謁見

 トーラシア連邦盟主であるフェルディナンド公との謁見の日。


 俺達は城壁の先からのぞく、いくつもの尖塔を見上げていた。


「おしろ……すごいです……」


 プリムがそうつぶやくのも無理はない。

 遠くからでもその威容は窺い知ることが出来たが、こうして近くまで来るとその存在感に圧倒されてしまう。


 暫く城壁沿いに歩くと、大門の前に到着した。


 アルフォードの駐屯地でもそうだったが、この世界の門はどこも内開きである。

 どんな場合でも開閉出来るようにという配慮なのだろう。


「おお、来たか」


 ミランダは既に門の奥に待機していた。


「あらミランダ様。お待たせいたしましたかしら?」

「いやシア殿。時間通りだし問題無い。ちょっと謁見の前に、ヒース殿へ伝えておくべき事があってな」


 彼女には珍しく、心配気な表情をしている。


「私にですか?」

「ああ。あまり多くは言わない。とにかく全て正直に話してくれ」

「そのほうが、私の為になると?」

「そうだ。一国の主が握っている情報というのは想像を絶するものだぞ」


 俺に忠告してくれたという事は、彼女は少なくとも現状では俺の味方だ。

 だが彼女もまたトーラシアの軍人である。

 話の内容次第では、といった所であろう。


「わかりました。心得ておきます」

「うむ。では案内しよう。こちらへ」



 門を潜り抜けた俺達はミランダの後に続き、城内に入って行った。





    ◆  ◇  ◇





 国の中心部だけあって、見るもの全てが市中のものとは違っていた。

 装飾の緻密さや、そもそも一つ一つの品のサイズが違う。


 謁見の間に続く回廊に入ると、そこには歴代の盟主の肖像画が並んでいた。


「これだけ並ぶとなんだか怖いですね」

「ずっとこっち見てきますです!」


 音楽室にあった音楽家の肖像画を思い出した。

 あれ、どこにいても視線が自分を向いているように見えるんだよな。

 あれを放課後とかに一人で見ると、かなり怖い。


 特にプリムは、肖像画を見るのはこれが初めてだろう。

 子供の頃の記憶を思い出し、少しだけ懐かしくなった。


 なるべくキョロキョロとしないよう娘達に注意していたベァナだったが、彼女自身もこのような大きな城の内部は初めてのようだ。


「やはり盟主の居城だけあって、随分と豪華なのですね」

「まぁトーラシアの中ではそうかも知れぬな。だがフェンブルやメルドランに比べると、これでもだいぶ質素な方なのだぞ?」

「そうなのですか!?」

「ああ。この国の君主は世襲では無いので、この城も個人の所有物では無い」


 ベァナに理由を説明するミランダ。

 そして更に詳しい解説が、実際の領主後継者から伝えられる。


「つまり国の共有財産なので、増改築するにも領主の許可が必要。でも自分達が使うわけでは無いので、どの領主もあまりお金を出したがらないのですわ」

「その通り、さすがはシア殿だな。しかもトレバーは領地の規模に比べ、しっかり資金提供してくれていたと聞いているぞ」

「当然ですわ。領主自らが義務を果たさないのに、どうして領民に義務を強いる事が出来ましょうか」

「どの領地もそういう心意気で治めてくれると良いのだがな……」


 そうこうしている間に、謁見の間に到着した。

 間の扉は既に開け放たれていて、両脇を衛兵が固めている。


(思ったよりも大きくは無いが、質素だなんて事は絶対にないな)


 奥の座席に、初老の人物が座っているのが確認出来る。

 その右手奥には、何人かの文官らしき者達が並んでいた。


 ミランダが背筋を伸ばし、報告を上申する。


「トレバー領領主代理のシアラ・ウェーバー殿と、その婚約者であるヒース殿をお連れいたしましたっ」


 既に話は通っているようで、門近くの衛兵に促されて玉座の前まで進む。

 ミランダにならい、俺達は片膝を付いて君主の命を待つ。


「まぁ堅苦しいのはこれくらいで良かろう。皆の者、表を上げてくれ」


 この辺りの作法は事前にシアから通達済みだ。

 心配なのは後ろにいるニーヴとプリムだが、振り返るわけにもいかない。


 玉座を見ると、恰幅かっぷくの良い、決して華美では無い身なりの男性が座っていた。


「よくおいでなさった。トレバー領主代理のシアラ・ウェーバー殿と、その婚約者ヒース殿。そしてそのご一行。わしがトーラシア連邦盟主、フェルディナンド・ロート二世だ。此度こたびの活躍、誠に大儀であった」

