新たな生活

「そうですね……まずは生活必需品から揃えて行きましょう!」


 町に来てから様々な出来事があった。

 そして騒動がひと段落した時点で大きく変わったのは……


 共に行動する仲間が増えたことだ。

 薄水色の髪のニーヴと薄桃髪のプリム。

 人生の選択を求められた彼女達は、俺達と行動を共にする道を選んだ。


 ただ彼女達はそれまでの身分故に、所持品は一切無い。

 元の主であるエリザは彼女達に最低限の衣類等は持たせてくれたものの、彼女の農場も非常に苦しい状況だ。

 これでもかなり頑張って融通してくれたのだろう。


「ダンケルドだと、この辺りの露店で色々と手に入りますね」


 ベァナが案内してくれたのは、露天ろてん商が並ぶ通りだった。

 ダンケルドの東側に続くメイン通りで、こちらには馬車が来ないため露店の出店が許可されている。


「町のこちら側には用事が無かったので知らなかったのですが、結構色々なものが売られていたのですね!」

「見たことないものがたくさんですー!」


 彼女達らしい反応だ。

 それぞれの表情は、今まで見たことの無いくらい明るいものだった。


「それじゃまず……ここでお外用の服を選びましょうか」


 これから旅をするので、服の替えは必須だ。

 目の前の露店は全て古着だが、なかなかしっかりした物が揃っていた。


「結構高そうな古着が随分安く売り出されているようだが」

「貴族様達や大きな商家の間では、様々なお顔合わせの場としてよくパーティが催されるのです。そして出席する際には必ず新しい服を仕立てます」

「見栄とかそういうものか?」

「見栄と言うよりは商談を成立させるためですね。いつも同じ服を着ていては、お家のふところ事情が疑われますので。そのお陰で貴族様や商家の方から、余った服を安く売って頂けるのです」


