中央からの使者

「あっ、ヒース様っ!」

「おつかれさまなのです」


 協会のエントランスで、偶然にも娘二人と行き会った。


「二人とも無事で良かった。面倒見てやれなくてすまんな」

「私達は平気ですっ! ちゃんとお務めを果たしてきました!」

「あぶないまものをたいじしたです!」


 話を聞くと、数匹の魔犬が町に侵入してきたため、セレナと相談してそれらの敵を二人で排除していたようだ。


「あの、セレナさんとベァナさんは?」

「二人は巨人との戦いで疲れているようので、一旦休んでもらっている。でも町の中にいるし、大丈夫だよ」

「そうですか……」


 そして途中シアと合流し、三人で町の見回りを行っていたらしい。

 大方片付いたと判断したシアと一緒に、ここへ戻って来たようだ。


「そう言えばシアは?」

「あっ、そうでした! もしヒース様が協会に来たら、ロルフさんの部屋に来て欲しいって、シアさんに言われていました」

「そのへやに、シアねぇさまもいますですー」

「ロルフさん無事だったんだな! 了解だ。教えてくれてありがとうな」


 二人の頭をなでる。


 今回の戦いは依頼などではないため、報酬は一切ない。

 それでも彼女達は、町の為に必死で戦った。


(俺から何か褒美をあげないとな。やはり食べ物がいいか?)


 そんな二人をじっと見つめるティネ。

 何か思う所でもあるのだろうか?


「どうされました?」

「いや、こんな幼いのに頑張って戦ってたなんて偉いなって思って」


 照れる二人。


「それにあなた。その髪飾り、とても似合っているわね」

「あっこれですか? これ、この町でお世話になった方に戴いたのですが、その方は盗賊団の犠牲になってしまって……」


 泣きそうな顔をするニーヴ。


「そんな悲しい顔をしないで。彼女もきっと、町を守ってくれた水魔法使いに付けてもらって喜んでいると思うわ」

「そ、そうなんでしょうか?」

「ええ。それは私が保証するわ。それにそちらの薄桃髪の子。色々思い通りに行かなくて辛く感じる事もあるかもだけど、仲間を信じて頑張って」

「が、がんばりますです!」


 ティネはそう言って二人に微笑みかけた。


 二人とも嬉しそうだ。

 だがニーヴはその後すぐに口元を引き締め、こう言った。


「あの──ベァナさんとセレナさんところに行ってもいいですか?」

「ああ、それは構わないが……どうかしたのか?」

「あんな巨人と戦っていたせいで、姉さま達はお疲れになったんだと思うのです。だから私とプリムちゃんでお守りしたいのです」

「いきたいですー」


 この娘たちは自分だって疲れているだろうに……

 でも普段自分たちを守ってくれている姉達に、恩を返したいのかも知れない。


「わかった。でも無理はするんじゃないぞ?」

「わかりましたっ!」

「かしこまりーです!」


 二人は元気よく走り去っていった。


「ニーヴが水魔法使いだって事、良く分かりましたね? そういう魔法でもあるのですか?」

「あははっ。そんな魔法あったら面白いわね! まぁ冒険者カードを確認すれば一発だけど」


(東大陸屈指の魔法使いなのだから、それくらい知っていて当然か)


「あの髪飾りの持ち主とはね、ちょっとした知り合い同士だったの。もう十五年にもなるんだなぁって、本当に懐かしくって」


 潤みを帯びるティネの瞳。

 詮索するのは無粋だろう。


「それよりプリムにかけてくれたあの言葉ですが、何か特別な意味でも?」

「ああ、薄桃髪の娘。うーんそうねぇ……この話はもうちょっと後でもいいかしら? 多分今すぐどうこうって話でもないと思うので」

「わかりました。色々と聞いてしまって申し訳ない」

「いいのよ、いいの! 私もヒース君から根掘り葉掘り聞いちゃうつもりだからね~! そもそもこんなトコ掘っちゃうなんてもう、ヒース君てほんとヤバ過ぎよね。痺れちゃう」


 色々と問題発言っぽい表現もあるが、この調子なら問題無さそうだ。



(しかし先程の二人を見る目。あれは明らかに普段の彼女とは違う……)



