消えた神々

 それは老師の館を訪れた、二日目の夜の事。


「……太古の昔に、神と呼ばれる者達同士の戦いがあったのは確かじゃ」

「老師のお言葉ですのでその通りだろうとは思うのですが……その根拠とは?」

「記録じゃよ」


 俺は大きな町を訪れた際には、必ず古文書を探すようにしている。

 高価な品なのでそうそう購入したりはしなかったが、閲覧する機会だけなら何度か得る事が出来た。

 特にフェルディナンド公の口添えで、城の書庫の閲覧を許可された時には貴重な情報を沢山得られたのだが……


(大戦について書かれた文献は沢山あったが──根拠となるような明確な記述はどの文献にも無かった)


「私も老師には到底及ばぬとは思いますが、かなり沢山の書籍を読み漁ってきました。ですがどの書籍にも『神々同士の大戦があった』程度の記述しか無く、大戦自体の詳細はどこにも見つける事が出来ませんでした」

「人族の記録ではそうかも知れぬの。じゃがそれが他種族のものだとしたらどうじゃ?」


(他種族──)


 老師の話ではその大戦、丁度一万年程前に起きた出来事らしい。

 確かに長命なエルフであれば、当時の記憶をより鮮明に受け継ぐ事も可能かも知れない。


 だが確かエルフは──


「エルフは文明を捨て去った種族であるため、書物や記録をほとんど残さないとお聞きしました。いくら長命なエルフでも、口伝するには十代以上は代を重ねなければなりません。根拠としては少し信用には値しないかと……」

「ははっ、その通り! エルフの言う事はあまり鵜呑みにしない方が良いじゃろうな。まぁ儂の言葉もエルフ本人のものじゃから……信用ならぬかも知れぬがの!」


 ちょっとツボだったらしく、愉快気に笑う老師。

 だがその表情はすぐに元に戻る。


「詳細な記録を持っているのはエルフでは無くドワーフじゃ。彼らは我らエルフ同様、新人類とたもとを分かった一族での。しかもエルフより生真面目で、そして頑固じゃ」



(袂を分かった一族? それに新人類とは何だ?)



「一体それはどういったものなので──」

「ここから先の話はのう、あくまで儂と儂の師匠の研究結果での。あくまで推測にすぎん。過去には行けぬ以上、事実かどうかは確かめようが無いのじゃ。それでも良ければ話をするが……どうじゃ?」



(ここは当然一択のみ)



「是非お聞かせください」

「相分かった。まずこれからの説明で儂が人類と呼ぶのは人族だけではなく……」




 老師による人類の歴史。

 それらの話には、既に予想済みだった内容もあった。




 だがそのほとんどについては、俺の想像を遥かに超えたものだった。





    ◆  ◇  ◇





「お主らが『神』と呼んでいる存在じゃが……彼らは自らの事を『新人』や『新人類』と呼んでいたようじゃ」

「神のような存在であるのに、新人類と?」

「そもそも彼らを勝手に神格化したのは人族じゃ。エルフやドワーフ達の認識の中に『神』という存在はない。エルフは自然崇拝をしておるし、ドワーフ達も……彼らの考え方は儂らには良くわからぬが、少なくともお主らの『神』とは全く別のものを信仰しておる」

「そうなのですね……それは人族が『神』と呼んでいるその『新人』というのは、エルフやドワーフにとってどのような存在なのでしょうか?」

「そうじゃな……言ってしまえば同じ祖先を持つ、親戚のようなものじゃろうか」


(人にとっての神が、エルフやドワーフ達にとっては単なる親戚……)


 そう言えば老師は、エルフとドワーフが新人類とたもとを分かった一族だと言っていた。


「どこかの時点で別々の道を歩んだと」

「そうじゃ。元を辿ればエルフやドワーフと同じ祖を持つ存在じゃった……つまり言ってしまえば単なる『人』じゃな。これについてはエルフの伝承ともドワーフ達の話とも一致するので、まず間違いないと見てよいじゃろう」

「彼らはなぜ別々の道を歩んだのでしょうか?」

「エルフの一族に伝わっているのは『本来の生き方をする』という事だけなのじゃが、ドワーフのほうはもうちょっと複雑な理由があるらしい」

「それはどのような……」

「それが奴らはその件になると『能天気なエルフ共になぞ理解出来るわけがない』と言って、詳しい話をしてくれぬのだ。まぁ単に嫌がらせで教えてくれぬだけかも知れぬがのぅ、ほほっ!」


 老師の話では、どうやらドワーフはエルフを毛嫌いしているそうだ。

 随分昔にドワーフの集落を訪れた際、なんとか取引や宿泊は出来たものの、ドワーフに伝わる書物を見せて貰う事は結局出来なかったらしい。


 因みに嫌っているのはドワーフ側だけで、エルフにそういった感情は無いとの事。


 そう言えばエルフの知り合いはいるが、ドワーフは見た事すら無い。

 街中でもドワーフに関する話題が出た事は無い。

 人族との関係はどうなのだろうか?


