首都・トーラシア

 北部方面師団の駐屯地、アルフォードを出て一週間。

 長かった首都への旅もついに終わりを迎える。



 ちょっとした小高い丘を越えたあたりで、この世界では今まで見た事も無いような巨大な都市を一望する事が出来た。



「おぉ──!」

「いつ見ても大きな都市ですねー」



 ニーヴにとっては故郷が近く、馴染み深い景色だったようだ。

 だがプリムにとっては間違いなく、今まで見た中で最も大きな都市に違いない。


 そして──


「ニーヴちゃん、あのおくにあるおっきな水べは?」

「えっとねプリムちゃん。あれが『海』だよ」

「おおぉぉぉ──────っ!!」



 トーラシア連邦首都、トーラシア。



 その人口は北部方面師団の駐屯地のある、アルフォードの十倍以上。

 約十八万人の住人が暮らすと言われている大都市であった。


 そして国内有数の貿易港でもある。



(中世でこれより巨大な都市っていうと、もうパリくらいしか無いだろうな)



 自らの趣味趣向もあり、中世世界の知識には多少通じているとの自負がある。

 中世の技術は比較的再現しやすく、開拓に都合が良いものが多いのだ。



「ここまで来ればもうすぐだ。とりあえず城下町の門までは同行しよう」



 町まで結構距離があるようだが、ミランダが言うのであればそうなのだろう。


 俺達は初めて訪れる大都市に心を躍らせつつ、残りの道程を楽しむのだった。





    ◆  ◇  ◇





 ミランダの言う通り、城門へはあっという間に到着した。


 高台から見た都市は結構遠くにあると感じていたのだが……

 人の感覚というのは結構当てにならないものである。


「前にもお話ししたが皆さんには明日、連邦の長である盟主フェルディナンド公に面会していただきたいと思っている。元々シア嬢はトレバー領主の名代であるわけだし、ヒース殿はその婚約者だ。領主を統括する者へのお目通しはしておいたほうが良かろう」

「はい、心得ております」

「まぁフェルディナンド様はとても親しみやすい方だから心配するな」

「親しみやすいと言われましても……比較するものが無いとピンと来ませんわね」


 シアの意見はもっともだ。

 そもそも運が良い事に、俺が今まで会って来た貴族の殆どが例外らしい。

 シアに聞いたところ、貴族らしい貴族と言うとセレナと手合わせをしたカールや、ザウロー家のヘイデン・ケビンがそれに相当するらしい。


(本当に気を付けないと、いつ不敬罪で捕縛されてもおかしくない世界──)


「あーそういう事なら、そうだな──」


 ミランダは何か良い例えが無いか、頭を巡らせた。

 そしてその答えは、そこにあったようだ。


「私の男性版だと思えばいいだろう」

「随分大雑把な例えでございますわね……でもそれなら大丈夫そうです」

「ああ。だがシア殿ならわかると思うがフェルナンド様が特に寛容なだけで、普通の貴族はそうもいかん。自らの出自だけで自分を偉い人物だと勘違いしている愚かな輩は、残念ながら大量に存在する」

「心得ておりますわ、ミランダ様」


 そういった連中を最も多く見て来たのは、貴族であるシアなのだろう。


「一応ヒース殿達はここでも客人扱いではあるのだが、シア殿以外は正式な貴族ではないゆえ、大変申し訳無いが城下の宿を手配させていただいた。宿代はこちらで持つので、そちらに滞在していただけるか?」

