いたメンバーには少し話をしたと思うが……今回の件については太古の大戦にも関係する話でな……かなり長い説明が必要になる。だから道中、少しずつ話をしていこうと思う。それに……」
今回の旅の目的はまた別にある。
「そろそろ急がないとまずい。メルドランの軍勢が西進しているらしい」
魔法協会に置かれた端末は、全世界の協会支部と繋がっている。
協会から発信された情報は、世界各地の端末で確認する事が出来る。
もちろんそれは老師の館の端末や、遺跡の端末も例外ではない。
「それは本当ですの!?」
「ああ。魔法協会がメルドラン軍から襲撃を受けているようだ。俺が今回西に向かうと決めたのも、その情報を得たのがきっかけだ」
老師の館で得た情報と遺跡での情報を比較すると、応援要請のあった都市は明らかに西へと推移している。
「彼らの目的が何なのかはわからない。しかし国同士の戦争で、魔法協会を標的にする事などあり得ないのだ。そもそも国の業務の一部は協会に依存しているからな」
「つまりこれは国同士の戦いではなく……」
今まで何度も対峙してきた組織の名が頭に浮かぶ。
「ああ。シンテザ教団と魔法協会との戦い──つまり神々の大戦の再現になるかもしれないのだ」
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