 もしかすると彼女達が元々奴隷だった事を知っていたのかも知れない。


 良く考えればティネはダンケルドに工房を構えているのだ。

 その可能性は十分ある。




 どちらにせよ、今の俺にわかる事は無い。

 そう思った俺は、それ以上深く考えない事にした。






    ◆  ◇  ◇






 支部長室へはもう何度も通っているため、足が勝手にその方向に動き出す。


「ヒースくんって、もしかしてお偉いさんか何か?」


 魔法協会にはあまり慣れていないようで、なぜか小声で話すティネ。


「いいえ。一応しがない旅の技術者って事になってますが」

「それにしちゃ、色々な人に目を付けられてるわよね」

「そうですね。自覚はあります」

「ちゃんと後で井戸の解説、宜しくねっ」

「あはは、それは大丈夫ですから」


(この人は結局、研究の事しか頭に無いんだろうな)


 支部長室のドアをノックする。


「ヒースです」

「おおっヒース殿! すぐお開けしますぞ!」


 扉が開くと、満面笑顔のロルフがそこにいた。


「皆さんが大変な思いをして戦っていたのに申し訳無い。実はヒース殿がキュクロプスをお倒しになった後、中央からの使者がいらっしゃいましてな」

「使者ですか……あっ」


 部屋の奥をふと見る。

 ロルフの席の隣には笑顔のシア。

 彼女は小さく片手を振っている。


 そして反対隣の後ろには、ゲルトが立っていた。

 彼も元気そうで、右手で小さくサムズアップする。


(大変な依頼、良くこなしてくれたな。ありがとう)


 そしてロルフの正面には──

 軍人のような、鎧を来た迫力のある女性が座っていた。



「げっ! ミランダ!?」



 俺の隣から聞こえる、場に全くそぐわない叫び声。



「久々の挨拶がそれとは、これまたどういう了見だ、魔導士ティネ?」

「なんであんたがここにいるのよ!?」

「私は仕事でここに来ているのだ。貴方こそトレバーで何をやっている?」


 この会話の内容──

 二人は知り合い同士で、しかも何かしがらみがあるのは確かだ。


「わっ、わたしはその──」


 言葉に詰まるティネ。

 自由奔放な彼女でも、相性の悪い相手が存在する事に驚きを隠せなかった。


(これはまずいな……もしティネが町から逃げ出したりなんかしたら、聞きたいことも聞けなくなってしまう)


 咄嗟とっさに話をでっち上げる。


「えっとお話中申し訳ございません。ティネさんにはわたくしのアドバイザーとしてトレバー周辺の調査をしていただいておりまして」

「ほほう。貴殿がヒース殿か? 貴殿にまつわる文書、毎回楽しみに拝見させていただいたぞ。ただ、ティネの名前は一切挙がっていなかったようだが」


(文書を毎回? つまり連邦中枢の人間か?)


「はい、わたくしがヒースと申します。失礼ですが……貴方様は?」

「こちらこそ失礼した。わたしは連邦監察隊・北部方面師団、師団長のミランダと申す者だ。ヒース殿、この度は我々の失策により、多大なご迷惑をお掛けして申し訳無かった。心からお詫び申し上げる」


 彼女はそう言うと、俺に向かって深々とお辞儀をした。


「ミ、ミランダが他人にお辞儀をするなんて……!?」


 お辞儀をしたまま、顔だけティネを向くミランダ。


「ティネ。私が貴方に厳しく当たるのは、貴方が依頼をきっちり遂行して来ないからだ。今まで飛ばしてきた数々の仕事の顛末、ヒース殿の前で全て暴露し──」

「いやぁぁぁっ! それだけはやーめーてーぇぇっ!」


 なるほど、そういう事だったのか。

 個人的に仲が悪いわけでは無く、仕事上で何かしらのトラブルがあったと。


 だが、そんな彼女にいくつもの依頼をしているという事実。

 それは逆に考えると、任せられる魔術師が他に居ないという表れでもある。

 きっと普通の魔術師ではこなせないような、難しい依頼が多いのだろう。



「まぁまぁお二人とも。今回はそういう話をするために集まって頂いたわけではありませんし、どうかお座りになってお話しましょう」



 魔法協会の支部長が、自分より二回りも若い女性二人へ気を使う。

 まさかこんな場に居合わせる事になるとは思わなかった。



 確かにティネは魔術師達の中では最も有名な存在の一人である。

 ここトーラシア、北のフェンブル、そして更に北のメルドランといった大陸東の大国の魔術師の中で五本、いや三本の指に入る存在なのだ。


 そしてそのティネに対し、平気で苦言を言ってのけるミランダ。

 彼女から漂う風格からして、相当な戦士であるのは間違いない。




 つまりこの二人の女性はある意味、とんでもない大物だという事だ。






    ◇  ◆  ◇





「ヘイデンの身柄は既に拘束している。我々が陣を張ろうとした土地の近くになぜか一人で倒れていてな。うちの兵士がたまたま発見したのだ」

「それは良かったです。時間が惜しく、そのまま放置してしまいましたので」

「それは正しい判断だったと思いますぞ。何しろあのような怪物に町が破壊されたりしたら、それこそ連邦存続の危機になる所だった。何の為の連邦本部なのだ、と」


 かなり深刻な表情で話をするミランダ。


「ヘイデンが今まで領民に対し、搾取などの暴政を敷いていた事実は把握していたのだ。だが監察隊にもたらされていた情報はどれも軽微なもので、正直他の領地で行われているような事と大差ない程度のものだった」

