仲間たちの事情
森狼族の集落を出てから一週間ほど。
今の所、旅は順調だ。
そしてその旅の途中にそれはやってきた。
「まずは土から行こうか。あとベァナ。先に言っておくが、おそらくこれはうまく行かないと思う。失敗しても気落ちする必要は無いからな」
「はい、わかってます!」
ベァナが試そうとしているのは土の基本魔法、ストーンだ。
彼女は
── ᛢᛚᛞᚨ ᚨᛚ ᛚᚴᚣᚨ ᚠᚨᚱ ᛢᛚᛞᚨ ──
詠唱後、
「ダメでした……」
「まぁこれはあくまで確認の為にやったようなもんだ。ブリジットさんも土魔法は使えなかったらしいし、そもそもベァナのカードにも記載が無い。でも次は──」
「はい。既にカードにも表示されていて、今日ついにアンロックされた──」
「──風魔法」
今日、ロックされていたベァナの風魔法がついに解除されたのだ。
過去の経験からか、何度も詠唱を
「いきます」
ついに意を決したようだ。
前方に向け掌を向け、詠唱を始めた。
── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ──
仲間達が息を飲んで見守っていたが、その表情はすぐ歓喜に変わった。
「姉さま!」
ニーヴの声が響くと同時に、ベァナの掌から風が巻き起こる。
「ヒースさん……わたし……」
「な? 言った通りだろう?」
「はい……はいっ!」
そうは言った俺ではあるが──正直心から安堵していた。
この世に絶対なんてものは存在しない。
もちろん、結果には必ずその原因となるものが存在する。
ただし、その原因は決して一つだけでは無い。
欲しい結果を得られないのは、それらの原因が互いに影響し合うからである。
欲しい結果を得るために大切なのは一つ一つの事実を注意深く観察し、仮説を立て、検証を続ける事。
そしてもう一つ大切なのは……
決して諦めないことだ。
◆ ◇ ◇
ベァナが再び魔法を使えるようになった事に感化されてか、暫く訓練していなかった他の仲間達も魔法に打ち込むようになった。
「ねぇにぃに」
「どうしたフィオン?」
「ボクも魔法使いたい」
(うーむ……そいつは困った……)
獣人族の魔法については、ヤース老師にも聞いてみたのだが……
「フィオン。獣人族はどうやらマナを身体能力向上に使っているようで、魔法は使えないそうなのだ……」
実際にはシステム側で権限の制御をしているのだろうが。
「えぇぇぇーっ! ボクは魔法使えないの!?」
「残念だが、そのようだ」
「そっかー……それじゃしょうがないね……そしたらさ、クロスボウの使い方をボクに教えてよ!」
「そうだな。それならプリムが上手だから──あれ、プリムがいないな」
他の仲間達は目の届く場所で個別に訓練を行っていたが──
「ニーヴ、プリムを知らないか?」
「プリムちゃんなら食材調達に行ってくるって言って、あっち方面に行きましたー。近場だしすぐ戻るって」
「そうか……」
普段一人だけで行動する事はあまりないプリムなのだが……
「すまんニーヴ、フィオンにクロスボウの初歩を教えてやってくれないか?」
「ベァナ姉さまやプリムちゃんのように上手では無いですけど……初歩だったら私にでも教えられるかなぁ」
「ニーヴちゃん、お願いしまっす!」
「んじゃ馬車に積んであるクロスボウを取って来ようかー!」
「ういっす~!」
フィオンはニーヴに任せておけば安心だろう。
それよりプリムの事が少し心配だ。
(何しろ彼女もまた──)
俺はプリムを探しに、教えてくれた方角へ向かった。
◇ ◆ ◇
ちょっとした林に足を踏み入れると、プリムはすぐに見つかった。
クロスボウを抱え、木の根元にしゃがみこんでいる。
「ううっ……ひっく……」
(まさかプリムが……)
衝撃だった。
旅を始めてから今まで彼女は泣くどころか、弱音すら吐いた事が無かったのだ。
