現在・過去・異世界

「つまり世界のどこかに人同士の交流が記録されていて、その記録が線の色や太さ、本数などによって可視化されている、と?」

「あくまで古文書などの情報を元に立てた、わしの仮説なのじゃが……一応それを証明する為の検証も何度か行っておる」

「なるほど、検証された上での仮説なのですね」

「うむ。昔、近くの集落の者たちに協力してもらっての。十数年単位で観察させてもらった事が何度かあるのじゃ」


 近くと言うと、メイヴとリンが住む集落の事だろう。

 数十年単位の検証を複数回行えるのも、長命のエルフならではの話だ。


「それは興味深いですね……で、どのような結果に?」

「幼子たちの様子を見させてもらったのじゃが、当初は皆同じくらいの線の繋がりしか無かったのじゃ。しかし十数年後に結婚し、子供の出来た夫婦がおっての」

「絆が深まったって事ですね」

「うむ。そしてその二人は、他の者達より多くの青い線で繋がっておった」


 老師によれば、色によって関わり方が違うそうだ。

 厳密には違うようなのだが、青はおおむね現世での関係を表すらしい。

 もちろん今までの交流を表示しているだけで、未来の事は一切わからない。


「ヤース様っ! わたくしとヒース様の間はどうなっておりますかっ!」


 黙って話を聞いていた仲間達だったが、最初に口を開いたのはシアだ。


 老師は彼女の言葉を聞き、しばし考えを巡らす。

 すると何か思いついたように、自らが身に付けていたモノクルを外し始めた。


「そうじゃ……そこの娘さん、これで見てあげるといい」


 老師は外したモノクルをベァナに差し出した。


「えっ、私がですか?」

「もし儂だけしか見えないとしたら、ペテン師と何ら変わらぬからの」


 そのモノクルには、手持ちでも使えるように柄が取りつけられている。

 老師はその柄を眼鏡のツルのように右耳にひっかけて使っていた。

 ただツルは普通の眼鏡とは違って上下に稼働するようになっており、今はレンズの下に柄が伸びた状態で固定されている。

 かなり精巧な細工がなされているようだ。


「このモノクルはの、どういうわけか発見した時にはレンズ部分しか無くてのぅ。元々そういうものだったのかも知れぬが」

「レンズだけの物だったとすると、ちょっと使い勝手が悪そうですね」

「そうなんじゃよ。ただこのレンズは単体でも動作はするようだったので、とりあえず知り合いの彫金師に頼んで今のようなモノクルの形にしてみたのじゃ。本体には一切手を加えないようにな」


 ベァナは老師からモノクルを受け取る。


「お二人さんは色が見やすいように、そこに並んで立つと良いじゃろう。他のお仲間さんと線が混じって見づらくなるからの」


 老師の言葉を受け、シアは俺の腕に右腕を絡ませようとする。

 だがそれはベァナの手刀によって咄嗟とっさに阻止された。


「体がくっついておるとうまく判別できぬぞ?」

「そういう事ですのでっ、シアさんはちょっと離れてくださいっ!」

「くっ……体は離れていても、心はいつも側にいるわっ!!」



(ネタなのか本気なのかわからないが、シアは本当にブレないな……)



「では使わせていただきますっ」



 右手に持ったモノクルをゆっくりと覗き込むベァナ。

 すると、その目に何かが見えたのだろう。


「本当に……色が見える」

「どっ、どんな色なのです!? 形はっ!?」

「詳しく見ますので、ちょっと待っててくださいね」


 ベァナの真剣な表情に、シアの催促もぴたりと止んだ。


 普段は突拍子も無い事を言うシアだが、それも全て場をわきまえての事。

 あまり身分の高くない貴族にとっては、それが処世術なのだろう。


 おもむろに解説を始めるベァナ。


「ええと……明るい水色の太い帯がシアさんの頭上から真っ直ぐ上に出て、それが空中で弧を描いてヒースさんの頭上へと繋がっているように見えます。水色の太い帯の周りには青や緑の細かい線がちらほらと。あと微妙にですが、黄色や紫、赤の線も」



