岩窟の王

「ここで間違いなさそうだな」


 木々の合間から目的地を確認する。

 切り立った崖のふもとに、ぽっかりと開いた洞窟のようなものが見える。


「近所の集落に住む者の話では、遺跡の内部には魔物が棲み付いているそうだ。遺跡周辺にも魔物が出るらしいので、申し訳ないが馬車と荷物を守るために仲間の何人かにはここに残って貰いたい」

「だが以前ヒース殿から聞いた話からすると、連れて行くメンバーは既に決まっているのだろう?」

「そうだな。グリアン人の血を引く俺とシア、そしてプリムは確定だ。後は……」


 プリムが行くという事もあって、ニーヴも同行したそうにしているが──


「フィオンを連れて行こうと思う」


 明らかに気落ちするニーヴ。


「すまんなニーヴ。フィオンについても少し確認したい事があるんだ」

「いえ。ヒース様がそうおっしゃるのでしたら、何か大事なご用事があるのでしょうし」

「そうなんだ。仲間と馬達を守ってやってくれ」

「わかりました! 姉さま達はお強いので平気でしょうが、キナコとカルメの安全は私が守ります!」


 いつの間にか付けていた馬達の名前だ。

 明るい栗毛がキナコで、黒鹿毛がカルメ。

 二匹の名前とも団子を作った際に思いついたらしい。

 キナコはそのまま黄粉きなこが由来で、カルメというのはカラメルの色から来ているそうだ。


「プリムちゃん、がんばってね!」

「うん、いってくるー!」


 俺、シア、プリム、そしてフィオンの四人は、かつてヤース老師が踏み入れたという洞窟──


 その奥に眠るであろう古代遺跡に向かう為、ぽっかりと開いた暗闇へと足を踏み入れた。





    ◆  ◇  ◇




 洞窟はそれほど広くはなく、二人並んで戦えるほどのスペースはなかった。

 その洞窟内をシアのフローティングウィスプが照らす。

 フィオンを先頭にプリム、シア、そして俺の順で進んでいた。


「それにしても……本当にこんな場所に遺跡などあるのでしょうか?」


 シアの言う通り、どう見ても古代の超技術で掘り進められたものではない。


「これは明らかなローテク……ゴブリン共が掘ったような穴だな」

「ええ。でも本来の目的地は古代遺跡なのですわよね? ここにも魔法協会のような仕掛けがあるのでは?」

「おそらくここはまだ遺跡の本体では無いな。それに協会のあの機構は建造物内に侵入しなければ発動しないはずだ。だからこそ、こんな場所でも魔物がうろついているのだろう」

「なるほど、確かにそうですわね。協会の仕掛けもどうかと思いますが……まぁ魔物の巣よりはマシかもしれません。少なくとも私達に害はさなかったですから」


 シアとの会話の合間に、フィオンが何かに気付いたようだ。


「みんなちょっと待って。奥に何かが三……いや四匹いる」


 姿が見えなくても気付くあたり、さすがは獣人族と言ったところか。


「明かりに気付いたのかも知れませんわね」

「ああ。だがこれを消すわけにはいかない。奴らは俺達と違って夜目が効くからな。姿が見えたらまずプリムが一発、先制攻撃を入れてくれ。その直後に俺が前に出る」

「りょうかいであります!」

「にぃに、僕も戦えるよ!」

「この通路の幅であれば、なんとか剣は使える。であればリーチの長い俺の剣のほうが安全だろう。フィオンは俺のすぐ後ろに付いて、後方に抜けようとする魔物がいたら排除してくれ」

「うんわかった」


 フィオンの戦い方は回避と攻撃を交互に行うスタイルだ。

 したがって常に立ち位置を変え、同じ場所に留まる事はない。

 ある程度広い場所であればそれは有効な戦い方だが、このような狭い場所では一か所に留まって戦う必要がある。


「みえました。いきます」


 報告が終わると同時に、プリムの手元から矢尻ボルトが放たれる。


「ギギャギャッ!」


 俺にはまだ視認出来ない距離だったが、魔物が倒れる音が聞こえた。


「プリム良くやった。フィオンの後ろに下がってくれ。シアは後方を警戒」

「承知いたしましたわ」


 プリムと交代する形で前に出る。

 するとすぐに三匹のゴブリンが姿を現した。

 各々、それぞれ違う形の武器を持っている。

 最後方のゴブリンだけ、剣のようなものを掲げていた。


(随分錆だらけ剣だな……探索者からでも奪ったのだろうな)


 結局大きな脅威になることは無く、二匹目まで順当に倒す。

 三匹目のゴブリンは仲間が居なくなった事を知った途端、背を向けて洞窟の奥へと逃げ出した。


(少し……遠いか)


「プリム、奴の背──」


 通路の脇に避け声を掛けようとした直後、一発のボルトが通り過ぎた。


「ギギャーッ!」


 逃亡者はその場に崩れ落ち、体の一部を残して消えていく。


「さすがプリムだな! 発射するタイミングも狙いもばっちりだったぞ」

「えへへ……ありがとうございますー」

「ボク何も出来なかったや……」


 フィオンも二人の娘達同様、仲間の役に立つ事にかなりこだわる。

 普段から気にするなと声を掛けてはいるが、こればかりは個人の性格の問題もあるので仕方が無い。

 所属する集団を大切にする、犬や狼たちの習性も関係あるのかも知れない。


(うーむ、具体的な役割を伝えたほうが安心するか)


「実はフィオンにはな──乱戦になった時に活躍してもらいたいんだ」

「乱戦?」

「ああ。今は通路が狭くて戦いづらいと思うが、少し開けた場所ではフィオンのフットワークの軽さが生きてくる。近接戦闘ではプリムやシアは不利だからな。彼女達を守ってくれると助かるんだ」