「有難きお言葉、誠に恐れ入ります」


 今回の代表者は基本的にはシアである。

 彼女はトーラシア連邦に所属するトレバー領の正式な後継者なのだ。


(まぁシアに任せておけば安心だろう)


「そなたらも既に聞いていると思うが、此度のザウロー家の一件は連邦本部の一部にシンテザの手の者が入り込んでしまったのが大きな原因の一つだ。部下に任せていたとは言え、最終的には儂の責任だ。心からお詫び申し上げる」


(ミランダの言う通り、盟主も誠実な人物のようだな)


 シアに聞いた話によると、貴族社会では担当者に全て責任を押し付けるのが普通だそうだ。責任逃れのために役職と給金を与えていると言っても過言ではない。

 まぁそれも人間の業と言うものだろう。


 そんな君主からの陳謝に対し、シアは恐れを知らぬ物言いで応える。


「盟主自らのお詫びのお言葉、誠に痛み入ります。しかし謝罪と騒動の説明についてはミランダ様から既にお受けしておりますので、トレバー領といたしましては此度の争乱の補償をいただきたいと……」


(なっ!? いくらなんでもそこまでの申し開きは……)


 すぐにミランダの表情を確認するが、彼女の表情に変化はない。

 反応があったのはミランダでも盟主でも無く、控えの文官の一人からだった。


「おいそこの娘っ! いくら何でも差し出がましいにも程があるっ! 言葉を慎みたまえっ!」


 王に直接仕える文官にしては比較的若く、至って真面目という印象の男性だった。


 正直、貴族間の機微きびについては全く以てうとい。

 どう反応して良いのかもわからない。


 何より心配なのは、後ろにいる二人の娘達である。



(絶対に涙目になってるんだろうなぁ……)



 シアの気持ちもわからなくは無い。

 しかしもう少し穏便に進められないものかと考えていた所、盟主自らがその騒動の収束に動いた。


「リーナス、お前は黙っていなさい」

「しかしフェルディナンド様……」

「シア殿はトレバー領の正式な後継者であり、領地の名代みょうだいとして儂がお呼びした方なのだ。家の格はお主のほうが上であっても、こうして実際に公務に就く人物である以上、お主より立場は上だ。言葉を慎まねばならぬのはお主のほうなのだぞ」

「それは左様でございますが……」

「儂の言葉に納得したのなら黙っておれ。そうでないなら、この場からすぐに立ち去りなさい」


(すごいな……盟主であれば一喝するだけで良いはずなのに)


 だが彼はその権威を笠に着る事なく、あくまで論理的に部下を諭した。

 そして最終的には部下の行動に選択肢まで与えている。


 リーナスと呼ばれる青年はそれ以降、言葉を発する事は無かった。


「シア殿、失礼した。貴殿の言う通り、確かに儂の元にもいくつか報告が来ている。住民の流出、盗賊団による略奪、ザウロー家による搾取などで大きな被害を被っているそうだな」

「左様でございます」

「しかし知っての通り、今この大陸東では大きな争乱が巻き起こっており、物資・資金、そして人員に至るまであまり余裕は無いのだ」

「それは重々承知しております。ですので税制上でちょっとした優遇措置をいただきたいのです」

「なるほど。確かにそれであれば国庫が直接痛む事は無いか……それで、どのような許可を望んでおるのか?」

「トレバー産商品の関税を五年間、国内全域で撤廃していただきたく存じます」

「撤廃か……確か今は五分5パーセントであったな」


(うーん……中世の関税率の知識まではさすがに無いな……)


 ただ俺が触れて来たこの世界の常識から考えると、それほど高いものでもないかもしれない。


「はい。そもそもザウロー家に支配されていた昨年は、主力商品であるオリーブの出荷量がほぼゼロでした。つまり関税率をいくらに設定しようが、実質税収はゼロのままです」

「確かに。商品が流通しなければ、関税をかけても意味は無いな」

「そして今トレバー領はザウロー家の悪政の影響で人がおらず、どの産業もボロボロです。元の住民を戻し、更に産業の担い手となる新たな住民を確保しなければなりません」

「なるほど。もし数年間でも関税が撤廃されると聞けば、利益を見越して人が集まって来る、と」

「左様でございますわ。産業が軌道に乗りさえすれば、その後は関税を元に戻していただいて構いません。要は復興するまで待っていただきたいのです」


 暫し考えにふけるフェルディナンド。


「まず最初に断っておくが、各領地に関わる件であるからには、儂の独断で決める事は出来ぬ。領主達の意見をまとめねばならぬのでな」


 シアもその点は知った上での口上こうじょうだったのだろう。

 表情は厳しいままだが、落胆する様子も無い。


「だがその考え方──他の領地にとっても、ある意味好都合かも知れん」

「関税が取れないのに好都合とは、いったいどういう……」


 提案した本人にもその真意はわからないようだ。


「トレバーが受けたような事件や事故が、今後他の領地で起こらないとは限らぬであろう?」


(なるほど、そういう事か!)


