軍神の間
綺麗に整備された庭園の合間を通り、遺跡に向かう。
辺りを見回すが、やはりどこにも人影はない。
「いいにおい~」
フィオンが鼻をくんくんさせている。
ふと土手での出来事を思い出した。
(見た目で似ているのは髪の色くらいだが──仕草はそのままだ)
前の世界の事を思い出し、なつかしさを感じる。
決して散歩と呼べるような
「なんだか楽しそうですわね」
「こうしてみんなで歩いていると、まるでピクニックにでも来ているみたいでな」
「ピクニック! いってみたいです!」
「ボクも行くーー!」
プリムとフィオンが目を輝かせてアピールする。
プリムはそれ程落ち込んではいないようだった。
いい傾向だ。
「それじゃ色々とひと段落したら、みんなで行こうか」
「「やったー!」」
談笑しながら歩いていたせいか、目的の建造物にはすぐに到着した。
「これが……古代遺跡なのですわね」
古代遺跡というと、俺の感覚からすれば既に朽ち果てたものか、
だがこの世界で生きて来た仲間達にとって、それは常識ではない。
この世界における古代のものとは、決して遅れた知識や技術を指しているわけではないのだ。
「ぱっと見た感じ……おそらくあそこが入り口だろう」
「おわかりになられるのですか?」
「元の世界で色々な建造物を見て来たからな。それに遺跡と言っても、結局は魔法協会の母体が作った建物だろう? 共通点も多いようだぞ」
全てガラス張りのような見栄えだったが、一か所だけ台座のようなものがある。
それはトレバーの魔法協会にあったものに
「多分このエントランスは誰でも入れるはずだ」
「ボクでも入れるの!?」
冒険者カードの無いフィオンが興味を示す。
魔法協会は獣人に対してとても寛容な組織だが、彼らに冒険者カードを発行したという話は聞いた事が無い。
そもそも町に好き好んで近づく獣人など、一人もいないのだ。
「やってみるか?」
「うん! やってみる!」
(俺の予想では、おそらくカードを持っていなくても──)
フィオンが台座に手を置く。
すると目の前の黒曜石のような壁の一部がスライドした。
「わぁ! 本当に開いちゃったよ!」
「良かったな、フィオン」
「うん!」
少し驚いた様子のシアが質問を投げかける。
「フィオンさんの事で確認したい件って、この事だったのですか?」
「まぁこれもその一つではあるが、他にもまだある」
獣人と人が肩を並べて戦っていた過去があったのならば──
その証拠は正にその時代のそのものにある。
つまり
◆ ◇ ◇
中に足を踏み入れると、そこは天井の高いエントランスになっていた。
外からでは内部を窺い知る事は出来なかったが、建物内部からは外の様子がはっきりとわかる。
外壁が黒曜石のように見えたのは、スモークガラスのようなもので作られていたかららしい。
「多分あの通路だな」
俺は広間中央に奥へと続く回廊を見つけ、その先を目指した。
「ちょっとヒース様! そんな
「施設の内部構造については
「つまり、シンテザ側の者でなければ平気というわけですか」
「ああ。以前老師が訪れた際には人族のメンバーもいたらしいので大丈夫だ」
ほっと息を吐くシア。
彼女は魔法協会の防衛機構が発動した事により、ケビンが生きたまま分解されていく様を間近で見ている。
不安に感じるのも当然だろう。
「目的の場所については既にわかっている。あまり時間を掛けると待っている仲間達が不安に思うだろうし、少し先を急ぎたい」
「そうですわね」
今回の目的地は、遺跡内のとある一室にある。
古代の神々の一人とされる、軍神テラム。
そのテラムの文字が掲げられた部屋が、遺跡の奥にあるという。
俺達はその一室を探すべく、回廊の奥へと進んで行った。
◇ ◆ ◇
「これはとんでもない遺産だな。未だに照明が生きているとは」
エントランス付近は自然光によって照らされていたので特に意識していなかったが、さすがに奥まで太陽光は届かない。
だが通路内は常に明るく、ウィスプを出す必要も無かった。
エネルギー源が何なのかは不明だが、天井や壁に貼り付いているパネルのようなものが発光し、辺りを照らしているようだ。
「あら。でも以前お聞きした話では、ヒース様の世界にも似たような照明があると。確か……電気とか言いましたかしら?」
「確かにとても良く似たもののように見える。だが俺の故郷にもメンテナンス無しで一万年以上稼働し続ける照明など存在していなかった。電気の利用には金属が必要なのだが、その金属はこちらの世界のものと同様、錆びるからだ」
色々と気になる点はあるが、今回の目的は古代装置の解明ではない。
軍神テラムの文字の掲げられた部屋を探す事だ。
通路の両脇には扉のようなものが備えられていたが、それらの扉が開く事は無かった。
──はずなのだが。
「わっ、誰かいるの!?」
振り向くと、そこには開いた扉の奥を覗き込んでいるフィオンがいた。
