第12話「土影の団」

「……ふぅ、何とかなったな」

「はい、そうですね」


 盗賊のリーダーを倒してマナの援護に向かった俺は、間一髪のところで駆けつけることに成功した。

 盗賊たちはマナを囲んで同時に攻める算段だったらしいが、攻撃に出る前に俺が来たことで逃げ惑うように散っていった。

 

 自分たちのリーダーが倒されたのがよっぽど衝撃だったのかもしれない。

 そうでなくとも軽々と人を投げ飛ばしまくるような相手を前にしたら逃げるのも無理はない。


「ご主人様、御者の人の元へ行きましょう」


 マナの指示に従って急いで倒れた馬車へと向かう。


「大丈夫ですか!?」

「うっ……うぐ、馬が急に」


 どうやら落下した衝撃で気絶していたらしい。気絶した後に止めを刺されていなかったのは不幸中の幸いだった。

 マナが回復魔法を掛けながら呼びかけると犬人族の老人が目を覚ます。


「安心してください、盗賊たちは撃退しました」


 身体を起こした老人は慌てて辺りを見回し始めたので落ち着かせるように何が起きたのかを説明した。



「そうか、盗賊じゃったか。命を救われたようじゃな、礼を言うぞい」


 老人は俺たちに向かって深く頭を下げてくる。

 マナと同じ犬耳があるので犬人族なのは間違いないが、全員が同じ見た目なわけではないらしい。この辺りは前の世界にいた犬と似たような感じだ。

 

「気にしないでください、俺たちもたまたま通り掛かっただけなので」

「それでもじゃよ。儂が襲われている内に逃げることもできたろうに」

「それはそうですけど……」


 確かに老人の言う通りなのかもしれないが、目の前で襲われている人を見て見ぬ振りはできない。

 見捨てると言う選択肢は初めから存在しなかった。


「そういえばまだ名乗っていなかったな。儂はエギンガル、しがない商人じゃよ」

「俺はレン、こっちがマナです。ちょうどハリエナを目指して旅をしてる途中だったんです」


 回復魔法に集中しているマナの代わりに紹介するが、そのタイミングで何故か魔法が中断される。


「申し訳ございません、魔力が切れてしまいました。何か魔力を回復できる物があればいいんですが」

「それなら馬車の積み荷に魔力ポーションがあるはずじゃ。だが衝撃で瓶が割れているかもしれん……」


 どうやらマナの魔力が尽きてしまったようだ。エギンガルの言葉を聞いて俺は馬車の積み荷を確認しに行く。


 案の定、積み荷は横転した衝撃で散乱していた。一つずつ中身を確認していくとそれらしい物を発見する。

 エギンガルの言う通り大半は瓶が割れて中身が零れていたが、二本だけ無事だったのでそれだけ回収した。


 魔力ポーションを飲んで魔力を回復させたマナがエギンガルの治療を終えると、今度は未だ地面に倒れて起き上がって来ない盗賊のリーダーの元へと向かう。


「……クソ野郎共が」


 盗賊団のリーダーは仲間が逃げた先に目を向けて悪態をついている。


 二十人程いた盗賊団もこの場に残っているのは周りで気絶している四人とこの男を残すのみ。

 本来であれば盗賊全員を拘束するのが理想だろうが、流石に二人で二十人あまりを拘束し続けるのは無理だと判断して逃げる者は追わなかった。


「マナ、何してるんだ?」


 突然マナが盗賊団のリーダーに向かって回復魔法を発動したので慌てて声を掛ける。


「治療をするわけではありません、状態を確認するだけです」

「そ、そうか」

「肋骨を数本、右腕に腰も折れていますね。これだけの怪我ならこれ以上何かする心配もないでしょう。無理にでも身体を動かせば最悪命に関わりますから」

「……この顔、もしやグルドではあるまいか?」


 エギンガルは盗賊団のリーダーの顔を見て驚愕していた。

 

「有名なんですか?」

「土影の団、ここいらでは有名な盗賊団よ。土影の団は手口が巧妙でな、被害は多いんじゃがその統率の取れた犯行から碌な足取りを掴めずにいた。その最たる要因がリーダーのグルド、こやつは元軍人で指揮に長けた男じゃったらしい」

