兵廠《へいしょう》

「それではわたくしが試してみますわ」

「すまんシア。宜しく頼む」


 彼女は自分の冒険者カードをパネルにかざした。

 表示されたメッセージはというと……





 個人情報 : ᚱᛁ.85746.ᛒᛝᛝᚢᛁ9ᚳᚠᚢᛩ

 認証結果 : ᚳᚳᛁᛁ 許可

 端末種別 : 設置型認証端末 ᚨᛏᛖᛋᛏᚨᛞᛟ.311.ᚳ

 発行年月 : ᚾᚢᚨ 59.11





 ほどなく扉が開いた。


「「おお~」」


 フィオンとプリムから歓声が上がる。


(同じグリアンの血を引いていても、認証の可否に違いが──)


 その理由はわからないが、少なくともヤース師にも開けなかった扉をシアによって開けられたのは事実だ。

 太古の戦いとグリアン人の間に、何か関係があるのは間違いない。



 扉が開いて初めてわかったのだが、通路にあったものとは違ってこちらの扉は幅が広く、造りも重厚に見える。

 今まで訪れた部屋よりも重要な部屋である事は明らかだ。



「発行年月が二桁……老師の話は本当だったな」

「それは一般的に使われているメルドラン王国暦の事ですの?」

「いや。古代に使われていた『新暦』と呼ばれるものらしい」

「新暦……そう言えば魔法協会では内部的にそのような暦を使っていると、以前ロルフさんに聞いた事がありますわね」


 協会で使われている装置は古代遺跡のものと同じだ。

 老師の館にあった装置のように、表示される年号も古代のものになる。



「目的の場所というのはこの部屋の事なのだが……ここから先については何も情報が無い。念のため俺が先頭を行こう」



 開けられた扉を通り、部屋の内部を見渡す。



「これは……」

「他の部屋と違って、なんかいろいろあるね!」



 フィオンやプリムがふざけて開けていた部屋には何の調度品ちょうどひんも無かったが、この部屋は様相が違っていた。


 部屋の大半には端末の置かれた机が一列に並んでいて、更に一番奥の壁には巨大なパネルが据えられている。

 全ての机は、その巨大パネルを確認出来る位置に配置されていた。


(これはまるで……)


 俺が見た第一印象は、各国の宇宙センターの管制室である。

 ニュースなどでしか見た事はないが、この光景に近い空間と言ったらそれくらいしか思い浮かばなかった。


 もっとも、並べられている端末は元の世界のPCとは違ってキーボードやマウスなどは無いし、ケーブル類なども全く見当たらないものだ。

 ただ端末の操作方法については何度も間近で見ているので、特に問題は無いだろう。

 ひとまず手近にあった端末を何台か操作してみた。


「うーむ……どうやら俺はここの装置を一切操作出来ないらしい。装置の詳細情報しか表示されない」

「でしたらわたくしがやってみますか? この部屋の扉も開けられましたし、その──パーミッションでしたか? わたくしにはそれがあるかも知れません」

「そうだな……ものは試しでやってみるか。すまんが俺の指示通りに操作してくれ」

「承知いたしましたわ」


 シアは端末の画面に手をかざし、オペレイトの呪文を唱えた。

 すると端末はあっさり起動し、メニューらしきものが表示される。


 しかし……


「ああ……やはりダメだったようだ」

「そうなのですの? ヒース様の時とは違って、画面に何かの表示が出ておりますが?」

「確かに端末のメニューまでは表示されているのだが──そのほとんどがロック状態になっていて閲覧出来ない。認証レベルが足りないんだ」


 ヤース老師もメニュー表示までは出来たが、結局閲覧出来たのは『憲章』という項目だけである。

 そしてその『憲章』という項目から閲覧出来たのは魔法協会の設立意義や行動指針などで、協会職員でなくとも広く知られているようなものだった。


「認証レベル? それはなんでございますの?」

「冒険者カードの『一般』という項目があったのを覚えているか?」

「ええ。魔法協会が使う英知魔法の事ですよね? 先程のオペレイトの魔法とか」

「そうだ。その数値は覚えているか?」

「1でしたわね。あまり使い道がありませんでしたし」

「まぁ……そうなるよな。因みに老師は2だったのだが、結局閲覧出来る項目は『憲章』だけだったんだ」

「そんな……折角ここまで来ましたのに……」


 端末のメニューをもう一度よく確認してみる。

 そこに表示されていた項目はヤース師の所有する端末と同じものもあれば、無かった項目もあった。


「他の項目はどういったものですの?」

「そうだな……この項目が『管理』で、これが『発行』。そしてこれが『情報』で……ん? この『備品』という項目は老師の端末には無かったな……」


 だがそれらの項目には全て『ᛚᛁᚷロック』の文字が添えられ、パネルをタップしても何も反応は無い。


 何か打開策が無いかと考えていると──


「あっ、あの……ヒースさま」


 小声で呟くプリム。


「プリム、どうした?」

「わたし『いっぱん』のまほう……3あります」

「あっ、そう言えばそうだったな! いや、しかし──」


 一瞬、キャンプ地でのプリムの姿が頭によぎる。

 悔しい思いを一人抱え、悲しみに暮れるその姿を。


(彼女に余計なプレッシャーを与える事にならないだろうか)