 解説が終わり、辺りが微妙な静寂に包まれる。



 そしてそれを破ったのは、解説した当人だった。


「見えた色だけ説明しても、なんだか良くわかりませんね」

「そうね。そもそも青以外の色が何を意味するのか知りませんし」


 おそらくそれぞれの色に意味が紐付いているのだろう。

 それは老師が説明してくれた。


「すまぬ、先に言っておくべきじゃったな。モノクルで発色されるのは、赤・緑・青の三色だけじゃ」

「そうなのですか? 私には少なくとも十色以上見えていましたが」

「それは三色の組み合わせでそう見えておるだけでな、例えば青と緑が混ざると水色に見える」

「そうなのですか。でもこれだけ混ざると、三色の判別なんて無理です」

「わしはもう慣れてしまったので全色同時に見られたほうが都合が良いのじゃが──では単色で表示させてみると良かろう」

「そんな事が出来るのですか?」

「うむ。頭で色をイメージした状態で、その色の名称を口にするだけで良い。現代語でも古語でも、どちらでも大丈夫じゃ」



(イメージと媒体と……詠唱?)



 己の考えが、無意識のうちに言葉になる。


「それって魔法発動の仕組みと同じ……」

「おお、そこに一瞬で気付くとは。さすがはティネが見込んだだけの事はあるのぅ。お主がどこまで理解出来ているのかわからぬが、おそらく魔法の発動と同じ仕組みが使われていると儂は考えておる」

「となると、そのモノクルは冒険者カードや協会の設備と同等の……」


 事が進まない状況に痺れを切らしたシアが、会話の合間に入る。


「ヒース様。色々とお話したいお気持ちは分かりますが……みなさん結果を知りたくてお待ちですわよ」

「おおすまん! 老師、このお話はまた後程お聞かせください」

「そうじゃの。わしもお主には興味があるのでな」



 老師へたずねたいことは山ほどある。

 でなければ、数か月の時を掛けてここまで来た意味がない。



「それじゃもう一度見ます!」



 ベァナはそう言ってモノクルを覗き込んだ。





    ◆  ◇  ◇





「うふっ、うふふっ」


 おとなしくさえしていれば『千年に一人の逸材』と言われるレベルの外見の持ち主なのだが……

 シアは今、その整った顔に不気味な笑みを浮かべ、一人つぶやいている。


「青が多かったのは、結婚して子供の出来た夫婦……うふふっ」

「シア姉、その顔ちょっと怖い」


 フィオンの辛辣しんらつなツッコミにも全く動じないシア。



「あーもう、次行きますね。 えーと……緑!」



 ベァナは自分の世界に浸るシアを放置し、他の色を確認していく。



「えーと緑色もかなり多いですね。赤色はほんの少し」

「老師様! それって結局どういう事ですの!?」


 シアの問いに対し、ヤース師は解説を始めた。


「これはあくまで経験則という事になるのじゃが、おそらくお主とヒース殿は過去で大きく繋がっていて、そして現在再び大きな絆で再び結ばれようとしている感じじゃな。そして別世界でも多少は関わりがあったようじゃ」

「まぁっ! まぁまぁまぁっ!」


 祈りを捧げるように両手を組み、天井を見上げるシア。


「やはり私とヒース様は永劫えいごうの時と世界をも飛び超え、今世再び遭いまみ──」

「すまぬが老師、私とヒース殿の関係も見ていただけぬだろうか」


 シアを横にかき分け、彼女の独白を途中でさえぎるセレナ。


(セレナまでそれほど気になるか……)


