旅の仲間

 アーネスト、エリザ、そして俺の三人は魔法協会に集まっていた。


「というわけでアーネストさん。エリザさんへのご協力、よろしくお願いしますね」

「大丈夫だって、任せておけ! うちで持っている知識と技術は全部教えていくつもりだ!」

「本当に何から何までありがとうございます」


 そしてそれとは別に、二人の少女がいる。

 ニーヴとプリムだ。


「彼女達には既にある程度の話をしています。アーネストさんの農場に行くか、うちに残るかを考えておいてください、と」

「両方の農場の事を知らないと、どうしたいか決められないよね。アーネストさん、簡単な紹介をしてくれませんかね?」

「おうよ!」


 彼は農場の規模や運営方針、いくつかの目標について解説を始めた。

 そこには勿論、奴隷からの解放という目標も含まれている。


 ただその全てにいて、エリザの農場と大きな違いは無い。

 そもそもアーネスト自身が、カルロの考えに共感して始めた農場だからだ。


 二人の娘は彼の話をじっと聞いていた。

 話が終わった所で、プリムは胸の内を打ち明ける。


「わたしは、ほかのまちを見てみたいです」


 奴隷はその町に縛られ、基本的に他の町へ移動する事は出来ない。

 ただ刻印が死を表す赤色に変わるまでには、一週間程度の時間的猶予がある。

 その為、奴隷達を町に留めておけない事情がある場合には、馬車を使って護送する事もあるそうだ。


「ニーヴちゃんが教えてくれたです。この世界にはとってもたくさんのまちがあって、そこにはこのまちより多くの人がいたり、大きなお城があったりするって」


 しかし奴隷個人が馬車に乗り込む事は事実上不可能だ。


 そもそも奴隷達は財産を持てない。

 もし仮にお金を持っていたとしても、馬車の主は乗車を拒否するだろう。

 自分が管理していない奴隷の生死など、責任を持てないからだ。


「わたしは今までずっと、世界はこんなだって思っていきてきました。ずっとこの町で暮らして、農作業をする。それが私が生まれて来たやくめだって」


 生まれて来た意味なんて、本来ならば一生かけて探すくらいのテーマだ。

 それをこんなに小さなうちから決めなければならないなんて。


「でもお兄さんに聞かれてはじめて気付いたです。私は外に出たいんだって」


 プリムはそう言いながらも拳を固め、うつむく。

 世の中の事をあまり知らない彼女でも、なんとなく気付いていたのだ。



 自分の望みが、口で言うほど簡単には叶えられない事を。



 様子を見ていたニーヴが後を続けた。


「農場の状況が改善された経緯については、エリザ様からお聞きしました。ですので、今までよりもっと良い待遇になる事に対して疑問はありません」


 エリザは申し訳無さそうに下を向く。


「わたしは心の弱い人間です。奴隷の身をなげき、町の人々からの嘲笑ちょうしょうに傷つき、何も出来ない自分をずっと責めていました。そして自分自身に思い聞かせて来たのです。『希望なんか持ってはいけない』と……」


 彼女の言葉に、アーネストの目がうるむ。

 彼自身、幼馴染を助けられなかった自分をずっと責め続けて来たのだ。


「でもそんなある日、私たちに声を掛けてくれた方がいらっしゃったのです。その方はこうおっしゃいました。『時間はかかるが、待っていてくれ』と」

「それは……俺の?」

「はい。絶望しか無かった私に、希望をくれました」

「しかし自分で言うのもなんだが、根拠もない話だったのだぞ?」

「そうかも知れません。正直、嘘でも本当でも良かったのでしょう。とにかくその言葉によって、私とプリムちゃんの毎日は楽しいものに変わりました」


 もちろん俺も言った以上、必ずどうにかするつもりではあった。


「それに実際にこうして、今まで不可能だった機会をいただけました。自分の行く道を、自分で選ぶことが出来るという機会チャンスを。ヒースさんは約束を守ってくれたのです」


 ニーヴはそう言ってプリムのほうを向く。

 するとプリムにもその意が通じたのか、笑顔で頷いた。


「そこでプリムちゃんと二人で決めました」


 二人は俺に向かい、同時にこう言った。





「ヒースさんの元で働かせてください!」





 え?




「えええっ!?」




俺もベァナもメアラも、同時に声を上げた。





    ◆  ◇  ◇





 二人の申し出が嫌だったわけでは無い。

 しかし……


「ニーヴちゃんプリムちゃん。ヒース様は旅の途中で、しばらくしたらこの町を出なければいけません。奴隷を連れていては外に出られないのですよ?」

「はいそれは承知しています。ご迷惑になってしまうのも理解しています。でもどうしてもヒースさんの元で働きたいって、私たちは思ったんです」


 エリザの指摘はもっともだ。

 今の状態で外に連れ出すのは、彼女達の命に関わる。


「恩を返すと言っても、ヒース様は農場も商店もお持ちではありません。どうやって働くと言うのですか?」

「ヒースさんは冒険者登録をしているとお聞きました。私たちも戦います!」

「わたしもたたかうです!」


「魔物との戦いは、そんなに簡単な物ではありませんっ!」


 エリザが普段見せないような強い口調でさとす。

 まるで母が子をしかるかのように。


 彼女は魔物と戦い続けるブレットを遠くから、しかしずっと見てきたのだ。

 それを知っているからこそ、幼い二人を思うからこその言葉であろう。


 プリムはそんなに怒られるとは思っていなかったのだろう。

 エリザの剣幕に怯えてしまったようだ。

 可哀そうではあるが、エリザの意見が全面的に正しい。


 しかしニーヴの意志は揺るがない。


「私はこの機会チャンスを掴むためなら何でもします! 娼館で働けと言われればそうしたって構わないです!」

「ニーヴちゃん……あなたそれがどういう事なのか、わかっているのですか……」


 呆然とするエリザに、ニーヴはこう答える。


「もちろん私にそんな経験は一切ありませんが、私はダンケルドよりも大きな町で育ちました。幸いな事に両親は私に十分な教育をほどこしてくれたので、世の中の仕組みもある程度は理解しているつもりです。そして何も取り得の無い私がかせぐための、数少ない方法である事も……」