「大丈夫か?」


 プリムはそんな俺の不安を他所よそに、こう切り返す。


「はい。せっかく上たつしたまほうが、ここでやくに立つかもしれないので」


 俺は彼女が泣き腫らす姿を見て、少し慎重になり過ぎていたのかもしれない。


「プリムがそう言うなら──やってみてくれるか?」

「はいです!」


 ポーチから冒険者カードを取り出し、パネルにかざすプリム。


 装置はいつもの通り一瞬淡く光った後、古代文字を表示した。





 個人情報 : ᚾᚲ.88772.ᛒᛝᛝᛝᛝ6ᛟ9ᚳ2

 認証結果 : ᚳᚳᛁᛁ 許可





「おおっ」

「どうですか、ヒースさま?」

「うまく行った。ありがとうプリム!」

「えへへ、よかったですー!」



 画面がメニュー表示に切り替わる。

 画面上部には『ᛏᛖᛚᚢᛗテラム:第十七保安区兵廠へいしょう』という意味の言葉が表示されていた。

 おそらくこの建物か、もしくはこの施設の名称を示すものだろう。


 プリムの権限レベルでもいくつかの機能は使えなかったが、シアの際とは違って『情報』『備品』の二項目は選択可能なようだった。



「それじゃすまぬがプリム、俺の代わりに操作してくれるか?」

「はい、おまかせくださいです!」



 やる気に満ちたプリムに操作を手伝ってもらう。



「それじゃまず、この『情報』の場所を触ってくれ」




 この1タップが、世界の謎に迫る鍵になる事はわかっていた。





 しかしその1タップは、更なる試練の始まりに過ぎなかったのだ。





    ◆  ◇  ◇




「これは……」


 そこに書かれていた『情報』は、俺の想像とは全く異なるものだった。


 『神』や『魔法』という、この世界の常識とは一切そぐわない内容の文書群。

 古代語で書かれている為、現代とは多少ニュアンスが異なってはいるが、それらの文書の印象は……


「それでヒース様、どのような内容が書かれていますの?」

「とてもじゃないが、ここで全てを説明する事は出来ない。だが一言で言うと──」

「言うと?」


 思い起こせば魔法協会に違和感を感じたのが発端だった。

 中世世界にしては随分と統制された組織だったし、それに業務システムもかなり洗練されていた。


 そして端末の『情報』から見えて来た、協会の母体であるこの組織の姿は──


「企業だ」

「きぎょう? それはなんですの?」

「まぁ例えるとするならば……組織化された巨大な商店のようなものだな。あくまで第一印象なので実際の所は違うかも知れぬが……」


 『情報』という項目だけありその量は膨大で、とても短時間で網羅もうら出来るものではなかった。

 しかしその中にあった『ᚷᚣᛁᛞᛁᛚᛟᛃ(利用案内)』という副項目から、ひとまずこのシステムの概要はおおよそ把握出来た。


「詳しい話はみんなの元に帰ってからまた話をしよう。それよりも今はプリムが扱えるという武器を捜したい」

「わたしの……ぶき?」

「ああ。簡単に言うと、ここにはプリムにしか扱えない武器がある」


 戦死者を運ぶ者ヴァルキュリャ

 その名の由来についても、この端末の『情報』から取得出来た。


(だが今は──過ぎた過去の事など、どうでもよい)


「プリム、この『備品』という項目を押してもらっていいか?」

「はいです」


 端末の情報が正しければ、この部屋のどこかに『武器庫』があるはずだ。


「えっと、そしたら次の『登録』──これは無効か──。ああ、こっちの『管理』は有効だな。これ押してみてくれ」

「わかりましたー」


 プリムは管理の項目を押した。

 画面にはいくつかの難しい古語が並んだ後に『認証成功』と『兵しょう解除』という意味合いの文字が出ているのだが……


「なにもおきないです」

「おかしいな。画面表示ではしっかり解除されているようなのだが……」


 すると部屋を見回していたフィオンから声が上がる。


「にぃに! あそこの壁に付いてる明かりの色が変わったよ?」

「ん、どこだ?」

「ほらあそこ。前は赤っぽかったのに、今は青いでしょ?」


 フィオンが明かりと言ったのは、壁の一部に付けられた小さなパネルのようなものだった。

 この設備の照明は全て天井や壁に埋め込まれているタイプなので、それも照明の一つのようなものだと思っていたのだが──


(よく見ると壁にかすかな模様が)