まさかと思い、近くに寄って扉の中を確認するが……
そこは単なる小さな空き部屋だった。
テーブルや椅子、棚なども全く何もない。
「この扉は──自動ドアだな」
「じどーどあ?」
「ああ。扉の前に立っていると、勝手に開くのだ」
「おお~っ! 誰かが開けてくれたんじゃないんだね!」
調べてみると正面を向いている時だけ、自動で開く仕組みになっている。
横向きに立っても開かないので、対象物の向きまで感知しているらしい。
扉が周辺に人が居なくなると、自動で閉じるようだ。
「わははっ! 何これおもしろーい!」
フィオンとプリムが面白がって何度も扉を開閉させていたが、シアはそれほど驚く様子はない。
聞いてみると設置魔法を使えば似たような仕組みは作れるそうだが、大変な魔法な割に大した役には立たないのでほとんど使われないそうだ。
(まぁ手で開ければいいだけの話だからな)
その後もいくつかの扉があり、フィオンは見つける度に開閉して遊んでいたが、部屋の中はやはりどこも空室だった。
俺は彼女が五つ目の扉を開けた後、次からはもう開けないようにと指示した。
◇ ◇ ◆
「ヒース様。この建物の内部の造りって、トレバー支部の建物の構造にそっくりではありませんか?」
「ああ。俺も同じ事を考えていた」
俺達一行もシアも、当時は魔法協会を生活拠点にしていたのだ。
「となると……重要な部屋は一番奥にあるという事だな」
トレバーの魔法協会も、支部長室は協会の最も奥に位置していた。
そしてその部屋に入るには、権限のある者で無ければ入る事が出来ない。
そんな事を思い出しながら
『ᛏᛖᛚᚢᛗ』
「これ、なんて読むの?」
「その文字が俺達が探していた『
この世界に
だがアズナイやリコなどの神とは違い、信仰する者はどの地域にも居ないらしい。
史実にのみ、その名を
扉の横にパネルが埋め込まれているのを見て、フィオンが声を上げる。
「今回もボクがやってみていい?」
「ああいいぞ。ただ今回はもしかすると扉は開かないかも──」
そう言っている最中に手をかざすフィオン。
「……」
結局扉は開かなかった。
首も尻尾も垂れさがるフィオン。
「フィオン、そう落ち込む必要は無いぞ。何しろこの扉は、あのヤース師ですら開けられなかったものなんだ」
「そうなんだ……それじゃ誰なら開けられるの?」
「それがわからなかったので、今回は一番可能性のありそうなこの四人でここに来たんだ」
「ヒース様、宜しければなぜこの四人なのか、理由をお聞かせいただいても?」
「うーん、そうだな。まだ確実とは言えなかったので
全員の耳が俺に向かう。
「神々同士の大戦では人族と獣人族が共に戦っていたという話は、もう何度か話をしただろう?」
「ええ。だから魔法協会は公式に獣人を差別したりはしませんわね」
「そうだ。だがその話……一部正確ではないようだ」
「正確ではない? それは獣人族の話ですか?」
「いや、人族のほうだ。人族全体が戦っていたのではなく、人族の一部──軍属にある人族だけが戦いに加わっていたらしい」
「一般人ではなく、軍人が戦っていたという事ですか」
「ああ。そしてその軍に所属していた人族こそが……
その話を聞き、シアは少なからずショックを受けたようだ。
「グリアンというのは、あくまで民族の事だと思っておりましたのに……」
「だからあくまで可能性の話だと言っただろう? ヤース師もそれを調べるためにここまで赴いたのだが──彼の仲間にはこの扉を開けられる人物がいなかったらしい」
「そういう事だったのですね」
すると話を聞いていたフィオンが一言。
「じゃあにぃにやってみてよ!」
本当はプリムに試して欲しかったのだが……
もし失敗してしまったら、新たなダメージを彼女に与えかねない。
(仕方ない。とりあえずここはまず中に入ってから……)
そう思って自分の冒険者カードをパネルに
パネルはいつものように軽く光り、そして古代語が描かれていく。
だが、そこに書かれていた文字は……
個人情報 : ᛋᛁ.885463.ᛒᛝᛝᚢᛁ9ᚳᚷᚡᛖ
認証結果 : ᚳᛞᛁᛁᛁ 禁止
端末種別 : 設置型認証端末 ᚨᛏᛖᛋᛏᚨᛞᛟ.311.ᚳ
発行年月 : ᚾᚢᚨ 59.11
(禁止──)
俺の素性が分からない以上、完全なグリアン人かどうかは分からない。
ただ、少なくとも
これもあくまで想定内だ。
それは、俺の冒険者カードの表記が次のようなものだったからである。
褒賞ポイント 101,524 ᛈᛈ
第二 3 アンロック
第三 5 アンロック
一般 3 アンロック
兵器 1 ロック
警備 2 ロック
生活 3 ロック
開発 4 ロック
気象 2 アンロック
なぜか兵器の項目──
つまり、軍神
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