第13話「旅の癒し」

 自分が引いて来た馬車に轢かれるという珍事が起きた結果、俺は地面に正座させられていた。


「こちらに来てからご主人様は浮かれてばかりです! 今回だって私の方針ならこんな醜態を晒さずに済んだはずですよね!?」

「……いや、それは結果論で――」

「口答えしないでください!」

「……あ、はいすみません」


 かれこれ三十分、マナのお説教が続いている。


 俺を轢いた馬車は城門に衝突する勢いだったが、直前でマナが発動させた風魔法で強引に馬車を減速させたお蔭で衝突することは回避できた。

 しかし急停止したことで積み荷は再度散乱してしまい、乗っていたマナとエギンガルも衝撃で幾つもの打撲を負っていた。


 盗賊たちも小さくはない衝撃を受けて苦悶の表情を浮かべていたが、命があっただけマシだろう。


 幸いなことにマナもエギンガルも回復魔法ですぐ治療ができる程度だったので大事にはならなかった。

 事情を知らない衛兵たちは臨戦態勢のまま様子を窺っていたのだが、エギンガルが事の経緯を説明することで一先ず剣を納めてくれていた。


 エギンガルと話していた衛兵の一人がこちらに向かって来る。しかしマナの剣幕を前に足を止めてしまった。


 まぁ、俺が同じ立場だったとしても割って入ろうとは思わない。


 いつまでお説教が続くのかなと悲観に暮れていると、救世主が現れる。


「マナさんや、レン殿も反省しているようじゃし、その辺で許してあげたらどうじゃろう?」

「はい、反省しております」


 ここはエギンガルの優しさに縋ることにしよう、この好機を逃せば終わりが見えない。

 「むー」っと口を結ぶマナもエギンガルにはあまり強く言えないのか小さく息を吐いて頷いた。


「エギンガル殿が土影の団に襲われているところを通りがかったお二人が助けた。という事実に間違いはありませんか?」


 タイミングを見計らっていた衛兵が尋ねてくる。


「正確には先に盗賊らしき集団がいることに気付いてから、馬車が襲われるのを見て慌てて助けに向かったという感じです」

「そうですか、衛兵の一人として感謝申し上げます。まさかこんな街の近くに土影の団が潜んでいたなど予想外でした。私共がもっと巡回を強化していればこのようなことも起きなかったかもしれません」


 衛兵が俺たちに頭を下げて感謝を告げて来た。

 その姿からこの衛兵はただの仕事としてだけではなく、確かな正義感を持っているのだと見て取れる。


「そう悲観するでないわ。普通ならあり得んタイミング……初めから儂が嵌められておったのよ。護衛として雇っていた冒険者が急に依頼を辞退したのも今にして思えば不可解じゃ。何かしらの工作があったのじゃろうて」

「その件に関してもこちらで調べたいと思います」


 冒険者が土影の団の黒幕と繋がっていた可能性があるということだろうか。裏金を渡して依頼を辞退させたのかもしれないが、それも素人の考え。あまり深く考えても仕方ないことだろう。


 一先ず今後の予定として俺たちにはしばらくの間ハリエナに滞在してほしいとのこと。

 滞在することに対しては始めからそのつもりだったので問題はないが、グルドを捕まえたことで領主から褒賞が与えられるのは間違いないらしい。


 正直な話、異世界で面倒ごとに巻き込まれると相場が決まっている貴族に関わるのは御免被りたいところだが、面と向かって拒否すればより面倒な問題に発展するかもしれない。


 とりあえずこの場は従う他ないだろう。


「二人は今日の宿は決まっておるのか? もしまだ予定がなければ儂がこの街一の宿を手配するぞ」

「いえ、決まってはいないんですが、まだ旅にも慣れてないので宿は自分たちで借りることにします」

 

