第14話「冒険者ギルド」

 窓から差し込んでくる日差しの暖かさで目を覚ます。


「んん……おはよう、マナ」

「おはようございます、ご主人様」


 まだ寝ていたい気持ちでいっぱいだったが今日は朝から行かなければならない場所がある。

 二度寝してしまわないように無理やり身体を起こして思いっきり背筋を伸ばした。


「また魔法の修練か?」

「はい、昨日も私の力が足りないばかりに不甲斐ない姿をお見せしてしまいました」


 マナの魔力制御の修練は今日に始まったことではない。兎人族の一団と出会った日から毎朝欠かさず行っている。

 俺は魔法が使えないので詳しくはわからないが、この世界では魔力の総量を後天的に増やすことができるらしい。


「不甲斐なくなんてないだろ、マナの援護がなければ俺はグルドに殺されてたかもしれない。不甲斐なかったのはむしろ俺の方だよ」

「私だってご主人様の助けがなかったらどうなってたかわかりません! ご主人様は凄いカッコ良かったです」


 お互いに自分が不甲斐なかったのだと伝えるように視線を交差させる。

 しばらくして「ぷはっ」と同時に吹き出して二人揃って笑い声を上げた。


「でも今回みたいにやむを得ず戦わなきゃいけないってこともあるだろうし、戦い方は最低限学んでおきたいよなぁ」

「……そうですね、不測の事態に備えて自衛の手段は持っておくべきかと思います」


 きっと本音では危ない真似はしてほしくないのだろう。

 しかし俺は今回のことで改めて痛感した……失うことの怖さを。だからこそマナには悪いがこればかりは譲るわけにはいかない。


 不貞腐れるような表情を浮かべているマナの頭を強引にわしゃわしゃと撫でまわす。


「なっ、何をするんですか!?」

「何となく撫でたくなったんだよ」

「これは撫でているとは言いません!」


 文句を言いながらもマナは気持ち良さそうに目を細めて頭を押し付けて来る。

 気の済むまで撫でまわしたい衝動に駆られるが、中断している魔法の修練の邪魔をしても悪いだろう。


「それじゃあ俺は先に井戸で身体を洗って来るよ」


 そう言って俺はタオルを手に部屋を出た。


「……ご主人様の意気地なし」


 扉越しにマナの声が微かに聞こえたが、きっと魔法の詠唱か何かだろう。

 


――それから宿で朝食を済ませた後に予定通り冒険者ギルドへと向かった。


 冒険者ギルドは想像していた通りの佇まいだった。

 一言で言えば古臭い酒場のような感じだ。建物自体の大きさもそれなりで、周りの建物の三、四倍の広さはあるだろう。


 意を決して中に入ると既に多くの冒険者が集まっていた。


「見て見ろマナ、ケモ耳がたくさんだ!?」


 ついつい興奮を隠せずに隣にいたマナの肩を叩く。

 犬人族に猫人族、虎人族などぱっと見でわかるほど多種多様な種族の冒険者がいた。


「ご主人様、お願いですから変な気は起こさないでくださいよ? 悪目立ちするような行動は慎んでください」 

「事前にケモ耳を触らせてくださいって言ってもだめかな?」

「当たり前です」


 入口で立ち止まっているのが不自然だったのか、いつの間にか冒険者たちの視線が集まってしまっていた。

 