「つまり、全ての情報が連邦の中枢部に届いていなかった、と」

「恥ずかしながらそういう事になるな。むしろつい最近までは、ヘイデンによって行われていた蛮行が、全てマティウス・ウェーバーによるものとして報告が上がってきていたくらいでな」


 シアの口が挽き結ばれる。

 あらぬ汚名が全て父に被せられていたのだ。

 その悔しさは一言では表せないだろう。


 そして、ロルフが言っていた事は正しかった。

 おそらく報告の改ざんが、日常的に行われていたようだ。


「大変失礼な言い方で申し訳ございませんが、もしかすると連邦の中枢部にザウロー家の手の者がいたという事でしょうか?」

「いや。ザウロー家どころの話では無い。事態はもっと深刻だった」

「と、言いますと」

「連邦の中枢部に、魔神シンテザの信奉者が紛れ込んでいた」

「なんと!?」


 声を挙げたのはロルフだ。

 敵対組織であるばかりか、実際に命を狙われたりもしたのだ。


「そしてその事は偶然に偶然が重なった結果、たまたま発覚したのだ。ケビンの元を抜け出したごろつきの一人が、たまたま我々監察隊に捕まったのが事の発端だな」

「ザウロー家から逃げおおせるなんて、かなり幸運でしたわね」

「ああ。そしてその男の口から、息子のケビンが精神魔法を使っているという証言が出てきてだな」

「やはり普段から使用していたわけですね。本当に汚らわしい」


 シアが毒付くのも無理はない。

 彼女はその本人から、直接魔法を使われそうになったのだ。


「その際、連邦本部に潜伏していたシンテザの信奉者が、その男にコンタクトを取ろうとしたのだ。その信奉者は、捕まった男をジェイドという闇魔術師の使者と勘違いしたらしく」

「ジェイド……あの時の……」

「ヒース殿、何かご存じなのか?」

「直接知っているというわけではありません。町の近くを根城にしていた盗賊団を掃討した際、隷属した獣人を提供していた者の名がジェイドだったかと」

「隷属した獣人……なるほど」


 何か心当たりがあるのだろう。

 ミランダは考えを巡らせる。


 だがその話は、ロルフに引き継がれた。


「おそらくですが、その者は単眼の巨人キュクロプスの召喚を指示した者に相違ありません」

「ロルフ殿、それは本当か?」

「私の聞き間違いで無ければですが、召喚に携わっていた魔術師達が首謀者の男をジェイドと呼んでいました。そして召喚時には数多くの隷属された獣人達が──」

「そのジェイドという男が何かを握っているのは間違い無さそうだな──承知した。情報の提供、真に痛み入る」


 一礼をするミランダ。


「それで連邦内部に巣食っていたシンテザ信徒達はどうなったのです?」


 ロルフにしてみれば、そちらの方が心配なのだろう。

 何しろ国を守るべき組織に、秩序をおびやかす者が入り込んでいたのだ。


「全て排除出来た、と思う。申し訳無いが、現状そういう言い方しか出来ない。今まで絶対にあり得ないと思っていたシンテザ信徒の潜入が、現実として起こってしまったからだ。かなり厳しく検挙はしたのだが、完全に排除したなどと言い切る事は残念ながらもう出来ないのだ」

「そうですか、状況はわかりました。引き続き排除の努力をしていただけるようお願いいたします」



 連邦本部への連絡が正しく機能していなかった理由がこれで分かった。

 俺が思っていたよりも、魔神シンテザ一派の力はあなどれないらしい。



 だが正直な話、今の俺にとって最も重要なのはマティウス・ウェーバーの復権だ。

 その事を切り出そうとした矢先。



「それで、このトレバーの管轄権についてお聞きしたいのですが?」



 話を切り出したのは俺ではなくシアだった。


 父の復権がかかっているのだ。

 それも当然だろう。






「ヒース様をトレバーの次期領主として認めて頂けるわけですよね?」






(は?)




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