ニーヴが涙を見せる事は数多くあった。
彼女は元々貴族家の出身である。
過去の幸せだった自分を思い出してしまう事も多かったのだろう。
それにまだ年端もいかない少女なのだから、悲しい時に泣いてしまうのも無理はない。
だがプリムはどんな辛い時でも前を向き、決してくじけない。
今回も多少落ち込む事はあっても、すぐに他の事に打ち込むだろう──
そう勝手に思っていた。
(俺はプリムの気持ちを、ちゃんと汲めていなかったのか……)
一歩足を踏み出すと、プリムはすぐに俺の存在に気付く。
「あ、ヒースさま……」
そしてすぐに服の袖で顔を拭った。
「ごめんな、ちょっと心配になってさ」
「ごっ、ごめんなさい。みんな一生けんめいくんれんしているのに」
そう言った途端、プリムの目から再び涙が溢れ出す。
自分だけサボってしまっていると感じているのだろう。
俺はプリムの横にゆっくりと腰を下ろす。
「気にするなって。何かに疲れたり辛くなったりしたら、自分の判断で休んだらいい。自分の事を一番良く分かっているのは、自分だからね」
一生懸命、目をこするプリム。
だが溢れ出す涙を抑える事は出来ない。
「もし良ければだけど、何に辛くなっちゃったのか教えてくれないか?」
「わたしだけ……わたしだけくんれんできないから……」
(訓練出来ない? ──ああそうか。プリムもみんなと一緒に──)
彼女が辛い思いをしている原因は──
魔法。
彼女だけ何度トライしても、どの精霊魔法も使えないのだ。
詠唱呪文も正しいし、思い浮かべたイメージにも問題は無かった。
マナについても、少ないと嘆いていたメアラよりは多い。
つまりその原因は、彼女自身にあるわけではない。
「ティネさんに『思いどおりにいかなくてつらいかも』って言われたのは、きっとこのことだったとおもうのです。でも、でもなんでわたしだけ──ひっく──」
(よく覚えていたな……)
ティネが二人の娘と初めて会った時に掛けた言葉だ。
俺はその言葉を、あくまで一般的な激励の言葉だと解釈した。
だがその後、導師ティネに貰ったメモには、驚くべき内容が──
『おそらくプリムちゃんは、精霊魔法を扱えないでしょう』
しかも同様の指摘をヤース師からも受けている。
それらの指摘が正しい可能性はかなり高い。
しかし──
「プリム。俺は君達に何度か言っていると思うけど、人っていうのはそれぞれに得意な事や不得意な事がある。フィオンだって魔法は使えないんだ」
「ひっく……でもヒースさま。フィオンちゃんはじゅう人ぞくだから、もともとまほうは使えないってききました」
「うん、そうだね」
「でもわたしはにんげんなのに、ぜんぜんつかえないです」
「そんな事は無いぞ? フィオンは本当にどの魔法も使えないけど、プリムはカードの情報だって見れるし、治癒魔法だって上達しているじゃないか」
(そう言えば最近ベァナ以外、仲間のカードを見てないな……)
「プリム、冒険者カードを見せて貰ってもいいか?」
こくりと頷くプリム。
そしてベァナが作ってくれたウェストポーチからカードを取り出した。
「ちょっと確認させてくれ」
プリムからカードを受け取り、オペレイトを詠唱する。
第二 2 アンロック
第三 2 アンロック
一般 3 アンロック
「ふむふむ、治癒魔法も共通魔法も順調に上達を……というかプリム、『一般』が3というのはいったい……」
『一般』という項目は英知魔法、魔法協会の職員が使うとされる魔法だ。
冒険で直接役に立つ魔法は無く、あまり使い道は無い。
あるとすればエンクエリ・オペレイト等の冒険者カードの確認くらいだ。
俺はカードを発行した当初から難易度3の状態だったのだが、他の仲間達は全員1しかないはずである。
「あの……もしかしたらいつの間にか使えるようになっていないかなっておもって、こうげきまほうをとなえた時いがいでもかくにんしてました」