 ふと元の世界の占いを思い出す。


 人というのは、やはりこうしたものに興味があるのだろう。

 展示品の見物をしていたはずの娘達も遠慮がちながら、いつの間にか順番待ちに加わっていた。



 そしてその結果についてだが──



 青色が濃く出ている点については、全員共通していた。

 この世界を共に旅する仲間なのだ。それも当然の結果だろう。


 違っていたのは緑と赤である。

 緑はこの世界の過去での関わりを表すらしいのだが──


 赤についてはなんと、こことは別世界での関わりを表すらしい。



(別世界──つまり異世界か)



 それは俺の元の世界を示しているのかも知れないし、数ある多元宇宙の何処かかもしれない。

 ただ、もしこれが正しい情報なのだとしたら一つだけ確実な事がある。




(つまりが、どこかに存在する)




 因みにシア以外の仲間の結果はこうだ。


 セレナは全体的に紫色で、今生こんじょうと別世界での関わりが強い。

 プリムは水色で今生と過去。過去が相当強いようだ。

 ニーヴは白桃色で、過去よりも別世界での繋がりのほうが強め。

 なぜか二人の髪色と逆の結果になっていたのが興味深かった。


 フィオンは赤紫色で、やはり別世界での繋がりが強いとの結果が出た。

 この結果だけでも十分信憑性しんぴょうせいが高い気がする。


 念のため老師にフィオンの記憶についての話を伝えると


「そうかそうか! 別世界についてだけは、どうにも検証出来んでな。ほとほと困っておったのじゃ。いやいや、これは貴重な情報じゃのぉ!」


 と随分と喜んでくれた。


 話がひと段落した所で、ニーヴが素朴な疑問を口にする。


「現在、過去、そして別世界という三つの要素しか無いのに、一人ひとりで少しずつ色が違うのですね」

「そうじゃな……関わり方の強さで、混ざる色の種類と量が変わるからのぅ」

「まるで絵の具みたいなのですね!」

「確かにのぅ。ただ絵の具の場合は、色を混ぜるほど黒くなっていくがの」


 二人の会話で思い出した。


(そうだ。色ではなく、光の三原色)


 つまりR・G・B、全ての色が同じ強さで重なると──



「あっ、あのっ! わたしまだ見て貰ってないんですけどっ!!」



 ベァナが少し焦り気味で声を上げる。


「そうじゃった。観察者自身の関係は見えぬからの、誰か見てあげてくれんか」

「仕方がありませんわね。ベァナさんとヒースさんの関係は、わたくしが見て差し上げますわ」

「シアさん。くれぐれも嘘偽りない報告を願います!」

「あら失敬なっ! わたくし冗談を言う事はあっても、人を欺いたりはいたしませんわよ!?」



 まぁその冗談が、まれに大事になったりするわけなのだが。




 いや──




 『稀』ではなく『度々』かもしれない。





    ◇  ◆  ◇





「色が……ほとんどありませんわ……」


 モノクルを覗き込んだシアが、眩しそうな顔でそう告げた。


「え……?」


 素直なベァナは、それを少なからず真に受けたらしい。

 いかにも不安げな表情である。

 その様子を察知したセレナが間に入った。


「シアよ。いくら冗談とは言え、それはさすがにベァナ殿に失礼だぞ」

「冗談など言っておりませんわ! わたくし見た通りのそのままをお伝えしているだけで……」


 シア自身も少し動揺している様子を見て、セレナが動く。


「老師、少しお借りいたします」


 セレナはモノクルを受け取り、慎重に覗き込んだ。

 冷静な彼女にも、明らかに驚きの表情が浮かぶ。


「これは──確かに色が無い、ように見える。だが何も見えないわけではない」

「どういう事でしょうか……」


 ベァナが恐る恐るその意味を問う。

 セレナはすぐにモノクルから目を外した。

 なぜか目をぱちぱちと、何度もまたたかせている。


「光だ」

「光?」

「ああ。とても大量の白い光が、ベァナ殿とヒース殿の間を繋いでいるように見えた。あまりに眩しいので、ずっとは見ていられなかったが」


(白……つまり、青・緑・赤全てが重なり生まれる色)


「ヤース老師。この場合の白い光は、現在・過去・異世界の全てにいて何かしらの縁があった、という解釈で宜しいのでしょうか?」


 全色が交差して白色になったのであれば、きっとそういう事のはずだ。


「うむ。断言は出来ぬが、わしもそう思う。何しろ七百年以上生きているわしですら、このような光を見たのは初めてなのじゃ」


(七百年以上!?)