「宿まで手配していただいたのですね、ありがとうございます」

「私個人の悩み解決から様々な新しい技術について提供してくれたのだ。このくらいでは足りぬ」

「馬車の部品については我々の旅の為でもありますので──」

「そう言ってもらえると有難い。あとすまぬが、私は一足先に盟主へ報告に行かなければならぬ。何かあったらその滞在許可証を出せば大丈夫だ。それではまた明日!」


 ミランダと部下達は、連盟本部に向かって去って行った。


「本当にお忙しい方ですわね」

「世の中仕事の出来る人間ほど、多くの仕事が集まって来るものだよ」

「なるほど……そうかも知れませんわね」


 きっとそれは人が営む世界では、どこへ行っても共通なのだろう。


「みんな長旅で疲れたろうし、まずは馬車を預けて宿でゆっくりするか」

「やったーお宿だっ!」

「おとまりですー!」


 トレバーを出てから約一か月間、町に滞在した日以外はほぼ車中泊だった。

 そう考えると、この世界の女性は本当にたくまし過ぎる。



「やっと……柔らかなベッドで寝れるのですね……」



 ベァナがふと本音を漏らす。



(ああ──やっぱりそう感じるんだな)



 俺は少しだけ自分の考えを改めた。

 彼女達は特別たくましいわけでは無く、我慢強かっただけなのだ。





    ◇  ◆  ◇





「なんだここは!? 初めて見るぞ、こんな部屋!」


 セレナが驚くのも無理は無い。

 広さだけでも、普通の宿屋の数部屋分は軽くある。



(現代で言えばロイヤルスイート級の部屋だな、これは!)



「こんな部屋を用意している宿屋もあるのだな……」

「ここは豪商向けの部屋でしょうね。ミランダ様の事ですから、みんな一緒の部屋で休めるように手配してくれたのだと思いますわ」


 確かに俺達のパーティは六名だが、まだ幼い子供が二人もいる。

 協会の宿舎では当初、部屋分けで揉めた事もあった。

 さらに今回からはシアまで同行しているのだ。


 部屋分けを考えただけで頭が痛い。


(ミランダさん、マジで優秀だ……)


「しかしこんないい宿を手配してくれたのに、ミランダさんはなぜか謝ってたよな? どういう事だ?」

「おそらく体面を気遣っての事かも知れませんね」

「体面?」

「ええ。普通、国がお呼びした客人は城内の客間に通すのが通例なのです。ですがそういった客人として一般市民が呼ばれる事は通常あり得ないので、それで城外の宿を確保してくれたのでしょう。おそらく他の貴族対策ではないかと」

「なるほどな。それでしきりに謝っていたと」

「ええ。でもわたくしは城内のような息苦しい場所に泊まるよりも、こちらの宿のほうが数百倍有難いですけれどね!」

「確かにそうかも知れないな。だが俺はこの部屋でも緊張するかな……」

「まぁヒース様っ! わたくしと夜を共にするのを今からそんなにも……」



 ゴゴゴゴという音が響きそうな勢いで飛んでくるベァナ。



「シアさん。あなたにはわたくしの隣で寝ていただきますのでっ!」

「そんなっ、いやですわっ! わたくしはこの部屋に入った瞬間から、あそこのほらっ、あの窓際の巨大ベッド! そこでヒース様と夜空を眺めつつ、暁の空を一緒に迎えると心に……」

「寝言は寝てから言ってくださいねっ! うるさかったら口塞ぎますけどっ!!」

「すまんがお主等。どうやらベッドは四つしか無いようだぞ」


 セレナから無情な一言が告げられる。



「「なっ、なんですって!?」」



 相変わらず息ぴったりの二人。


 だがこのまま行くと収拾が付かなくなりそうだ。

 二人には申し訳無いが、俺は話をそこで切る事にした。



「すまんがあの巨大ベッドは俺とニーヴ、プリムの三人で使わせてもらおうか」

「やったー! ヒースさまと一緒~♪」

「おっきいベッドたのしみです~!」



 娘二人が見た事も無い巨大ベッドに興味を示すだろう事は、部屋に入った当初からわかっていた。


 それに残るベッドは、なぜか綺麗に三つ並んで置いてある。

 普通の宿屋よりも随分豪華ではあるが、使用人向けなのかも知れない。

 だが俺がそちらを使う場合、場所で揉める事は必至だ。



「そっ、そんな……わたくしとヒース様の営みが……」

「しれっと紛らわしい事を言うでない」


 セレナがツッコミを入れる。


「まぁトレバーでもそうでしたからね。これで良いと思います!」

「わたしも同意見だ」


 こうして賛成多数にて、シアの申し出は却下された。


(すまんなシア。今まで不遇な扱いを受けて来た娘二人には、出来るだけ楽しい思いをさせてやりたいんだ)