「それにしたって──一日何回くらい確認していたんだ?」
「あさ、ひる、ゆうがた、ねる前の四かいです。日によっては五かいくらい」
「毎日か?」
「はい。まいにちです」
彼女は確認する度に落ち込んでいたはずだ。
それでもめげずに数か月もの間、それを毎日続けて来た。
(その結果、英知魔法が3にまで上がったというのか)
忍耐強い娘だとは感じていたが、ここまでだったとは俺も思わなかった。
「わたしはフィオンちゃんみたいにたたかえないですし、クロスボウだって他のみんなもふつうに使えます……」
「射撃の腕はプリムが一番だって、俺は思っているよ」
これは事実だ。
陸上を動いている敵に命中させるのはベァナにも出来るが、プリムは飛行中の鳥まで撃ち落とす事が出来る。
そんな芸当、俺にだって不可能だ。
「でも……まほうでたたかわないセレナねぇさまだって土と風のまほうを使えるのに、わたしには一つも……ひっく……」
今までは自分同様、精霊魔法を使えなかったベァナがいたので、何とか自尊心を保つ事が出来た。
だがそれもつい先日までの話。
人の身で精霊魔法を一つも使えないのは、もはや自分だけ。
彼女は精霊魔法を使えない自分自身に、劣等感や無力感を感じていた。
(これは完全に俺のミスだ)
気丈に振舞うプリムに甘え、俺は彼女の心のケアを怠った。
彼女は表に出さなかっただけで、ずっと気にしていたのだ。
どうしたものか──
(これはもう、老師の話をするしかないか……)
プリムが魔法を使えない理由。
実は古代遺跡を目指しているのは、その真偽を確かめるためでもある。
「あのなプリム、ちょっと難しい話なのだが……」
俺は人種と魔法について、プリムに解説し始めた。
だが……
「??」
俺の説明仕方が悪かったのだろう。
プリムの頭上に『?』マークが見えた気がした。
だが、魔法を使えない何かしらの理由があるという事は理解したようだ。
それで大分安心したのだろう。
先程までの泣き顔は、既にもう無い。
結局、仲間達にもその説明をするという約束をし、キャンプに戻った。
◇ ◇ ◆
遺跡へと向かう馬車の中。
「ええと……つまりプリムちゃんは魔法を使えない代わり、何か特殊な武器を扱う事が出来るって事ですの?」
「その可能性がある、という事だがな。老師は元々、人類史や古代史が専門だったそうでな」
「古代史というと……神々同士の戦いとかいう、おとぎ話の?」
「その話は決しておとぎ話なんかではありませんっ!」
神の存在に否定的なシアと、信心深いベァナ。
この話になると、必ず論争が巻き起こってしまう。
「まぁまぁ二人とも落ち着いてくれ。俺は元々こちらの人間ではないので、最初は神の存在について懐疑的だったんだが……あ、ベァナ。怒らないでくれ。話にはまだ続きが……」
ベァナが落ち着きを取り戻すのを待ち、話を続ける。
「呼び方に多少抵抗はあるものの、俺はその『神』に当たる人物または何かが、太古の昔に存在していたというのはほぼ間違いないと考えている。老師の館で見た様々な装置、あれは異世界から来た俺から見ても常識外れの品々だった」
「まぁ……それは確かにそうですわね。ですがそれがプリムさんの魔法とどう関係が?」
当初、この事は仲間達には敢えて伝えないほうが良いだろうと考えていた。
なぜならそれは、あまりに
だがプリムの気持ちを考えるとそうは言っていられない。
仲間達の心の平穏が最優先だ。
「これはあくまでヤース老師個人の見解だ。事実かどうかは分からないと理解した上で聞いてくれ」
仲間達の意識が一斉に俺に向けられる。
久々に
「──神々同士の戦いがあった太古の昔の話だ。人類は──」
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