 色々聞いてみると、この露天商もベンと同じ行商人だそうだ。

 貴族や商家から買った服は、同じ場所では売れないらしい。

 自分が着ていた服が街中に出回るのは、貴族からすると嫌なのだろう。


「ベァナねえさま。これ、どれをえらんでもいいの?」

「この露店の品物はみんな同じくらいの値段だし、気にせず選んで!」


 プリムはそれを聞いて喜んでいたが、どう選んで良いか分からないようだ。

 彼女は今まで、自分の服を選んだ事など無い。


「プリムちゃんだと、こんな見た目の服が似合いそうだよ」


 ニーヴが一着の服をプリムの体に当てて見ている。


「にあう?」

「いい感じだけど、ちょっとサイズが合わないかも……」

「そっか。それはざんねんです」

「でも他にも沢山あるし、色々見てみよう! ベァナねえさま、お時間かかっても大丈夫でしょうか?」

「うん! 気に入った服が見つかるまで選んでいいわよ!」


 娘達に笑顔が広がる。

 その姿を見ているベァナもとても嬉しそうだ。


「ベァナ、随分機嫌がいいようだな」

「ええっ! だって妹が二人も増えたのですよ!? ずっとお姉ちゃんか妹が欲しいって思っていたので!」


 彼女にはニックという、とても利発で可愛らしい弟がいる。

 しかしやはり男の子なので着る服や遊びなど、興味の対象は違うだろう。

 共通の話題を話せる仲間が出来たのは、彼女には良かったのかも知れない。


「それでヒースさん、この後なのですが……三人だけで買い物したいのです」

「それは全く構わないが、何かあるのか?」

「いえ、そのですね……下着とかを」

「ああっ、気が利かずに悪い! じゃあお昼に例のパスタ屋さん集合で!」

「すみませんっ!」



 そう言えば俺以外、全員女の子なのだった。



 俺はほんの少しだけ疎外感を感じながら、露店街を離れる。


 そして以前から気になっていた、とある場所に向かう事にした。





    ◆  ◇  ◇





 目的地に向かう途中、街中を歩きながら考えていた。

 俺の旅の目的は二つある。


 一つはこの世界の謎を解き、元の世界に戻る方法について調べる事。


 だがもし戻れたとしても、そこがずっと未来の地球である可能性もある。

 事に次第によっては、戻るか戻らないか自体を決める必要があるだろう。

 もし戻った先の地球が、俺の知らない世界になっていたとしたら……



 それは俺にとって、もはや異世界でしかない。



 この世界では既に多くの知り合いや仲間が出来た。

 誰も知らない元の世界に戻るくらいなら、この世界で生きて行くほうが良い。


 どちらにせよしばらくの間、この世界にいる事に変わりはない。



 そしてもう一つの目的が、この世界を生きるために必要な事。

 この世界の自分が何者なのか、そしてなぜ山中に一人で居たのかを知る事だ。


 俺は置かれていた状況から、何者かに追われていたという推測をした。

 そしてそれは魔術師マラスによって、ほぼ正しい事が分かっている。


 この世界本来のヒースを知る人間は、現状ではマラスだけしかいないのだ。



「お疲れ様です」


 目的地である、衛兵隊の詰め所に到着した。


「あ、ヒースさん! 団長なら会合に出てまして、もうすぐ戻られるかと」


 先日のホブゴブリン来襲がきっかけで、町の衛兵達とは顔なじみになっていた。

 団長と呼ばれる衛兵隊のおさシュヘイムは、元々トーラシア軍の師団長にまでなった人物で、故郷を守るために勇退して現職にいるらしい。


 ダンケルドの衛兵隊は少し特殊で、町の有志が出資して出来た自警組織だ。

 領主が「平和な町に兵士など要らない」と言って資金提供を渋っていたため、町の有志が出資して出来たそうだ。

 アーネストも大口出資者の一人である。


「シュヘイムさんも大変だね。今度はどんな苦情が出たんだい?」

「いやうちへの苦情っというよりも、領主への不満が吹き出てるようで」

「領主? そう言えばここの領主の話って一切聞いたこと無いな」

「そうかも知れませんね。なんつってもここの領主様は税を集める以外、何もしませんからね!」

「先日あれだけの襲撃があったのに、まだ何の対策も出さないのか?」

「衛兵隊があるのだから、そこが対処すれば良いじゃないか、と」

「領主であるという意味を分かっていないのだな……」


 領民から税を徴収するというのは、領民を守るという義務への対価だ。

 つまり『守る』というサービスに対して、領民は対価を払っている。

 守ってくれないのなら、それは単なる搾取でしかない。


「それで、団長は誰とお話を?」

「その話なら奥でじっくりしてやるぞ、ヒース殿!」


 扉のほうから聞こえる大きくて野太い声の主は……


「シュヘイムさん。今お戻りですか?」

「ああ。アーネストがなかなか解放してくれなくてなっ! 丁度いい、話があるから奥に来てくれ!」

「ええ。俺もシュヘイムさんに用がありましたので」


 続きは団長室でする事になった。





    ◇  ◆  ◇





「まぁ簡単な話が、俺にダンケルドの領主になってくれないかって話なんだ」

「そんな簡単に領主になれるものなのですか?」

「そりゃまぁ簡単ではないが……可能ではあるな」


 シュヘイムは武人とは思えない慣れた手つきで、お茶を入れてくれた。


「ありがとうございます」

「気にすんなって。まぁこの町の要人ならみんな知っていると思うので話すが、俺は領地は無いものの一応爵位持ちでな。元々は準男爵家の生まれだが、師団を率いた功績もあって男爵に昇格させていただいたのだ」

「なるほど。それでダンケルド領主の爵位というのは?」

「俺と同じ男爵だな。しかしうちのヴィッケルト家とは違い、ザウロー男爵家は貴族として歴史が長い」


 ダンケルドの城壁に飾られていた紋章はザウロー家のものだったのか。


 しかしこの詰め所に、その旗は飾られていなかった。

 部屋には紋章が飾られていたが、それは町の城壁のものとは違う。

 きっとこれがシュヘイムの家である、ヴィッケルト家の紋章なのだろう。


「町の連中の言い分もわかる。ザウロー家の先代領主は凡庸ではあったが、領民の話を聞ける人物だった。だが息子はどうしようも無い奴でな。資金提供は渋るし何もしない挙句、更に税率を上げようとしているのさ」

「それでアーネストさんのような町の有力者から嘆願を?」

「そんな感じだな。特にアーネストからは物資調達でかなり世話になっているし、気持ちもわかるのだが……同じ男爵でも歴史のあるザウローのほうが世間的には格上なのだ。気軽に手出しできん」


