第11話「盗賊団」

 兎人族の人たちと別れてから数日。

 俺たちは現在、兎人族から貰った地図を元にレーズの小侯国『ハリエナ』を目指して歩いていた。


「夜までにはハリエナに着きそうだな」

「そうですね、この林を抜ければ後は街道を真っすぐに進むだけです」


 食料もまだ残っているので問題なく街に辿り着けるだろう。

 兎人族の人達には食料だけでなく銅貨も僅かばかり頂いているので、街に入ればそのお金で宿を借りることもできる。


 本当に兎人族には感謝してもしきれない。


「お、これが街道か。ここを左で良いんだよな?」


 林を抜けると石畳で整備された街道が見えた。広げた地図をマナに見せて確認する。


「はい、左で間違いありません。ここからなら半日程で辿り着けるはずです」

「よしっ、もうひと踏ん張り頑張るぞ!」


 それからハリエナを目指してマナと雑談しながら街道を進んでいると、唐突にマナの表情が険しくなる。

 何かあったのかと聞こうとしたところでマナが俺の腕を引っ張って街道脇の茂みに身を隠した。


「急にどうしたんだ? あぁ、トイ――」

「ち、違います! この先の街道沿いに多数の人間が身を隠しているんですっ」


 声を抑えながらも必死にマナが叫ぶ。どうやらトイレではなかったらしい。


「身を隠してるって、何のために?」

「街道で待ち伏せする理由は一つしか思い浮かびません」

「盗賊ってところか……異世界物の定番と言えば定番だが、素直に喜べないな」


 異世界にやって来た主人公が盗賊に襲われている誰かを助け出す。小説として読めばワクワクする展開かもしれないが、それが現実となれば誰かが不幸になることに他ならない。下手をすれば死人も出てしまうだろう。


 だからこそ――


「数はどれくらいいるんだ?」

「臭いから分かるのは少なくとも五人以上としか……」


 盗賊の狙いが分かればおおよその数は予想できる。

 俺たちのような旅人が相手なら五人程度で十分。それなりに物資を持っている商人などを襲うとなれば盗賊側もそれなりの数が必要になる。


 もう少し近づけばマナの鼻と耳で正確な数を割り出せるかもしれないが、逆にこちらが襲われる危険も高くなる。そもそも街道には身を隠せる場所は殆どないので全く気付かれずに接近するのは困難だ。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、盗賊たちがいるであろう場所の更に先に馬車のような影が目に入る。