 どうやらそこが扉になっているようだ。

 あまりに精密に作られているため、一見わかりづらい。


「でかしたぞフィオン。あの部屋に入ってみよう」


 尻尾を大きく振るフィオンの後に続き、俺達は部屋の前に向かった。





    ◇  ◆  ◇





 扉と思われる場所の前に立つフィオン。

 だが悲しそうに首を傾げている。


「にぃに」

「うむ」

「開かない……」


 ここに来るまで通路途中の部屋をかたっぱしから開けていたので、途中から止めさせていた。

 それがまた開けられると思って喜んでいたらしいのだが──


「まぁここは他の部屋とは違って武器庫だからな──プリム、替わりに前に立ってくれないか?」

「しょうちしましたですー」


 プリムが前に立つと、扉は何の問題も無く開いた。


「なんでなんで! なんでボクだと開かないの!?」

「いや。この扉はプリム以外では開かないようになっているんだ」

「そうなの?」

「ああ。端末にそう書いてあった」


 詳しい説明をすると長くなるので、そう説明しておく。

 まぁ簡単に言えばそういう事なのだが。


「ここにはかなり重要なものが納められているんだ。お城で例えると武器庫のようなものだな。だからすまないが、シアとフィオンには外で待っていて欲しい」

「うーん……にぃにの指示ならそうする。プリムちゃん、後でお話聞かせてね!」

「あい。わかったのですー」

「承知いたしましたわ。わたくしはこちらにある端末について、もうちょっと調べておきますわ」


 プリムと向き合い、方針を伝える。


「んじゃ念のため俺が先に行くが、もしプリムでないと行けない場所や開かないものがあった時には宜しく頼む」

「しょうちいたしました!」





    ◇  ◇  ◆





 端末の情報によれば、ここは神々の大戦──彼らの言葉を使うのであれば、内部抗争の末期に作られた工廠こうしょう、つまり兵器工場の一つらしい。


 端末へのアクセスをことごとく拒否された俺だったが、部屋に入った途端に警告ランプやブザーが鳴り響くという事は一切無かった。

 よく考えてみれば、そもそも建物に入れた時点で関係者であるはずだ。

 つまり認証レベルに違いはあったとしても、俺達はこの施設に敵対する人間では無い──つまりシンテザ一派だとは認識されなかった、という事だろう。


 備品庫と聞き、装備品が納められたロッカーがずらりと並ぶ光景を想像していたのだが、実際は全く違っていた。


 中央奥に、無機質な台座に乗せられた中型パネルが一枚だけ。

 部屋の両脇には他の部屋同様、細い溝で掘ったような模様が描かれていた。


 またその台座の表面にも、細い模様が描かれている。

 その用途まではわからない。

 扉のように開くのだろうか?


「確か対象者がパネルに手を添えれば、あとは自動で武器が手に入ると書かれていたな。パネルと言ったらあれしかないが……一応ダメ元で、俺が先にやってみよう」


 パネルに近付き、手を添える。


「……」


 やはり何も起こらない。


「やはりダメだったか。それじゃプリム、頼んだぞ」

「しょうちいたしました-」


 彼女がパネルに手をかざすと、いつものように定型の画面が表示される。



 だがその後の表示が、今までの装置とは明らかに違っていた。



「これは武器の図面!? 詳細解説まで書かれているようだが……マナカードリッジ……一時的に膨大な……収束……」



 古語の中でも専門用語が多く書かれているらしく、うまく翻訳出来ない。

 それよりも目を引いたのが、パネルに映し出されていた画像だ。


「ヒースさま。このつえのようなものはなんですか?」


 この世界の常識で考えれば、彼女の言う通り『杖』が最も近い存在だろう。

 俺も他に似たようなものを思いつかない。


(だが……これは……)


「俺もここに来るのは初めてだ。だからそれが正解かどうかはわからない。でも俺の知識の中でこれに最も近いものと言えば……」


 によって発明された、為の道具。


「銃だ」

「じゅう?」

「ああ。とても強力だが、恐ろしい武器だ。プリムはそれでも手に入れたいか?」


 恐ろしいという言葉にいつわりはない。

 俺が元いた世界では、銃によって数多くの人の命が奪われている。

 不幸な事に、プリムのような子供達が手に取って戦う地域だってある。


 俺は決してそんな世界を望まない。


 しかし望もうが望むまいが、この世界は過酷だ。

 強い者が弱い者から普通に搾取し、得た力をもって更に搾取を続ける。


 もちろん中にはそういった現状をうれう人々も存在する。

 ダンケルドのアーネストやカルロのような一般市民もいるし、フェルディナンド公やミランダなど、少ないながら貴族出身者もいるのだ。


 だが一番の問題は魔物の存在だ。

 彼らがいる限り、この世界から戦いは絶対に無くならないだろう。


 そんな世界に生まれ育った彼女の答えは──



「ほしいです。みんなをまもるために」



(まぁ……そりゃ一択だよな)



「わかった。それではパネルのこの部分をタッチしてくれ。おそらくそうする事で、その武器を手に入れられるだろう」



 パネルにはいくつかの注意事項が書かれていた。

 読み取れたのは『軍法会議』や『拘束』『懲罰』といった、どれも不穏な文言ばかりである。


 そしてそれらの下には、大きな文字で『承諾』という言葉があった。




 つまりそれは、決して軽い気持ちで扱える武器ではない事を意味するのだ。



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