 この辺の話は俺にもさっぱりわからないので、何もアドバイス出来ない。


「領主の話はまぁいいんだ。そのうちなんとかする。それよりもヒース殿! アーネストに聞いたのだが、彼に色々なすごいアドバイスをしているそうじゃないか!?」

「ええ、まぁ」

「それにお連れの娘さんが持っていた武器! 詰め所じゃ娘さん自体のほうがすごい話題にはなっているんだが、あの武器もヒース殿の発明なのだろう?」

「私の発明では無いですが、基礎設計をしたのは私ですね」

「つい先日、アラーニ村がホブゴブリン集団に襲われたが、無傷むきずで撃退したっていう情報が入ったんだ! ヒース殿、あんたアラーニ村から来たって話だったよな!?」


 情報の伝播でんぱが随分遅かったが、おおむね正しく伝わっている。


「無傷では無かったですが、村人たちの協力で全て撃退出来ました」

「やっぱりそうか! 頼む、撃退方法を教えてくれないか!? 先日の襲撃ではヒース殿たちのお陰で被害は少なくて済んだのだが、それでも何人かの若者が命を……」


 クロスボウやバリスタは強力過ぎる武器だ。


 アラーニは山麓でひっそりと暮らす人々の村なので、特に問題無いと判断した。

 しかしダンケルドは多くの人々が行き交う町である。

 強力過ぎる武器はいずれ、戦争に転用されてしまう。


 俺は初め、衛兵達は領主の元で雇われている職業軍人だという認識だった。

 自ら被る危険を対価にお金を貰う仕事なのだから、魔物と戦うのは当然だと。


 しかしその実態は、自分たちの町を守るために志願した若者達だ。

 無償では無いかも知れないが、ほぼボランティアに近いものだろう。


 正直者が馬鹿を見るような世界など、俺は望まない。


「わかりました。基本的構造はベァナが持っているクロスボウと構造は同じですので、まずは彼女の武器を複製する所から始めると良いでしょう。アーネストさんの知り合いのマーカスさんという職人なら、すぐに作れると思います」

「おお、そうか! それは本当に助かる!」

「ただ二点ほどお願いがあるのですが……よろしいですか?」

「俺に出来る事ならなんでも聞くぞ!」

「一点目は、その武器についてです。多分この世界に存在する武器の中では、非常に高い殺傷能力を持つものと思います。対人に使うなとは言いませんが、必ず自衛の為だけに使っていただけませんか?」


 シュヘイムはしばし思考にふける。

 単純な願いであっても、それを守れるかどうか真剣に考えているのだろう。


 彼ならば、きっと良い領主になるに違いない。


「そうだな。自衛で使えるというならば問題無いだろう。俺達がどこかに攻め込む事は無いし、座して死を待つというのも俺の性に合わないからな」

「それは良かったです。二つ目のお願いなのですが……先日ここに連れて来た、マラスという男との面会許可を戴けませんか?」

「……すまんがそれは出来ぬ相談だ」


 即答だった。

 正直な話、こちらの頼みのほうがすんなり許可が下りると思っていたのだが……

 そんなに難しい頼みだろうか?


「私にとって重要な情報を持っているかもしれない男で、単に話を聞くだけで良いのです。なんとかお願い出来ませんか?」

「いや、それくらいの事なら直ぐに許可はするのだが、肝心のマラスが居ないのだ」

「どういう事ですか?」

「ヒース殿が担いで連れて来た後、数日間は独房で大人しく過ごしていたのだが……ある日忽然こつぜんと姿を消してしまったんだ」

「脱走したという事でしょうか?」

「いや。牢には何の異常も無かったし、独房の通気口が切断されたわけでも無い。看守を三か所に配置しているのだが、その誰も気付かなかったそうだ。状況から考えると、消えてしまったとしか言いようがないのだ」


 マラスは魔術師だ。

 しかも彼には「使徒」と呼ばれる上司のような存在がいる。

 それはすなわち、背後に何らかの組織がある事を意味している。


「というわけなのだ。俺達も少ない予算でやりくりしているので、警備体制をこれ以上強化する事も出来ん。申し訳ない」

「いえ、そういう事でしたら仕方が無いです。クロスボウとバリスタの件に関してはしっかり進めておきます」

「世話になってばかりで本当にすまんな。この借りはいつか必ず返す!」




 『俺』へのかすかな手がかりはここで潰えてしまった。



 しかしまだまだ手が無いわけでない。

 誰かが俺を狙っているというならば、いずれその手の者が現れる事もあるだろう。




 この町でやるべき事はほぼ全て終えた。

 しかしこの町をつには、まだ少し準備が必要だった。


 次の目的地のトレバーまでは馬車でも二週間近くかかる。

 アラーニからダンケルドまでは馬車で四日という近さだ。

 それに旅慣れした行商人のベンと旅路は、何の不自由も無いものだった。


 しかし今回はベンを当てにする事は出来ない。

 アラーニでは積み荷を全て降ろしていたため大人二人を乗せてもらう余裕があったが、今回は子供とは言え、仲間が倍に増えている。

 町で沢山の商品を積み込んだ彼の馬車に、俺達を乗せるスペースは無い。


 更に言うと今回はおそらく、ベンとは違う目的地になるだろう。


 俺達が向かうトレバーは渇水が原因で、住民が流出しているらしい。

 既にゴーストタウン化しているとの噂も聞く。



 つまりそんな町に向かう行商人など存在しない。



 俺達が旅を続けるためには、馬車を自前で準備しなければならないのだ。



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