古代技術《ロスト・テクノロジー》

 外から見た老師の館は、正に廃墟という印象であった。


 しかし内部はとてもしっかりしていて、それ相応の広さの館だ。

 二階にはいくつかの部屋もある。

 館に到着した時には既に夕刻だったので、今晩はここに泊めさせてもらう事になった。



 そして、仲間達が就寝した後。


「なるほどのう。ティネとそこまでの話を」


 俺はここに来た経緯を老師に伝えた。


「はい。冒険者カードの表記から考えて、魔法は何らかの仕組みによって制御されていると推測しました」


 俺の意識が異世界人のものだという事は既に伝えてある。

 その方が話が早いだろうと判断したからだ。


 話を聞いた老師は特に驚きもせず、納得した表情を浮かべるだけだった。


「それで、お主がいた元の世界に似たようなものがあったと?」

「はい。全く同じものではありませんが、概念としてはほぼ同じかと」

「ほほう、それは興味深い! ちょっと話を聞かせてくれんかの?」


 元々は俺のほうが話を聞く立場だったのだが、もしかすると老師の知る情報と何か関係があるかも知れない。

 そう思った俺は、ネットワークシステムの概要だけでも伝える事にした。


「私にはその方面の専門知識はありませんので、本当に大雑把な仕組みだけしかお伝え出来ません。それでも構いませんか?」

「むしろその方が良いじゃろう。別世界の専門知識など、理解するのにもう一生分の時が必要になるじゃろうしの!」


 俺の生きていた二十一世紀のあらゆる技術は、人類が数千年かけて築き上げた英知の結晶である。

 そういった意味では、老師の言葉は決して大げさではない。


「わかりました。まず前提として、膨大な情報が納められたデータベースというものがどこかにあり、自分の手元には端末デバイスと呼ばれるものがあるとします。この二つは何らかの方法によって接続されていて、世界の何処にいてもデータベースの情報を端末から引き出す事が出来ます」

端末デバイスというのは、例のモノクルや冒険者カードの事じゃな?」

「ええ、その通りです」

「うむ……じゃがそのデータベースというのがいまいち想像出来ぬのぅ」

「そうですね……簡単に言うと数えきれないほどの蔵書がある、図書館のようなものでしょうか。ただ図書館とは違って正しい手順を踏みさえすれば、その場に行かずとも情報を引き出す事が出来ます」

「様々な記録か……なるほどのぅ」


 老師は何か思い当たったのか、唐突に自らの種族の話題を振った。


「お主、エルフについて何か知っておるか?」

「エルフですか? そうですね……保有マナ量は少ないけれど、全ての魔法を使用する事が出来る長命な種族、といった事でしょうか?」

「それは種としての一面じゃな──文化とか生活面とかではどうじゃ?」

「先進的な文明を自ら捨て、男女の性差なく森で慎ましい生活を続ける種族、という事くらいしか存じませんが」

「そう。エルフは基本森を出る事が無い。じゃがそれは大多数のエルフの姿であって、全員がそうであったわけではないのじゃ。このわしのようにな」


 自らの身の上を話し始める老師。


「儂はエルフの中では特に変わり者での。森での安らかな生活に飽き足らず、外の世界に飛び出した。そして世界各地を旅し様々な事を見聞きするうちに、この世界の仕組み自体に興味を持つようになったんじゃ」

「実は私の友人にも、とてもよく似たエルフの若者がいます」

「そうかそうか! まぁ数百年も経っているのじゃし、儂のような奇特なエルフが生まれても不思議はないな、ほほっ!」


 そう話す老師は少しうれしそうだ。


「儂も世界を旅していた時にな、自分と似たような思いを持つエルフに出会ったんじゃ。わしの師匠に当たる人じゃな。わしは師匠と共に、世界中に存在するあらゆる遺跡へと赴いた。ここにある様々な遺物も、そうした遺跡で見つけたものなのじゃよ」

「そうだったのですね。そのお話、色々お聞きしたいですね」

「数百年もの間、飽きもせず遺跡を回っておったのじゃぞ? 一か月あっても全て話し終わらぬと思うが、それでも良いかの?」


(長命のエルフの事だ……単なる冗談でもないかもしれない)


