第9話「ゼレン教」
兎人族の人たちは俺たちを歓迎するために宴会を開いてくれるそうだ。出会ったばかりで申し訳ないと思ったのだが、その好意を無下にすることもできなかった。
そして現在俺たちは兎人族の子供たちと宴会までの間、暇を持て余している。
「なぁ、マナの種族も相手の心が読み取れるのか?」
「犬人族にそういった能力はないですよ? 前にも言った通り耳と鼻が利くぐらいです」
「でもマナはよく俺の心の中を見透かして来るじゃないか」
「それは単なる経験則ですよ」
「えっ、マジで?」
そんなに俺ってわかりやすいのだろうか?
なんて考えていると目の前に兎人族の子供がやって来た。
「ねぇ! レンはどこから来たの?」
中々に答えるのが難しい質問だ。
「うーん、凄く遠い所からかな……」
「遠いってどれくらい?」
「そりゃあ、これぐらい遠い所だ」
俺が両手を目一杯広げて見せると、その恰好が可笑しかったのか子供たちから笑い声が漏れる。
眠そうな表情でおっとりしているナーシャの姿から、兎人族の子供は大人しいものかと思っていたがそういうわけでもないらしい。
ちなみにナーシャは無断で森に入った罰としてハルラさんのお手伝いを強制されていてこの場にはいない。
それから俺は可愛らしいウサ耳っ子たちとの楽しい時間を満喫した。
「それじゃあレンとマナ、二人との出会いを祝って……乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
異世界の基準では十五歳から酒が飲めるらしいのだが、酒は二十歳からという認識が強いため今回は果実水を頂いた。
「二人はこれからどこに向かうか決めてんのか?」
この一団のまとめ役でもある男性、グラスが気さくに話しかけて来る。
情報が欲しいという俺たちの要望に対して「いくらでも聞いてくれ」とグラスが快く承諾してくれた形だ。
「具体的には決めてませんね。強いて言えば平穏に暮らせる場所って感じでしょうか」
「そりゃあまた難儀なことで」
「難しいんですか?」
「本当の意味で人間と亜人が仲良く暮らしている国なんざ今の世界にはねぇな。つかそもそもお前たちはどこから来たんだよ?」
「……」
その質問に対して俺はマナの方へ判断を仰ぐ。
流石に今は子供たちに質問された時のようにはぐらかすわけにもいかないだろう。
隠し立てせずに説明するならば異世界からやって来ましたと言うべきなのだろうが、それをこの場で言っても理解してもらえないだろうし、そもそも喋っていいことなのかすら判断できない。
俺の意図を理解してくれたマナが代わりにその質問に答える。
「申し訳ございませんが、それをお教えすることはできません」
ハッキリと拒絶の意を示したマナに対して兎人族の人達の視線が集まる。
やっぱり言っちゃ駄目だったか。
まぁこの世界の神様がーとか別の世界がーなど話したところで信じてはくれないだろう。俺が同じ立場でも信じないだろうし、それどころかヤバイ奴認定するのは間違いない。
しかしこの空気は不味いなと考えていたらグラスが笑いながら俺の背中をバシバシと叩いて来る。
「ガハハハッ、そんな顔するんじゃねえよ。お前たちの人柄ぐらい理解してるさ、言いたくないことなんざ誰にでもある」
「す、すみません、ありがとうございます」
グラスだけでなく他の兎人族の人たちも暖かい笑みを向けてくれた。
「じゃあまずは周辺の国について説明するか」
「はい、お願いします」
「誰でも知ってる程度の知識しかないからあんま期待すんなよ」
「それでも十分ありがたいですよ」
マナもある程度はこの世界について把握しているだろうが、やはりフィリアの住人の生の声を聞くのは非常に重要だと思う。
――それからグラスは何度もジョッキにお酒を継ぎ足しながらも丁寧に説明してくれた。
昨夜から俺たちがさ迷っていたのはアルカの森。アルカの森は多数の国からなるレーズ諸侯国連合の領内に存在する。レーズは中立を保っているため人間と亜人の両方の種族が暮らしている
北には人間至上主義の大国ハイレン帝国があり、南には獣王国ガラシエルという獣人が統べる国が存在する。