 エギンガルの申し出は非常にありがたいのだが、異世界に来て初めて借りる宿が高級宿ではこの先が思いやられる。


 身の丈に合ってない贅沢は極力控えるべきだろう。マナも俺と同じ考えなのか肯定の意味を込めて頷いている。


「そうか、なら無理強いは止めておくかのう」

「それなら月明かりの憩いって宿がオススメですよ。宿代も割安ですし、従業員の対応も誠実ですので安心して頂けるかと」

「本当ですか? ならとりあえず今日はそこにしようかな。マナもそれで良いか?」

「はい、問題ございません」


 ここは素直に衛兵の人のアドバイスを聞こうと思う。この人の勧めならば間違いはないだろう。


「では、宿までご案内しますよ」

「良いんですか?」

「これぐらいお安い御用です」

「そうですか、ならお言葉に甘えて」


 既に日も暮れているので、早々に宿へ向かうことにした。

 思わぬ騒動に巻き込まれてしまったので心身共に疲労が溜まっている。マナに関してはかなりの数の魔法を使用しているので俺以上に疲れているはずだ。


 その証拠に心なしか犬耳が項垂れるように下を向いている。

 前の世界でもそうだったが、マナはご飯が欲しい時やトイレに行きたい時など、言い出しにくいようなことを隠す時にその仕草が出る。


 今とは違い言葉は話せなくとも、心だけは確かに通じていたのだ。


 宿に向かおうとするとエギンガルに呼び止められ、すぐに積み荷から革袋を持ってきた。


「とりあえずこれだけでも受け取ってくれ」


 手渡されたのは金貨一枚。今の俺の手持ちは兎人族に貰った銅貨二十枚程。銀貨すら飛び越えた金貨の相場など想像もできない。

 現に衛兵の人が金貨を見て何とも言えない表情をしている。


「いや、こんな大金受け取れませんよ」


 相場は知らなくとも一旅人が持って良い金額ではないのは間違いない。


「そう言うでない、これは正当な報酬の一部じゃ。これだけでは足りなさ過ぎるぐらいじゃが、今大金を渡されても逆に困るであろう。一先ずもしもの時の保険に持っておくが良い」

「私も受け取るべき報酬だと思いますよ。グルドを捕らえることができたのは称賛されるべき功績です。土影の団の総数は百を超えますが、グルドがいなければ土影の団は壊滅したも同然。残党も遠くない内に全て捕まえることができるでしょう」


 ここまで言われてしまったら受け取らないわけにもいかない。使い道をどうするにしろ素直に受けることにした。


「わかりました、ありがとうございます」


 受け取った金貨はマナに渡しておく。俺が持っていたらうかっり落としてしまいそうで怖い。


「エギンガルさんもまだこの街に滞在するんですよね?」

「そうじゃな、黒幕の件も含めいろいろと騒がしくなるじゃろうて。当事者の儂は引っ張りだこであろう?」

「ははは」


 急に話の矛先を向けられた衛兵は苦笑いするしかなかった。


「では、また会いましょう」

「うむ、そうじゃな」


 別れ際に握手を交わしてから宿へと向かった。



――月明かりの憩いに到着すると想像していたような異世界の宿屋がそこにはあった。


 高級差は感じないが決しておんぼろ宿というわけでもない。正にいい塩梅の宿と言える。


「それではレン殿、マナ殿、私はこれで。もし何かあれば私の名前を出していただいて構いませんので。無下には扱われないはずです」

「「ありがとうございました」」


 感謝を告げると衛兵のアルドは去って行った。

 アルドは親切にも道中にいろいろとハリエナのことを教えてくれた。冒険者ギルドの場所や食堂の場所など、店の評判も含めて詳しい内容だった。


「いらっしゃい! 泊まりなら一泊が銅貨四枚、追加一枚で一食用意するよ。食事だけなら適当に空いてる席に座ってちょうだいな」


 宿に入ると客に料理を運んでいた女性がこちらを見て声を掛けて来た。

 こっちが初めての利用だと把握しているようで料金の説明もしてくれる。アルドの言っていた通り人当たりの良さそうな人物だ。


「食事はどうする?」

「ご主人様が食べるのであれば私も同席致しますが」

「正直いろいろとあり過ぎて疲れてるからあんま食欲ないんだよな」

「……実は私も」


 食事は明日にして今日は早めに休むことにする。


「今日は泊まりだけでお願いします。明日の朝食は追加で」

「はいよ、ルナ! お客だよ、案内してやりな」

「こちらにお願いします」


 入口付近は食事スペースになっていて宿のカウンターは少し奥にあるようだ。そこで宿の娘らしき子が手招きをしている。


「何泊しますか?」

「とりあえず三泊お願いするよ」

「お部屋は一つですか? 二つですか?」

「部屋は一つで」

「え!?」


 宿の娘と話を進めていると横で聞いていたマナが驚いたように声をあげる。


「何か問題があるのか? 二部屋だと宿代も倍になるだろ」

「そ、それはそうですが……」


 何故かマナは顔を赤くして狼狽えている。


「もしかして一緒に泊まるのが嫌なのか?」

「そんなことはありません! しかし、私は犬人族ですし……」


 一緒に泊まるのが嫌なわけではないらしいが、ごにょごにょと小さな声で何かを言っている。


「今更恥ずかしがることないだろう。これまでだってずっと一緒に寝てたんだから」

「っ!?」

「……はわわわっ」


 こっちの会話が耳に入った宿の娘は赤くした顔を両手で隠している。確かに事情を知らない人が聞けば恥ずかしい内容だったかもしれない。


 恥ずかしがっているマナの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、俯いたままそれ以上口を出すことは無かった。


「さ、三泊で銅貨十二枚になります。食事代はその都度支払いをお願いします――」


――それから宿を利用するにあたっての注意事項を聞き終えてから部屋に案内された。


 宿の娘が持って来てくれた水の入った桶とタオルで身体を軽く拭う。荷物を適当に部屋に置いてからすぐにベッドに入った。


「俺はもう寝るけど、マナも寝るよな?」

「は、はい!」


 身体を拭き終えたマナが恐る恐るといった風に同じベッドに入って来る。

 こうしてベッドで一緒に寝るのは何時以来だろうか。あの頃と比べるとマナはのサイズは明らかに大きくなっているが、すぐ傍にマナがいる安心感には何の変りもない。


 昔のように横になりながらマナの耳をモフっていると、すぐに眠さがやってきて俺の意識は闇へと落ちていった。

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