神々の神殿

 確かに『亜神』に比べれば大きな脅威きょういではなかったが……


 それはあくまで比較の話である。

 トロールが難敵だという事実に変わりは無い。


 ただ弱点については知識として持っていたし、勝算もある。

 だからこそ、こちらから先手を打つつもりで部屋に突入した。


 もし状況がかんばしく無ければ、最悪元の道を引き返せば良いだけなのだが──


 それでは前には進めない。


 古代遺跡には、様々な謎の答えが眠っているかもしれないのだ。

 俺はそれらを是非知っておきたい。



 仲間の為にも。

 そして自分自身の為にも。




    ◆  ◇  ◇





 戦闘状態に入った。

 敵の攻撃をかわしつつ、敵の弱点について確認する。


「フィオン、トロールの弱点について何か知らないか?」

「一番の弱点はホブゴブリンとかと同じで目らしいよ。でも短剣じゃ目は狙えないからそこを攻撃した事は無いみたい」

「みたい? では実際戦った際にはどこを狙ったんだ?」

「首だって聞いてる。しかも横に斬りつけても効かなくて、刃を縦にして上からグッと奥まで突き刺さないとダメだって」


 そこでトロールの巨大な右手が迫ってきた。

 後ろには壁があって飛び退しさる事は出来ない。


 俺は咄嗟とっさにあおむけになり、すぐに立ち上がる。


(ホブゴブリンよりも動きが機敏だ)


「結構きついな……ところで上から突き刺すというのは、この体高では絶対に不可能じゃないか?」


 何しろ相手は二階建ての建物と同じくらいの巨体だ。

 移動補助スキャフォールドの魔法でも、足場が無ければそこまで辿り着かない。

 そしてそれは、フィオンの身体能力をもってしても無理だろう。

 その疑問は本人から説明された。


「うん。だから一時間くらいかかるみたい」

「背の高さと時間がどう関係するんだ?」


 問答を続けている間にも、トロールはその腕を振り回している。

 ホブゴブリンくらいまでならなんとか剣で受け流す事も出来るが、トロールの力では剣ごと持っていかれてしまう。


「えっとね、一時間くらいずっと戦っていると、なんか相手が疲れて動けなくなるらしいんだ。ガクって感じで。膝を付くっていうのかな?」

「膝を付くという事は、相手はまだ生きている?」

「うん。だからその後タイミングを見計らって背中に登り、一思いにグサっとやっちゃうみたい」


 要は持久戦だったようだ。

 それはともかく──


(自分が戦った相手のはずなのに、なぜ?)


 彼女の口調が全て伝聞調なのが気になる。


「フィオン、なんで全部『みたい』とか『らしい』なんだ? 戦った事があるんだろう?」

「それは……トロールと戦ったのが『狂化』を掛けられている時だったから……」


 忘れかけていたが、彼女もまたジェイドに拘束されていたうちの一人なのだ。


「そうか。それはすまなかった。しかし……だとすると少し厄介だな」


 俺も実際に『狂化』中のフィオンと戦った事があるからわかるのだが、狂化状態の彼女は反応速度も瞬発力も桁違いだ。

 しかもそれが一時間持続するという。


 だが今は、そのような怪しい魔法を掛けられているわけではない。

 いくら常人より体力のあるフィオンでも、普通の状態で一時間も動き続けるのは厳しいだろう。



 そして一番の問題は──



(この中で真っ先にバテるのが……間違いなく俺だという事)



 再びトロールの腕が振るわれる。

 剣で受けたりすれば、剣ごと体を持っていかれるだろう。


 今回は後ろに飛び退く。


(早めに決着を付けなければ!)


 元々フィオンのような戦い方を想定していたわけではない。



 俺とフィオンは単なるおとりだ。

 何しろ俺達には射撃の名手であるプリムがいる。



 だがそのプリムからの射撃数がいつもに比べ少ない。

 普段の彼女であればとっくに何らかの成果を上げているはずだが……


 ふとプリムの方を見ると、初め一つだったウィスプが二つに増えていた。



「プリムどうした?」

「ごめんなさいっ! いまうちますっ!」



 心なしか涙声のプリムが矢尻ボルトを放つ。

 しかし矢尻はトロールの頭を少しかすめただけだった。



(この距離で彼女が外すなど……)



 多分俺が気付いていない、何らかの理由がある。



「プリム、プリムが今感じている気持ちを教えてくれ」

「見えないです」

「見えない? 目が見えないのか!?」

「ちがいますっ──くらくて──てきが見えないですっ!!」



 同じくウィスプを使っている俺でも、トロールの目の位置くらいまではなんとか視認出来る。


 プリムが鳥目とりめだとという事実も無い。

 つい先ほど、暗い洞内で俺が見えなかったゴブリンを仕留めているからだ。


 だとすると……


 もう一度プリムを見る。

 彼女は元々ウィスプを一つしか出していなかったが、辺りをもっと照らそうと思って二つに増やしたのだろう。



 だがよそ見をしている間に、敵に動きがあった。

 トロールは自分の顔を攻撃した相手に向かい、速足で迫っていったのだ。


(まずい!)


