第8話「兎人族」
「ナーシャ、そろそろ帰らないと不味いんじゃないか?」
「……まだここにいる」
俺の膝の上に座る兎人族の少女ナーシャの耳をモフりながら尋ねてみるが、ナーシャは首を横に振って否定する。
串焼きが余程お気に召したのかナーシャは俺たちに対してかなり懐いている様子で、ご馳走したお礼にこちらの質問にも答えてくれた。とはいえナーシャはまだ幼いので情報を聞き出そうにも限度はあったのだが。
判明したことはナーシャたち兎人族の一団が大掛かりな引っ越しの最中だと言うこと。兎人族の一団は数日の間この近くで休息を取っているらしく、暇を持て余していたナーシャは一人で散歩に出て来たらしい。
ちなみにだがナーシャのウサ耳をモフっているのも承諾を得ての行いだ。マナも本人が承諾しているのならと渋々認めてくれている。
マナから聞いた話ではこの世界の亜人は人間に対して警戒心が高いらしいのだが、ナーシャの反応を見てるとそれが間違いなのではないかと疑いたくなる。
「ナーシャのお父さんやお母さんは心配してるんじゃないですか?」
「……もうすぐ来る」
「来るって、この場所にですか?」
どうしてそんなことがわかるのかと疑問に思っていると、ナーシャが自信満々な表情で首に掛けたペンダントを見せつけて来た。
「これは、魔道具ですね」
「魔道具?」
「魔石を媒介にして魔法を発動させる道具です」
流石は異世界と言うべきか、便利な物が存在するらしい。
と言うか魔道具を使えば俺も魔法を使えるのでは? 一度は絶望して諦めていたがどうやら神(女神?)は俺を見捨てなかったようだ。
……魔法はロマン、いずれ魔道具は絶対に手に入れよう。
「ちなみにこのペンダントはどんな効果があるんだ?」
「恐らく居場所を伝えるような効果があるのだと思います」
「なるほど、GPSみたいなものか」
マナに話を聞いているとナーシャがピョンっと膝から飛び降りて一目散に駆け出して行ってしまう。
森の中に消えたナーシャは直ぐに戻って来たのだが、その隣にはナーシャと同じウサ耳を頭に持つ女性を連れている。
「犬人族に……人間ですか。ナーシャ、説明してちょうだい」
「……レン、マナ、ご飯くれた」
ナーシャは小さな指を俺たちに向けながら名前を呟く。すると隣に立つ女性が真っ直ぐこちらに視線を送ってきた。
恥ずかしさで目を逸らしたい衝動に駆られるが、目の前の女性は何かを確かめている、そんなような気がしてならなかった。
俺に続いて視線を向けられたマナは何故か寄り添うように俺の隣に移動する。
恥ずかしかったのだろうかと様子を窺っていると、兎人族の女性が笑みを浮かべて歩み寄って来た。
「私はナーシャの母、ハルラと言います。娘がお世話になったようですね、ありがとうございます」
言われてみれば似ている気が……しないでもない。まぁ、ナーシャの態度を見るに親子なのは間違いなさそうだ。
ここで嘘を付く理由もないしな。
「別に大したことはしてないですよ。あ、俺はレンって言います」
事前にこの世界ではレンと名乗る方が角が立たないだろうとマナに教えられていた。
「そちらの、マナさんでしたか? 敵対する意思はないのでそう警戒しないでください」
ハルラさんの言葉でマナが何を考えていたのか理解する。
なるほど、あれは敵という可能性も考えての行動だったのか。
確かに初対面の相手を簡単に信用するのは危険だ。友好的な態度を取っていても最終的には裏切るというパターンも考えられなくはない。
とはいえ、今回に限って言えばその問題ないだろう。
「失礼だぞ、マナ。ナーシャのお母さんなら心配ないって」
「申し訳ございませんご主人様。ハルラさんも失礼いたしました」
「いえいえ、気にしないでください。お互い様ですから」
ハルラさんは何か含みのある笑みを浮かべているが、敵対の意思はないというのは本当だと思う。
「娘にご馳走していただいたお礼もしたいので、よければ私たちの同族が集まる場所にご一緒していただけませんか?」
これは願ってもないことだった。
ナーシャに聞くには限界があったので、この世界の住人から話を聞けるのはこちらとしては非常にありがたい申し出だ。