 ダンケルドにも風俗関連の商売をしている者はいる。

 男女が存在する世界であれば、どんな形であれ存在するものだ。

 そしてそこには良いも悪いも存在しない。


 結局の所お金を稼ぐというのは、提供したものの対価を戴くという事である。

 この世の人間が皆平等ではない以上、提供出来るものには個人差がある。


 資産、地位、才能、技術、時間。

 そして肉体。



 人は自分が持っているものしか提供出来ない。



 ニーヴの言葉にアーネストもエリザも押し黙ったままだった。

 予想もつかない言葉だったからではない。

 それは奴隷という持たざる者達が導き出す、当然の帰結だったからだ。


 しかし……このままではどちらも可哀そうだ。

 本人たちがそう望むのなら、それに対する答えを出さなければならない。


「大体の話はわかった。ニーヴ、つまり君は自由になる為に、私の元で働きたいという事で間違いないかい?」

「はい。馬車馬ばしゃうまごとく働く所存です」

「どんな仕事を頼んだとしても?」

「は、はい……」

「ちょっとヒースさんっ!」


 ベァナが少し厳し目の表情を俺に向ける。

 もしかすると脅しているように見えたのかも知れない。

 心なしかニーヴの表情も赤いようだ。


「ちょっとした意思確認だ。他意は無い。それで……プリムはどうだい?」

「まちがいないです。たくさんはたらくです」


 二人を見比べる。

 プリムはその意味を十分理解出来ていないかもしれない。

 俺から話しかけられても、その表情は落ち着いている。


 しかしニーヴについては……

 とても緊張しているようだ。


 彼女はこの場でやり取りされている事について全て理解出来ている。

 そしてそれを理解した上で、己の身を提供するという選択肢を選んだ。



 自由を手に入れるチャンスを掴む為に。



 彼女達の覚悟は本物だ。

 もうこれくらいでいいだろう。



「二人の気持ちは良く分かった! そういう事なのでエリザさん、手続きをお願いしても良いですか?」

「それは構いませんが……ヒース様はそれで宜しいのですか?」

「俺は彼女達の決断を尊重したいのです。きっとこれは彼女達にとって、一世いっせい一代の選択だと思いますので」


 協会の窓口で要件を伝えた。

 担当の職員は要件を聞いて少し驚いていたが、俺が所定の手数料を出した際にはあからさまにびっくりしていた。


 二人の娘と管理者であるエリザが、手続き用の別室に案内される。

 俺が案内されなかった事に対し、エリザは疑問を感じたようだ。


「管理者権限をお引き受けなさるヒース様が、なぜ呼ばれないのでしょうか?」

「それは……中に入ればわかります」


 結局エリザはその理由がわからぬまま、娘達と共に部屋に入っていった。





    ◇  ◆  ◇





「ないです」

「ない……」

「わたしにもない?」

「うん、無い」

「ということは?」


 ニーヴはプリムに抱き着き、泣きながら叫んだ。




「私たち今日から……自由民だよっ!!」




 二人は手続きが終わって、互いの首元を確認しあっていた。



 その首元には……

 今まであったはずの模様が、跡形もなく消えていた。




 娘達は奴隷から解放されたのだ。




 彼女達以上に驚いていたのが、その場にいた面々だ。

 エリザは別室から出て来た時点で泣いていた。


「ヒース様が部屋に入られなかったのは管理者引継ぎの手続きではなく……解放の手続きだったからなのですね」


 奴隷を解放してきたアーネストが真っ先に反応する。


「正直ただ者じゃ無いのはわかってましたがね。まさか同時に二人も解放されるとは…それで受付の娘が驚いていたのか! よくそんな大金をお持ちでしたな」

「旅の資金として持っていたのです。もちろんかなりの大金ですが、今の俺にはこの使い道が最も適切なんじゃないかって」

「そうか……そうだよな。今まで色々な面でお付き合いさせていただいて、なんとなくわかっていたんだ。ヒースさんがそういう人物だというのは」


 善行を行ったつもりはない。


 善か悪かなどというものは人が決めた価値観だ。

 今回俺がとった行動は、自分がそうしたかったというだけの事に過ぎない。


 ただ自分の下した判断を肯定してくれる人がいるのは、とても心強い。

 自分の判断が常に正しいと思える程、俺は優秀な人間ではない。


「しかしカルロさんの所の使用人達も全員解放したわけだし、今回相当の財を投げ打ったに違いないだろう? ヒースさんにはあらゆる面で世話になったし、困ったらいつでも相談に乗ってくれよ!?」

「ありがとうございます。そう言って頂けると助かります」



 目の前の喜びの輪はいつの間にかベァナやメアラにまで広がっていた。


 彼女達は今後の予定について楽しそうに話をする。

 今後着るものの事。

 泊まる場所。

 町の共同浴場に入ってみたいという、ほんのささやかな希望。

 そして見た事も行った事もない場所についての、想像上のお話。



 それらの話は今後の俺にとっても、決して無関係な話ではなかった。





 彼女達はもう農奴では無い。






 俺達の、旅の仲間なのだ。




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