「クソっ! 考えてる暇はないようだ、行くぞ!」

「はい、ご主人様!」


 マナが追い付ける速さで街道を走っていると案の定、狙いすましたかのように馬車を狙って盗賊が姿を見せる。

 盗賊の一人が弓矢で馬を狙い撃ち、負傷した馬は街道を逸れて地面へと倒れ込む。その結果、馬車は激しく横転してしまった。


 盗賊は見えるだけでも二十人程。馬車から放り出された御者の人も無傷では済まないだろう。

 状況はかなり厳しいと言わざるを得ない。


 勝てるのか? あの数に……


「何だてめぇら!」


 どうやら奇襲をする前に気づかれてしまったようだ。遮蔽物の無い一本道なのだから無理もない。

 最後尾にいた盗賊の一人がこちらに気が付いて叫ぶと、呼応するように隣の盗賊も腰に下げた剣を抜いた。


 あの剣で斬られれば死んでしまうかもしれない。


 偽物ではない本物の剣と殺気を前に思わず足が竦んでしまう。

 すると後ろにいたはずのマナが俺を追い越して前に出る。


「お任せくださいご主人様!」

「マナ!?」

「ウィンドスラッシュ!」


 走りながらマナが魔法を発動すると、生み出された風の刃は盗賊の太腿を切り裂いた。


「「うぐああぁああ!」」


 痛みのあまり盗賊は手にしていた武器を放り投げて地面に蹲った。


「敵に魔法師がいるぞ! 散らばって接近戦に持ち込め!!」


 横転したば馬車を囲っていた盗賊の一人が仲間に指示を出すと、十人程の盗賊が俺たちの後ろを取るように左右に素早く展開する。恐らくあの男が盗賊のリーダーなのだろう。

 盗賊は野蛮で自分勝手な者が集まっているイメージだったが、この盗賊たちはそれなりに統率の取れた集団らしい。


 マナは何度も風の刃を飛ばしているが、相手との距離が遠いため上手く対処されてしまっている。それにマナの魔力が何時まで持つかもわからない状況だ。


「マナ、自分の身を守ることを第一に考えろ。余裕ができた時にだけ援護してくれればいい」

「それではご主人様の身が!?」

「なにも無策なわけじゃない、勝算はある。俺を信じろ」

「……わかりました。でも無茶だけはしないでください」

「あぁ、お前もな」


 グラスとのやり取りで俺のステイタスが冒険者でいうCランクに値するのはわかっている。それが本当ならこの世界の強さで言えば平均並みの力は持っているはずだ。

 過信は禁物だが、目の前の盗賊たちがあのシルバーグリズリーよりも強いとは思えない。


 勝つための力はある。足りない物は唯一つ……


 やらなければやられる、それが当たり前の世界。相手は躊躇なくこちらを殺しに来るだろう。

 向けられる殺気、刃物に矢。怖いと言えば嘘になる。ついさっきも足が竦んでしまい守るべき存在であるマナに助けられてしまった。


 だからこそ怖い。自分の命ではなく、マナが危険に晒されるのが。


 失う辛さは知っている。だからこそ俺は――


「勇気を振り絞れ」


 誰に聞かすわけでもなく、ただ自分に言い聞かせるように呟いて全力で地面を蹴った。


 長剣を持っている相手に正面から無策で突っ込むのは自殺行為。狙うのは弓を持っている盗賊。

 超人的な身体能力のお蔭で弓を放たれる前に懐に入ることに成功する。盗賊が慌てふためいている隙に胸倉を強引に掴む。


「うおりゃあああ!!」


 近くにいた他の盗賊へ向けて思いっきり投げ飛ばした。


「「ぐはっ!」」


 人がそれなりの勢いのまま飛んでいけば投げ飛ばされた側もぶつけられる側もただでは済まないだろう。

 本気で殴りかかれば容易に盗賊を殺すことができるだろうが、殺すのは最後の手段だ。殺さなくて済むならそれに越したことは無い。


 なるべく隙の多い者を狙って一人、また一人と投げ飛ばして戦闘不能にしていく。

 半分程数を減らしたところで流石に不味いと思ったのか、指示を出していた盗賊のリーダーが腰に下げた長剣を抜いて自ら向かって来た。


 あの男が他の盗賊よりも危険なのは間違いない。だからこそ動きを見逃さまいと注視していたのだが、間の悪いことに長剣を持った別の盗賊が斬り掛かって来る。

 幸い気付くのが早かったので攻撃を躱して直ぐに投げ飛ばすことができた。


「っ!?」


 しかしその隙に盗賊のリーダーの姿が視界から消えていた。

 ゾクゾクっとした悪寒が背筋を走ると同時に振り返るが、目の前には既に長剣を振りかぶっている盗賊のリーダーの姿が映る。


「……取った」

「ウィンドスラッシュ!」

「クソがっ!?」


 マナの援護のお掛けで僅かに剣の軌道が逸れる。掠った髪の毛が数本宙に舞った。

 息を突く間もなく盗賊のリーダーは二撃目の攻撃を放ってくる。


 不格好にも後ろに飛び込むことでなんとかその攻撃を回避することができたのだが、今度は空いた左手を前に突き出してくる。

 その見慣れた動作が何を示すかは明白だ。


「魔法!?」

「ロックブラスト!」

「プロテクション!!」


 地面を抉るように爆砕して岩の礫を飛ばしてきたが、またしてもマナの援護に助けられる。

 俺の前方に出現した障壁はガキンッと何度も音を立てて礫を弾いていく。障壁が無ければ近距離から広範囲に放たれた礫を回避することはできなかっただろう。



「何を見てやがる! てめぇら全員で魔法師の女を潰して来い!!」

「いいんですか頭? 獣人ですがこいつはかなりの上玉ですぜ」

「気持ちはわかるが諦めろ、恐らくこいつはかなりの手札を持ってる魔法師だ。今は悠長に時間も掛けてられねぇ、確実に殺せ!」

「わかりやした」


 盗賊のリーダーが周りで様子を窺っていた仲間に指示を出す。

 やはりこの盗賊のリーダーは油断できない者のようだ。冷静に分析する判断力と荒くれ者の盗賊たちを纏める統率力。

 

 魔法で牽制しながら一定の距離を保っていたマナも多勢に攻められれば厳しいだろう。こちらの焦りを察してか盗賊のリーダーは俺をマナの援護に行かせないような位置に立っている。


 元々病人だった俺に武術の心得なんて物は皆無。素手で刃物の対処なんて何度もできるはずがない。


 それが相手にバレれてしまえば即ゲームオーバーだ。


 しかし現状は俺よりマナの方をより危険視しているのは間違いない。だからこそ警戒が薄い今、こちらが先手を取る最大のチャンス。


 迷っている時間はない、最速でこいつを倒す!


 俺はシルバーグリズリーを倒した時のように全力で地面を蹴った。


「何!?」


 通り過ぎざまに盗賊のリーダーの顔面を右手で掴み、その勢いのままに地面へと叩きつけた。


「ぐはぁ!!」


 衝撃のあまり盗賊のリーダーは血を吐いて呻き声を上げる。流石に今の衝撃を受けてすぐに動くことはできないだろう。

 俺はすぐさま反転してマナの援護へと向かう。


「マナあああ!」

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