「そうだったんだね──わかった。ボク頑張るよ!」



 もしゴブリンが掘り進めた洞窟ならば、ここで生活をしていたはずだ。

 となると居住性の高い、もっと広い空間があってもおかしくは無い。





    ◇  ◆  ◇





 ある程度探索を進めた所で、この洞窟の概要がわかった。

 やはりこの洞窟は、元々ゴブリンの巣だったらしい。

 比較的最近まで占有していたようなのだが、なぜか今は野良ゴブリンをまばらに見かける程度である。


「巣分け──というわけではありませんわね」

「ああ。もし巣分けが起こっていたとしても、この場に残った集団もいたはずだ。だがここはまるで……」

「つい最近まで生活していたのに、まるで急に放棄されたかのよう──だからこそ、あまり長居したくはありませんわね」


 洞窟のあちこちから独特の異臭が漂ってくる。

 ゴブリンの生態に詳しいわけではないが、少なくとも人間のように下水道整備などは絶対にしないだろう。


 一通り探索してはみたものの、やはり数匹のゴブリンと出くわした程度だった。

 ホブゴブリンの姿も一切見当たらない。


 そしてまだ探索の終わっていない一本の洞窟を進んでいる途中──


「あっ……この先なんか違う……」


 鼻をくんくんさせているフィオン。


「何かあるのか?」

「この分かれ道の先から、獣でもゴブリンでもない奴の臭いがする」


 その言葉で、無意識に忍び足になる仲間達。


 しばらく進んだ先の横手に、奥行きの分からない程の大きな穴が開いていた。

 シアはウィスプの光がその穴に入り込まないように操作する。


「他の場所は全部調べたので、遺跡があるとすればこの奥なのだが──フィオン、そいつの正体はわかるか?」

「うーんと、何度か戦わされた記憶があるんだけど……」


(戦わされた? ジェイドに捕らえられている時の事か)


 彼女は拳をこめかみに当て暫くうなっていたが──



「ああっ、そうだっ!」



 何かを思い出したのだろう。

 突然大きな声を上げてしまう。


「……ちょっとフィオンさんっ、声大きすぎですっ……」


 小声で注意をうながすシア。

 しかし時すでに遅く──



「グォォォアァァ……」



 大部屋からくぐもったうめき声が聞こえてきた。

 甲高い声を上げるゴブリンはもちろんの事、ホブゴブリンのものとも違う。







 久々のこの感覚。


 トロールについては話や文献などで知ってはいたが、声を聞くのは初めてだ。


「……ごめんみんな。ついうっかり声を出しちゃった」

「済んだ事は仕方が無い。ところでフィオン、あの声の主はトロールだな?」


 だが、ヒース・フレイザー辺境伯としての自分は知っていたのだろう。

 その知識がイメージとして心に思い浮かんだ。


「にぃに良く分かったね! にぃにも鼻がいいの?」

「いや。本で調べた知識と──勘だ」


 部屋の主は侵入者に気付いたらしく、ゆっくりと近付いているようだ。

 しっかりした地盤であるはずなのに、ここまで振動が伝わってくる。


「フィオン。大きな体のトロールがいるという事は、そこはかなり広い部屋になっているんだと思う。君には自由に動き回って、相手をけん制して欲しい」

「やっとボクの出番ってわけだねっ! 任せてよ!」

「俺とプリムはウィスプを常時出しておき、暗い洞内をなるべく照らせるようにしておこう。シアはフローティングウィスプで高い位置に明かりを配置してくれ。ただ俺は近接戦闘しながらなので、何かの拍子に消えてしまうかも知れない」


 ウィスプは詠唱者によっては複数配置が可能で、しかも自動追随してくれる。

 とても便利ではあるが、自分の手の届く範囲までしか配置できない。

 一方フローティングウィスプは常時一つしか配置出来ないが、移動場所をイメージするとその位置までゆっくりと移動してくれる。

 双方共に一定時間を過ぎるか、強めの衝撃を加えれば消滅する。


 戦いながら位置を操作するのはまず無理なので、全体照明はシアに担当してもらう事にした。


「わかりましたー」

「心得ましたわ」

「そしてプリムは奴の顔面を狙って射撃して欲しい。俺達の攻撃ではそこまで届かないからな」

「こころえました!」

「俺はみんなの戦いぶりを見ながら臨機応変りんきおうへんに動く。では行くぞ!」



 一通り指示を与え終わり、全員が洞内になだれ込む。



「しかし……本当に青いとは……」



 ウィスプの光に照らされた、青みがかった皮膚を持つ怪物だった。

 下から見上げると、五メートル近くあるように見える。


 それはこの岩窟に君臨する、王とも呼べるような威容だった。


 だがその姿を見て驚愕きょうがくする者は誰一人いない。

 フィオンについては既に戦った経験があるので、それも当然だろう。


「あの『亜神』に比べれば、なんて事はございませんわね」

「シア、油断は禁物だぞ。あの単眼の巨人キュクロプスは導師ティネがいたからこそ、勝てたようなものだからな」

「そうでしたわね。でもこのトロール、普通に攻撃はつうじるのですわよね?」



 その質問には、実戦経験のあるフィオンが答えた。



「すっごい硬いんだけど、ずっと戦っていればなんとかなるはずだよ!」

「ずっとって、一体どれくらいの時間ですの?」

「うーんとね……一時間くらい?」




 俺達は眼前のトロールにでは無く、フィオンの言葉に驚愕した。



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