「なるべく今晩中に終わるくらいの話でお願いできると……」

「ほほっ。もちろん全ての話などはせんので安心せぃ。儂がこの話をしようと思ったのはの、先程お主に言われたデータベースとやらに心当たりがあったからじゃ」

「データベース、ですか?」

「うむ──」


 老師は少し思いを巡らすと、また少しだけ趣向の違う話題を振った。


「お主、古代遺跡に入った事はあるか?」

「いえ、ありません」

「そうか……では魔法協会で冒険者カードを発行した時の事を覚えておるか?」

「はい、それでしたら。あの光景は私にとって衝撃的でした」

「そうじゃろうな。お主のような別世界の者であれば、あれらが今のこの世界の技術で作れるものでは無い事くらい、すぐに想像が付くじゃろうしな」


 魔法協会に対して違和感を持つ人物は、俺の知る限り今までたった二人。

 魔導士ティネと、この俺だけである。

 そしてこの老師を含めても、未だ三人しか出会っていない。


 トーラシアのフェルディナンド公あたりであれば、もしかすると独自に調査を進めているかも知れないが……

 普通の人間はそんな事考えもしないだろう。

 この世の多くの人々にとっては、協会の存在は単なる常識に過ぎない。


「魔法協会の装置と古代の遺跡に、どのような関係があるのですか?」

「協会の装置一式と同じものが、古代遺跡にあったのじゃ」

「やはりそうでしたか……という事は、神々同士の戦いがあった時代から、あれらの装置が存在していたと?」

「おそらく、な。わしは様々な遺跡を探索してきたんじゃが、『古代』と呼べるような遺跡にのみ、そういった現代離れした装置を見つける事が出来た」

「古代、ですか……どれくらい古い遺跡なのでしょうか?」

「まぁ最低でも一万年以上前じゃの」

「一万年!?」


 この世界の技術では、詳細な年代測定など不可能だ。

 放射線測定は出来ないだろうし、生物学や地学も発展していない。

 地層や化石の持つ意味を理解出来る学者など、世界広しと言えどもティネくらいしかいないだろう。


「なぜそんな昔の事だとわかるのでしょうか?」

「とても簡単なことじゃ。装置に聞いたのじゃ」

「装置に聞くって……まさかこの世界には付喪神つくもがみがいて対話を……)


 ここは多神教世界である。

 だから俺も反射的にそんな発想をしてしまったのだろう。


 しかしこの世界の神は、日本古来の信仰のようにどんなものにでも宿るというわけではないらしい。

 話を聞いても書物を見ても、出てくる神はせいぜい十数柱程度。



 だが老師は確かに、『装置に聞く』と言った。



(装置とはつまり端末デバイスの事──ああっ、そうか!)



「もしかすると、端末情報を知るための呪文が?」

「お主は本当に勘が良いのう。それも別世界の知識か?」

「呪文はありませんでしたが……似たようなものはありましたね」


 元の世界でも認証システムは普通に使われていた。

 ハードウェア認証やパスワード保護、そして生体認証。

 ただ共通して言えるのが、認証には何かしらの情報が必要である事。


 このシステムでは、何の情報を用いて認証されるのだろうか?


「ほほぅ……その話、是非聞かせて欲しいものじゃのぅ!」


 ティネの師匠だけあって、興味の対象もそっくりだ。


「話を元に戻すと……そう、呪文があるのじゃ。古代技術で作られた装置は用途によって出来る事・出来ない事がある。じゃがどんな装置であっても、その装置自体の情報であれば得る事が出来る」


 確かに端末情報だけなら、ネットワーク接続せずとも取得出来ておかしくはない。

 また動作に問題がある時、それらの情報が必要になる場合もあるだろう。


「折角なので試しにやってみると良かろう」


 老師はそう言うと、一階広間の奥にある小部屋に案内してくれた。



 そして、その部屋にあったのは──




    ◆  ◇  ◇




「これは……魔法協会の装置ではないですか!? どうやってこれを!?」

「まぁわしも長く生きておるからのぉ。その話をするとおそらく最短でも三日はかかると思うのじゃが──聞いてみたいかの?」

「いえ。とにかく何らかの手段で手に入れた、という事で納得しました」


 その返答がいたく気に入ったらしく、老師は暫く笑っていた。


(エルフの笑いのツボが全くわからん……)


「まぁ……とにかく装置を使ってみるかの」

「あの老師。以前とある町の協会支部長にお聞きしたのですが、その話では協会の装置は登録した職員でなければ扱えないと……」

「うむ。その言葉は……正しい表現ではないのぅ」

「どういう事でしょうか?」

「装置が職員かどうかを判断している以上、それ使おうとする人間から何かしら情報を受け取り、情報に対する反応を返すわけじゃ。その結果、欲しい情報は得られないかも知れぬが──」