 結局その話はそこで一旦落ち着き、各自荷物を整理し始める。


 そして共同浴場での入浴や食事を堪能した俺達は、誰一人夜更かしする事もなく、そのまま宿の上質なベッドの上で眠りに付くのだった。





    ◇  ◇  ◆





「彼は間違いなく、メルドラン出身の剣士に違いありません」



 連邦本部のとある一室。

 本来は来客用の部屋ではあるが、盟主のフェルナンドは部下からの報告でもこの部屋を使う事が多い。

 それはフェルディナンドが、どんな相手とでも腹を割って話したいという性格の持ち主だからであった。


 そして特に今回のような『気になる剣士』の報告であれば猶更だ。


 報告主はトーラシア監察隊・北部方面師団師団長、ミランダである。


「という事は、今までの報告ともなんら齟齬は無いと」

「いえ。それが大有りでして」

「どういう事だ?」

「彼はそんじょ其処等そこらの傭兵剣士では、ありません」


 盟主のフェルディナンドとミランダは、彼女が幼少の頃からの付き合いである。

 だから親しい間柄ゆえの激しい意見のぶつかり合いも良く起こるし、時には軽い冗談を交わす事もある。


 そして親しい間柄だからこそ、その言葉が冗談でない事がすぐにわかった。


「それほどの剣士という事か?」

「はい。実際に手合わせした私が言うのですから間違いありません」

「そうか。ミランダがそう言うのであれば、凄腕の剣士であるのは間違いないのであろう。だが、メルドランと限定しているのはどういう事だ?」

「剣を所持していました。メルドラン第一騎士団謹製のサーベルを」

「第一騎士団だと!? 彼がメルドランの剣術師範だというのか!?」


 トーラシアとはフェンブルを挟んで対岸にある王国であるメルドラン。

 東の三大国家のうち最も歴史の古い国であり、そう言った経緯もあってあらゆる文化にいて一日の長を持つ国家である。


 そしてそれは、剣術に於いても例外では無かった。

 メルドランには剣術認定の制度がいくつかあり、有名なものには王家認定の宮廷剣士位と、第一騎士団認定の剣術師範位がある。


 宮廷剣士位は本来、最高位の剣士に贈られる称号だったのだが、長い年月を経るうちにいつしか貴族の権威を証明する為の道具にまで成り下がってしまった。

 とは言っても全くのお飾りでは何の意味も無いため、今では貴族同士の試合を通じて優秀な剣士に与えられる称号という位置付けになっている。


 しかし第一騎士団認定の剣術師範は少し趣きが異なる。

 その取得に、身分は一切関係ない。


 そもそも第一騎士団は他の騎士団とは違って、独立した権限を持つ。

 戦闘行動については当然国の指針に従うが、騎士団内の人事については、王ですらおいそれと口が出せない体制が敷かれているのだ。

 そういった組織であるため、第一騎士団には平民出身者も多く存在する。

 自らの能力を正当に評価してもらえる、数少ない組織だからである。


「しかし剣術師範の位を得たという事であれば、なぜ旅に出る必要がある? もし平民出身であれば、そのまま第一騎士団への入隊も許されるであろうに」


 剣術師範位を得る手段は単純だ。

 第一騎士団長との試合に勝てば良いだけである。


 つまり単純ではあるが、決して簡単ではない。


 その対戦の門戸は常に開かれており、どんな相手でも拒まれる事は無い。

 もっともも騎士団長もそれほど暇では無い為、事前に何人かの騎士と戦う事にはなるわけだが……


「その第一騎士団というのは、それほど待遇が良いのですか?」

「第一騎士団への入団は貴族の力が非常に強いメルドランに於いて、平民が出世出来る唯一と言って良いくらいの手段なのだ。しかも他の騎士団と比べても高給なはず。騎士団内の階級にもよるがな」