 簡単に言えば『保険』である。


「トレバーに限らず、どの領にでも不測の事態というのは起こりえるものなのだ。だから儂はあくまで、領地復興を目的とした臨時的措置という名目で全領主に対し提案しようと思う」

「それは本当ですか!」


 確かに今の世界情勢では、明日は我が身と思っている領主もいるだろう。

 メルドランからの不穏な動きが活発化している今は特に。


「もし反対する領地があっても、賛成領地だけで進めれば良いだけの話だ。反対領地はそのまま関税を徴収しても構わぬが、代わりに復興支援もしない。これであれば誰も文句は言わぬだろう?」


 単に命令するだけでは反発を招く。

 新たな政策を取り入れるにあたり、きちんとリスクヘッジもする。

 世襲では無く、選出された君主の実力という所か。


「少なくとも儂の息子の領地と本部直轄地は間違いなく参加だ。これでもう、いくつかの都市とは無関税で商売が出来るぞ。シア殿、それで宜しいか?」

「はい! 盟主様、本当にありがとうございます」



 さすが盟主の地位に納まるだけの事はある。

 考え方一つで問題を丸く収めてしまう。



「それでもう一つの用件なのだが、此度の単眼の巨人キュクロプス退治とトレバー領を守り抜いた礼として相応の謝礼を用意させていただいた。それと」


 一瞬ミランダのほうを見るフェルディナンド。


「ミランダから聞いたのだが、ヒース殿はフェルコスを目指しているとの話で相違ないか?」


 突然話を振られ、一瞬焦る。


「はい。魔導士ティネ殿に紹介された老師をお尋ねしようかと」

「なるほど。実はその話を聞いて軍船を手配するつもりだったのだが……少し問題があって無理そうなのだ。そこで民間の船を借り上げようと思っておるのだが、それでも良いだろうか?」

「手配していただけるというだけで光栄に存じます」

「そう言って貰えると助かる。この件については準備が整い次第、追って遣いを出そう。あと最後に一つだけ──儂からヒース殿に頼みがあるのだが──」


 ミランダが言っていたのはこの事だろう。


「ダンケルドとトレバー。どちらもトーラシア国内の話という事で、直接詳しい話を聞きたい。この後少しお時間を頂けないであろうか?」



(まぁ報酬を頂いておいて、断るわけにはいかないよな)



「はい、喜んで承ります」



 謁見はそこで終了した。





    ◇  ◆  ◇





 ずっと気になっていた娘二人だが──


 やはり謁見が終わった後も、少し萎縮気味だった。

 そしてそれはベァナも同様で──


「ミランダさん……貴族様ってあんなに怖かったのですね」

「ああ、あれはすまなかったな。あのリーナスという男は決して悪い奴では無いのだが──いかんせん融通が効かぬ男でな。許してやってくれ」

「まぁ怒鳴られたのは私では無いので、それは良いのですが──」

「私はあの文官の顔と名前、しっかり覚えましたわよ」



 思ったよりも根に持っている様子のシア。



「ははっ! 未来の領主様に盾突いたんだからな。まぁ奴も多少痛い目を見ても仕方がないだろうて」



 ミランダはそうは言うが、おそらくあれが典型的な貴族の態度なのだろう。

 領主の代理を『そこの娘』呼ばわりするくらいなのだ。


(もしその立場が俺だったとしたら、『そこの男』呼ばわりされただろうか?)


「そうそう。お詫びと言うわけでは無いのだが、ヒース殿がフェルディナンド公と話をしている間、私が城内を案内して差し上げようと思うのだが……いかがかな?」



 ミランダの提案を聞いた途端、しおれていた娘二人が復活を遂げる。



「是非お願いいたしますっ!」

「おしろのあちこち、見てみたいですー!」

「よしわかった! そう言うわけでヒース殿、彼女達の事は私に任せろ」

「宜しくお願いいたします」



 彼女達とはそこで一旦分かれる。



(ミランダさんが一緒なら安心か)



 そう。

 彼女達への心配は無用だ。


 本当に心配すべきは、己自身が発する一言一句にある。




 一国の最高権力者との対談が、この後に控えているのだ。





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