「もしかしたら人族から頼めば、記録の閲覧許可が出るのではないですか?」

「それはあり得ぬじゃろうな」


 即答だった。


「人族はドワーフの里を訪れない方が身の為じゃ」

「やはり人族も毛嫌いされているのですか?」

「確かにエルフとドワーフは決して仲が良いとは言えぬが、それはあくまでその程度の事。嫌味の一つも聞いてやれば、ちゃんと食事くらいは出してくれる。そんな仲なのじゃ。じゃが人族に対しての彼らの思いは違う──」


 珍しく神妙な面持ちの老師。

 その口から発せられたのは、思いもよらぬ事実だった。



「彼らが人族に対して感じている思いは──嫌悪に近い感情じゃ」



(獣人族だけでなく、ドワーフからも……)



 人はいったい、どんなカルマを背負っているのだろう。





    ◇  ◆  ◇





「さっきも言った通りドワーフ連中のほうが詳しいはずなのじゃが、奴らは頑固でのぅ。詳細を話してくれぬのじゃ──とにかくわかっている事と言えば太古の大戦にいて、最前線で肩を並べて戦っていたのが人族と獣人族という事じゃな」

「人と獣人族が共に戦いを!?」

「うむ。神々の大戦と呼ばれている太古の戦いが、魔人シンテザとそれ以外……エヴォルオやテラム、アズナイといった神々との間で行われていたというのはお主も聞いた事があるじゃろう?」

「はい」

「だが実際は神々……つまり新人類同士が直接戦っていたわけではない。シンテザ側は主に魔物が、他の集団は人と獣人が彼らの代理として戦っていたのじゃ」

「神々の……尖兵」


 それはかつて俺自身が、魔法協会に対する印象を言語化したものだ。


 魔神と対峙する神々の尖兵。

 だがその尖兵が協会職員だけでなく、まさか人族そのものだったとは……


「ところでヒース殿。その大戦で勝ったのはシンテザ側と神連合側のどちらだと認識しておる?」

「人の世界には数々の文献が残っていますし、魔法協会も存続しています。ですから当然、連合側が勝ったのだと認識しておりますが?」

「確かに魔法協会は残っておるな。じゃがその敵である魔物はどうじゃ?」

「未だ世界の各地に棲息し、人と戦いを……まさか、大戦はまだ終わっていないという事ですか!?」

「そういう解釈も出来るが……儂の見解では大戦は間違いなく終わっておる」

「敵同士である魔物と人が未だに戦い続けているのに、大戦自体は既に終わっていると? 一体それはどういう事なのでしょうか……」


 それは俺自身も何度か想定していた回答だった。



「結局どの神も勝てなかった。そして新人類達はいずこへと消えたのじゃよ」



 もし片方側の神が生き残っていたなら、敵対勢力を野放しにはしないだろう。

 だが実際には人も獣人も、そして魔物すらも生き残っている。


 それらの間には今でも戦いはあるが、それは戦争と呼べるものではない。

 今起きている争いは、種を存続させるための生存競争である。

 つまり何かの為に戦っているのではなく、みずからの為に戦っているのだ。


 高度な文明を持った新人類が消えた事により、技術継承がなされなかった世界。


 しかし堅牢な古代文明の遺産は、一万年を超えた今でも稼働し続けている。

 それを仕組みも分からず利用する人々が生きる世界。


 それがこの世界。


「私もその可能性はあるだろうとは想定はしていましたが──」

「あくまで儂らの見解じゃ。真実かどうかはまだわからぬ。それを判断出来る者がいるとすれば──ヒース殿、お主しかおらんじゃろうな」

「わたし……ですか?」

「長命で変わり者のエルフが何百年も掛けて調べて出した結論を、お主はたった数か月で出してしまったのじゃぞ? それはつまりお主のほうが儂らエルフ……もしかするとドワーフ共よりも、古代世界をより正しく認識出来る知識を持っているという事じゃ」