レーズ、ハイレン、ガラシエルはその国力から三大強国と言われており、中小国家はこのいずれかに所属している形だ。
西にはエルフやドワーフといった亜人種の国が多数存在しているらしいのだが、亜人種の国は閉鎖的な国が多くその全容は掴めていない。
北の大国ハイレン帝国ではゼレン教と呼ばれる宗教が信仰されている。ハイレン帝国が人間至上主義を掲げるのもこのゼレン教の影響が強い。
ゼレン教には『亜人は劣等種であり、人間こそが他を統べる上位種である』という教えが存在するからだ。
そのゼレン教が最近ではレーズ諸侯国連合にも少なくない影響を与えているのだと言う。
グラスの説明を聞いて、このゼレン教こそが女神セレンが危惧していた原因だろう。
ゼレン教と言うからには女神セレンと何かしら関係がありそうな感じだ。
「人間と亜人が暮らすってことはレーズは亜人を差別してないんですか?」
「いや、そうでもねぇさ。亜人種を道具としか見てないハイレンなんかに比べりゃ遥かにマシだが、心の底から信頼してるかっつったら話は別だ」
「と言うと?」
「レーズには冒険者ギルド本部があるから他国に比べて冒険者の数が多いんだ。そん中には当然、亜人の冒険者もかなりの数いる。だから表立って亜人種を差別できないのさ」
「ご主人様がご存じの冒険者と何ら変わりはありません」
冒険者と言えば異世界の定番。
人から雑用やお願いに近い依頼を受けたり、危険な魔物を狩ったりとその仕事は多岐にわたる。それが俺の冒険者象、それがこの異世界でも同じなのだろうかと考えていると、空かさずマナがフォローしてくれた。
ならばレーズが表立って差別をしない理由も見当がつく。
「なるほど、利害関係ってやつか」
「おっ、話が早いな。まぁそういうこった」
魔物は人に害を為す存在とマナが言っていた。ならば必然的に冒険者には魔物の討伐依頼も多くなるはずだ。
仮に亜人種を差別してレーズから亜人の冒険者が減ってしまえば、レーズに属する国や多くの民が魔物の脅威に晒されることになる。
その対応に自国の軍を動かすぐらいなら友好的な態度を見せておけばいいってことなのだろう。
「まぁ、互いに命を預ける冒険者に限って言えば亜人種を差別する奴は少ないだろうがな」
「でもそれならグラスさんたちはどうして移民を考えたんですか?」
話を聞く限りでは一般人だとしてもあからさまな亜人差別は行われないはずだ。そんなことをすれば冒険者をしている亜人から反感を買うのは目に見えている。
「一つはゼレン教の奴らだ。あいつらにとってはゼレン教の教義こそが全て。他国の法律なんて関係ねぇんだよ。最近じゃ亜人狩りなんて物騒なことまで考えてるらしいからな」
「……亜人狩り」
そう言葉にするグラスからは悲壮感が漂っていた。
例え血の繋がった家族ではないとしても同族に対する情はあるはずだ。人間の勝手な理由で罪も無い者が命を奪われるなどあっていいはずがない。
心の奥底から怒りが込み上げてくると、マナが優しく俺の手を握ってくる。そのお陰で何とか昂った感情を落ち着けることができた。
「もう一つは危険を感じたからだ。移住の決め手になったのはこれだな」
「危険?」
「俺たちは相手の感情を読み取れるっつう力の他に、自分に迫る危険を感じ取ることができるんだよ」
「えーっと……」
抽象的過ぎて今一理解ができない。第六感的な何かなのだろうか?
「大袈裟に言うなら未来予知みてぇなもんだな」
「っ!?」
思っていた以上のチート能力に驚きを隠せない。
未来予知なんて力は勇者とか英雄とかそんなレベルの選ばれた者に与えられるような力のはずだろう。
今にして思うとナーシャのような小さな子供が一人で魔物の出る森に入るのはあり得ない。暇だから遊びに行ったなどという理由で済むはずがないのに、ハルラさんやナーシャの父親に焦った様子はなかった。
どうやら全くの嘘や冗談ってわけでもないらしい。
兎人族って実はとんでもない種族なのだろうか……
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