 俺はその点に驚いたのだが、仲間達にとっては常識だったらしい。

 セレナが淡々と色を切り替えつつ、モノクルを覗く。


「どうやらヒース殿の言った通りのようだ。青、緑、赤のどれもがはっきり確認出来た。しかもかなりの濃さで」

「そ、そんな──もう一度わたくしにお貸しいただけませんこと!?」


 シアもセレナと同様に確認する。

 しかし結果は同じだったようだ。


「本当でしたわ──悔しいですけれど、どの色もとても色濃く──」

「お主らの為にも一応補足しておくが、ベァナ嬢とヒース殿だけでなくお主ら全員同士が、通常ではあり得ないくらいの色で結ばれておったからな?」


(俺と仲間達だけではなく、仲間同士にも何らかの絆があったと?)


 その疑問はセレナが代弁してくれた。


「私達一人ひとりが、でありますか?」

「そうじゃ。わしが最初に『変わり者の集まり』だと言ったのは、正にそういう事なんじゃよ。まぁだからこそ、儂の元に導かれて来たのかも知れんがのぅ」


 笑顔を絶やさないヤース師に、再び質問をぶつけるシア。


「老師様! この光をもっと強く発色させるには、どうすればよろしいのですか!?」

「これはあくまで今までの関係を調べるものなんじゃが──面白い発想をする娘じゃの。まず過去や別世界での出来事は、当然ながら変える事は出来ぬ。出来る事と言えば──」

「言えば──?」

「今生の絆を大事にする事しかないじゃろうな」

「なるほどっ! これからヒース様との絆をもっと深めねばなりませんわねっ!」


 シアらしい、何事も諦めない姿勢。

 そのどんな状況でも前向きな気持ちは、彼女の大きな魅力の一つだ。

 ただ、その思いを直接ぶつけられるのは少々気恥ずかしい。


 ふとかたわらに立つベァナを見る。



 そこにはもう、不安な表情は一切無かった。



 彼女はすぐに俺の視線に気付く。

 そして俺の目を真っ直ぐ見つめ、笑顔で一言。



「私達、やっぱり向こうの世界でも出会っていたのですね」

「ああ。どうやらそのようだ」

「本当に──嬉しい──」



 今のベァナには周りが見えていなかったのだろう。

 彼女は普段なら絶対に人前で見せない行動を取ろうとしていた。



(こっ、この場でか!?)



 彼女は自分の頭を、今まさに俺の胸に預けんと──



「そう簡単にっ、させるもんですかっ!」



 シアの手刀が一閃する。



 その瞬間、ベァナは我に返ったようだ。

 無意識な行動だったらしい。

 気付いた途端に、顔が真っ赤に染まっていく。



「あっ、あの、これは……」

「問答無用っ!」

「シア姉もベァナ姉もずるいっ! ボクもにぃにとの絆を深めたい!」



 フィオンのみならず、気付けば娘達も俺の腰周りに貼り付いていた。



「ははは、みんな少し落ち着いて──」



 もはや事態を収拾させるすべは──

 全て落ち着くまで、ひたすら待つのみだ。




(お願いだから……老師にだけは迷惑かけないでくれよ……)





    ◇  ◇  ◆





 騒動は特に大事になる事もなく、比較的早く収束した。




 そして結局、幸か不幸か──

 ベァナが見せた行動は、どさくさ紛れの中で忘れ去られていった。



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