 老師は更に話を続ける。


「それにもしかするとお主らなら、儂と師匠ですら入れなかった遺跡の奥にまで行けるやもしれぬ」

「遺跡の奥ですか?」

「うむ。そこには『ᛏᛖᛚᚢᛗテラム』を表す文言が記されていたので、おそらく兵器開発に関係のある施設だったのじゃろう。じゃが儂らではどうやっても入れなんだ」

「老師とそのお師匠でも入れないような施設に、なぜ我々なら入れると?」

「それはもうグリアンの子孫が二人もおるし、その従者たるvalkyrjaヴァルキュリャの娘がおるからのう。儂もあと百年ほど若ければ同行したかったのじゃが……」


 グリアンの子孫二人というのは、間違いなく俺とシアの事だろう。

 だが『ヴァルキュリャ』という言葉──


(北欧神話の戦死者を選ぶ者ワルキューレに似ているが……)


「すみません、グリアンについては私とシアだとわかるのですが、そのヴァルキュリャの娘とは一体誰の事を……」

「桃色髪のおとなしそうな娘の事じゃ」

「桃色髪でおとなしい──プリムの事ですか!?」

「うむ。古代遺跡から発見される記録に、極稀じゃがそのような記述がある。ドワーフ共にも伝わっているようじゃな。杖のような細長い武器を敵に構える、桃色髪の女性戦士の姿がの」

「桃色髪ですか。こちらの世界ではそれ程珍しい髪色では無い気もしますが──」


 アラーニ村には金髪や栗毛の人しかおらず、特に気にする事は無かった。


 しかしダンケルドを訪れた際、人々の髪の色を見て非常に驚いた。

 ありとあらゆる髪の色を持つ人が存在するのだ。

 しかもそれは髪染めを行っているわけではなく、遺伝的な形質らしい。


「まぁそうじゃの。ただ娘の雰囲気やモノクル越しの光から、そうではないかと踏んでおる。あくまで儂の勘じゃがの」


 モノクルで見た俺とプリムは、過去での関係性が強いという結果が出ていた。

 時代までは分からないが、グリアンの子孫である俺と関係があるという事が重要なのかも知れない。


「なるほど、ヴァルキュリャの娘がプリムの事を指すのはわかりました……ですがその『ヴァルキュリャ』というのは、一体どういった戦士なのでしょう?」

いにしえの大戦末期、連合側に危機が訪れた際に出現した、とされているのう。変わった形の強力な武器を扱うが、攻撃魔法は一切使えなかったようじゃ」

「攻撃魔法、つまり四大精霊魔法を一切使えないという事ですか……」


 それは正にプリムの現状と全く同じ。


「何か心当たりでもあるのかの?」

「実はプリムが今その状態でして……本人はあまり気にしていないようですが」

「そうか。それならばますますその可能性が高いのう。先程話をした遺跡じゃが……幸いな事にお主らが向かおうとしている西方面への道からそれほど遠くない場所にある。行ってみる気はあるかの?」

「是非行ってみたいです!」

「そうかそうか! では場所を教えてしんぜようかの」


 近くに商店などは無いため、老師にとっても羊皮紙は貴重品のようだ。

 そこで俺は植物から生産した紙を出し、そこに書いてもらう事にした。


「ほほぅ、植物の繊維でこれを作りなさったのか! これをもっと早くに教えて貰えればのぅ……」


 ティネ同様、老師もまた植物性の紙に興味を示した。

 俺は紙の製法や羊皮紙と比べた長所・短所を一通り説明する。

 森出身のエルフだけあって、植物のみで作れる紙をとても喜んでくれた。


「おそらくティネはこんな所まで見越した上で、お主らをここに寄越したのじゃろうなぁ。まったくあやつは儂の弟子の中では最も優秀なのじゃが──人遣いが粗くてのう」


 口ではそう言うが、その点をあまり気にする様子は無い。

 それどころか、地図を書きながら一言。



「儂も同行したかったのう」



 人遣いが粗いと文句を言う割には、むしろ進んで地図を描くお茶目な老師。

 歳や見た目は全く異なるのに、その姿に一瞬メアラの姿が重なる。



 ──これを渡そうと思って、ずっと頑張ってました!──



 旅立つ俺の為に、必死で魔法書を記述する彼の姿。



(ティネがメアラを弟子に迎えた理由って、もしかして……)



 ティネはきっと自分の師匠を尊敬していたのだ。



 師匠を慕う気持ちを、弟子を取るという形で表現したティネ。

 そう考えると、俺の心に感慨深い何かがこみあげてくるのだった。



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