「良いんですか? 本当に大したことはしてないんですけど」
「えぇ、構いませんよ。同族にもあなた方を紹介したいので」
「そうですか、こちらとしてはありがたい限りです。マナもそれで良いよな?」
「はい、私も異論はありません」
「分かりました、それではご案内しますね」
「……こっち」
ナーシャは母親の手を握りながら空いた方の手で可愛らしく手招きしてくる。
はぐれないように俺たちもすぐに二人の後を追った。
「ナーシャ、いくら危険を回避できるとはいえ一人で森に入っては駄目だと教えたでしょう」
「……暇だったから」
「全く、いつも聞き分けが悪いんだから。そのペンダントだけは絶対に無くしちゃ駄目よ」
「……うん」
「今、ご主人様が考えていることを当てて差し上げましょうか?」
いきなり隣を歩くマナが俺の顔を覗くように近づいてきたのでかなりビビった。
「何だよ急に、まるで俺が邪まな考えを持ってるみたいな言い草は」
「どうせ『たくさん獣人がいる場所に行けるなんてケモ耳天国じゃないか!』とか考えているのでしょう?」
「……そ、そんなことは断じてない」
まさか図星を言い当てられるとは思っていなかった。
ここで何か反論したとしても悪手にしかならない気がしたので、逃げるように速足で歩くことにする。
森の中を五分程歩いていると周囲を囲んでいた木々が少なくなり、街道のような場所に出る。
視線の先には開けた場所に何台もの馬車と人だかりができていた。
そこへハルラさんとナーシャの先導で近づいて行くと、人だかりの中から一人の兎人族らしき者が駆け足で近づいて来る。
「早かったなハルラ、ご苦労様。ナーシャもあんまり母さんに迷惑掛けたら駄目だぞ」
その様子を見るにその兎人族の男性はナーシャの父親だろう。
どうやらナーシャは父親似だったらしい。優しそうな顔つきと、こう言っては申し訳ないが頼りなさそうな雰囲気がナーシャっぽい。
「それで、そっちの二人は誰なんだ?」
「森でナーシャがお世話になったみたい。何でもキノコの串焼きをご馳走してもらったそうよ」
「……美味しかった」
二人の言葉を聞いた男性は先程のハルラさんと同じように俺たちの目を注意深く覗き込んできた。
「フハハハッ、なるほどハルラがここに連れて来た意味が分かったよ。とても人間とは思えない子だね、君は」
悪く言っている感じはしなくとも、何か含みを持った言い方なのは間違いない。
確かに女神セレン様の計らいで些か頑丈過ぎる身体になっているので普通とは言い難いかもしれないが、そういった意味合いではない気がする。
「どういう意味ですか?」
その言葉の意味を考えているとマナが隠す様子もなく敵意を顕わにして俺の前に立つ。
「ごめんなさい、そういえば説明していなかったわね。私たち兎人族は眼を見た相手の感情がある程度読み取れるのよ」
「マジですか……ちなみに俺はどんな感じに見えたんでしょうか?」
何だそれは……じゃあ俺がモフモフ天国だとか思っていたのも筒抜けだったのだろうか?
だとしたらかなり恥ずかしすぎる。
「一切淀みのない好意的な感情だね。普通の人間なら友好的な者だとしても亜人に対しては少なからず悪感情が混じっているものなんだ。なのに君にはそれが全くと言っていいほど無い」
どうやらそこまで正確に読み取れるわけではないらしい。好意的な感情ってのはモフモフを愛する者としては当然のこと。悪感情ってのはまぁ獣人に対する差別意識のことだろう。この世界では亜人差別が酷いと女神セレン様も言っていたからな。
「マナさんからはレンさんに対しての強い情愛の感情が読み取れたわ。何かあればすぐにレンさんを庇える位置にいるのもそのためよね?」
「うぐっ!?」
情愛と言われて恥ずかしかったのかマナの顔が一瞬で赤く染まっていく。
マナとは長い付き合いだから家族愛としてってことなのだろうが、流石に人前で言葉にされるのは恥ずかしいらしいな。それに俺を庇えるようにってのもマナらしい。
「そうだったのか、本当にマナは心配性だなぁ」
「……そ、それ以上は何も言わないでくださいご主人様」
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