第10話「別れと旅たち」

「想像してたほど大したことはねぇだろ?」


 兎人族の能力についてグラスは隠すこともなく説明してくれた。


 自分の命に関わるような危機が迫った時にそれを漠然と知ることができるが、それが何時何処で何が起きるかを把握するのは難しい。と言うものらしい。


 俺が想像していたほど万能なものではなかったが、それでも便利な能力には変わりない。


「まぁでも、命が助かることに越したことは無いですよ」

「ガハハハッ、そりゃあそうか。命あっての物種って言うしな!」

「ハハハッ、そうですね」


 二人で話し込んでいると、いつの間にかマナは子供たちに囲まれていてせがまれるように魔法を披露しているようだ。


「それにしても嬢ちゃんはすげぇな」

「マナがですか?」

「獣人は身体能力が高い代わりに魔法適正が低い傾向にある。火風土水光闇の内、適正が二つあるだけでも大したもんって言われるんだぞ」

「じゃあ全属性に適正があるマナって……」

「実力主義の獣王国でも間違いなく特別待遇で向かい入れられるだろうな。レーズに行っても冒険者パーティーから引く手数多なのは間違いねぇ」

「そりゃあ凄い」


 それは女神セレンから与えられた才能だが、生かすも殺すもマナ次第と言われていた。

 きっとマナならば才能に驕ることなく弛まぬ努力によって自分自身の力とすることだろう。

 マナの成長が楽しみだなと物思いにふけっていると、グラスがどこからか持ってきたテーブルを俺の目の前にドンッと乱暴に設置する。


「こりゃあ単なる俺の勘だが、お前さんも只者じゃねぇよな? っか、お前さんの方が嬢ちゃんよりもヤバそうに思えてならねぇ」


 グラスは袖を捲った腕をテーブルに乗せる。

 それを遠目に見ていた兎人族の人たちが興味深そうに集まりだした。

 これは誰がどう見ても腕相撲をやる気なのだろうが、俺としては全くやる気にならない。なぜならグラスの腕がプロレスラーばりにムキムキに鍛え上げられてるからだ。


「頑張ってください、ご主人様!」


 背後から送られてくる期待に満ち溢れた暖かい声援。


 あぁ、これ引けないやつだ……


 もうどうにもなれと俺は腹を括ってグラスの手を握る。

 俺の身体も女神セレンによって化け物染みた力を与えられているので、勝てる可能性は十分にあるはずだ。


「よーい……始め!!」

「ふんっ!」


 誰かの掛け声と同時にグラスが先に仕掛けてくる。

 その気迫に気圧されて反応が大分遅れてしまった俺は敗北を察したのだが、実際にはそうならなかった。


 ……演技ってわけでもなさそうだし、もしかしてこれが全力なのか?


 グラスの必死な表情と筋肉や血管が隆起した太腕を見れば手加減などしていないことは明らかだ。


 非現実的な光景に戸惑ってしまうが、翌々考えたら俺が吹き飛ばしたシルバーグリズリーはグラスの数倍の体躯を誇っていた。それを考えればこれが自然な結果な気もする。


 試しに力を込めて見ると、呆気なくグラスの手がテーブルに押し付けられた。


「「「うおおおお!」」」

「グラスが手も足も出ないなんてな!」

「見かけによらず凄いじゃないか!?」

「「「レンすげー!」」」


 周囲の人たちが歓声を上げている中、マナは「流石はご主人様です」と何故かドヤ顔で頷いている。


「結構鍛えてるつもりなんだが、所詮はEランクってことか」

「Eランク?」


 気になる単語が聞こえたので聞き返してみる。


「俺はこの中で力が一番強くても冒険者で言えば実力もステイタスもEランク程度だ。こうまで歯が立たねぇってなると、お前さんは少なくともCランク以上のステイタスは持っているだろうよ」

「……なるほど」


 確かシルバーグリズリーがDランクだったので、強さ的に言えばEランクのグラスさんはその下と言うことか。

 冒険者ランクの基準がどう定められているのかはわからないが、正直な話Bランクぐらいには位置している気がする。


 この世界での実力がどれくらいのものなのかは早急に把握しといた方がいいかもしれないな。


 やはり生きていく上で自分に何ができて何ができないかというのは絶対に知っておくべき情報だ。命の危険が多いこの世界では尚更のこと。


 ――それから子供たちの興味が俺に移ったことで、騒がしくも楽しい夜が過ぎて行くのだった(モフモフって最高だな)



 翌日


「じゃあ、そろそろ俺らは行くぜ」


 昨夜の盛り上がりも束の間、早朝から兎人族の人達は旅の準備を済ませていた。


「いろいろとお世話になりました。こんな物まで頂いてしまって……」


 俺は背負っている荷物が詰まったバッグに視線を向ける。

 旅には要り様だろうと兎人族の人達が用意してくれた物だ。


「何言ってんだ、俺達だって水や保存魔法のお蔭で十分助けてもらってる」

「そうだぜ! これで当分の間は水に困らねぇし、食料だって長持ちする」

「保存魔法なんてめったに使ってもらえないんだから、逆に申し訳ないわよ」


 兎人族の人達が感謝を伝えてくる。

 返せる物が無くて申し訳ないと俺が考えていたら、いつの間にかマナが手を回してくれていたのだ。


 長期間の旅に水や食料の確保は死活問題。

 それを直ぐに察したマナが樽いっぱいになるまで魔法で水を補充し、食料には保存魔法を施していた。

 保存魔法は日保ちが倍ぐらいに伸びるらしく、主に女性の人達から大好評だった。


 本当にマナは気遣いができて優秀だ。ちなみに俺は何もしていない。


「また、会える?」


 トテトテと可愛らしく俺達の前にやって来たナーシャが寂しそうな表情で見上げて来た。


「生きてりゃまた会う機会なんていくらでもあるさ」

「ご主人様の言う通りです。また会いましょうね」

「うん!」


 ナーシャは満面の笑みを浮かべてハルラの元へ走って行く。視線を向けるとハルラも笑みを浮かべて手を振ってくれた。


「レンに会えて本当に良かったぜ! 全員が全員そうじゃねぇのは分かってるが、それでも人間にもレンみたいな奴がいるんだって知れたからよ!」

「お前みたいな人間初めて会ったよ」

「人間も捨てたもんじゃねぇな!」

「こちらこそ皆さんに出会えて良かったです!」


 兎人族の人達はいろんな人間を目にしてきただろう。その中にはきっと嫌な記憶も多いはずだ。

 幾ら感情を読み取れる力があるとしても、これまで人間に抱いていた気持ちが簡単に消えるわけはない。それなのに皆は俺達を信じてくれた、まるで家族として向かい入れてくれたように。それが何よりも嬉しかった。


「それじゃあな、レン、マナ!!」

「「はい、さようなら!」」


 俺達は「さようなら」と声が届かなくなるまで手を振り続けるのだった。




「泣いているのですか?」


 いつの間にか涙が溢れていたらしく、心配そうにマナが俺の顔を覗き込んでくる。


「どっちかって言うと嬉し涙だよ、今までは別ればかりしてきたからな」

「……はい」

「でももう別れて終わりじゃない、また会えるんだよ。それが嬉しくてたまらないなって思ってさ」

「そうですね、私もそう思います」


 俺は涙を拭って後ろを振り返る。


「それじゃあ俺達も行くか! 何時までも立ち止まってるわけにはいかないからな」

「はい、お供します!」

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