 俺は距離的に間に合わない。

 するとフィオンがとてつもない速さで迫り、トロールに攻撃を仕掛ける。


「お前の相手はボクだーっ!」


 相手にダメージは与えられないが、それでもなんとか気を引く事は出来た。

 フィオンは軽いステップでトロールを翻弄ほんろうする。


(まずいな……)


 このままの状態でプリムが攻撃をしても、ただの挑発行為にしかならない。

 なぜこのような状況が起きているのか必死で考える。



(ウィスプの位置……光量の差……あっ、虹彩!?)



「プリムっ、ウィスプを両方とも消せっ!」


 彼女は躊躇ためらいもせず、自分の真上にあった2つのウィスプを右手で消滅させた。


 そしてトロールに向かってクロスボウを構えながら、しばらく前方を確認していたが──



「みえました」



 そう言った途端、プリムの手元から一本の矢尻が放たれた。




「グガアアアアアアァァッ!!!」




 矢尻は正確に、トロールの右目を貫いた。

 顔を手で押さえ、地面に膝を着く魔物。




 フィオンはそのタイミングを決して逃さず、トロールの背に乗り首筋に短剣を突きさすのだった。





    ◇  ◆  ◇





「わたしがわるいんです……ごめんなさい……」

「あら。プリムさんはヒース様の指示をしっかり守っただけじゃないですか。全く気にされる必要はありませんよ」

「シアの言う通りだ。俺は暗い洞内を照らす事しか考えていなかった。今回は完全に俺の判断ミスだ──本当にすまん」


 人の目は光量に応じ、虹彩こうさいを自動で伸縮させる。

 自分が見たいものの光量よりも明るい光源があると、それに合わせて瞳孔が狭くなり、結果的に対象を視認出来なくなってしまうのだ。


 プリムは普段口数は少ないものの、周りの状況を正しく認識出来る娘だ。

 理屈はわからないまでも、きっとそうだと気付いてはいたはずである。

 俺の言いつけを守る事と敵への攻撃、それらをなんとしても両立させようと悩んでいたのだろう。


「とにかく俺が何でも正しいというわけではないから、何か気付いたら遠慮なく教えてくれると助かる」

「そのほうがヒースさまはうれしいですか?」

「そうだな。自分の間違いを正してくれるのだから、むしろ感謝しないとね」

「わかりました。これからきをつけますです」


 少ししょんぼりしていたプリムだったが、最後にきっちり活躍出来ていたので引きずる事はないだろう。


「あとフィオン。助けに入ってくれてありがとうな」

「ううん。ボクも素の状態で戦うのは初めてだったから、こんなに早く片が付いて正直ビックリしてるくらい。でも役に立ったのなら良かった~」


 無事戦いも終わり一息ついていた所、シアがちょっとした疑問を口にした。


「しかしこの部屋の入口、どう見てもあのトロールが入ってこれる大きさではありませんわね」

「確かに言われてみればそうだな。トロールは洞穴を住処にするとは聞いていたが……こいつは一体どこからやって来たのだろうか」


 するとトロールの牙を集めていたフィオンの耳がピクリと反応した。


「ああ、それならあっちに外に通じる通路があるよ」

「フィオンさん、そんなものいつの間に!?」

「戦ってる途中で気付いたの。お花の匂いがしてくるなぁって思って」

「なるほど。老師からは洞窟の奥に遺跡があると聞いていたのだが……この部屋の調査をして、もし何も無ければそちらを調べてみるか」



 結局この大部屋は単なるトロールの住処すみかだったようで、めぼしいものは何もなかった。



 俺達はフィオンの後に続き、外に通じると言う洞穴を進んで行った。





    ◇  ◇  ◆





「うわぁ、何ここ!?」

「とってもきれいですー!!」


 フィオンとプリムが驚くのも無理は無い。


 洞窟を抜けた先に、手入れの行き届いた庭園が広がっていたからだ。


「いやこれ、絶対誰かが管理している土地ですわよね!? ヒース様、何かお聞きになられていませんかしら?」

「これについては俺も詳しい話は聞いていない。老師からは『洞窟の奥にある、まだ生きている施設』としか聞いていないんだ」


 老師からは、遺跡には誰もいないと聞いている。

 つまり、人が草木の世話をしている事はないはずだ。


 だが目の前のこの庭園は、何らかの手入れをされなければ維持など出来ない。



(これはもしかすると──いや、SFでもあるまいし。まさかな)



 そんな考えにふけっていると、プリムが何かを見つけたようだ。

 庭園の奥を指さしている。


「あそこに光るたてものが見えるです!」


 距離があるのでそれ程大きくは見えないが、明らかな人工物が見えた。



 こんな場所に存在する人工建築物など一つしかない。



「多分あれが俺達の目的地、古代遺跡だろう」

「ほんと。ベァナさんを連れて来なくて正解でしたわね」

「ん? どういう事だ?」

「だってあんなに神々しい建物に入るなんて、彼女だったら『罰が当たります!』とか言いかねませんからね」

「ああ──あんなものを見たら、確かにそう言うかもしれないな」



 古代遺跡という名の、超未来的な建造物。

 その建造物の外壁は魔法協会や冒険者カードと同様、全て水晶のような不思議な物質マテリアルで作られていた。



 同じような見た目のビルなら、元の地球の技術でも作れたには違いない。

 地球上にはもっと奇抜な建造物だって沢山あった。



 だが問題はそこではない。



 その建造物は崩壊もせず、一万年もの間ずっとその場に鎮座しているのだ。

 ある意味これを『神の神殿』だと言っても、過言ではないのかも知れない。



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