「なるほど……騎士団長に勝った剣士なので、即幹部待遇とかですか?」

「そこが第一騎士団の強さの秘密だと思うのだが、優れた剣士が優れた指揮官であるとは限らないという理由で、単に入団許可が出るだけらしい」

「その後の昇進については自分で何とかしろと?」

「ああ。ただやはりそれだけ剣術に精通しているとなると……やはり他の人間とは違った何かを持っているようでな。結局ある程度は昇進しているようだ」

「向上心とか、忍耐力とかでしょうかね」

「まぁ、そういう所だろうな。だからこそ、騎士団に入団しないという選択は考えられぬのだ」


 フェルナンドはそう言って少し考えこんだ。


「ミランダ、そのサーベルが盗品だと言う事は?」

「わたしもそれは考えたのですが……彼は盗みを働くような人物でないかと」

「うーむ……であれば自力で手に入れるしか無いはずなのだが……彼がその剣をどうやって手に入れたのかは聞いてみたのか?」

「はい。当然聞きました」

「で、何と?」

「彼は『頂き物』と言っておりましたね」

「第一騎士団謹製のサーベルが『頂き物』だと!?」



 元々ヒースの行動に非常に興味を持っていたフェルディナンド。

 その彼が大声で笑い出す。



「そりゃ随分と豪勢な頂き物だな! お主はその冗談に対して、何も言わなかったのか?」

「当然驚きましたよ。しかしなんというか……私には彼がその剣の価値を本当に理解出来ていないように見えたのです。ですので、えてその点には触れませんでした」

「なるほどな……ますます謎だらけの人物だな、ヒースという男は」


 今までヒースに対して、単なる興味という程度のものだった。

 だが一国の主であるフェルディナンドの元には、多種多彩な情報がもたらされる。


「実はミランダがトレバーに発った後、メルドランの政変絡みの情報がいくつか入ってきていてな。儂も最初はまさかとは思っていたのだが……」

「それはどのような?」

「すまぬがこれの詳細に関してはお主にもまだ伝えられぬ。どの情報も確実さに欠けるし、下手をすると国家間の関係にも影響する」


 フェルナンドは腕を組みながら、彼女に意思を伝えた。


「もうこれはわしが直接話を聞くしかあるまいな。彼がトーラシアに害を為す存在なのか否かは、儂が直接話をして判断する」

「そうですね……承知いたしました」


 個人的にヒースに対して好意を持っているミランダではあるが、彼が未知の人物である事に変わりはない。


「ミランダよ、メルドランの剣術師範の情報を直近十年分調べるよう、リーナスに伝えてくれぬか。あと明日の謁見の後、ヒース殿と二人だけで話をする。誰も部屋に入れないように根回ししておいてくれ」

「相変わらず人使いがお荒い盟主様な事で……」

「何を言うか。お主が気に食わない貴族の相手をしてストレスを抱えぬよう、あちこち飛び回れるような仕事を優先して入れてやっておるのだぞ? 正直儂もゆったりと馬車に揺られ、各地を旅して周りたいものだよ」

「あはは。感謝しておりますよ、フェルディナンド様」



 ミランダは一礼をし、応接室を出て行った。



「さてヒースとやら……お主は果たしてどちらなのだろうな? 過去の光あふれるメルドランからの遣いなのか、それとも……」




 盟主の顔に影が落ちる。





「シンテザ教の巣食う、今の混沌としたメルドランからの遣いなのか」




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