蜘蛛の糸

 俺がトレバー領を引き継ぐ?

 一体なぜそんな話になっているのだ!?


「ミランダ様。毎週連邦本部宛に報告書をお送りしていたと思いますが、そちらをお読みには?」

「ああシア殿。もちろん拝見させて頂いた。ヒース殿はウェーバー家の復興の為にかなりご尽力をされていたようで」



(俺は家の復興というよりも、マティアスの復権に尽力していたはずだが?)



「ヒース様は領地問題で苦しむ私を見かね、手を差し伸べてくれました」



(シアの為というより最初は──そう。タバサさんの願いを聞く為だった)



 疑問に思う俺を差し置いて、シアとミランダだけで話が進んで行く。



「確かにトレバー復興を目指す中、シア殿とヒースさんの間に深い愛情が芽生えて行ったという話は、毎週のように細かく書かれていたな」



(復興を目指す中で深い愛情? どういう事だ!?)



「私とヒース様の愛の軌跡を皆さまにも是非知っていただきたく、毎週欠かさず報告をさせていただきました」



(報告というのはマティウス主導という前提の、井戸開発の進捗についてではなかったのか!?)



「二人が手を取り合って困難に立ち向かっていく姿、私も本当に感動したぞ」



(確かに手を握り合ってはいたが……それは別の理由ではないか! というか感動するような報告ってどんな内容だよっ!!)



「それで、お父様はヒース様について、どのような印象をお持ちで?」

「マティウス殿は特にザウローの圧政に立ち向かいつつ、困難な井戸の開発を諦めずに行うヒースさんの姿に感銘を受けていたようだ。まるでウェーバー家の祖先の再来だとおっしゃっていてな」



(いや、確かにザウロー家にバレないように開発していたし、ウェーバー家のご先祖様を尊敬してはいるけれども!?)



「お父様もヒース様には好印象をお持ちだったのですね。それは本当に良かったです。それで、ヒース様が後継者になる事についてはどのように?」



(俺はあくまで、マティウスが領主として復権する事を目指していたのだが!?)



「やはり父という事もあってか、娘の婚姻には複雑な気持ちをお持ちのようでしたぞ。でもこのような才能のある好青年、他を探してもなかなかいないだろうという事で、最後には納得していたようだ」



(いやいや! 会った事も無い相手に、勝手に納得するなよお父さん──)



「そうですかっ! これで晴れてヒース様と一緒に!!」



(そうならない方向で、頑張って進めていたのだけれどもっ!!)



「父上はとにかく、シア殿がご自身の力で信頼出来る相手を見つけられた事を一番お喜びになられていた。井戸が開通した知らせが来た時にはもう『これで自信をもって婚姻を認められる』と言って、男泣きするくらいだったな。私も恥ずかしながら、思わず貰い泣きしてしまったよ」



(文書の検閲も確かに業務だろうが、人様の手紙の内容で勝手に感動しないでくれよ! というかミランダさん、貰い泣きするような性格なのか!)




 色々とツッコミどころが多すぎる話だったのだが──

 問題はそこではない。


 もうここまで話が進んでしまっている状況で、俺が断りを入れたらどうなるのか?


 まずシアの顔に泥を塗る事になる。

 そして娘の結婚を受け入れた、マティアスの気持ちも不意にする。



 そして一番の問題は──

 これらの事実が連邦政府の公式見解になっている可能性だ。



 俺は返答を耳にする恐怖をどうにか抑え、絞り出すように質問を放った。


「あの……申し訳ありませんが……それらの話は、正式な話という事で?」

「ああ、その事ならば心配無用だ。連邦本部にもちゃんと伝わっているし、概ね歓迎されている。そもそも連邦盟主がヒース殿の手腕を高く評価しているらしくてな」



(連邦盟主にまで話が通っているだと!?)



 シアの表情を確認する。

 彼女はとにかく心底嬉しそうだ。

 その表情によこしまな気持ちは一切感じられない。



(彼女は本気で、俺と共に領地を治めるつもりでいたのか!?)



 もっと早く気付くべきだった。


 確かに俺が彼女をはっきりと拒んだ事は一度も無い。

 そして彼女はどういうわけか、俺の行動を自分の為にしてくれているものだと、いつの間にか勘違いしてしまっていたのだろう。


 だがそれも、全て俺の優柔不断さが招いた結果だったのかもしれない。

 俺が後継者になるという選択は、最終手段として実際に残していたからだ。



 そしてあのベァナですら、俺がこの領地を継ぐものだと思い込んでいた。



 助けを求めるべくティネを見るが、彼女はただ楽しそうに話を聞くだけだった。

 だがそれも無理のない事だろう。

 彼女はここでの経緯を一切知らない。



 ロルフを見る。

 彼は頷きながらハンカチのような布を目に当てていた。



(そう言えばこの人は、結婚推進派の人物だった……)



 おそらく何も知らないゲルトが、最も中立的な立場なのだろう。

 だが彼は何も聞こえない故か、力強くサムズアップをする。



(ここじゃない! それを使うのはこの場面じゃないんだ! ゲルト!)



 もしかしてこの状況は──






!?)






 絶望の縁に追い詰められた俺。


 だがこれは自分の性格なのだろうか。

 この絶望的な状況に対し、ショックに打ちひしがれていたわけでは無い。


 こちらの世界に転移してきた時も同様だった。

 冷静……というよりは、むしろ次の一手を少しでも早く決めたいがために、色々な可能性を必死に模索しているのだと思う。


 まず俺は現状打破の方法ではなく、もしこの道を選択した場合の行く末について考え始めていた。



(シアは確かに思い込みが激しい所があるけれど、とても優しく素敵な女性だ。住民からの信頼も厚い。きっと幸せな生活が送れるとは思う)



 俺にとっての最重要事項は、仲間の幸せだ。



(ニーヴやプリムなんかの面倒も見てくれるし、セレナも彼女の芯の強さには一目置いている所がある。もし一緒に生活したとしても、大きな衝突は無いだろう)



 悪い未来など、特に思い浮かばない。



(ベァナとは少し仲が悪そうにも見える──が、それはなんというかライバルのような間柄か? 実際、互いの事を心配する事もあったし)




 特に問題無いのではないか?


 いや──まだ何かが足りない。




(ヒースさんはそれでいいんですか)




 何かを叩く音と共に、ベァナの声が遠くに聞こえる。




(ああ。俺はベァナが幸せなら、それでいい)




(ヒースさんはそれでいいんですか!)




 妙に生生しく聞こえる。


 そうか。

 ある意味これは、一つの人生の区切り。


 まるで走馬灯のように、頭を巡るベァナの声。







「ヒースさんはっ! それでいいんですかって! 聞いてるんですっ!!!」






 その次の瞬間。


 バーンという大きな音を立て、支部長室のドアが開いた。


 いつの間にかロルフが扉を開錠していたようだ。






 そこに仁王立ちしていたのは──

 つい先程まで、俺の横で眠っていたはずの少女。






「ベァナ!?」





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