「とりあえず冒険者登録するか」

「そうですね」


 流石に周囲の目が気になったので早々に受付へと向かう。

 しかしその途中、柄の悪そうな人間の冒険者がわざとらしく通路に足を延ばしてきた。


 これはあれだ、足がぶつかったところで被害者面して絡んでくる定番のイベント。

 選択肢としてはこのまま足を引っかけられて転ぶか、逆に足を蹴って強気な態度で迎え撃つかのどちらかだが、マナに釘を刺された手前、選択肢はないようなものだ。


「うわっ、痛てて……今日はついてないなぁ」

「大丈夫ですか、ご主人様?」

「あぁ、大丈夫だ」


 仕方がないので言いつけ通り目立たないように演技をすると、演技だと判っていても見ていて良い気はしないのかマナは何とも言えない表情をしていた。


「何だよその女は奴隷かよ! 奴隷の前で無様な姿晒しちゃ世話ねぇな、ご主人様!?」

「「ギャハハハッ!」」


 足を引っかけて来た男がそう言うと同じテーブルを囲んでいた仲間二人が笑い声を上げる。


 俺が馬鹿にされる分には構わないのだが、マナを奴隷呼ばわりされたのは非常に腹が立つ。


 しかしここは我慢の時――


「奴隷じゃないですよ、マナは俺の家族です」

「人間と亜人が家族? ギャハハハッ、馬鹿言ってんじゃねぇよ!」

「……」


 そうか、これが女神様が言っていた亜人差別の一端なんだな。

 これまで会ったアルドや宿屋の親子はたまたま偏見を持たない人族だったのだろう。


 すると目の前の男が立ち上がってマナに視線を向ける。


「よく見りゃ案外良い顔してるじゃねぇか、特別に俺らのパーティーに入れてやるよ。夜の相手ぐらいは役に立つだろうからな!」

「そりゃあ良いねぇ!」

「そんなヒョロイ男より楽しませてやるぜ?」


 男が薄汚い笑みを浮かべながらマナの顔に手を伸ばし始めたので俺は空かさずその手を掴み上げた。


「あー、それは駄目だ。マナに危害を加えるつもりなら話は変わってくる」

「いででででっ! テメェ何しやがる! さっさとその手を放しやがれ!?」

 

 仕方なく俺が手を放すと男は腰に下げた剣に手を当てる。


「てめぇ舐めた真似しやがって、只で済むと思ってんのか!?」


 いやいやマジか、言い掛かりにも程があるだろ。

 こっちとしては完全な正当防衛のつもりだったのだが、この世界の常識的にどうなんだろうか?


 そこらへんの確認をしようとすると、マナは既に俺の横に立って迎え撃つように臨戦態勢を取っていた。

 柄の悪い冒険者三人組からはグルドと対峙した時のような圧は感じないが、武器を持っている以上油断して良い相手ではない。


 できるだけ戦いは避けたい、でもこのままやられるのは論外。

 さてどうしたものかと考えていると冒険者たちの視線がギルドの入り口へと集まった。


「お前ら、そこで何をしている?」


 現れたのは狼人族の大男、身長は二メートルはあるだろう。

 ぱっと見で分かるほど鍛え上げられた肉体と背に担いでいる俺の身長ぐらいある大剣は、彼が只者ではないことを物語っている。


「チッ、めんどくせぇ奴が来やがったな……」

「こいつが舐めた真似してくれたからその落とし前を付けさせるのさ」

「そうだぜ、これはこいつと俺らの問題だ。いくらお前でも口を挟む義理はねぇよな」


 狼人族の男は俺の首元に一瞬目を向けると、すぐに三人へ視線を戻した。


「見たところ冒険者ですらないようだが?」

「どのみち冒険者になりに来てんだから同じようなもんだろうが」

「……そうか」


 狼人族の大男は俺たちの間を通ってギルドの受付へと向かって行く。


 おいおい、ここは助けてくれる流れじゃないのかよ!?


 嘘だろと思いつつその背を目で追っていると、大男は途中で立ち止まって振り返って来る。


「一つだけ忠告しておいてやる。痛い目見ない内に引き下がることだ」

「あぁ、そりゃ無理な話だ。このまま見逃すわけねぇだろ」

「勘違いするな、引き下がるのはお前たちの方だ」


 その言葉の意味が理解できていない男たちが困惑していると大男がこちらに視線を向けてくる。


「街に入る際に衛兵から興味深い話を聞いた。黒髪の人間の男に犬人族の女、お前たちだろう? 土影の団を壊滅させた二人組と言うのは」


 大男が質問してくるとギルドにいた冒険者たちがざわつき始めた。


「マジかよ、土影の団ってあのグルドが率いてるとこだろ?」

「流石に冗談じゃねぇか?」

「でもそれがマジならあいつらじゃ歯が立たねぇな」


 さっきまでは関わりたくないと言わんばかりにそっと様子を窺う程度だった冒険者たちが、今では打って変わって興味深そうな視線を向けて来る。


 目立ちたくないので否定しようかとも考えたが、もう既に悪目立ちしているので逆にこの話に乗っかった方が面倒ごとが少なく済むだろう。


「壊滅までさせた覚えはないんですけどね」

「グルドを捕らえたなら壊滅したも同然だ」

「冗談も大概にしろよ、こんな奴が土影の団を壊滅なんてできるわけねぇだろ!?」

「俺が冗談を言うと思うのか? まぁ、気になるなら衛兵に聞いてくればいい。だが忠告はしたぞ」


 これ以上関わるつもりはないのか、狼人族の大男は受付に向かうなり魔物の素材らしきものを取り出して受付嬢と話しを始めた。


「チッ、クソが。お前ら行くぞ」


 三人組はバツが悪そうに冒険者ギルドを出て行った。

 謝罪も無しかよと文句を言ってやりたい気持ちもあったが流石に我慢しておく。


「なんだか目立っちゃったな」

「今回ばかりは仕方ありません。黙っていても遅かれ早かれ明るみにはなっていた話ですし」

「それもそうか」


 周りの視線がどうにも気まずいので、俺たちも冒険者になるべくギルドの受付へと歩き出した。

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