「なるほど」


 確かにただの盗賊にしては統率が取れていると思った。マナが魔法師だと判ってからの対応もかなり早いものだった。

 少し戦える程度の実力では為すすべなく殺されていたはずだ。自惚れるわけじゃないが、唯一の敗因は俺の力を見誤っていたこと。  


 俺はグルドと戦うまで全力を出していなかったので、最後にはグルドの想定を上回る動きで不意を突くことができたのだ。


「どうやら儂は嵌められたようじゃな。此度の犯行は些かタイミングが良すぎる、やはり噂は本当じゃったということか」

「噂ですか?」

「土影の団が貴族と通じているという噂じゃ。こやつらの犯行は毎回相手の行動を予め知っているような周到さじゃったからな」

「ふむふむ」

「儂は先日大きな商談を終えたばかり。そして何を隠そうその相手というのが噂の張本人、ライモンド・クルース子爵なのじゃよ」


 衝撃の事実と言わんばかりに目をくわっと見開いたエギンガルは断言する。


 やはりこの異世界にも貴族というものが存在するらしい。しかも貴族と盗賊が結託しているとかなんとか……

 入って来る情報が多すぎて何がどうで今がどんな状況なのかさっぱりわからない。


「それなら納得がいきます。街道のど真ん中で犯行に及ぶなど、盗賊にしては大胆過ぎるなと思っていました」


 流石はマナ、今の話だけで全てを理解しているようだ。

 最悪、困ったらマナに聞けば何とかなるだろう。他人任せすぎるかもしれないが適材適所という言葉もある。


 ……うん、任せよう


 それから盗賊を拘束してハリエナに向かうことになったのだが、そこでひと悶着が起きた。


「そんな奴隷のような真似をご主人様にさせるわけにはいきません!」

「いや、でも――」

「でもじゃありません! 私は絶対に反対です!」


 頑として首を縦に振らないマナが俺の前に立ちはだかる。


 横転した馬車は所々破損していたが、車軸や車輪が無事だったので応急処置だけで走ることは可能だった。

 問題なのは馬車を引く馬がいないこと。弓矢を受けた馬は残念なことに息を引き取っていたので丁重に埋葬した。


 その後、俺自身が馬車を引けばいいじゃないかと妙案を思いついたのだが、マナが中々納得してくれない。


「人力車ってあっただろ? 別に言うほど変なことじゃないと思うんだが」

「こちらではそれは奴隷が行う労働なんです」

「じゃあどうやって街まで向かうつもりだ?」

「エギンガルさんが仰ったように街道を通る人に言づてを頼めば良いと思います」


 このままではどこまで行っても平行線なので、公平な勝負でどちらにするか決めることにする。


「ならじゃんけんで勝った方の言うことに従うってのはどうだ?」

「……わかりました」


 じゃんけんは頑固者ほどグーを出しやすいと聞いたことがある。

 加えて俺が直前でパーを出すと宣言すれば頑固者のマナは裏の意図を読もうとして焦る。そうなれば結局別の手を出せずに高確率でグーを出してしまうはずだ。

 古典的な戦法だが今のマナを見れば簡単に引っかかることだろう。


「俺はパーを出すからな? 最初はグー、じゃんけん……」


 結果は予想した通り。

 マナは膝から崩れ落ちて愕然としているが、悪知恵を働かせることに関しては俺が上手だったようだ。

 

 あまりもたもたしていては日が暮れてしまうので、エギンガルに俺が馬車を引くことを説明して横転した馬車を起こす。


 何を言っているのかと訝し気な顔をするエギンガルだったが、馬車を持ち上げる光景を目の当たりにしてからは口を挟んでくることは無かった。


 準備ができると俺は手綱を持ってゆっくり馬車を引っ張ってみる。

 やはり思ったほど重いとは感じなかったので、速度が出過ぎないように注意を払いながらハリエナを目指す。


 ハリエナまで一本道なので特に迷うなことはなく日が暮れる前に到着することができたようだ。

 遠くからでもわかるほどに頑丈そうな城門が目に入る。


 すぐ近くまで行くと城門の前には数人の衛兵らしき者が集まっていた。

 衛兵たちはこちらに気が付くと何故かそれぞれが腰に下げた剣を抜いて何かを叫んでいるようだった。


 馬車が走る騒音と遠さから何を言っているのか聞き取れないので、とりあえず速度を上げて近づいて行く。


「そこの馬車止まれ! さもなくば敵と見なすぞ!!」


 衛兵たちは止まれと言っていたらしい。辛うじてその言葉が聞き取れたので慌ててブレーキを掛ける。

 馬車を引いているのが馬ではなく人なのだから、衛兵が不信がるのも無理はない。


 しかし俺は肝心なことを失念していた。

 馬車を引く俺だけが急停止したところで意味はないのだと。


「へぶしっ!!」


 俺は急停止した瞬間、後ろから来た荷車に轢かれてしまうのだった……

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