「装置を『扱って』はいる──」

「そういう事じゃ。お主、協会職員が使うオペレイトは使えるかの?」

「はい。仲間の冒険者カード情報を表示する際に使っています」

「では装置の前に座って唱えてみてくれ」


 老師の話では、近くで呪文を唱えるだけで装置が反応するとの事。

 冒険者カードも持ち主の手元から遠く離れると不活性化される。

 きっと同様の技術が使われているのだろう。


 この魔法はカード発行時に、職員の詠唱呪文を憶えて得た英知魔法だ。

 今では最も良く使う魔法になっている。

 自分やベァナの魔法の状況を、逐一確認しているからだ。





── ᛈᛋᛞᚨ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᛚᚨ ᚠᚨᚱ ᛞᛖ ᛏᛁᛟ ──





 冒険者カードと同様、画面全体がうっすらと光った。

 そしてじきに浮かび上がる古代文字。



 表示された情報のうち、理解出来たのはたったの四行だった。

 老師にも協力してもらい、該当箇所を確認する。





 個人情報 : ᛋᛁ.885463.ᛒᛝᛝᚢᛁ9ᚳᚷᚡᛖ

 認証結果 : ᚳᛞᛁᛁᛁ 禁止

 端末種別 : 召喚型汎用端末 ᚷᛖᚾᛖᚱᚨᛚᛟ.409.ᚦ

 発行年月 : ᚾᚢᚨ 9902.6





「この古代文字は『発行年月』と訳すのですね。署名オートグラフの際に似たような文言が書かれているのは知っておりましたが──」

「署名の場合は更に日・時・分まで表示されるがの」


 端末の種類によって表示分けをしているという事か。

 確かに証書として使用するには、最低でも日付は必要になる。


「そして個人情報は、私の署名オートグラフと全く同じ──」

「うむ。お主の固有情報で認証した結果、禁止となったという事じゃな」

「使用禁止、しくは閲覧禁止という意味でしょうね」


 軽く頷く老師。


「実はこの装置、当時の仲間連中をかき集めて召喚したものじゃ」


 先程入手方法の解説には、最低でも三日かかると言っていたはずだが……


(五秒で終わった──)


 実際解説されても困るし、余計なツッコミはしないでおこう。


「現魔法協会が設備を設置する時と同じ手順なのですね。で、それはいつ頃のお話なのですか?」

「何年前じゃったかの……確か二百年くらい前じゃったか」

「に、にひゃくですか──」

「まぁ大体そんなもんじゃ。それで発行年月に書かれている数が、古代人が使っていた暦のようでの。9902が年で6が月じゃ」

「なるほど。それで遺跡で見つけた装置の年号との差分を確認したわけですか」

「そうじゃ。遺跡にあった装置は……これも詳しくは覚えておらぬが、二桁じゃった事だけは確かじゃ」


 装置を召喚したのが二百年前だとすれば、古代暦上での現在はおおよそ一万一千年代という事になる。


(そう考えると、確かに一万年は経過している)


「長くなってしまったが、やっと最初の話に戻る事が出来るのぅ」

「最初の話……老師が行って来た調査のお話でしたっけ?」

「いんや。わしがエルフである事と、お主の言ったデータベースについての話じゃ。すまんが、ちょっと席を代わってくれんかの」


 俺と席を変わった老師は、文字が表示されたままエンクエリを唱える。

 画面はすぐに何も表示されていない状態に戻った。

 まるで再起動のかかったPC画面のようだ。



 そして俺の時と同様、文字が表示される。





 個人情報 : ᚲᚨ.945089.ᛒᛝ1ᚺ2ᚱᛟᚹᚨᚳ

 認証結果 : ᚳᚳᛁᛁ 許可

 端末種別 : 召喚型汎用端末 ᚷᛖᚾᛖᚱᚨᛚᛟ.409.ᚦ

 発行年月 : ᚾᚢᚨ 9902.6





(認証結果が『許可』だと!?)



 職員でなければ扱えない装置のはずだ。



「職員にしか使えない装置が、なぜ……」



 エルフの魔法協会職員など、見た事も聞いた事も無い。

 老師はにこやかに俺の反応を待っている。



(ん、エルフ? もしかすると……)



「エルフが全ての魔法を扱えるから、ですか?」

「そうじゃ。エルフは全ての魔法を許可される。それはつまり──」



 カードは再発行しても、カード情報まで消える事は無い。

 個人の識別コード、報酬ポイント、魔法難易度、パーミッション。

 全て再発行時に、全く元通りの状態に復元される。

 これはそれらの情報が、カードには記録されていない事を示している。


 つまり俺は、このデータベース上で使用を制限されているのだ。

 だがエルフは──目の前の老師は──



「全ての権限に対し、制限が無い」

「その通りじゃヒース殿。によっては、システムによる制限を受けぬ」



(人?)



 その時の俺は、それをドワーフやエルフといった種族だと理解した。




 とにかく俺の考えが正しかった事が裏付けられた。

 魔法の行使に、才能など一切必要ないのだ。



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